「我輩はゼロだ」

 まるで、無垢な少女と娼婦の妖艶さが同居したような顔立ち。
 そんな美貌を備えた、銀髪の少女は、フードの下でにいと笑った。

 夜更けの森の一画。
 全身をボロ布で纏った魔女ゼロと、獣堕ちの男“傭兵”が向かい合って座っている。たったいま、お互いの親指の腹同士を付き合わせ、血の契りを交わしたところだった。『傭兵がゼロの護衛となれば、ゼロが傭兵を人間にする』という契りであった。

 ゼロは名前では無くて数字だ。傭兵は突っ込みたいところをこらえた。

「俺の名前は……聞かねぇのか?」

「興味が無い」

「はぁ?」

「我輩が名を呼ぶのは我輩の眷属――下僕のみだ。名は魔女にとって重要なもの。我輩に名を知られてみろ、たちまち君をその名で縛り、決して逆らえない下僕にしてしまうぞ」

 ゼロはそう言うと、取って食うぞと言うように両手を掲げ、襲いかかる仕草をとる。

「そいつぁ……究極に魔女っぽいな」

「そうとも、我輩は究極の魔女だ」

 傭兵が笑うと、恐ろしいだろう、とゼロも笑った。

「傭兵よ。究極の魔女であり絶世の美女の我輩の護衛となれて嬉しいだろう?」

「別段嬉かねぇよ。……てか、自分で絶世の美女とか言うのかよ――……って、どこ入ってるんだ!?」

 ゼロは、素早く傭兵の懐に潜り込むと、

「うむ。やはりいい! 見た目通り最高の毛並み! ふかふかもふもふ! 寝床としても最高だ!」

 傭兵の腰あたりの毛皮にまとわりつき、頬ずりを始めた。

「寝床だあ!? ふざけるな!」

「なんだ。一人寝は寒いし寂しいものだ。二人でいるならば、二人で寝るのが道理だろう。しかも、こんな上質な毛皮。至福の眠りに誘うこと間違いなし……っ!」

 ゼロはじゅるりと舌なめずりをした。

「うわっ、汚ねっ! 寝床なんてまっぴらだ! 俺は許さねぇぞ! 離れろ!」

 傭兵はゼロを引きはがそうと、彼女のまとったボロ布を引っ張る。
 しかし、ゼロもしがみついて離れない。

「なぜだ! 我輩のふかふかもふもふ。君は、我輩の傭兵だろう? 傭兵は雇い主に従うものだ」

 ゼロの毛皮への執着は思いのほか強いようだった。

(ちっ、こうなったら……)

 傭兵は、強硬手段に出る。
 ゼロは両腕を目一杯に広げて、傭兵の腰に抱きついてる。そこで、傭兵は、毛皮に覆われた右手の人差し指を伸ばし、彼女のガラ空きの脇腹を軽くつついた。

「――にゃっ!!?」

 途端に、びくんと体を震わせて甲高い声を上げるゼロ。しかし、毛皮を離そうとはしなかった。

「うぉうっ!?」

 傭兵は、彼女の反応が予想以上に大きかったため驚く。

(こいつ、こんな表情もするのか……)

 傭兵はドキリとした。

「……お前、もしかして、くすぐったがり屋……なのか?」

「……っ」フードの下からのぞくゼロの顔は少し赤い。図星らしい。彼女の両手にきゅっと力がこもるのがわかった。

「……なるほど。あくまで離す気はねぇんだな? それなら――」

 こんどは両手を使って、ゼロの脇腹を掴み、ぐにぐにともみし抱くようにくすぐった。

「ふぁあああっ!!? ……んくくっ!! んにゃっ……、あはははっ!!」

 ゼロは傭兵の毛皮にしがみついたまま、体をくねらせ、笑い出した。

「おら、離せ魔女。でないと、もっとくすぐってやるぞ」

「ははははははっ……だれが、あはははっ! 離すものかっ!! わはっ、我輩のもふもふぁははははははははあはっ!!!」

 ゼロは顔を真っ赤にして、ケラケラ笑いながらも、しがみつく力は緩めなかった。

「だからお前のもんじゃねぇ!!」

 傭兵は、じたばたと空を蹴り続ける彼女の素足の足首を片手で掴み、ぐいぐいと引っ張りながら、空いた手で彼女の腋の下をくすぐる。

「あははははははっ!!! 我輩は屈さぬぞおお~~あっはははっははっはっははは!!!」

 引っ張り伸ばされた腋の下をくすぐられてなおもしがみついたまま離れない。
 想像以上にしぶとい。
 ……というより、彼女はこの状況を楽しんでいるようにさえ見えた。

 それにしても、くすぐられてもがき笑うゼロの姿は妙に艶めかしい。傭兵は心臓の高鳴りを感じていた。

「いい加減にしないと――」

 傭兵は、片手でゼロの足首を掴んでおいて、上向きに晒された足の裏をくすぐった。

「あはっ!? いひっ……くふふひはははははははっ! そこは反則だあぁあっははっはっはっは~~!」

 ゼロは身をよじって甲高い笑い声を上げた。
 しかし、毛皮を手放すことはなかった。

「離すまでやめねぇぞ!」

「くあははははははははっ!!! 望むところだぁぁあひひはははははははははっ!」

(なんなんだ、この魔女……)

 くすぐってもくすぐっても、離そうとしない。
 ボロ布がはだけ、吐息も荒く、紅潮した表情……。ゼロの乱れた姿に、傭兵はドキドキしていた。

 数分間の奮闘の末、とうとう傭兵は根を上げた。体力的にも、精神的にもきつかった。

「勝手にしろ!」

 そういって傭兵がくすぐる手をとめると、

「ひはははっ……ん? なんだ、もう終わりか? 傭兵」

 ゼロは傭兵を見上げ、きょとんとした表情を浮かべる。あまりにひょうひょうとしたゼロの態度に、傭兵は数分間の奮闘が馬鹿らしく感じられた。さっきまであんなに大笑いしていた癖に……。ゼロの笑い悶える姿を思い出して、少し恥ずかしくなった。

「寝床ぐらいなら……、好きにしろ……」

 傭兵は目線をそらして、ぶっきらぼうにつぶやく。
 するとゼロは、くすりと笑った。

「傭兵。もしや、我輩に欲情したのではないか?」



(完)



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(ここから作者コメント)

 こんばんは。ertです。
 とりあえずアニメ化記念で軽く一本。一話の範囲で無理矢理挿入するならこのあたり。
 昔書いた『ゼロから始める魔法の書』販促くすぐり駄文がもう三年近く前……時の流れに恐怖しています。