「『魔女の誇りを傷つけたものは、未来永劫呪われよ』」
 頭上からの声に、ファビア・クロゼルグはハッと顔を上げた。
 無限書庫古代ベルカ区画にて、ファビアは複数の本を同時に広げて『エレミアの手記』を探している最中だった。
「だっけ?」
 声の主は続けて、
「そんなこと言ってるから、時代に取り残されるんだよ」
「あなたは――」
「時空管理局嘱託魔導師ルーテシア・アルピーノ! 盗聴・窃視および不正アクセスの件でお話聞きにやって来ました!」
「…………」
 ファビアは表情の乏しい瞳でルーテシアをにらんだ。
 ルーテシアは美しい長髪をなびかせて、ニタッとサディスティックな笑みを浮かべる。
「おとなしく降参したほうがいいよ? でないと、お姉さんが、おしおきしちゃうから」
 ルーテシアの繰り返される挑発にファビアの瞳の奥にわずかな怒りが映る。
「魔女をあまり、舐めないほうがいい」

 数分後、ルーテシアの『キャプチュード・ネット』によって、本棚にX字磔状態になったファビアの姿があった。
「どう? 投降する気になった?」
 してやったりと舌を出すルーテシア。
 一瞬不安げな表情を見せたファビアであったが、すぐに無機質な表情に戻すと、ブツブツと詠唱を始めた。
「警告だよ。詠唱を止めなさい」
 ルーテシアの言葉に耳を貸さないファビア。
「しかたないね」
 ルーテシアが軽く右手を突き出す仕草をとると、ぽんっ、ぽんっ、と音を立て、ファビアの体を囲むように五対のマジックハンドが出現した。
 うち一対のマジックハンドが、ファビアの両脇腹をつんと人差し指でつついた。
「きゃんっ!!?」
 その瞬間、ファビアはびくんと身を震わせて詠唱を中断した。
「ふぅん? もしかして、くすぐり、苦手?」
「く……っ」
 ファビアは悔しそうに唇をかみ締め、キッとルーテシアをにらみつけた。
「へぇ、そんな表情もするんだ? てことは図星ってことだね?」
 ルーテシアは口角をあげた。
 ファビアは怒りか焦りからか、ぴくぴくと片頬を小刻みに震わせている。
「もう一回聞くけど、投降する気は?」
「…………」
 ファビアは、目をつぶって、つんとそっぽを向くと、再びぶつぶつと詠唱を始めた。
「んーじゃ、しょうがないねぇ」
 ルーテシアは人差し指を口元にあて、クスッと笑みを浮かべた。

「きゃっ……ぅ、ぷ」
 再び一対のマジックハンドがファビアの脇腹に触れたため、ファビアは詠唱を遮られた。
「ほぉら、こうすると詠唱なんてできないでしょう?」
 マジックハンドの人差し指が上下にゆっくりと動き、ファビアの脇腹から肋骨までを往復する。
「くっ……ふっ……」
 ファビアは顔を赤らめ、唇をかみ締めている。
「可愛いね。必死にくすぐったさをこらえてる、感情丸出しのその表情。魔女っ娘さん、実はこっちが素? さっきの無表情は作り物っぽかったもんねぇ」
 ルーテシアはふふふと笑いながら、マジックハンドの指を往復速度を速めていった。
「うふっ、……ぁふっ、……くぅ~~……」
 ファビアは口をむずむずと動かしながら、プルプルと四肢を震わせた。
「なかなか耐えるねぇ。じゃ、だんだん増やしてみようか」
 一対のマジックハンドがファビアの首に触れる。
「ひゃっ!?」
 きゅっと首をすくめるファビア。
 マジックハンドの指先が顎や首筋をやさしく撫でるようにゆっくりと動き回る。
「ひっ、……ひっ……ひぃんっ~~」
 ぎゅっと目をつぶって、目に涙を浮かべるファビア。
「んー泣いちゃ駄目だよぉ、笑ってごらぁん?」
 ルーテシアはファビアの顔を覗き込んで言うと、さらに一対のマジックハンドをファビアの太腿にけしかけた。
「ふひゃぁぁっ!!?」
 くにっと両太腿をもまれ、ファビアは甲高い声を上げた。
 マジックハンドは、そのままくにくにとゆっくり一定の速さでリズムよく軽くもみ続けた。
「ぁっ、ぁ、……ふくっ!? ……ひ、……つっ、んんんふっ!!」
 ファビアは首をがくがくと上下左右に揺らし色っぽい声を漏らした。
「いっ、きひっ!! ……ふひっ、ひひぃぃっ!!!」
 首、脇腹、太腿のマジックハンドの責めは止まらない。ファビアは唇を閉じていられなくなったのか、断続的に歯を見せ、笑いの混じった息を吐いた。
「どう? 一定のリズムで太腿揉まれるの。最初は余裕に思えても、だんだん効いてくる。ちょっとでも気を抜くと、笑い出しそうになっちゃうんだよね」
「ぃひっ、ひぃぃっ!! ぷひっ、……ぅひひぃぃぃぃ……っ!」
 ルーテシアの説明で、余計にくすぐったく感じてしまったのか、ファビアの震えが大きくなった。
 ファビアは涙の溜まった目を見開き、ルーテシアをにらみつけた。
「あらら、怒っちゃった? でも、口元ゆるっゆるだよ? 目力だけで人を怯ませるには、まだまだ若いって感じかなぁ?」
「くっ……ぷはっ!!? うぐっ……ひ、ひ……ひぃ、ひひひ、んんんぐ」
 ファビアは一瞬何か言いたそうに口を開きかけたが、笑い出しそうになったのか、慌てて唇を噛んだ。
「そんなに我慢しなくてもいいのにねぇ。そろそろお姉さんに、可愛い笑顔を見せてくれる?」
 ルーテシアは残り二対のマジックハンドを、それぞれファビアの腋の傍と足下へとやった。
 足下のマジックハンドが、ファビアのブーツを脱がしにかかる。
 きゅぽっ、と両足ともブーツは脱がされ、ファビアの白い素足が露になった。
 四本のマジックハンドは人差し指で、ファビアの両腋、両足の裏を同時にさわさわと撫で始めた。
「ふひゃぁあぁっ!!! ひはっ、……くはっ、はひっ! ぅひぃぃぃぃ~~っ!!!」
 かろうじて笑い出すのをこらえたファビアはぐっと歯をかみ締めた。
 が、ぎゅっと閉じた目には大粒の涙がたまり、口元からは涎が垂れ、眉もへの字に曲がっているため、笑いの堤防はもはや決壊寸前という様相だった。
「じれったい~~? 魔女っ娘ぉ? ホントはこのままじっくり生殺しにするのも一興なんだけど、お姉さんそこまで鬼じゃないからねぇ」
「ひぅぅ~~~っ!!! ……うぐっ、ひはっ、……んんんん~~っ!!!!」
 ファビアは必死に目を開いて、首を左右にぶんぶんと激しく振って抵抗する。
「大丈夫。心配しなさんなって」
 ルーテシアはすべてのマジックハンドへ指示を下す。
「一気に全部、吐き出させてあげる」
 その瞬間、すべてのマジックハンドが、すべての指を動員して、ファビアの首、腋の下、脇腹、太腿、足の裏を一斉にこちょこちょとくすぐり始めた。
「――っ、ぶふぅぅぅぅぅぅぅっ!!!!」
 ファビアは一瞬カッと目を見開き頬をぷくっと膨らませたかと思うと、口から激しくつばを撒き散らし、吹き出した。
「ぷはははははははははっ!!!? あぁぁぁははははははははははははっあぁぁ~~はははははははははは!!!!!」
 まさしく笑いの堤防が決壊したという風に、ファビアは激しい笑い声を上げる。
 髪の毛を振り乱し笑い狂うその姿に、誇り高い魔女の面影はない。
 幼く敏感な少女は、全身を襲う激しいくすぐりにただただ翻弄されるのみであった。
「あら可愛い。やっぱり女の子は笑顔が一番だよねぇ」
 ルーテシアは、すっかり破顔して大口を開けて笑うファビアを見て、クスリと笑った。
「やあぁぁあははははははははははっ!!! 呪われろっ!! 呪われりょぉ~~ひゃはははははははは~~っ!!!」
 ファビアは全身を計五十本の指に弄り回され、体中をびくびくと痙攣させながら狂ったように叫ぶ。
「まーだそんなこと言ってる。だから、時代に取り残されるんだよ」
 ルーテシアは言うと、ファビアの足の裏をくすぐっていたマジックハンドにひっかくような動きを付加し、腋の下をくすぐっていたマジックハンドにツボをほじくるよう命令を下した。
「あがははははははっ!!!? いぎひひひひひひひひひひひひ!! ふぎゃあぁぁぁぁ~~はははははははははっ!!!」
 ファビアの手の指や足の指が出鱈目にもがく。
 真っ赤にしたファビアの顔は、汗や涙、鼻水、涎で汚れ、ぐしゃぐしゃだった。
「おにゃがぁぁあぁあはははははははははっ!!! ひゃべでぇえぇぇぇはははははははっ、ひゃべぇえぇひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!!!!」
 しばらくは笑いながらも反抗的な態度を見せたファビアだったが、さすがに限界を感じたのか、ルーテシアに向けて必死に制止を訴え始めた。
「ようやく投降する気になった?」
「ふひゃはははははははははっ!!!! どうごうずるぅぅぅうひひひひひひっ、どうごうずるがだぁあぁぁっひゃひゃひゃひぎぃぃぃぃっ」
 ファビアは泣きながら喚き散らす。
 ルーテシアはぞくぞくと恍惚感をかみ締めるような表情を浮かべた。
「じゃー『やめてください、お姉さま』言ってごらん?」
「ひゃべっ、やべでぐだざいっおねぇぇえぇざまぁあぁははははははははははははっ!!!!」
 ファビアはためらうことなく叫んだ。魔女の誇りもあったものではなかった。
 ルーテシアは、ぺろりと舌なめずりをすると、脇腹をくすぐっていたマジックハンドにぐりぐりとツボをえぐるよう命令を下した。
「ぐびゃひゃひゃははははははっ!!!!? おでぇざまぁあぁははははははははっ、ほにゃっ、にゃんでぎひひひひひひひひ!? やべでぇえぇえぇぇひゃひゃひゃひゃひゃ!!!」
 ファビアは予期せぬ追い討ちに、がっくんがっくん首を振り回して笑う。
「んーなんかお姉さん耳遠くてさぁ。ちょっと聞こえないんだよねー」
「おにゃっひゃははは、おねぇしゃまあ~~はははははははっ!!! やべでぐだざいぃぃひひひひひひひひ、やみゃぁぁあああ!!!! やめでぐだぁああはははははははっ!!!」
 ファビアは何度も繰り返し、ルーテシアに懇願の言葉を投げかける。
 ルーテシアはとぼけた仕草で「んー聞こえなーい」を繰り返した。
「どうごうっ、じゃひゃひゃひゃっ!! どうごひぃぃ~~~っひひひひひ、どぐぅぅじまずうぅぅひひひひひひひひ、おにゃじゃまぁぁははははははっ!!! やめっ、やべで……っ、やびゃぁああはははははははははははっ!!!!!」
 ファビアはとうとう、言葉すらまともに繋げられなくなってきた。
「ほらほらー。最後まで言わないと、お姉さんわかんないよー?」

「るー子、何してんの?」
 突然背後から投げかけられた関西弁に、びくぅっと肩を勢いよく上げて驚くルーテシア。
 ファビアの周りから、マジックハンドが一斉に消え去った。
 ルーテシアはおそるおそる振り返った。
「やっ、八神(やがみ)司令っ」
 ふわりとバリアジャケットを着こんで舞い降りたのは、八神はやて時空管理局海上司令であった。
「出遅れてるうちに状況が解決してもーた……ってことなんやろうけど」
 はやてはやさしくも冷静な眼差しで、ルーテシアとファビアを交互に見た。
「解決法間違えたんちゃう? ん? るー子?」
「い、やっ……八神司令、……これは」
 動揺するルーテシアを尻目に、はやては、ファビアの拘束を自身の魔法で解除する。
「この子にはあとでお話聞かせてもらうとして……」
 はやては虫の息のファビアを抱きかかえたまま、
「るー子。ちーとばかし、おいたが過ぎたなぁ?」
 ルーテシアににっこりと笑いかけた。

 ルーテシアは、このあと、滅茶苦茶くすぐられた。


(完)