「目は覚めた?」
 男はハッと声のした方を見た。
 少女の背中。高校生なのか、セーラー服を着ている。左肩に『SSS』のロゴマークが印字されている。セミロングの髪の毛。右側頭部に黄緑色の大きなリボンが付いている。
 男は声を掛けようとして、ぎょっとした。
 少女の手には、狙撃用ライフルが握られいる。前方の何かに狙いを定めているようだ。
「ようこそ」
 少女は振り返って、
「死んだ世界戦線へ」

 男は少女の言葉を聞いてすぐに自分の置かれた状況を理解した。
「突然だけど、入隊してくれないかしら?」
 少女は、銃を構え直して言った。
「ここにいるってことは、あなた、死んだのよ」

 男は自分が死んだことを覚えていた。
 警察から逃げて車道に飛び出したところを大型トラックに見事に跳ね飛ばされたのだ。
 
 小曽橋太郎(こそばし たろう)。未成年でありながら全国指名手配の凶悪殺人犯であった。
 その犯行が極めて異質で、気に入った女性を次から次へと誘拐しては、死ぬまでくすぐるというものだった。

「ここは死んだ後の世界。何もしなければ消されるわよ」
 少女は、小曽橋の沈黙を動揺と捉えたようで、補足説明をした。
「あんたが今狙っている奴にか?」
 小曽橋は少女の背中に言った。
 少女が抱えた銃口の数百メートル先のグラウンドには、ベージュのブレザーを着て、後頭部にバレッタを付けた長い銀髪の小柄な少女が佇んでいる。
「あらあなた、順応性が高いじゃない。そういうの嫌いじゃないわ。で、質問の答え。消すのはおそらく神。あの子は天使」
「天使。神の使者か……すなわち、俺達の敵」
「もの分かりがいいじゃない。それは入隊してくれるって意思表明ととっていいのかしら?」
 少女は銃を構えたまま言った。
 小曽橋は少女の質問には答えず、
「あんた。名前は?」
「仲村ゆり(なかむら ゆり)。戦線のリーダーよ。今後よろしく」
 勝手に『Yes』ととったらしいゆりは、自己紹介をした。
「俺、向こうに行っていいか?」
「はぁぁっ!?」
 小曽橋の申し出に、少女は素っ頓狂な声をあげ振り返った。
「なんで!? わけわかんないわっ!!」
 ゆりは大声を上げて小曽橋に詰め寄って、
「どうしたらそんな思考に至るの!? 本当に! あんたばっかじゃないのっ!?」
「死なないんだろ?」
「は?」
 きょとんとするゆりを尻目に、小曽橋は立ち上がった。
「まずは敵を知ることから始めないとな。ヘマやって殺されても、死なないんだろ? 俺はあの天使とやらに接触してくる。あぁ、心配すんな。ちゃんと後で、情報提供してやんよ」
 ゆりが何か言いたげに口をぱくぱくさせているが、言葉がみつからないようなので、小曽橋はさっさとグラウンドへ繋がる階段を降りていく。
「あ、あんた……っ」
 ゆりがようやく口を開いた。
「名前は?」
 小曽橋は振り返らずに片手を上げた。

「覚えてねーんだ。名前も素性も」

 小曽橋は背中にゆりの視線を感じて階段を降りながら、ニヤリと笑った。
 彼の、死後の世界を手中に収める計画は、すでに始動していた。

○○○

 小曽橋は、ゆりに『天使』と呼ばれていた少女、立華かなで(たちばな かなで)と接触した。
 彼女がこの世界の仕組みに多少なりとも通じていることは、ゆりの『天使』という表現からも明らかだった。
「私は『天使』なんかじゃないわ」
 という彼女の第一声。彼女との問答で、彼女が自分と同じ境遇の人間であることは確信できた。
「俺は、どうすれば消滅できる?」 
 この質問から始めることで、彼女の知っている情報すべてを聞きだすことは容易かった。
 小曽橋はここに訪れた全ての人間が「満足して消えられる」よう、かなでに協力することを約束し、作戦会議を名目に、女子寮の彼女の部屋へと向かった。

●●●

 数十分後。
 天上学園女子寮、立華かなでの部屋。
 かなでのPCのキーボードをカタカタといじる小曽橋の背後に、『ANGEL PLAYER』の『バインドスキル』によって両腕両脚をぴんとまっすぐに伸ばしてIの字に拘束された立華かなでが、ベッドの上に横たわっている。かなでの手首足首にはビリビリと電気を帯びたような透明なリングがはめられている。
 かなでは『死んだ世界戦線』との攻防で、『ANGEL PLAYER』と呼ばれるこの世界のマテリアルに干渉するソフトウェアを用いて、特殊能力を使用してきた。小曽橋は、そのソフトウェアの奪取に成功した。
 小曽橋はかなでのPCをシャットダウンさせ立ち上がると、ゆっくりかなでの元へと歩み寄る。
「IDもPassも全部書き換えさせてもらった。これでかなでちゃんは、なんの変哲もないただの女の子になってしまったわけさ」
「あなたは、何者?」
 かなでは無表情のまま言う。
「俺はただの記憶喪失者さ」
「……嘘」
 小曽橋は、へっと鼻で笑った。
「さあて、かなでちゃ~ん? さっき教えてくれたよな? ここにいる人間は死なないって。いやぁ、嬉しいねぇ~、ここにいる奴らはどんなに遊んでも死なないってことだよねぇ」
 かなでは、小曽橋の瞳をじっと見つめ、
「……あ、悪魔……っ」
 小さくつぶやいた。
 小曽橋は高笑いをして、
「天使を狩るにはぴったりの称号じゃねーか! さあて、かなでちゃん? 本当に死なないかどうか、確かめさせてもらうぜぇ?」
 かなでの瞳の奥に、すこしだけ恐怖が宿ったように見えた。
「何を、する気?」
「当ててみろよ」
 小曽橋が両手をかなでの腋の下へゆっくりと伸ばすと、かなでは、ぴくりと少しだけ眉を寄せた。

 ブレザー越しにかなでの腋の下に、小曽橋の指先が触れる。

「きゃっ……」

 素っ頓狂な声をあげ、びくりと体を震わせるかなで。
「ずいぶん感度がいーじゃねーか」
 そのまま小曽橋は、指をこちょこちょと動かす。

「きゃはははははっ!!? ぷはっ……!! く、くふっ! くふふふふっ」

 かなでは一瞬口をあけて笑うものの、すぐにかみ締めるようにこらえた。目には涙を浮かべている。
「へえ、ちょっとはプライドあるんだぁ~~? でも、我慢は体に悪いぜぇほれ、笑ってみな? こちょこちょっと」
 小曽橋は両手をかなでの腋に突き立て、ぐりぐりとくすぐった。

「くはっ!!? あはっ、はははははははっ!!! ひっ、ひゃっ、はははっははははっ!!」

 途端、かなでは眉をへの字に曲げ、だらしなく口をおっぴろげて笑い出した。
「あら~~、もう吹き出しちゃったか~~、かなでちゃ~ん? 我慢するんじゃなかったんですかー?」

「ひゃはははっ、はははははははっ!!! ひ、っは、……きゃはっ、はははははっ」
 
 かなでは、腋の下をくすぐられ、意思表示をするでもなく、ただただ笑うだけであった。

「かなでちゃんの弱点はどこかなぁ~~?」
 小曽橋は、猫なで声で言いながら、徐々に両手をかなでのあばら、脇腹へと下げていく。

「くは、ふははははははははははははっ!!! あっはっはっはっはっはっはっ!!!」

「ふーん、こうするとくすぐったいんだ~?」
 小曽橋は、かなでの脇腹に人差し指をくりっと食い込ませ、震わせた。

「きゃははははははははっ!!!? あはははははははっ、はひひひひひひひひひひひひっ!!!!」

 かなでは、首を上下に小刻みに動かして笑う。
 口元に涎の線ができている。

「『やめて』って泣きながら懇願してくれたらやめてあげるよ~~?」

「ははっはははっははははっ!!! ひひっ、あっはっは、はははははははっ!!」

 かなではされるがままに笑い続けている。
 実際のところは、たとえ何と言おうが無駄だという事を理解しているのだろう。賢い女の子だなと、小曽橋は思う。
 感心すると同時に嗜虐心をそそられる。
 そんな賢明な女の子ほど、無様に、泣き叫ばせ、懇願させた上で、笑い死なせてやりたい。

「おっと、死なないんだったね」
 小曽橋は手を止めた。
 かなでは、目をぎゅっと閉じて、はぁはぁと荒い息を立てている。目尻には大粒の涙が光っている。
「かなでちゃん? 『やめて』ってお願いはいいの?」
 ゆっくりと目を開いたかなでは、天井を見つめ、無言で呼吸を荒くするのみだった。
 完全に無視を貫くらしい。
 小曽橋は、かなでの両足から、するすると白いハイソックスを脱がし始めた。
「……あっ」
 かなでが一瞬首をもたげ足下を見る。が、すぐにもとの姿勢に戻り、ゆっくりと目を閉じた。
 小曽橋はそのままソックスを引っ張り脱がし、かなでを両足とも素足にした。ソックスはくしゅっと丸めて床に放り捨てた。
「かなでちゃんはここも弱いのかな~~?」
 小曽橋は、かかとを揃えて拘束されたかなでの足の裏にゆっくりと手を近づけながら言う。
 かなでは目を開け、天井を見つめた。
 無関心を装っているようだった。

 小曽橋は、かなでの両足の裏にいきなり両手計十本の指を突きたて、がりがりとひっかくようにくすぐった。

「かはっ!!!? ひはっはっはっはっはっ!!! あぁっはっはっは、ぁぁあ~~はははははははははははっ!!!」

 かなでは体をよじって大笑いする。

「ずいぶん弱いようだねぇ~~かなでちゃん? いいのかな? もっと続けても?」
 言いながら小曽橋はかなでの足の指を掴んで反らし、反り返った土踏まずがりがりと掻き毟った。

「ふにゃっ!!!? ひぃぃ~~ひひひひひひひひひっ、ひにゃはははははははははははは!」

 かなではぶんぶんと綺麗な銀髪を振り乱して笑う。
 意思表示は相変わらず無い。 

「強情だねぇ」
 小曽橋は、かなでの素足のかかとを爪でガッガッと激しく擦るように引っかく。

「はがっ、はぐぁぁあっはっはっはっはっはっ!!! うにぃぃ~~っひっひっひっひっひっひっひ!!」

 徐々にかなでの口から発される笑い声がおかしくなってくる。
 限界が近いのだろう。

「かなでちゃん? 壊れちゃうよ~~? いつまで意地を張るのかな~~」
 小曽橋は移動し、かなでの膝小僧とおなかを同時にわしゃわしゃとくすぐった。

「ふきゃっはっはっはっはっはっ!!? あひぃぃ~~っひっひゃっひひっひっひっひっひ!!」

 かなでの笑い声は深夜まで響き続けた。


(つづく)