ある日の午後。
博麗神社の巫女、博麗霊夢(はくれい れいむ)は『指でくすぐった相手を虜にする程度の能力』を手に入れた。
「ちょっとよく意味がわからないわね。また外の世界から幻想入りしてきたマイナー能力かしら」
幻想入り。
外の世界で旬を過ぎたモノが幻想郷に流れ着くこと。
外の世界で忘れられた芸能人、少し前に流行したファッションアイテムなど、これまで多くのものが幻想入りしてきた。
博麗神社の巫女は、そうして流れ着いたモノを管理する仕事がある。
「めんどうね。ちょっと試してみて、使い道がなかったらいつものようにさっさと処分しましょう」
霊夢は自分に言い聞かせるように言った。
一人暮らしが長いと、独り言が多くなる。
「『指でくすぐった相手を虜に』ってことは、誰かをくすぐればいいのかしら?」
くすぐりなんて、ばかばかしい。
霊夢はそんな風に思っていた。
博麗神社の一階に下りた。
畳の上で、鬼が寝ている。
伊吹萃香(いぶき すいか)。
昨夜、勝手にやってきて勝手に酒を食らって酔いつぶれているのだ。
腹を出して、ぐーぐーと汚いいびきをかいている。
我が物顔で気持ちよさそうに眠る萃香を見ていると、霊夢はイラッとした。
「あ、萃香。まだいたんだ、へぇ」
いつもならとっとと追い出すところだが、ちょうどよかった。
霊夢は萃香を新しい能力の実験台にすることに決めた。
~~~
「……ん、んぁ?」
萃香は目を覚ましてすぐ、体の自由が利かないことに気づいたようだ。
両手両足をぎしぎしと動かすが、びくともしない。
彼女の体はX字に引き伸ばされ両手両足首をお札で封じ込められている。
「あ、萃香、起きた? 待ちくたびれたわよ」
霊夢はあくびをしながら言う。
「れ、霊夢ぅ? どういうことだよこれぇ?」
萃香はまだ酔いが覚めてないのか、眠そうに目をしばたたきながら言った。
「あ、ちょっと幻想入りしてきた変な能力の実験がしたくて。萃香、あんた協力して?」
「はへ?」
きょとんとする萃香を無視して、霊夢はいきなり彼女の脇腹をこちょこちょくすぐりはじめた。
「――ひゃっ!!? んはははははははははははっ!!? ななっ、いきなり何するんだ霊夢ぅううううはっはははっはっはっははは!!」
萃香はびっくりしたように目を見開いて笑い出した。
「へぇ、鬼もくすぐりって利くもんなんだ」
霊夢は頷きながら指を這わせる。
萃香はいつもと同じように袖無しの薄いブラウスを一枚しか身につけていなかった。
布地が薄いために敏感なのだろうか。
他人をくすぐる経験なんてほぼ皆無な霊夢だったが、自分の指の動きで激しく笑う萃香の姿を見ていると、なんとなく満足感が得られた。
「やははははははっはあっはっはっはっ!! 霊夢やめろああぁあぁぁっはっはっはっはっはっはっはあ!!」
すっかり酔いも覚めたらしく、萃香は激しく体を揺らして笑う。
「我慢して。というか、能力の実験だから、もし『虜』になったら教えて」
霊夢は言って、萃香の腋の方へ指を上昇させていく。
「虜ってなんだよぁあああっはっはははっははは!! やだぁっ、そこはこないでぇぇぇああぁ~~っはっはっはっはっはっはっは!!!」
霊夢の指が腋に到達しそうになったところで、萃香が激しい抵抗を見せた。
「あんた、そんな服着てる癖に、腋、くすぐられたくないの?」
「ひゃはははっ、そんなのっ! 誰だっていやだろぉぉ~~あははははははははは!!!」
首を左右に激しく振って嫌がる萃香。
霊夢は指の動きを止めた。
「ひぅっ……れ、霊夢?」
萃香は目に涙を浮かべていた。
霊夢はにっこりと笑い返してやった。
「なーんちゃって」
霊夢はそう言うと、ガラ空きの萃香の腋へ両手10本の指を突き立て、ごりごりとくすぐった。
「ぐぎゃぁあはははははははははははっ!!!? フェイントっ、卑怯だぁあああはっはっははっはっはっははっははっはっはっは!!!」
萃香はびくんと体を仰け反って笑いはじめた。
霊夢は両手の指をばらばらに動かし、萃香のむだ毛一本も無い腋の素肌を掻きむしる。
「ぎゃははははははあははははははっ!! うあはははははははあはははっ!!! やめてっ、やめてぇえあああああああがははっははあははははははは!!!」
霊夢は笑い狂う萃香の姿を見るのがだんだんと楽しくなってきた。
指の力加減を少し変えてやるだけで、萃香の反応が微妙に変わる。
と、霊夢はうっかり実験を忘れそうになった。
「虜になった?」
聞いてみる。
「やははははっははははははあっ!!? だからぁぁあ虜ってなんだよぉぉあああっはははっはっははっははは!!!」
萃香は涙を流して叫んだ。
顔をぐしゃぐしゃにして笑う彼女に、もう鬼の威厳は見られなかった。
「意外と時間かかるのね……。虜になるって、具体的にどういう状態になるのかわかんないけど」
霊夢は指を止め、萃香の足元へ移動した。
萃香は笑い疲れたのか、肩で息をしている。
萃香の白い靴下の足裏を前に、霊夢は、
「このままがいい? 靴下脱がした方がいい?」
「ひぃ……霊夢ぅ、もぅ、やめてぇ……」
「おっけ。脱がすわ」
霊夢は萃香の両足から靴下をひったくった。
そうして現れた少し汗ばんだ萃香の素足を、霊夢はカリカリとくすぐりはじめる。
「うひゃははははあははははははは!!!? 霊夢ぅうううあははっはははははははは!! もうだめだってぇあああはっはっはっははっはっはっはは!!」
萃香は足の指をくねらせてもがいた。
「うはっ、なんか楽しい」
他人の素足を間近で凝視することなんていままでなかった。
足が別の生き物のようにもがく様子は、見ていて飽きない。
足首を固定しているために、足が嫌々するように左右にくねる。
爪を立て、土踏まずをしごいてやると、足の指が反り返るようにびくびく蠢いた。
「おねがぁぁあああはひゃひゃひゃひゃっ!! 霊夢うううあががががはははははっは!!! やめでぇぇえぇええはひゃひゃひ変に……、変になるぅあううあうあはひゃひゃはははははははは!!!」
霊夢は萃香の表情をうかがう。
萃香の顔は涙と涎でぐちゃぐちゃ。そして、上気していた。
萃香は笑いながら「変になる」と連呼している。
くすぐられ続けると、彼女の中で何かが「変になる」のだろうか?
それが「虜になる」ということだろうか?
「虜になった?」
霊夢が聞くと、
「あがっぁあはははははははははっっわかんないぃぃっひっひっひっひひひひやぁあぁぁああっはっはっははっはっはは!!」
萃香の答えが変わっていた。
霊夢は釈然としなかった。『指でくすぐった相手を虜にする程度の能力』というのはいまいちよくわからない。ただ、……
「くすぐるのって意外と楽しいかも……」
霊夢の方が虜になりそうだった。
~~~
能力の指す『虜』というのがいまいちよくわからなかった。
ただくすぐるのが楽しくて、霊夢はくすぐり続けた。
そうして数分。
手を止めてすべてが氷解した。
さすがにくすぐり続けて霊夢も疲れた。
萃香の体もきっと限界だろうと思った。しかし、
「ひ……れ、霊夢ぅ……げほっ、もっかい……腋、やって、くんない?」
萃香は息を切らし、涎を垂らしながら、そう言った。
霊夢は驚いた。
あんなに嫌がっていた萃香が、自分からくすぐって欲しいとおねだりするなんて。
これが、虜。……
霊夢はついつい頬が緩んだ。
「なかなかおもしろい能力じゃないの」
(完)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(ここから作者コメント)
こんばんは。ertです。
『東方萃夢想@上海アリス幻樂団』より、伊吹萃香さんです。
なんか、幻想入りしてしまいました。
博麗神社の巫女、博麗霊夢(はくれい れいむ)は『指でくすぐった相手を虜にする程度の能力』を手に入れた。
「ちょっとよく意味がわからないわね。また外の世界から幻想入りしてきたマイナー能力かしら」
幻想入り。
外の世界で旬を過ぎたモノが幻想郷に流れ着くこと。
外の世界で忘れられた芸能人、少し前に流行したファッションアイテムなど、これまで多くのものが幻想入りしてきた。
博麗神社の巫女は、そうして流れ着いたモノを管理する仕事がある。
「めんどうね。ちょっと試してみて、使い道がなかったらいつものようにさっさと処分しましょう」
霊夢は自分に言い聞かせるように言った。
一人暮らしが長いと、独り言が多くなる。
「『指でくすぐった相手を虜に』ってことは、誰かをくすぐればいいのかしら?」
くすぐりなんて、ばかばかしい。
霊夢はそんな風に思っていた。
博麗神社の一階に下りた。
畳の上で、鬼が寝ている。
伊吹萃香(いぶき すいか)。
昨夜、勝手にやってきて勝手に酒を食らって酔いつぶれているのだ。
腹を出して、ぐーぐーと汚いいびきをかいている。
我が物顔で気持ちよさそうに眠る萃香を見ていると、霊夢はイラッとした。
「あ、萃香。まだいたんだ、へぇ」
いつもならとっとと追い出すところだが、ちょうどよかった。
霊夢は萃香を新しい能力の実験台にすることに決めた。
~~~
「……ん、んぁ?」
萃香は目を覚ましてすぐ、体の自由が利かないことに気づいたようだ。
両手両足をぎしぎしと動かすが、びくともしない。
彼女の体はX字に引き伸ばされ両手両足首をお札で封じ込められている。
「あ、萃香、起きた? 待ちくたびれたわよ」
霊夢はあくびをしながら言う。
「れ、霊夢ぅ? どういうことだよこれぇ?」
萃香はまだ酔いが覚めてないのか、眠そうに目をしばたたきながら言った。
「あ、ちょっと幻想入りしてきた変な能力の実験がしたくて。萃香、あんた協力して?」
「はへ?」
きょとんとする萃香を無視して、霊夢はいきなり彼女の脇腹をこちょこちょくすぐりはじめた。
「――ひゃっ!!? んはははははははははははっ!!? ななっ、いきなり何するんだ霊夢ぅううううはっはははっはっはっははは!!」
萃香はびっくりしたように目を見開いて笑い出した。
「へぇ、鬼もくすぐりって利くもんなんだ」
霊夢は頷きながら指を這わせる。
萃香はいつもと同じように袖無しの薄いブラウスを一枚しか身につけていなかった。
布地が薄いために敏感なのだろうか。
他人をくすぐる経験なんてほぼ皆無な霊夢だったが、自分の指の動きで激しく笑う萃香の姿を見ていると、なんとなく満足感が得られた。
「やははははははっはあっはっはっはっ!! 霊夢やめろああぁあぁぁっはっはっはっはっはっはっはあ!!」
すっかり酔いも覚めたらしく、萃香は激しく体を揺らして笑う。
「我慢して。というか、能力の実験だから、もし『虜』になったら教えて」
霊夢は言って、萃香の腋の方へ指を上昇させていく。
「虜ってなんだよぁあああっはっはははっははは!! やだぁっ、そこはこないでぇぇぇああぁ~~っはっはっはっはっはっはっは!!!」
霊夢の指が腋に到達しそうになったところで、萃香が激しい抵抗を見せた。
「あんた、そんな服着てる癖に、腋、くすぐられたくないの?」
「ひゃはははっ、そんなのっ! 誰だっていやだろぉぉ~~あははははははははは!!!」
首を左右に激しく振って嫌がる萃香。
霊夢は指の動きを止めた。
「ひぅっ……れ、霊夢?」
萃香は目に涙を浮かべていた。
霊夢はにっこりと笑い返してやった。
「なーんちゃって」
霊夢はそう言うと、ガラ空きの萃香の腋へ両手10本の指を突き立て、ごりごりとくすぐった。
「ぐぎゃぁあはははははははははははっ!!!? フェイントっ、卑怯だぁあああはっはっははっはっはっははっははっはっはっは!!!」
萃香はびくんと体を仰け反って笑いはじめた。
霊夢は両手の指をばらばらに動かし、萃香のむだ毛一本も無い腋の素肌を掻きむしる。
「ぎゃははははははあははははははっ!! うあはははははははあはははっ!!! やめてっ、やめてぇえあああああああがははっははあははははははは!!!」
霊夢は笑い狂う萃香の姿を見るのがだんだんと楽しくなってきた。
指の力加減を少し変えてやるだけで、萃香の反応が微妙に変わる。
と、霊夢はうっかり実験を忘れそうになった。
「虜になった?」
聞いてみる。
「やははははっははははははあっ!!? だからぁぁあ虜ってなんだよぉぉあああっはははっはっははっははは!!!」
萃香は涙を流して叫んだ。
顔をぐしゃぐしゃにして笑う彼女に、もう鬼の威厳は見られなかった。
「意外と時間かかるのね……。虜になるって、具体的にどういう状態になるのかわかんないけど」
霊夢は指を止め、萃香の足元へ移動した。
萃香は笑い疲れたのか、肩で息をしている。
萃香の白い靴下の足裏を前に、霊夢は、
「このままがいい? 靴下脱がした方がいい?」
「ひぃ……霊夢ぅ、もぅ、やめてぇ……」
「おっけ。脱がすわ」
霊夢は萃香の両足から靴下をひったくった。
そうして現れた少し汗ばんだ萃香の素足を、霊夢はカリカリとくすぐりはじめる。
「うひゃははははあははははははは!!!? 霊夢ぅうううあははっはははははははは!! もうだめだってぇあああはっはっはっははっはっはっはは!!」
萃香は足の指をくねらせてもがいた。
「うはっ、なんか楽しい」
他人の素足を間近で凝視することなんていままでなかった。
足が別の生き物のようにもがく様子は、見ていて飽きない。
足首を固定しているために、足が嫌々するように左右にくねる。
爪を立て、土踏まずをしごいてやると、足の指が反り返るようにびくびく蠢いた。
「おねがぁぁあああはひゃひゃひゃひゃっ!! 霊夢うううあががががはははははっは!!! やめでぇぇえぇええはひゃひゃひ変に……、変になるぅあううあうあはひゃひゃはははははははは!!!」
霊夢は萃香の表情をうかがう。
萃香の顔は涙と涎でぐちゃぐちゃ。そして、上気していた。
萃香は笑いながら「変になる」と連呼している。
くすぐられ続けると、彼女の中で何かが「変になる」のだろうか?
それが「虜になる」ということだろうか?
「虜になった?」
霊夢が聞くと、
「あがっぁあはははははははははっっわかんないぃぃっひっひっひっひひひひやぁあぁぁああっはっはっははっはっはは!!」
萃香の答えが変わっていた。
霊夢は釈然としなかった。『指でくすぐった相手を虜にする程度の能力』というのはいまいちよくわからない。ただ、……
「くすぐるのって意外と楽しいかも……」
霊夢の方が虜になりそうだった。
~~~
能力の指す『虜』というのがいまいちよくわからなかった。
ただくすぐるのが楽しくて、霊夢はくすぐり続けた。
そうして数分。
手を止めてすべてが氷解した。
さすがにくすぐり続けて霊夢も疲れた。
萃香の体もきっと限界だろうと思った。しかし、
「ひ……れ、霊夢ぅ……げほっ、もっかい……腋、やって、くんない?」
萃香は息を切らし、涎を垂らしながら、そう言った。
霊夢は驚いた。
あんなに嫌がっていた萃香が、自分からくすぐって欲しいとおねだりするなんて。
これが、虜。……
霊夢はついつい頬が緩んだ。
「なかなかおもしろい能力じゃないの」
(完)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(ここから作者コメント)
こんばんは。ertです。
『東方萃夢想@上海アリス幻樂団』より、伊吹萃香さんです。
なんか、幻想入りしてしまいました。