『白粉(おしろい)さんの気分が沈んでいます』
 HP同好会会長槍水仙(やりずい せん)が電話に出ると、いきなりそんな事実を告げられた。非常に落ち着いた冷たい声だった。
『先輩と佐藤(さとう)君が原因だと言っています。どうしてあなたたちはそういうことしかできないんですか?』
 声は抑揚無く淡々と述べた。
「なんだ」
 槍水仙は、毅然として言った。
「いたずら電話か?」
『とぼける気ですか? とぼける気ですね。怒りますよ? 怒ります。覚悟していてください』
 ブチリと通話が切られた。
「本当に、なんだ?」
 怪訝な表情をした槍水仙は、そのままHP同好会の後輩の佐藤へ電話をかけた。
「今、やたら遠回しな殺人予告と思しき電話を受けたんだが……」
 佐藤によると、電話の主は佐藤のクラスメイト白梅梅(しらうめ うめ)という女子生徒らしい。同じくHP同好会の後輩白粉の、小学校時代からの友人で、妙に白粉に対して思いいれがあるらしい。
「その、なんだ。私は殺されるのか?」
 槍水仙はいつもと変わりない口調で言った。
 通話口越しに佐藤は『先輩なら十分白梅と渡り合えそうな気がする』と言うが、実際のところ槍水仙はそれほど運動神経が良いわけではなかった。
 通話を切った後、一抹の不安を抱きながらも、槍水仙は後輩が部室へ戦利品を持って戻ってくるのを待った。
 戻ってきた佐藤は初白星を挙げていた。二人で祝い、余興にチェスをし、帰路に着いたのは深夜だった。彼女は、いつのまにか、電話のことを忘れていた。

●●●

 深夜。体育用具入れ。
 槍水仙は制服姿のまま、並べて置かれた平均台の上で、両腕を体側につけ、からだをまっすぐに伸ばし、両足のかかとを揃えた、Iの字の状態で、長縄跳び用のロープでぐるぐる巻きにされていた。
 佐藤と別れた直後、彼女は何者かに襲われ、気がついたら拘束されていたのだ。
「不覚だったな」
「ご自分に言っているのですか? 覚悟をしておくように電話で言ったはずです。どうしてあなたたちは、そんなに問題意識が低いんですか? だから白粉さんを唆してのうのうとしているんですか? そうですか。怒っていいですか? 怒ります」
 制服姿の白梅梅は、芋虫のような状態に縛り付けられた槍水仙を見下ろし、つらつらと早口に淡々と述べた。
「質問なのか自己完結なのかはっきりしろ。面倒なのはあまり好きではない。用件を言え」
 槍水仙が言うと、
「問答無用です。先輩には、白粉さんを唆した罪を償ってもらいます」
 白梅梅はポケットからカッターナイフを取り出し、カタカタカタカタと勢いよく刃をのばし始めた。
 突然出現した刃物に、さすがの槍水仙も軽く額に汗をにじませた。

 白梅梅がカッターナイフを刃先を向けたのは、槍水仙の喉元……ではなく、彼女の履いた厚底のアーミーブーツであった。
「……何をやっている?」
 槍水仙は意表をつかれたのか眉を寄せ、視線を足元へ落とし言う。白梅梅は黙々とナイフを動かし、槍水仙の靴のつま先から縦方向に引く。
 じょりじょりと白梅梅がナイフでそぎ落としたのは、槍水仙の靴底であった。
 両足のブーツから靴底のみを取り払われた槍水仙は、見かけ上は膝下までアーミーブーツを履いたまま、ストッキングに包まれた足の裏を外気に晒した状態になった。ブーツの中で蒸れたのか、外気に触れた瞬間、槍水仙はきゅっと足の指を縮こまらせた。ストッキング越しに足の指、くびれ、土踏まずの凹凸がはっきりと確認できる。
「なんだ」
 槍水仙が繰り返し問う。
 白梅梅は答えず、カッターナイフをしまった。
「問答無用と言ったはずです」
 白梅梅は言うと、そっと槍水仙の足の裏へ触れた。

「んひ……っ!!!?」

 槍水仙は、あからさまにからだをびくんと震わせ、足の指を反らせ反応した。
 すぐに口を閉じて抑えたものの、一瞬漏れ出た声は、普段の彼女のものとは思えないほど艶かしく間の抜けたものだった。
 白梅梅は、槍水仙の大きな反応に驚いたのか手を止め、
「先輩。もしかして、くすぐったがりですか? そうですか。なら、好都合です」
「ま、待て。勝手に自己完結するな」
 槍水仙の口調には狼狽が見え隠れしていた。
「私はくすぐったがりなどでは――」
 白梅梅の人差し指の先端が、遣水仙の足の裏をついた。

「あひぃっ!!?」

 槍水仙は、さきほどよりも甲高い声を発し、からだを震わせた。
「やっぱり弱いじゃないですか。先輩。先輩は今夜、白粉さんにちょっかいを出した罪を背負い、笑い死にします」
 白梅梅は淡々と言うと、左右人差し指をそれぞれ槍水仙の両足のかかとから足裏の中央あたりまでをゆっくりとなぞるように這わせた。

「ふひっ……!!! ひっ、……や、やめ……っ!!!? あひっ、ひぅぅ!!!」

 槍水仙の足の指がくねくねとくすぐったそうに動く。
 足首から先を左右によじりたいようだが、足裏以外はアーミーブーツに覆われ可動域が制限されているため、かなわない。

「あひっ、ひっ、……おいっ、やめっ!!! うふっ、白粉ひひっ……ちょっかいとは、なんのこと……だはっ!!?」

 槍水仙は歯を食いしばり、笑いをかみ殺しながら言った。
「とぼける気ですか? そうですか。怒ります」
 白梅梅は言うと、左右の指をそれぞれ二本に増やし、槍水仙の足の裏を撫で上げるようにくすぐり始めた。
 
「くは……っ!!! ひっ……! ひ、ひ、ひ……」

 槍水仙はぎゅっと目をつぶり左右に首を振った。
 口元は緩みかけ、ひくひくと頬が痙攣するように上下している。

 白梅梅は、機械的に指を動かし、徐々に使用する指の数を増やしていく。

 両手それぞれ四本の指でくすぐり始めて一分程度。
 歯を食いしばり悶えていた槍水仙の口の端からだらりと涎が流れ落ちた。

「ぎひっ、うひひひっ……ひゃっ……ひひひっ、やめっ……ぐひっ……」

 顔を紅潮させ、必死に笑い声をあげまいと抵抗する槍水仙の言葉はかなり弱々しくなっていた。
 うっすらと開かれた目はうつろで、目尻には涙が浮かんでいる。

「選挙の根回しで鍛えた私のテクニックでここまで耐えた人間は、先輩が初めてです」
 唐突に語りだした白梅梅は指を止め、槍水仙を見下ろした。
「……くはぁ……ひ、ひぃ……」
 荒く息を吐く槍水仙。
 言葉を吐く余裕はない様子。
「次で決めます。先輩。笑ってください」

 白梅梅は淡々とお願いをすると、両手計十本の指を槍水仙のストッキングに覆われた足の裏につき立てた。

「かは……っ!!!?」

 槍水仙は目をカッと見開き、からだを仰け反って反応した。

 シャリシャリシャリシャリシャリシャリシャリ――

 暗い体育用具入れ内に、ストッキングと指の擦れる音が響き渡った。

「――……ぶはっ」

 一瞬頬をぷくっと膨らませ最後の抵抗を見せた槍水仙は、直後、弾けるように笑い出した。

「ぶゎはははははははははははっ!!!!!? あぁぁ~~っはっはっはっはっはっはっはっは!!!!」

 眉をへの字にゆがめ、大口を開けて笑う槍水仙。
 からだが波打つように上下に激しく震える。

「だぁぁあっはっはっはっはっはっは!!!! やめろぉぉ~~~ははははははははっ、やめてくれぇぇぇ~~ぐわっはっはっはっはっはっはっは!!!」

 白梅梅の指がわちゃわちゃと槍水仙の足の裏を掻き毟る。
 くすぐられている足は、びくびくと意思を持った生き物のように可動域いっぱいに暴れている。

「頼むぅぅぅ~~ひゃっははっはっは!!! やめれぇぇえぇっひぇっひぇ、私はぁあぁがはははははあははは、弱いんだぁぁあぁっはっはっはっはっはは!!!!」

 槍水仙は情けない笑顔のまま涙を撒き散らしながら、プライドを投げ捨てるように懇願した。

「駄目です。許しません」
 白梅梅は切り捨てるように言うと、槍水仙の足の親指と人差し指の付け根あたりに指をつっこみガリガリと激しく引っかいた。

「がひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!!!? やめっ、やみゃっはっはっは、はぎゃぁぁあ~~ははははははははははははっ!!」

 白梅梅は乱暴に爪を立て、ぐりぐりと人差し指で、槍水仙の足の指をほじくるように動かす。
 そのうち槍水仙のストッキングは足指の付け根あたりに穴が開き、そこが押し広げられるようにビリビリと破かれていった。

「あぁぁ~~ひゃっひゃっひゃ!!! やべろぉぉ~~~っふぁっはっはっは、やめてくれぇぇぇ~~~ひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」

 露になった槍水仙の素足。
 足の指が官能的にぐねぐねともがいた。

 白梅梅はそんな彼女の足の指と指の間に無理やりに手の指を突っ込み、指間をくすぐる。

「あひひひひひひひひひひひっ!!!? ぎぃぃぃ~~ひっひっひっひっひ、そりゃだみゃぁあぁっはっはっはっはっはっはっは!!!!」

 銀髪を振り乱し、涎をだらだらと流しながら笑い狂う槍水仙。
 『氷結の魔女』の威厳も何もあったものではない。

「ぐひゃひゃひゃひゃ、お願いだぁぁあっはっはっははっははっやめて! やめてぇぇぇぇ~~~うひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!」

 機械的にくすぐりは続き、彼女の言葉が聞き入れられることはとうとう無かった。

 白梅梅は明け方まで槍水仙をくすぐり続けた後、

「人間って意外とタフなんですね。笑い死にってどうやったらできるんでしょうか?」

 引きつった笑みを顔面に貼り付けたまま失神した槍水仙に向けて言い残し、体育用具入れを去った。


(完)