新宿で謎の大地震に巻き込まれた遊佐恵美(ゆさ えみ)は、病院で治療後、同僚である鈴木梨香(すずき りか)の好意で、高田馬場にある彼女のマンションを訪れていた。
 梨香は、保険証や通帳の入ったバッグごと瓦礫の下に紛失してしまった恵美のために、治療費を工面し、タクシーで送迎までしてくれたのだ。

「ほんと怖かったわー。まさか東京まで来てあんな事故が起こって、しかもまた友達が巻き込まれるなんて、考えたくなかったもん」

 梨香は小学生のときに災害を経験したそうだ。
 災害の恐怖を身にしみて知っているからこそ、純粋に恵美の力になろうとして世話を焼いてくれている。
 
「梨香のおかげでほんと助かった。感謝してるわ」
 風呂を借りて一息ついた恵美は、梨香に感謝の気持ちを述べた。
 恵美は梨香から借りたスウェットと、進呈された下着を身につけている。
 梨香にバストサイズを聞かれた際、思わず「多分千穂(ちほ)ちゃんより小さい」とつぶやいたのが聞かれてなくてよかったと、恵美は思う。梨香のバストサイズは恵美と同じだった。さすがの梨香も、会ったことすら無い女子高校生と胸の大きさを勝手に比較され、負けと判定されるのは、心穏やかではないだろう。
「やめてよ。友達助けるのは当たり前っしょ。変に改まられるとむずがゆいわ」
 梨香はへらっと笑顔を見せた。梨香は、全身が守られているような心地よさを感じた。
 梨香は続けて、
「だから私は、あんたには特に何か聞こうとは思わないんだ」
「え?」
「恵美がどこに住んでたとか、どこから来たとか、そんなことはどうでもいい。私にとって恵美は、バカなこと言って一緒にご飯食べて、時々遊ぶ友達でいてくれれば十分」
「梨香……」
 恵美は梨香の心遣いが嬉しかった。
 と、突然、
「そういえばさ」
 梨香は、にやりと笑って恵美に顔を近づけてきた。
「あの男、誰?」
「へ?」
 恵美はきょとんとした。
「あんたが事故現場でお話してた男よ」
「え? え? あ、あいつ?」
 恵美は、すぐに真奥貞夫(まおう さだお)のことだと理解する。確かに恵美は、地震現場で真奥と対峙していた。マグロナルド幡ヶ谷駅前店で通常アルバイトが時給800円のところを時給1000円もらっているA級クルー、本社の月間MVPクルー賞を受賞したこともある男、真奥、もとい魔王。恵美、もとい勇者エミリアの宿敵、魔王。
「あいつ、とか言っちゃう仲の男なの? 結構いい男っぽかったけど、とっても気になるなー」
 梨香は狼狽した恵美にぐっと顔をさらに近づけてくる。
「ちょっと梨香、今何も聞かないとか言ったじゃない。大体あいつはそんなんじゃ……」
 恵美はなんとか弁明したいが、説明に困る。
「色恋は別じゃ! 私の天使に近づく男はみな狼じゃ!」
「梨香、キャラおかしいわよ! 本当にあの人は単なる知り合いで……」
 恵美は言い終えることができなかった。
 梨香が恵美の体を押し倒してきたのだ。
「きゃっ、ちょ、ちょっと梨香!?」
 うつ伏せになった恵美の腰辺りに馬乗りになった梨香はにやりと笑う。
「恵美、さっき『千穂ちゃん』とか言ってたけど」
「げ、聞こえてた?」
「誰じゃっ!? 恋敵かっ!?」
「……い、いや、だからそんなんじゃ……。とそれより、梨香サン、目が怖いんデスケド……?」
「狼にたぶらかされた堕天使にはお仕置きじゃ!」
 野獣のように舌なめずりをし両手の指をわきわきとさせる梨香を見上げて、恵美は、
「梨香の方が、よっぽど狼っぽいよ……」

●●●

 数分後。
「ほれほれー。あの男とどういう関係なんか、早ぅ吐かんかえー?」
 梨香は恵美の背中に乗って、あばらをこちょこちょとくすぐりながら言った。

「きゃはははははははっ! 梨香あぁぁっはっはっはっはは、だかっ……ただの知り合いだってぇぇぇっはっはっはっはっは!!」

 恵美はうつ伏せのまま手足をばたばたと動かして、笑っていた。
「わしのテクニックを侮るなよっ」

「なははは、ちょっ、梨香一人称変わって――」

 梨香の指がいやらしく恵美の肋骨に食い込み、ぐりぐりと骨を震わせる。

「うほぉぉっほっほっほっ!!? やぁあぁぁははははははっ!? それきつっ!! やだはっはっはっはっはっはっは!!!」

 恵美は梨香の両手首を後ろ手に掴んで必死に制止を求めるが、梨香の指の動きはとどまることを知らない。
「んー、じゃあ『千穂ちゃん』っていうのは?」

「ひゃあぁぁ~~っははははははははっ!! それもっ、それもただの知り合いぃぃ~~ひひひひひひひひひ!!」

 梨香の指が激しさを増す。恵美は体をよじって笑う。
「それは通らんぞぉ。私の胸と勝手に比べやがったくせにっ」
 梨香は言うと、恵美の脇腹のツボにくりっと人差し指を入れ、くりくりとえぐるようにくすぐった。

「うぎゃははははははははっ、ひっひっひっひっひっひっ!!? だめぇえぇ~~ひひひひひっひ、だめだってぇぇぇひひひひひひひひ!!!」

 恵美は体を仰け反るようにして笑った。
 その顔は、生卵を落とせば目玉焼きができそうなほど真っ赤である。目には涙を浮かべている。
「だれぞ!?」
 梨香は追撃する。

「あっはっはっはっはっは!! マグドっ……マグドの子ぉぉ~~っほっほっほ!! 幡ヶ谷駅前のっ!!! ぎゃははは、ただのバイトっ!!! くはははは、バイトの女子高生だからぁぁぁはははははははははっ!!!」

 すると、その途端、梨香はくすぐる指を止めた。
「……はひぃ……え? 梨香ぁ?」
 息も絶え絶えに恵美が首をねじって梨香の顔を見上げる。
「へぇ、マグドぉ……。マグドねぇ?」
 梨香は逡巡するように繰り返すと、
「それで今日、お昼私が恵美をマグド誘ったとき『マグドだけは嫌』って……」
「……ん?」
 梨香はにんまりと笑みを作り、恵美に向けた。
「近日マグドであったと思われる修羅場展開について、詳しく聞かせてもらおうか?」
「ひっ……!?」
 梨香の恐ろしい笑みが、恵美を凍りつかせた。

●●●

「あひひひひひひひひひひっ!!!? ひぃぃ~~っひっひっひっひっひ~~っ!!!」

 梨香は恵美の背中に乗ったまま体を反転させ、恵美の両足を持ち上げて、足の裏をくすぐっていた。
 がっちりと胸に抱え込んだ恵美の足の裏に、爪を立てる梨香。
 風呂上りのために、恵美の足の裏はややふやけて白くなっている。

「はひゃああははははははははっ!!! ぐるじっ、梨香ぁぁぁあひゃひゃはははははははあはっ!!!」

 激しく両腕を振り回し、笑いもがく恵美。
「このっ、このっ!! 高校生に男取られて悔しくないのか、こいつめっ!!」
 梨香は恵美の土踏まずを引っかいたり、足の指間に指をつっこんだり、さまざまな方法でくすぐった。

「ふひひひひひひひひひっいぃぃ~~っひっひっひっひ!! 取られてない……っ、だかっ、ひゃははは、そんな関係じゃないんだってェェえ~~うひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!!!」

「ホンマか?」

「ホンマホンマぁぁあぁひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ!!?」

 恵美は激しく笑いながら、床を両手でバンバンと叩いた。

「ギブぅぅぅ!!!! もう無理ぃぃいひひひひひひひひひひ、梨香やめてぇえぇひゃはははははははっ!!! ギブぅぅううひゃははははひひひひひひひっひひ!!!」

「ほいっ」
 すると梨香は、あっさりとくすぐる指を止めて、恵美を解放した。
「……ひぃ、ひぃ……はぃ?」
「わ、恵美、あんた、結構汗かいちゃってるじゃない。もっかいお風呂入ってくる?」
 梨香はそそくさと立ち上がると、すぐにタオルを恵美に投げて渡した。
 ぐったりとうつ伏せになった恵美は、肩で息をしていた。
「しかも涎まで……ちょっと、やりすぎ?」
 舌を出す梨香。
 怪訝な表情をして、恵美は両手をついてゆっくりと体を起こした。
「……な、なに、梨香……どういう、こと?」
「ちと辛気臭い雰囲気になりかけたんで、場を和まそ思て……」
 へらっと笑って恵美の傍に正座する梨香。
 メラっと恵美の心に炎が宿った。
「恵美?」
 ゆらりと立ち上がった恵美は、勇者の目で梨香をにらみつけた。

「やりすぎじゃああああああ!!!」

「ちょ、ちょ、待って恵みゃぁぁあはははははははははははははははっ!!!?」

 梨香に飛び掛った恵美は、しっかりと倍返しした。


(完)