吉永双葉(よしなが ふたば)が誘拐されたのは、その容姿が、彼の娘にそっくりだったからだ。
 サロペットジーンズにポニーテールと少女は両手を縛られ、足には木板の枷をはめられていた。
「おいこら! 放せよおっさん! あたしに何の恨みがあるっていうんだよ!」
 双葉ががるると般若の形相で唸るのをよそに、誘拐犯の男は彼女のランドセルをまさぐっていた。
「こらぁ! 無視すんな! 勝手に人のもん触ってんじゃねぇ!」
「吉永双葉ちゃんか……、本当に、うり二つだ……」
 男は双葉の名前を確認すると、呆けたような表情で双葉の元へ歩み寄ってきた。
「な、なんだよ……っ」
 ぐっと顔を近づけられ、双葉は気味悪そうに顔をゆがめた。
「双葉ちゃん。いや、ユウナちゃん。やっと会えたね」
「はぁ? 何言ってんの、おっさん」
「あぁ、ごめんよ。あまりに似ていたものだから、ついね……」
 男はうっすらと涙ぐんで言った。
「ユウナって……」
 双葉が聞き返すと、
「僕の娘だよ」
 男のしんみりとした声に、小学四年生の少女は想像力を膨らませる。
「まさか……あんたの娘って……」
「二日前から部活の遠征で家を出ているんだ」
 双葉は思わずずっこけそうになった。
「死んだんじゃねーのかよ!」
「死んでないよ! むしろ県で表彰されるぐらい元気だよ!」
「すげぇ!」
「でも、部活が忙しくて最近全然僕と遊んでくれなくなってね。しかも反抗期まで重なって、僕のことを『きもい』だの『近づくな』だの……」
 男は、おいおいと泣き始めた。
 あまりにみっともない姿に、さすがの双葉も顔を引きつらせた。
「だがら……、ひっく……、今日は、小学生のユウナと、ひっく、久しぶりに……いっじょに、遊ぼうと、おもってぇ」
「いやいや! あたし、ユウナじゃないから! どれだけ似てるのか知んないけど!」
「じゃあユウナちゃん、は、囚われたお姫様で……」
「何設定作ってんだよ! こら! やめっ」
 男はぐずぐずと鼻水を流しながら、双葉の足元へとかがむ。
 板の枷から二本つきだした双葉の足から、運動靴を脱がし取った。
「な、なにすんだよ!? こらぁ!」
 双葉は喚くが、男は無視して、露わになった双葉の素足の足の裏をこちょこちょとくすぐり始めた。

「――ひゃっ!? あひゃはははははははははっ!!!? なっ、なにすんだぁぁ~~!?」

 双葉は男の奇行に目を見開き、直後、大口を開けて笑い始めた。
「姫、どうか、……我が軍に降伏を」
 男はまだ軽く涙ぐみながら、両手10本の指を、双葉の足の裏に走らせる。

「ぎゃっはっはっはっははっはは知らねえ!! 知らねえよばかぁぁっはっはっはっはっはっはっは~~!!!」

 双葉はぶんぶん首を左右に振って笑い狂う。
 小学生同士のじゃれあいで軽くくすぐり合うことはあっても、ここまで完全に拘束されてのくすぐりは初めての体験だった。

「ちょぉお~~足がぁぁっはっはっは、足が攣るぅぅぅうひひひひひひひひひひひひひひ!!!」

 双葉の足の指が激しく動く。
 足は上下にわずかに傾く程度で、まったく身動きが取れない。
 しゅりしゅりと足の皮が擦れる音が部屋中に響く。

「姫! 姫!」
 男は必死な表情で双葉の顔を見やる。
 鼻は赤いが、設定に没入しているようだ。

「ぎゃはははあははははははやめろぉぉ~~!!! やめろぁぁぁああっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!」

 双葉は顔を真っ赤にして笑う。
 上半身をはげしくよじり、ぶんぶんとポニーテールを振り乱す。

「あぁ姫! そのようなはしたないお姿を……」
 男は哀れむように双葉に語りかけると、双葉の足の指を掴んで反らし、ぐりぐりと指の付け根をひっかきはじめた。

「ふぎゃぁぁぁあっはぁぁぁぁあぁ~~!!!? いひひひひひひひひひやめてぇぇええうひゅひひひひひひひひぃぃひぃひぃ!!!」

 双葉は背中をバタンバタンと壁に打ち付けて笑う。
 あふれ出る涙と、開きっぱなしの口から流れ出た涎でサロペットジーンズが汚れていく。
 いくら面白いテレビを見ても、これほど涙を流して笑うことはなかった。
 すべてが新鮮で、初めての感覚だった。

「あぁぁぁぁあ~~あはぁあぁあっはっはははっははふひぃぎぃぃぃぃ!!!」

 双葉は目を見開き、絶叫を上げる。
 まさに双葉が限界を迎えようとした時、突如、部屋の壁が爆風で吹き飛んだ。
「な、なんだ!?」
 男が狼狽する。
 爆風の中からぬっと現れた影は、人間のそれではなかった。

『我は吉永家の門番。双葉に危害を加えた罪、身をもって知るが良い』

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 翌日。
(うへぇ。まだ足がむずむずするなぁ)
 四年一組の教室で上履きをすりあわせた。
 ふと、前の席の女子生徒がドリルに没頭しているのが目に入る。
 無防備に開かれた腋の下……。
 双葉はイタズラな笑みを浮かべると、そっと女子生徒の背後から腋の下へ手を差し入れた。

 その後しばらく、四年一組でくすぐり遊びが流行したのは言うまでもない。


(完)


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(ここから作者コメント)

 こんばんは。ertです。
 某チャットルームで遊んでいる最中に書いたものだったのですが……
 なんと『DDD産業』のDDD様が絵を描いてくださいました!
吉永双葉ちゃん(DDD様より)
 哄笑顔+転がった靴がサイコーにそそられます! 足枷がリアル! ありがとうございました!