それは、坂上智代が生徒会選挙活動を行っていたときのこと。

「おい智代。本当に行くのか?」
「何を言う朋也。校内の競技団体をすべて制覇してこそのアピールじゃないか。どんな部活動団体であろうと、現生徒会が承認した部。差別してはいけない」
「まぁ、お前がそこまで言うなら……」

 智代は、校内の全部活動団体のエースと試合をして勝ち抜くことで、選挙アピールを行っていた。
 提案した朋也は可能な限り智代に付き添い応援をしていたのだが……

『競技くすぐり部』

 旧校舎に活動スペースを設けている、名前からして怪しげな部活動団体。
 智代はそこのエースと試合をするという。
 そもそも『競技くすぐり』ってなんだ?
 朋也は試合形式さえも想像がつかない謎の競技に、不安をいだいていた。

「ルールは簡単です」
 と語る部長の女子生徒。
 部員は全部で六人もいるらしい。
 物好きがいたものだ。
「対戦は二人対二人の四人で行います。各チームくすぐり方とくすぐられ方に分かれて戦い、拘束された各チームのくすぐられ方が同時に相手チームのくすぐり方にくすぐられ、先にギブアップするか失神した方が負けです」
「失神だと!?」
 朋也は思わず声を上げた。
 くすぐられて失神なんて、ガチじゃないか。
「こちらとしては勝負を受ける側の要望として、坂上さんにくすぐられ役をやっていただきたいのですが」
「おい智代。やめておけ。こんなこと――」
「朋也。やらせてくれ。勝負を申しつけた以上、引き下がることはできない」
「お前なぁ……」
「さすが未来の会長さん。一貫性がありますね」
 部長はにっこりと挑発的な笑顔を浮かべた。

 朋也の説得もむなしく、坂上チームと競技くすぐり部チームで対戦が行われることになった。
 坂上チームは朋也はくすぐり方、智代がくすぐられ方。相手チームは部長がくすぐり方で、くすぐられ方はコガという女子生徒だった。
 コガという女子生徒、どこか、想い人である古河渚に似た雰囲気があって、朋也はドキリとしてしまった。

「ではくすぐられ方の二人はこちらに」
 部長が促した先には、板を張り合わせて作ったX字の拘束台が二台並んでおかれていた。
「ガチじゃねーか!」
 朋也は智代の顔を見る。
 智代は一瞬躊躇したように顔を強ばらせたが、意を決したように一歩踏み出した。
「靴下は脱いでください」
「いいだろう」
 部長に言われ、白いハイソックスを脱ぐ智代。
 脱いで丸めたソックスは上履きに詰め、X字拘束台に寝そべった。
 コガという女子生徒は上履きだけ脱いで、拘束台に上がる。
 拘束台に上がると、別の部員の手によって両手両足に枷がはめられていく。
「……」
 朋也は目の前で無防備に体を晒すコガ。
 気が気じゃなかった。
「準備ができたら言ってください」
 審判の部員の声にハッとする朋也。
 智代の方を見ると、対戦相手である部長が腕まくりをしてワキワキと指を動かし、智代を挑発していた。
(こいつ……っ、できる……っ)
 両者とも準備が整い、審判が開始の合図を告げる。
「スタート!」

 朋也は焦った。
 目の前できょとんとしたコガの表情を見ると、どうしても渚を思い出してしまう。
 試しに、脇腹をくすぐってみた。
「……んっ」
 コガは甘い声と一緒に体をくねらせる。
 朋也はカッと赤面した。

「相方さん。全然ですね。これじゃうちが勝ったも同然ですよ? 坂上さん」
 隣から声が聞こえてきた。
 部長はまだ智代をくすぐり始めていない。
 初心者だからと舐めているのか。

 すると、部長の指が智代の素足の足の上に置かれた。

「んふっ……!」

 その瞬間、びくんと智代の体が揺れ、口から声が漏れた。
「おやおや、まだ触っただけなのにずいぶんと敏感じゃないですか。そんなことで我々に勝てると思っているんですか」
 部長は言いながら、こそこそと指を動かし始めた。

「やっ、あはっ、……や、んひぃぃ~~~!」

 顔を赤くして歯をかみしめて笑いをこらえる智代。
(あんな智代の表情、初めて見た……)
 朋也が感心しているうちに、部長の指はどんどん速くなる。

「ひゃっ……いひっ、ひ、ひ、ひ……っ!! んひぅぅうぅぅ……ぅ!」

 ビクビクと蠢く智代の足指。
 くすぐったさに、お腹をよじって悶えている。

「指の腹でさすっただけでこの反応。じゃあ、爪を立てたらどうなるでしょうねぇ?」

「ひ、ひひ、んひっ! な、なんのこと、だ……ふひっ」

「初歩的なテクニックですよ。うちの部では入部してすぐ教えています。足の裏はですね。こうして爪を立ててひっかくようにしてくすぐると――」

「――っ!!!」

 部長がわずかに指を動かしただけで、智代の体がのけぞった。

「よく効くんです」

 部長は言うと同時に、激しく指を動かし始めた。
 がりがりがりと激しく足の皮の擦れる音が室内に響き渡った。

「ぐふぅぅううううひゃはははははははははははははっ!!? あぁぁ~~っはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!」

 必死にこらえていた智代が笑い出した。
 体を上下に激しく揺らし、首を左右に振って大笑いする。

「やっはっはっはっはっはっはっは!!! やめっ……きゃはははははははははははははははは!!!」

「坂上さん。普段の凜々しいイメージとは違って、笑い方はずいぶんと可愛いいんですね?」

「やはははははうるさっ、あぁぁ~~~っはっはっはっはっはっははっははっは~~!!」

「選挙アピール用に、この笑い狂う姿を使ってみてはいかがでしょうか? 動画にしてお渡ししますよ」

「余計なお世話だぁあぁあああひゃはっはっはっはっはっははっははっは~~!!!」

 智代は目に涙を浮かべて大笑いしている。
 部長は余裕の笑みで、挑発的な言葉を並べる。
 ……やはり、慣れている。
 朋也はさきほどからコガの脇腹や腋をおそるおそるくすぐってみているものの、コガはまったく笑ってくれない。

「さぁ、相方さんが悠長にやっているうちに、こちらはラストスパートかけますよ? 覚えてますよね、坂上さん? 今のうちにギブアップ宣言しておきませんか?」
 部長は朋也の方を横目で見ながらせせら笑う。

「あぁぁあぁはははははははは、するかっ!! するわけないだろぉぉ~~ひゃっはっはっはっはっはっははっっはは!!」

 智代は笑いながら、目線を朋也の方へ向けた。
 目で応援してくれているようだ。
 朋也は不甲斐なさを感じた。

「では、仕方ないですね。失神コースに移りましょうか」
「えっ」

 部長はくすぐる手を止めると、智代の体の横に立った。
 ぺろんと制服の裾をめくる。
「さっき、ちょっと足の裏に触れたとき、坂上さん、お腹を隠そうとよじりましたね? 人間はですね、無意識に弱点を隠そうとするものなんですよ」

 部長は能書きを垂れると、親指を智代のむき出しの脇腹に差し込みくりくり震わせ始めた。

「やひゃっ!!? あひゃっっ、は、は、は、ひゃぁぁあああはっはっはははっっははっはははっははっひひひひっひひひひひっひひひひ!!!?」

 もの凄い反応だ。
 びくんびくんと背中を台に打ち付けて智代は暴れていた。

「こういうのもお好きですか?」

 部長は爪を立てて智代のヘソ周りをくすぐる。

「ひぃぃぃいぃ~~っひっひひひひいひひひひいひっひっ!!! やだっ、やう゛ぇっ、ひっひっひっひっひっひっひっひっひぃぃぃ!!」

 智代は泣いている。
 よほどお腹が敏感だったらしい。
「くそぅ……」
 朋也もがんばらねばと思うのだが、要領がわからない。
 その間にも智代は悲痛な笑い声を響かせている。

「あひゃあぁあああああはあひゃはひゃひぃぃぃぃぃ!!!」

 一段と甲高い悲鳴が響いた。
 見ると、智代のおへそに部長の指がツッコまれていた。

「脇腹のツボとおへその同時責め。……お腹が弱い方は数分で昇天するデータがあるんです」

「あがはっはあっははっはっははっはっ!!! ひぃぃぃいふぎぃぃぃぃぃ~~~朋也ぁぁぁあっはっはっはっははっは、やがっ、あぁあぁぁああははははははははははっは!!!」

 ついに智代の口から朋也の名前が出た。
(くそっ、俺しか助けてやれないのに……どうすればいい?)
 朋也は考えた。
 部長がやったように脇腹のツボを探してみても、コガはまったく笑わない。
 一生懸命コガの体をくすぐっていると、
「……あの、無理しないでくださいね」
 とコガに心配されてしまった。
 情けなさ過ぎて涙が出てくる。
(くそっ、どうすれば……)
 そのとき、ふと、部長の言葉が思い出される。

『人間はですね、無意識に弱点を隠そうとするものなんですよ』

 ハッとして、朋也はコガの足元を見た。コガは三つ折りソックスを穿いたままだ。
 智代に対しては、部長がわざわざ脱ぐように言ったのに……。
 朋也は一縷の望みをかけ、コガの足元へ移動して、ソックスを引っ張り脱がした。

「あ」

 コガの声が漏れた。
 朋也の確信が高まる。

 朋也は部長の言葉を必死に思い出す。
「えっと、……爪を立てて、ひっかくように……?」

 朋也の指がコガの素足の足の裏へ触れると、びくんとコガの体が動いた。

「んはっ、あっ……きゃはっ……、……っ!!!」

 コガの口から笑い声が漏れた。
(よしっ、これで勝てる!)
 朋也は、コガの足の裏を掻きむしった。

 その瞬間、コガはきゅっと目をつぶって体をびくびくと大きく震わせ、

「――ぷひゃっ!!! ふひゃひゃひゃひゃはははははははははははははひぃぃぃぃぃっひっひひひっひっひ!!! 嫌ぁあああああ足だめなのぉぉ~~~ひゃっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!」

 激しく笑い出した。

 勝敗はその数分後についた。
 結果はコガのギブアップ宣言による坂上チームの勝利。
 競技くすぐり部側は、足以外の部位のくすぐりが効かないコガにくすぐられ方をやらせることで時間稼ぎをする作戦だったらしい。

「いつ気付くかと思って、やきもきしていたんだぞ」
 智代は彼女の弱点をすぐ見抜いていたらしい。
 なにはともあれ、競技くすぐり部も智代の会長立候補を応援してくれるようになった。

 それからというもの、朋也は、ときどきコガの笑い狂う姿を思い出すようになった。
(渚もあんな風に笑うのかな……?) 
 休み時間中、ふと想像してしまい――
「よっ、おっかざき~! って顔赤っ! 渚ちゃんが風邪で休んでるからって、何妄想して――」
 通りすがり春原の顔に便座カバーを刺した。


(完)