「わ、わたし、ちょっと敏感体質……その、あの、くすぐったがりで。あ、その、シシクラさんとは仲良くさせてもらってるんですが、その……、か、軽く触られただけでも、……くすぐったくて。その、今のうちに、治しておかないと、そのぅ……スキン、シップのときとかに、困る、かなぁ、と」

 その日『迷わない子ひつじの会』に持ち込まれてた相談内容は「敏感体質を治したい」というきわどいものだった。
 依頼主は一年生の中瀬華(なかせ はな)。ぼんやりとしたタレ目、髪の毛は後頭部で一つくくり、小柄な体躯で、カーディガンの袖口からちょこんと指先が見えている。漫研に所属。強引な男に絡まれていたところを、二年生の宍倉徹(ししくら とおる)に助けられ、恋に落ちたという、夢見ごこちな思考の持ち主。宍戸の依頼を『迷わない子ひつじの会』で解決したことをきっかけに、交際を始めたらしい。
 書記の二人が顔を見合わせて困っていると、会長がパンと手を合わせて「好きな人のために苦手なものを克服する。素敵なことだわ。わたしに任せてちょうだいっ!」とむやみに力強く請け負った。
「よ、よろしく、お願いします!」
 中瀬は感激の体で頭を下げた。
 書記の二人は、「お気の毒に……」と憐れむような視線で、無垢な依頼主を見つめた。

 翌日の放課後、中瀬は漫研の部室に向かう途中で擽り部のメンバー男女六名と、会長に拉致された。ついでに記録係の名目で、書記二人も同行した。
「さて中瀬ちゃん。矯正を始めますよぉ?」
 のりのりの会長は無意味に語尾を上げて言った。
「え、あのっ……これはっ……え?」
 椅子に縛り付けられた中瀬は状況がまったく飲み込めない様子で、あたふたとしている。
「くすぐりなんて慣れよ慣れ! 一回死ぬほどからだに叩き込んでしまえば、もう、ちょっとやそっとのくすぐったさじゃなーんにも感じなくなっちゃうんだから」
「え……まさか、その……」
 不安げな声を上げる中瀬。
「中瀬ちゃん心配ないわ! ここにいるメンバーはくすぐりのプロばかり! そこらにいる素人とはワケが違うんだから! 今日は中瀬ちゃんのからだの隅から隅まで調べ上げて開発……げふん、敏感体質を矯正してあげるんだから!」
「ひぃっ!?」
 怯える中瀬に一斉に襲い掛かる『プロ』ども。書記の二人は合掌した。

 中瀬は擽り部メンバーと会長に、全身を余すところなくくすぐられた。
 椅子の肘掛、脚に、それぞれ両手首、両足首をしっかりと固定された中瀬に逃げる術はなかった。

「きゃぁぁははっはっはっはっははっ!!!! いやはははははははっ!! だぁぁあぁ~~っはっはっはっは~~っ!!」
 
 部屋中に響き渡る中瀬の甲高い笑い声はその苦痛を物語っている。
 もともとくすぐったがりだと言っていたのだからなおさらだろう。

 擽り部の連中と会長は、中瀬のからだいたるところの感度を確かめるかのごとく、しつこくくすぐった。

 ある者は、中瀬の首筋や顎の下に羽根を這わせ、
「きゃはははははっ、やめてくださいぃぃぃひひひひひひひひひ~~」

 ある者は、中瀬の閉じることのできない両腋の下に両手を突っ込み、ドリルで掘り進めるかのようにドドドと力強くくすぐり、
「うふぉっ!!? はがっはっはっはっはっは、だぁあぁはははははははっ!!! だひゃぁあぁっはっはっは」 

 ある者は、中瀬のがら空きになったアバラをゴリゴリとしごき、
「あぎゃっ、嫌ぁあぁはははははははははは!!? ふぎゃぁああっはっはっはっはっは~~!!」

 ある者は、中瀬の脇腹のツボにくりくりと指を差込み震わせ、
「おひょひょほほほほほほほっ!!!? ひぎひひひひひひひひひひひそれきつぃいいひひひひっひっひ~~っひ!!!!」

 ある者は、中瀬の背中にこそこそと指先を走らせ、
「あひっ、あひっ、ひっひっひっひっひっひ!!! んひぃぃ~~はははははははは」

 ある者は、中瀬の太腿をぐにぐにと揉み解し、
「うひひひひひひひ!! いぃぃ~~っひひっひっひっひっひっひ!!!」

 会長は、中瀬の左足から上履きと靴下を脱がしとり、素足の足の裏、土踏まずや足の指の間を、ねちねちと指でこねくりまわすようにしつこくくすぐった。
「うひゃひゃひゃひゃっ!!! ひぎゃっはっははっはは、やぁあぁあぁだひゃひゃははは、無理ぃぃいっひっ~~ひっひっひっひっひ!!!」

 書記の二人は、中瀬が顔を真っ赤にして泣きながら笑い狂う様を、半ば怯えながら記録した。
 中瀬は全身が非常に敏感らしく、くすぐりに慣れるどころか、終始笑い声は激しくなるばかりであった。

 結局数時間くすぐられ解放された中瀬は、それまで以上に感度が増し、くすぐったがりになってしまった。
 会長の作戦は失敗かと思われたが、その後、宍戸の方が、なんでもくすぐったがる中瀬に興味を示し、彼がくすぐりフェチに目覚めたことで、二人の仲はより睦まじくなったらしい。
 中瀬は、我々や擽り部に感謝しているという。
 ここは素直に、彼女のがんばりに感心しておこう。

 『迷わない子ひつじの会』が仙波(せんば)に頼らずに解決した相談事例が、ひとつ増えた。


(完)