T高校一年G組の保健委員宮崎里奈(みやざきりな)は、クラスメイトの小山春花(こやまはるか)の体調が気になっていた。
春花は身長150cm程度、髪の毛をツーサイドアップに結んだ病弱な女の子で、よく倒れる。春花が授業中に倒れるたびに、里奈が保健室に送り届けてやる光景は、すっかりG組では見慣れたものになっている。
本日春花は三時間目の授業中に倒れ、午前中は保健室で休んでいた。昼休憩の後教室にもどってきたのだが、五時間目が始まってからずっと顔色が悪い。
授業が半分ほど進んだところで、春花は教師に体調不良を訴え、保健室へ行く旨を伝えた。教師が指示を出す前に、里奈は「私が連れて行きます」と席を立った。
「いつもごめんね。宮崎さん」
保健室に向かう途中、春花は心底申し訳なさそうに顔をゆがませる。
「小山さん。無理しないで……」
里奈は身長約163cm、ショートボブで、春花と並んで歩くと見事なでこぼこコンビに見えた。
入学式の日、偶然トイレに訪れた里奈が気分悪そうにうずくまっていた春花の背中をさすってやったのが、二人の出会いだった。里奈が保健委員に立候補したのも、春花を気遣ってのことだった。
「失礼します……」
里奈は春花の背中を支え、保健室に入る。
保健室の中は無人だった。
里奈は一番奥のベッドに春花を連れていった。
「小山さん。ここで休ん……でっ!?」
振り向き際に突然、春花が里奈をベッドに押し倒した。
●●●
突如ベッドの下から現れた四本のマジックハンドが、里奈の四肢を掴み、拘束する。
「え……っ、何?」
里奈はまったく状況が飲み込めず、当惑する。身体が大の字に引っ張られ、ベッドの上に仰向けに押し付けられる。
その様子を見下ろす春花の手には、リモコンのようなものが握られていた。
「……小山、さん?」
里奈が春花の顔を見上げて言う。いやらしくぎらついた春花の眼差しが突き刺さる。いつもおどおどとしていた春花はと別人のように感じられた。
「ごめんね。宮崎さん。もう私、今朝までの私じゃなくなっちゃったんだ」
春花はベッドの上に膝を乗せ、里奈のブレザーのボタンを上から順に一つずつ外し始めた。
「なっ……それって、どういう……?」
動揺する里奈。
春花は里奈の上着を大きく広げると、平坦な里奈の胸にワイシャツの上から手を置いた。
「きゃっ!?」
「ねぇ、宮崎さん。こういうのは嫌い?」
春花は里奈に添い寝するように横になると、人差し指で里奈の胸の周りをさわさわと触り始めた。
「ひゃっ……ちょっ! ちょっと、小山さんっ……やめっ、く、ふくっ、くすぐったい……」
「あ、宮崎さん、案外くすぐったがりなんだぁ。ちょっとクールなイメージがあったから強そうに見えたんだけど」
春花は甘ったるい声を出しながら、人差し指で里奈の腋の下をほじくる。
「あはっ、あはははっ……やっ……何っ!? 小山さん……んふっ、やめて」
突然のくすぐったさに思わず吹き出してしまったが、なんとか耐え、身をよじる里奈。
「へぇ、耐えられるんだぁ? じゃあこんなのはぁ」
言いながら春花は、指先で里奈の脇腹をつんつんとつついた。
「ひっ!!? ひゃ……っ!! ちょ、やだっ! やめっ……小山さんっ、ホントにっ! いひっ……どうしたのっ! ……んひっ!?」
里奈は混乱していた。
明らかにこれまでの春花の態度ではない。彼女にいったい何が起こったのか……?
ふいに立ち上がる春花。
「教えてあげる。宮崎さん。見て、ここのベッド、全部新調されているでしょう?」
里奈は、春花の責めの余韻で息を切らせながら、保健室内のベッドを見渡した。
確かにベッドの形が若干変わっているようだ。
「『こちょこちょベッド』って言うんだって」
里奈の足下に移った春花は、里奈の両足からローファーを脱がした。
「こ、こちょ、こちょ……?」
里奈は戸惑い気味に復唱した。
「午前中。私、このベッドにい~~っぱい、こちょこちょされちゃった」
春花はえへへと笑いながら、言葉をつなぐ。
「最初は苦しかったんだけど、だんだん頭の中がぼーっとしてきて、……そしたらね、昼休みに生徒会長さんがやってきたの……」
春花がリモコンをいじると、ベッドの下から計十六本のマジックハンドが現れ、里奈を取り囲んだ。
「ひっ!?」
思わず悲鳴を上げる里奈。
「あ、言われたとおり操作できたぁ」
春花は嬉しそうに言い、
「会長さんにくすぐられたら、私、本当に、本当に、気持ちよくって頭の中がとろけそうになっちゃったんだぁ……うひっ」
春花は思い出したのか、涎をたらして笑った。
里奈はぞっとする。
「こ、小山さん、まさか……」
「書記の人に言われたの。五時間目の間に保健委員さんを連れてきて『こちょこちょベッド』でくすぐっておくようにって。そしたら私、会長さんにまたくすぐってもらえるんだぁ。だから、宮崎さん。ごめんね。うひっ」
春花がリモコンを操作すると、十六本のマジックハンドが、一斉に里奈の身体へ襲い掛かった。
「――っ、はっ!!! あぁぁぁぁっははっはっはっはっはっはっはっ!!? だっ、駄目ェェぇ~~っはっはっはっはっはっはっは~~っ!!!」
首、腋の下、胸、あばら、脇腹、脚の付け根、足の裏と、くすぐったい部分を一度にくすぐられ、里奈は悲鳴を上げた。
「宮崎さんが大声で笑うところ、私、はじめてかもぉ」
ふふっと笑みを浮かべる春花。
「嫌ぁぁぁっはっはっはっはっはっ!!! くすぐったいっ!! くすぐったいよぉぉ~~っふぁっはっはっはっはっはっはっ!!!」
里奈にとって、全身をくすぐられるのは初めての経験だった。
しかも、くすぐってくるマジックハンドの力加減が絶妙で、里奈に耐え難いくすぐったさを与えた。
首は撫でるように、腋の下はほじくるように、胸はいじくるように、あばらはほぐすように、脇腹はこそぐように、脚の付け根はえぐるように、足の裏はひっかくように……。
マジックハンドの指がわきわきと、里奈の体中で蠢く。
「やだぁぁぁっはっはっはっはっ、くすぐったいぃぃぃっひっひ、こやっ!!! 小山さんとめてぇぇぇぇっへっへっへっへっへ」
里奈は必死に身体をよじり、マジックハンドの指から逃れようとするが、左右から押し付けられた指が皮膚に食い込み、どうしてもくすぐったさから逃れらない。
「駄目だよ宮崎さん。機械とめちゃったら、私が会長さんにくすぐってもらえなくなっちゃう……。それに、宮崎さんもすぐ気持ちよくなってくるから」
里奈は、朦朧とする頭で春花の言葉を咀嚼し、ぶんぶんと首を左右に振り、
「やぁぁっはっはっはっは!!!! 嫌あぁっぁっはっは、きもち……っ!!! 気持ちよくなんかなりたくないぃぃぃ~~っひっひっひっひっひっひ!!」
「やみつきになっちゃうよ」
「やだぁぁぁっはっはっははっはっはっ!!! 狂ってるっ!! ひっひっひ、小山さんおかしいよぉぉ~~っはっはっはっは!!!」
腹の底からわきあがってくる笑いが抑えられない。
里奈は、涙を流して春花に抗議した。
「あぁっ、宮崎さんそれはひどいよぉ」
頬を膨らませて見せた春花は、「えいっ!」とリモコンのボタンを押した。
途端、マジックハンドの動きが活発になった。
「いっ!!!? いやぁはははははははははっ!!!! 何ぃぃぃぃっ!!! 何したのぉぉぉ!!?」
「宮崎さんが私のこと馬鹿にするからだよ。ちょっとくすぐりを強めてみたの」
春花は満面の笑みを里奈に見せた。
「やぁぁぁあっははははははははははっ!!!! こやっ!!! 小山さんやめてぇぇ~~っはっはっはっは!!! これっ、ひぃぃぃ~~ひひひひひひひひひ、これきつすぎるぅぅ~~ひゃはははははははっ!!!」
里奈はびくびくと身体を小刻みに震わせて泣き叫ぶ。
「あ、このボタンは何かなぁ?」
春花は首をかしげて言うと、再びリモコンの何かしらのボタンを押す。
すると、首と脇腹をくすぐっていた計四本マジックハンドがベッドの下へひっこむ。
「あっはっはっはっはっ、何っ!!? 何したの小山さんっ、ひっひっひっひっ」
すぐにもどってきた四本のマジックハンドには羽箒と孫の手が握られている。
「いやぁぁっはっはっはっ!!!? そんなっ……そんなの駄目ぇぇぇっはっはっはっはっはっはっ!!!」
里奈の哀願むなしく、羽箒は首筋、孫の手は両脇腹へ襲い掛かった。
「うはぁぁぁ~~っはっはっはっはっは!!! あぁぁっはっはっはっはっはっはっ!!! ぐほっ、ひゃぁぁぁ~~っはっははっはっはっは!!」
羽箒のぞくぞくとする感触、孫の手のぞりぞりとひっかかれる感触がたまらなくくすぐったい。
「いぃぃぃ~~っひっひっひっひっ!!! ひぃぃっひっひひ、死ぬぅぅ~~っほっほ、死んじゃうぅぅ~~っはっはっはっは!」
「じゃあこのボタンは?」
春花は再びリモコンをいじろうと手をかける。
「ちょっとぉぉ~~っはっはは、遊ばないでっ! 小山さ……なははははははっ!!! 遊ばないでぇぇぇっ!!」
里奈は叫ぶが、春花はにっこりと何らかのボタンを押す。
すると今度は、内股をくすぐっていた脚をくすぐっていた一本がスカートの中へ侵入し股間をまさぐり、足裏をくすぐっていた二本がそれぞれ櫛と耳かきを持ち出してきて、足裏をかりかり引っかき始めた。
「あひゃっ!!!? きぃぃぃっひっひっひっひっひっ駄目駄目駄目ぇぇぇはははははははっ!!! 駄目だってばぁぁぁはっはっはっはっはっは!!!」
スカートの中ではマジックハンドの指がいやらしく踊り、ソックスを履いた両足の裏では櫛と耳かきが的確に土踏まずを責めてくる。
「あぁぁっはっはっはっ!!! もういやっ、もう嫌ぁぁぁっはっはっはっはっはっは~~!!!!」
五時間目の終了チャイムがなる頃には、すっかり里奈の声は枯れ、全身汗びっしょりになっていた。
●●●
「やあ、里奈、楽しんでるかな?」
少し前の選挙で就任したばかりの佐藤蓮(さとうれん)生徒会長が、里奈の顔を覗き込んできた。至近距離で見る会長の顔は、なかなか格好良かった。里奈は、きっと鼻水と涎であろうぐしゃぐしゃな顔を見られ、恥ずかしかった。
「……た、楽しく、ないです」
里奈は、息を荒くして答えた。
「会長さぁん。早く私をくすぐってくださぁい」
隣の『こちょこちょベッド』で春花が艶かしい声を出した。上着と靴を脱ぎ、自ら大の字に寝そべり拘束されて、準備万端と言った感じだ。
「春花。里奈が終わったらすぐやってあげるから、それまで待っててね」
「そんなっ、会長さぁ~~ん……約束してくれたじゃないですかぁ。私待てないですぅ」
駄々をこねる春花。
そのとき、会長の隣にいたポニーテールの女子生徒が会長の袖をちょいちょいと引っ張った。
「佐藤君。休み時間、あと六分しかないよ。あんまり喋ってると……」
「ありがとうハルナ。聞き分けの悪い春花にはちょっとお仕置きが必要だね。ハルナ、そっちは任せるよ」
「うん」
言うと、ハルナと呼ばれた女子生徒がリモコンを操作した。
途端、春花の無防備な身体に計十六本のマジックハンドが一斉に襲い掛かった。
「やっ!!!? きゃははははははっ!!? あぁぁぁんっ、会長さぁぁんっ、にゃはははははははっ!!! お願いっっひっひ、会長さんの指でぇぇぇ!! うはははっ、会長さんの指でぇぇぇっ!!! ふにゃぁぁぁ~っはっはっはっはっは~~っ!」
春花は高くかわいらしい笑い声を上げた。身体をねじり、髪の毛を振り乱し笑い狂う姿は、病弱な春花のイメージと程遠い。
「春花ちゃん。順番は守らないと駄目だよ」
ハルナは、めっと諭すように春花に声をかけた。
「さて、里奈。くすぐりには慣れたかな?」
佐藤会長は、言いながら里奈の両足からソックスを脱がし取った。
「……な、慣れません」
里奈は正直に答えた。
佐藤会長が何をしようとしているのかは予測できたが、大笑いして疲労困ぱいしており、頭がうまく回らない。
「……か、会長さんは、なんで……こんなこと」
佐藤会長は里奈の質問には答えず、里奈のエジプト型の扁平足に指を這わせた。
「あっ、あぁぁぁっはっはっはっはっはっ!!?」
「里奈は今日から、僕のくすぐり奴隷になるんだよ」
佐藤会長の指が、しゃりしゃりと里奈の足の裏で音を立てる。
「やはははははははっ!!? くすっ、くすぐり奴隷って何ですかぁぁぁっはっはっはっはっはっはっ!!!」
佐藤会長は答えてくれない。
かわりに、右足の親指と人差し指の間に、会長の指がねじ込まれた。
「うひゃっ、ひゃっはっはっはっはっ!!! 駄目ぇぇぁっ、やめてぇぇぇ~~かっはっはっはっはっはっはっはっ!!!」
里奈は、これまでに経験したことのない異様なくすぐったさにパニックに陥る。
足の裏から送られてくる刺激は強烈で、直接の頭の中へ指をつっこまれ脳をぐるぐるとかき回されているような感覚がした。
「がぁぁぁぁ~~っはっはっはっはっはっ!!! 何コレぇぇぇっひゃっひゃっひゃ! おかしぃっ!! おかしぃぃぃっひっひっひっひっひ~~」
里奈は隣から聞こえてくる春花の甲高い笑い声をかき消すような大声で笑い狂う。
「楽しくなってきたかい?」
佐藤会長の四本指を、左足のかかとに感じた。右足は、土踏まずを二本の指でくすぐられている。
会長の言葉とくすぐったさが、脳内に一度に流れ込み、雑念が押し出されていく。
「あぁぁぁあっひゃっひゃっひゃっひゃっ!!! 嫌あぁぁぁはははははははっ、狂うっ!!! ひひひひひひ、おかしくなっちゃうぅぅぅううっはっはっはっはっはっはっ!!!」
里奈は自分を保とうと必死だった。
が、見えないはずの足の裏の様子が、頭に浮かぶ。
佐藤会長の指が踊り狂う。
くすぐったい。
左足の指を反らされ、指の付け根をがりがりと掻き毟られる。
くすぐったい。
脳裏の映像が鮮明になっていくにつれ、余計にくすぐったさが身体を支配していく。
「がぁぁぁぁっはっはっははっ、だっひゃっひゃっひゃ!!! うひぃぃぃぃ~~ひゃひいひぃひぃひぃ」
「どう? 里奈。僕の指、もっと欲しくないかい?」
あ。
里奈は、ぷつんと頭の中で何かが途切れる感覚がした。
途端、強烈な欲求が、頭の内側から温泉のようにあふれ出てきて、からだ中を駆け巡った。
「あははははっ、もっとぉぉぉ~~っはっはっはっはっはっ、もっとくすぐってくださいぃぃぃ~~っひっひひひひひひひひひひひっ!!」
里奈は涙を流して懇願した。
里奈は驚き戦いた。
どうして私は『もっとくすぐられたい』なんておかしなことを思って――
「あぁぁぁあひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!!? ぐひゃひゃひゃひゃひゃっひぃぃ~~~ひひひひひひひっ!!!」
両足の土踏まずが思い切り掻き毟られる。
里奈は、一瞬脳裏をよぎった疑問を完全に忘れてしまった。
「にゃっはっはっは!! 会長さぁんっっはっはっはは、早く私をぉぉ~~、私をくすぐってぇぇ!!」
隣の『こちょこちょベッド』で春花が叫んでいる。
里奈は、佐藤会長が『春花ではなく自分をくすぐってくれていること』に、優越感を覚えた。
(完)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(ここから作者コメント)
こんばんは。ertです。
このシリーズ、案外受け視点と相性がよさそうだったので、書いてみました。
就任した明朗快活な新人生徒会長の黒い噂!? 最近、生徒会執行部員に続いて、どうやら専門委員長達の様子もおかしい!? 専門委員会一般生徒に忍び寄る影!
春花は身長150cm程度、髪の毛をツーサイドアップに結んだ病弱な女の子で、よく倒れる。春花が授業中に倒れるたびに、里奈が保健室に送り届けてやる光景は、すっかりG組では見慣れたものになっている。
本日春花は三時間目の授業中に倒れ、午前中は保健室で休んでいた。昼休憩の後教室にもどってきたのだが、五時間目が始まってからずっと顔色が悪い。
授業が半分ほど進んだところで、春花は教師に体調不良を訴え、保健室へ行く旨を伝えた。教師が指示を出す前に、里奈は「私が連れて行きます」と席を立った。
「いつもごめんね。宮崎さん」
保健室に向かう途中、春花は心底申し訳なさそうに顔をゆがませる。
「小山さん。無理しないで……」
里奈は身長約163cm、ショートボブで、春花と並んで歩くと見事なでこぼこコンビに見えた。
入学式の日、偶然トイレに訪れた里奈が気分悪そうにうずくまっていた春花の背中をさすってやったのが、二人の出会いだった。里奈が保健委員に立候補したのも、春花を気遣ってのことだった。
「失礼します……」
里奈は春花の背中を支え、保健室に入る。
保健室の中は無人だった。
里奈は一番奥のベッドに春花を連れていった。
「小山さん。ここで休ん……でっ!?」
振り向き際に突然、春花が里奈をベッドに押し倒した。
●●●
突如ベッドの下から現れた四本のマジックハンドが、里奈の四肢を掴み、拘束する。
「え……っ、何?」
里奈はまったく状況が飲み込めず、当惑する。身体が大の字に引っ張られ、ベッドの上に仰向けに押し付けられる。
その様子を見下ろす春花の手には、リモコンのようなものが握られていた。
「……小山、さん?」
里奈が春花の顔を見上げて言う。いやらしくぎらついた春花の眼差しが突き刺さる。いつもおどおどとしていた春花はと別人のように感じられた。
「ごめんね。宮崎さん。もう私、今朝までの私じゃなくなっちゃったんだ」
春花はベッドの上に膝を乗せ、里奈のブレザーのボタンを上から順に一つずつ外し始めた。
「なっ……それって、どういう……?」
動揺する里奈。
春花は里奈の上着を大きく広げると、平坦な里奈の胸にワイシャツの上から手を置いた。
「きゃっ!?」
「ねぇ、宮崎さん。こういうのは嫌い?」
春花は里奈に添い寝するように横になると、人差し指で里奈の胸の周りをさわさわと触り始めた。
「ひゃっ……ちょっ! ちょっと、小山さんっ……やめっ、く、ふくっ、くすぐったい……」
「あ、宮崎さん、案外くすぐったがりなんだぁ。ちょっとクールなイメージがあったから強そうに見えたんだけど」
春花は甘ったるい声を出しながら、人差し指で里奈の腋の下をほじくる。
「あはっ、あはははっ……やっ……何っ!? 小山さん……んふっ、やめて」
突然のくすぐったさに思わず吹き出してしまったが、なんとか耐え、身をよじる里奈。
「へぇ、耐えられるんだぁ? じゃあこんなのはぁ」
言いながら春花は、指先で里奈の脇腹をつんつんとつついた。
「ひっ!!? ひゃ……っ!! ちょ、やだっ! やめっ……小山さんっ、ホントにっ! いひっ……どうしたのっ! ……んひっ!?」
里奈は混乱していた。
明らかにこれまでの春花の態度ではない。彼女にいったい何が起こったのか……?
ふいに立ち上がる春花。
「教えてあげる。宮崎さん。見て、ここのベッド、全部新調されているでしょう?」
里奈は、春花の責めの余韻で息を切らせながら、保健室内のベッドを見渡した。
確かにベッドの形が若干変わっているようだ。
「『こちょこちょベッド』って言うんだって」
里奈の足下に移った春花は、里奈の両足からローファーを脱がした。
「こ、こちょ、こちょ……?」
里奈は戸惑い気味に復唱した。
「午前中。私、このベッドにい~~っぱい、こちょこちょされちゃった」
春花はえへへと笑いながら、言葉をつなぐ。
「最初は苦しかったんだけど、だんだん頭の中がぼーっとしてきて、……そしたらね、昼休みに生徒会長さんがやってきたの……」
春花がリモコンをいじると、ベッドの下から計十六本のマジックハンドが現れ、里奈を取り囲んだ。
「ひっ!?」
思わず悲鳴を上げる里奈。
「あ、言われたとおり操作できたぁ」
春花は嬉しそうに言い、
「会長さんにくすぐられたら、私、本当に、本当に、気持ちよくって頭の中がとろけそうになっちゃったんだぁ……うひっ」
春花は思い出したのか、涎をたらして笑った。
里奈はぞっとする。
「こ、小山さん、まさか……」
「書記の人に言われたの。五時間目の間に保健委員さんを連れてきて『こちょこちょベッド』でくすぐっておくようにって。そしたら私、会長さんにまたくすぐってもらえるんだぁ。だから、宮崎さん。ごめんね。うひっ」
春花がリモコンを操作すると、十六本のマジックハンドが、一斉に里奈の身体へ襲い掛かった。
「――っ、はっ!!! あぁぁぁぁっははっはっはっはっはっはっはっ!!? だっ、駄目ェェぇ~~っはっはっはっはっはっはっは~~っ!!!」
首、腋の下、胸、あばら、脇腹、脚の付け根、足の裏と、くすぐったい部分を一度にくすぐられ、里奈は悲鳴を上げた。
「宮崎さんが大声で笑うところ、私、はじめてかもぉ」
ふふっと笑みを浮かべる春花。
「嫌ぁぁぁっはっはっはっはっはっ!!! くすぐったいっ!! くすぐったいよぉぉ~~っふぁっはっはっはっはっはっはっ!!!」
里奈にとって、全身をくすぐられるのは初めての経験だった。
しかも、くすぐってくるマジックハンドの力加減が絶妙で、里奈に耐え難いくすぐったさを与えた。
首は撫でるように、腋の下はほじくるように、胸はいじくるように、あばらはほぐすように、脇腹はこそぐように、脚の付け根はえぐるように、足の裏はひっかくように……。
マジックハンドの指がわきわきと、里奈の体中で蠢く。
「やだぁぁぁっはっはっはっはっ、くすぐったいぃぃぃっひっひ、こやっ!!! 小山さんとめてぇぇぇぇっへっへっへっへっへ」
里奈は必死に身体をよじり、マジックハンドの指から逃れようとするが、左右から押し付けられた指が皮膚に食い込み、どうしてもくすぐったさから逃れらない。
「駄目だよ宮崎さん。機械とめちゃったら、私が会長さんにくすぐってもらえなくなっちゃう……。それに、宮崎さんもすぐ気持ちよくなってくるから」
里奈は、朦朧とする頭で春花の言葉を咀嚼し、ぶんぶんと首を左右に振り、
「やぁぁっはっはっはっは!!!! 嫌あぁっぁっはっは、きもち……っ!!! 気持ちよくなんかなりたくないぃぃぃ~~っひっひっひっひっひっひ!!」
「やみつきになっちゃうよ」
「やだぁぁぁっはっはっははっはっはっ!!! 狂ってるっ!! ひっひっひ、小山さんおかしいよぉぉ~~っはっはっはっは!!!」
腹の底からわきあがってくる笑いが抑えられない。
里奈は、涙を流して春花に抗議した。
「あぁっ、宮崎さんそれはひどいよぉ」
頬を膨らませて見せた春花は、「えいっ!」とリモコンのボタンを押した。
途端、マジックハンドの動きが活発になった。
「いっ!!!? いやぁはははははははははっ!!!! 何ぃぃぃぃっ!!! 何したのぉぉぉ!!?」
「宮崎さんが私のこと馬鹿にするからだよ。ちょっとくすぐりを強めてみたの」
春花は満面の笑みを里奈に見せた。
「やぁぁぁあっははははははははははっ!!!! こやっ!!! 小山さんやめてぇぇ~~っはっはっはっは!!! これっ、ひぃぃぃ~~ひひひひひひひひひ、これきつすぎるぅぅ~~ひゃはははははははっ!!!」
里奈はびくびくと身体を小刻みに震わせて泣き叫ぶ。
「あ、このボタンは何かなぁ?」
春花は首をかしげて言うと、再びリモコンの何かしらのボタンを押す。
すると、首と脇腹をくすぐっていた計四本マジックハンドがベッドの下へひっこむ。
「あっはっはっはっはっ、何っ!!? 何したの小山さんっ、ひっひっひっひっ」
すぐにもどってきた四本のマジックハンドには羽箒と孫の手が握られている。
「いやぁぁっはっはっはっ!!!? そんなっ……そんなの駄目ぇぇぇっはっはっはっはっはっはっ!!!」
里奈の哀願むなしく、羽箒は首筋、孫の手は両脇腹へ襲い掛かった。
「うはぁぁぁ~~っはっはっはっはっは!!! あぁぁっはっはっはっはっはっはっ!!! ぐほっ、ひゃぁぁぁ~~っはっははっはっはっは!!」
羽箒のぞくぞくとする感触、孫の手のぞりぞりとひっかかれる感触がたまらなくくすぐったい。
「いぃぃぃ~~っひっひっひっひっ!!! ひぃぃっひっひひ、死ぬぅぅ~~っほっほ、死んじゃうぅぅ~~っはっはっはっは!」
「じゃあこのボタンは?」
春花は再びリモコンをいじろうと手をかける。
「ちょっとぉぉ~~っはっはは、遊ばないでっ! 小山さ……なははははははっ!!! 遊ばないでぇぇぇっ!!」
里奈は叫ぶが、春花はにっこりと何らかのボタンを押す。
すると今度は、内股をくすぐっていた脚をくすぐっていた一本がスカートの中へ侵入し股間をまさぐり、足裏をくすぐっていた二本がそれぞれ櫛と耳かきを持ち出してきて、足裏をかりかり引っかき始めた。
「あひゃっ!!!? きぃぃぃっひっひっひっひっひっ駄目駄目駄目ぇぇぇはははははははっ!!! 駄目だってばぁぁぁはっはっはっはっはっは!!!」
スカートの中ではマジックハンドの指がいやらしく踊り、ソックスを履いた両足の裏では櫛と耳かきが的確に土踏まずを責めてくる。
「あぁぁっはっはっはっ!!! もういやっ、もう嫌ぁぁぁっはっはっはっはっはっは~~!!!!」
五時間目の終了チャイムがなる頃には、すっかり里奈の声は枯れ、全身汗びっしょりになっていた。
●●●
「やあ、里奈、楽しんでるかな?」
少し前の選挙で就任したばかりの佐藤蓮(さとうれん)生徒会長が、里奈の顔を覗き込んできた。至近距離で見る会長の顔は、なかなか格好良かった。里奈は、きっと鼻水と涎であろうぐしゃぐしゃな顔を見られ、恥ずかしかった。
「……た、楽しく、ないです」
里奈は、息を荒くして答えた。
「会長さぁん。早く私をくすぐってくださぁい」
隣の『こちょこちょベッド』で春花が艶かしい声を出した。上着と靴を脱ぎ、自ら大の字に寝そべり拘束されて、準備万端と言った感じだ。
「春花。里奈が終わったらすぐやってあげるから、それまで待っててね」
「そんなっ、会長さぁ~~ん……約束してくれたじゃないですかぁ。私待てないですぅ」
駄々をこねる春花。
そのとき、会長の隣にいたポニーテールの女子生徒が会長の袖をちょいちょいと引っ張った。
「佐藤君。休み時間、あと六分しかないよ。あんまり喋ってると……」
「ありがとうハルナ。聞き分けの悪い春花にはちょっとお仕置きが必要だね。ハルナ、そっちは任せるよ」
「うん」
言うと、ハルナと呼ばれた女子生徒がリモコンを操作した。
途端、春花の無防備な身体に計十六本のマジックハンドが一斉に襲い掛かった。
「やっ!!!? きゃははははははっ!!? あぁぁぁんっ、会長さぁぁんっ、にゃはははははははっ!!! お願いっっひっひ、会長さんの指でぇぇぇ!! うはははっ、会長さんの指でぇぇぇっ!!! ふにゃぁぁぁ~っはっはっはっはっは~~っ!」
春花は高くかわいらしい笑い声を上げた。身体をねじり、髪の毛を振り乱し笑い狂う姿は、病弱な春花のイメージと程遠い。
「春花ちゃん。順番は守らないと駄目だよ」
ハルナは、めっと諭すように春花に声をかけた。
「さて、里奈。くすぐりには慣れたかな?」
佐藤会長は、言いながら里奈の両足からソックスを脱がし取った。
「……な、慣れません」
里奈は正直に答えた。
佐藤会長が何をしようとしているのかは予測できたが、大笑いして疲労困ぱいしており、頭がうまく回らない。
「……か、会長さんは、なんで……こんなこと」
佐藤会長は里奈の質問には答えず、里奈のエジプト型の扁平足に指を這わせた。
「あっ、あぁぁぁっはっはっはっはっはっ!!?」
「里奈は今日から、僕のくすぐり奴隷になるんだよ」
佐藤会長の指が、しゃりしゃりと里奈の足の裏で音を立てる。
「やはははははははっ!!? くすっ、くすぐり奴隷って何ですかぁぁぁっはっはっはっはっはっはっ!!!」
佐藤会長は答えてくれない。
かわりに、右足の親指と人差し指の間に、会長の指がねじ込まれた。
「うひゃっ、ひゃっはっはっはっはっ!!! 駄目ぇぇぁっ、やめてぇぇぇ~~かっはっはっはっはっはっはっはっ!!!」
里奈は、これまでに経験したことのない異様なくすぐったさにパニックに陥る。
足の裏から送られてくる刺激は強烈で、直接の頭の中へ指をつっこまれ脳をぐるぐるとかき回されているような感覚がした。
「がぁぁぁぁ~~っはっはっはっはっはっ!!! 何コレぇぇぇっひゃっひゃっひゃ! おかしぃっ!! おかしぃぃぃっひっひっひっひっひ~~」
里奈は隣から聞こえてくる春花の甲高い笑い声をかき消すような大声で笑い狂う。
「楽しくなってきたかい?」
佐藤会長の四本指を、左足のかかとに感じた。右足は、土踏まずを二本の指でくすぐられている。
会長の言葉とくすぐったさが、脳内に一度に流れ込み、雑念が押し出されていく。
「あぁぁぁあっひゃっひゃっひゃっひゃっ!!! 嫌あぁぁぁはははははははっ、狂うっ!!! ひひひひひひ、おかしくなっちゃうぅぅぅううっはっはっはっはっはっはっ!!!」
里奈は自分を保とうと必死だった。
が、見えないはずの足の裏の様子が、頭に浮かぶ。
佐藤会長の指が踊り狂う。
くすぐったい。
左足の指を反らされ、指の付け根をがりがりと掻き毟られる。
くすぐったい。
脳裏の映像が鮮明になっていくにつれ、余計にくすぐったさが身体を支配していく。
「がぁぁぁぁっはっはっははっ、だっひゃっひゃっひゃ!!! うひぃぃぃぃ~~ひゃひいひぃひぃひぃ」
「どう? 里奈。僕の指、もっと欲しくないかい?」
あ。
里奈は、ぷつんと頭の中で何かが途切れる感覚がした。
途端、強烈な欲求が、頭の内側から温泉のようにあふれ出てきて、からだ中を駆け巡った。
「あははははっ、もっとぉぉぉ~~っはっはっはっはっはっ、もっとくすぐってくださいぃぃぃ~~っひっひひひひひひひひひひひっ!!」
里奈は涙を流して懇願した。
里奈は驚き戦いた。
どうして私は『もっとくすぐられたい』なんておかしなことを思って――
「あぁぁぁあひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!!? ぐひゃひゃひゃひゃひゃっひぃぃ~~~ひひひひひひひっ!!!」
両足の土踏まずが思い切り掻き毟られる。
里奈は、一瞬脳裏をよぎった疑問を完全に忘れてしまった。
「にゃっはっはっは!! 会長さぁんっっはっはっはは、早く私をぉぉ~~、私をくすぐってぇぇ!!」
隣の『こちょこちょベッド』で春花が叫んでいる。
里奈は、佐藤会長が『春花ではなく自分をくすぐってくれていること』に、優越感を覚えた。
(完)
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(ここから作者コメント)
こんばんは。ertです。
このシリーズ、案外受け視点と相性がよさそうだったので、書いてみました。
就任した明朗快活な新人生徒会長の黒い噂!? 最近、生徒会執行部員に続いて、どうやら専門委員長達の様子もおかしい!? 専門委員会一般生徒に忍び寄る影!