学校から疲れて帰ってくると、ダイニングテーブルに腰掛けたマムがため息をついていた。
 マム……、なんだか最近疲れているみたいだ。
 ぼくはランドセルを置いて、マムの横顔を眺める。
 授業参観で友達からは「若くてかわいい」と評判のマム。肌はまだまだぴちぴちで、結婚指輪さえしていなければ大学生でも通りそう。

「マム? どうしたの?」

 ぼくはこどもぶって首を傾げて聞いた。
 マムはやっとぼくの存在に気づいたのか、顔を上げてにっこりと微笑んだ。目の下に隈がある。なにをそんなに思い悩んでいるのだろう。

「あぁ、……おかえり、しんたろう」

 マムの声は沈んでいた。
 ぼくの問いの解答にもなっていない。
 あと、ぼくの名前は「しんじろう」だ。

「マム、疲れてる?」

「そんなことないわ。パパ、遅いわね……」

 まだ夕方の四時だ。ダディが帰ってくるまでまだ三時間はある。
 本当にマム、どうしっちゃのか。

 ぼくは、マムに元気を出して欲しいと思った。

 ふと思い出す。
 最近学校で元気の出るおまじないが流行っているのだ。
 昨日の給食時間、牛乳を飲んでいる女の子にやってあげたら、尋常でないくらいに喜んでくれた裏技だ。

 マムはテーブルに肘を突いて頭を抱えている。
 マムを傍目に、ぼくは、とてとてと走ってダディの部屋にいった。

 たしか、ここに……。

 ダディが隠し持っているおもちゃを、ぼくは知っていた。
 手錠だ。
 警察官でもないダディがなんでそんなものを持っているのか、ぼくにはわからない。
 引き出しのなかからいくつか取り出してもっていく。

「マム? ちょっと手を貸して」

 ダイニングに戻って声をかけると、マムは「……どうしたの?」と力なく聞き返しながらも腕を貸してくれた。
 ぼくはマムの両手を掴み、椅子の後ろに引っ張っていく。ちょうど背もたれの後ろで、ガチャリ、と手錠をかけた。

「え」

 マムの目がまんまるに見開かれた。
 マムがきょとんとしている間に、ぼくはしゃがんで、マムの足首それぞれと椅子の脚を手錠で繋いだ。

「え? しんちゃん? 何やってるの?」

 やっとマムが声を上げた。

「ちょっとマムに元気を出してもらおうと思って」

「や……何をする気なの? 放しなさい」

 マムが珍しくちょっと怒っている。
 椅子に座ったまま両手を後ろに、両足をそれぞれ椅子の脚にくっつけて動けないマム。

 ぼくは、マムの背中にまわって、腰を落とした。

「ちょっと? しんちゃん!? なにをやって――……きゃんっ!?」

 マムはびくんと体を揺らして、甲高い声を上げた。
 ぼくが後ろから手を回し、ぐにっとマムのお腹をつまんだのだ。

 服の上から、マムのお腹のぬくもりを感じる。
 もみ、もみ、と指の腹を動かす。

「きゃはっ……し、しんちゃっ! や、やめなさいっひぃ」

 マムはぷるぷる肩を揺らしながら笑いを漏らした。

 ほうら。喜んでくれた。

 もう少し強くやった方が喜んでくれるかな?

 ぼくはクリクリと指を動かして、マムのおへそを探す。おへそを触ると、女の人はみんな声を上げて喜んでくれるのだ。隣の席のミッコちゃんで立証済みだ。

「うひゃぁぁっ!!? は、は、は……ちょ、しんちゃん!! だめぇっあはっ、ふはぁぁ!!」

 服の上からだとよくわからない。
 シャツの裾をまくって、素肌に触れた。

「ひゃんっ!? つめたっ……ひはははっ!! やぁぁ」

 さわさわと指先ですべすべの素肌をなぞりながらおへそを探る。
 マムは歯を見せて笑顔を見せてくれた。
 やっぱりマムには元気に笑っていて欲しい。

 指の動きに逢わせて、マムがくねくねと腰を振った。

「やっ、しんちゃん……おねがっ、やめぇぇえ!!」

 指先をぐるぐると動かし、やっとおへそへ到達する。

「あひゃぁぁあっ!!?」

 ほらね。
 触れた途端、マムのお腹が、くんっと引っ込んだ。
 あんまりに嬉しくて、遠慮しちゃうのだ。

 ぼくは、マムのお腹にずぽっと人差し指をつっこんで、くにくにと動かした。

「ふはぁぁぁあああはひひひひひひひっ!!!? やめてっ、しんちゃっ! だめぇぇえああはははははははははは!!!」

 やっとマムは、声を荒らげて笑ってくれた。

 ぼくはマムのおへその縁を指の腹でなぞりながら、もう片手で脇腹に爪を立てた。

「ひひゃはははははははは!!? やめなさ! しん、あぁあはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!」

 やっぱり女の人はおへそ周りを触られると嬉しいみたいだ。

 ぼくはしばらくマムのおへそをいじってあげて、足元へ目を落とす。

 椅子の脚に繋がれて、つま先立ちになっているマムの素足。
 足の裏がこちら側を向いている。

 ぼくは片手でマムの脇腹をもみもみしながら、もう片手をマムの足の裏へ伸ばした。

「ひゃははははははやめてぇぇぇ!!! そこはぁぁぁあ」

 そうそう。人によってはおへその他に足の裏が嬉しいこともあるらしい。
 後ろの席のスミダさんがそんな感じだった。普段仏頂面で、滅多に声を上げて笑わないのに、上靴と靴下を脱がして足の裏を触ってあげると、狂ったように大喜びしてくれたのだ。

 マムの丸見えの足の裏。
 すべすべだ。

「くひゃははははははははははっ!!! あぁぁぁああああ!? なでなでしないでっぇぇあっはっはっはっはっはっはは!!!」

 マムは足首をがちゃがちゃと動かして笑ってくれる。
 そんなに喜んでくれると、ぼくまで嬉しくなってくる。
 さっきまで沈んだ表情だったマムは、顔を赤くして、大喜びの表情だ。

「あぁぁぁぁ~~っはっはっはっはっは!!! だめぇぇぇ!!! そんなさわり方ぁぁぁあっはっはっは」

 足の裏はちょっとコツがいるみたい。
 少しだけ爪を立てて、こりこりしごくように動かした方が、マムは喜んでくれた。

「あぁぁああはははははっはあはははだめぇぇぇぇ!!! しんちゃっ……おねがいっ!!! あたし弱いのぉおおおはははははははは!!!」

 ガタンガタンと椅子が揺れた。
 マムが喜んでくれている証拠だ。

 足の裏の方が喜んでくれる。

 そう判断したぼくは、両手でマムの足の裏を触ってあげる。

「ひゃぁあああああああっはっはっはっはっはっは!!? もうだめぇえええっへっへっへっっへへっへっへへっへ!!!」

 マムは涎まで垂らして喜んでくれる。
 ぼくはとても嬉しかった。

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 嬉しくてつい夢中になってやりすぎてしまった。

「しんじろう?」

 突然声がかかって驚いた。
 振り返ると、ダディがいた。

 ぼくは、ダディのおもちゃを勝手に使ったことを怒られるかと思って、びくびくしていた。
 でも、ダディの口調は優しかった。

「なんだ、お前も目覚めたのか。血は争えないな」

「?」

 ぼくは、ダディが何を言っているのかわからず、首を傾げる。
 マムが、荒い息を整えながら、げんなりと口を開いた。

「……ほんと、貴方の子よ」

 マムの心労は、ぼくにはまだわからなかった。


(完)


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(ここから作者コメント)

 こんばんは。ertです。
 チャットルームでお題をいただいて書いたもの。