「私を、くすぐってくれない?」
突然、恋人の優樹菜(ゆきな)にそんなことを言われて、僕は戸惑った。
僕と彼女はベッドの上。約一ヶ月ぶりのセ○クスをしようと息巻いていた矢先であった。
キスを終えたばかりで、彼女は唇をぺろりと舐めた。口に入りそうになったミディアムロングの髪の毛を掻き上げる姿。以前から知っている彼女と変わらない気がした。
僕が黙っているのを不審に思ったのか、優樹菜は「なによぅ」とはにかんで、もう一度「くすぐってくれない?」と言った。聞き間違いではなかった。
窓の外からアブラゼミの鳴き声が聞こえてくる。八月の末だった。
優樹菜とは幼馴染みで、学園入学を機に付き合い始めた。今年で二年目になる。
内気で恥ずかしがり屋な彼女とはじめて交わりを持ったのは一年生の体育祭の後だった。それからはだいたい月二ぐらいのペースで関係を持ち続けていたが、夏の彼女は部活で忙しく、しばらく一緒にいる時間を取れなかったのだ。
彼女は吹奏楽部に所属している。七月には合宿、次いで八月上旬の地方大会と連日彼女は忙しそうにしていた。
地方大会は市民ホールで行われた。当然僕も応援に駆けつけた。舞台上でライトを浴びる彼女の表情は昨年よりも晴れやかに見えた。少しだけ遠くに見え、しかし同時に誇らしく感じられた。音楽のことはよくわからなかったが、彼女がクラリネットをぐるぐると動かしながら奏する様を凝視しながら「がんばれ」と念じ続けた。
結果は昨年と同じ地方大会落ちだった。昨年彼女がかなり落ち込んでいたのを思い出して心配になったが、彼女は意外にも「来年は絶対カラキン脱出するから!」と前向きだった。彼女は強くなっていた。
大会の打ち上げ、先輩の引退送別会、溜まった宿題の整理と、怒濤の八月を乗り切った優樹菜は、ようやくこうして僕と過ごす時間を作ってくれた。
僕は彼女を束縛するつもりなんて無い。恋人同士だからこそ、お互いの都合を尊重しあう関係でありたいと思っている。
けれどもやっぱり、一ヶ月ものセ○クスレスは思春期の男子にはこたえた。
八月に入ってからは、毎晩のように彼女のことを思ってマスターベーションに励んだ。
今日だって、彼女の姿を玄関で見た途端に勃起してしまうほどだった。
それなのに……。
「えっと……くすぐるって、どういうこと?」
僕はセ○クスがしたかった。
「うーんと……、こちょこちょ皮膚を触って笑いたくなるような衝動を引き起こすこと、かな」
優樹菜は人差し指を顎に当てて、思いを巡らせるように言った。
「いや、語意を聞いたんじゃなくて……そのぅ――」
「あ、セ○クスは今日はいっかな♪」
優樹菜はすぐに、僕が語尾を濁したところを察してくれたようだ。
「……というか、もうセ○クスはいいんだよね。これからリューヘーには、たーっくさん、くすぐってもらいたいなぁ」
続けて、にっこりと笑った。
僕は困惑を隠せない。
彼女の口から「セ○クス」という言葉がさらりと出てきた。
前はもじもじと顔を赤らめて、隠語を使っていたはずなのに……。
「さぁ!」と、ベッドの上に仰向けになって、両腕を広げる優樹菜。
ノースリーブを着ているため、綺麗な腋がガラ空きだ。
ミニスカートから伸びる白い素足。今日はサンダルできていた。
そこで気づく。去年の夏はこんな露出の多い服、着ていなかった。
僕はごくりと唾を飲み込み、彼女の顔を見た。期待に満ちたまなざしを僕へ向けてくる。ベッドの上ではいつも「恥ずかしいから」と消灯を要求していたはずの優樹菜……。不気味だった。
「優樹菜、……あの、……どうしたの?」
「ん? 何が?」
「え、何がって……。なんか、今日の優樹菜、おかしくない?」
「そう?」
優樹菜はとぼけたように首を傾げた。
「そうだよ……。そんな短いスカート、初めて見たし。……それに、優樹菜、他人の家に上がるときは靴下穿いてないと落ち着かなかったんじゃ……?」
「こっちの方がくすぐりやすいと思って」
「くすぐりやすい……?」
なんども彼女の口から出てくる「くすぐり」という単語。
僕にとってはあまり馴染みがなく、妙なプレイを要求されているような気がして、不安だった。
思わず眉間に皺を寄せてしまった。
すると、優樹菜は少し悲しそうに眉を寄せた。
「リューヘー、……もしかして、私のこと、嫌いになっちゃった? しばらく会えなかったから」
「そ、そんなことないよ!」
慌てて僕は否定した。
彼女はホッとしたように、
「よかった……。じゃあ、私のこと、くすぐってくれる?」
僕は彼女の上目遣いに負けた。
ゆっくりと彼女の腰をまたいで、馬乗りになった。「キャー」と優樹菜が嬉しそうに悲鳴を上げた。くすぐって欲しくてうずうずしている……。そんな表情。
本当に、優樹菜、どうしちゃったの……?
僕は疑問に思いながら、そっと彼女の腋の下へ指を伸ばした。
「んふっ……」
少しだけ汗をかいた腋の皮膚に触れた瞬間、彼女の口から笑いが漏れた。
僕はびっくりして手を引っ込めてしまった。
「あぁん! やめないでよぉ」
残念がる彼女の瞳は潤んでいた。とろんとして、頬が紅潮してる。
彼女に急かされ、もう一度指を伸ばす。再び彼女の生温かい皮膚に触れた。
「ぷふっ……んふっくふふ」
指を小刻みに動かして見ると、彼女はくすぐったそうに身をよじった。
腋を大きく広げたまま、ぷるぷると腕が震えていた。
「んはっ……ふひひっ……リューヘー、もっと、くふふ、強くやって、いいからぁ♥」
優樹菜は艶めかしい声で言った。
僕には加減がよく分からなかった。
指先の動きをもう少し速めてみた。
「んひひひっ……んはぁぁ、そうじゃなくって……、くふふ♥」
彼女は首を窄めてクスクス笑いながら、僕に要求してくる。
「くふっ……指先で皮膚の表面をなでるんじゃなくって……もっと、奥の骨をぐりぐりっ……って押し込むようなかんじでぇ♥」
僕は彼女に言われるままに、強めに指を押し込んだ。
「あひゃぁぁん」
彼女は嬌声を上げ、びくっと体を震わせた。
柔らかい皮膚の内側に、ごりっと骨の感触があった。
「そそそそっ! そんな感じっ……ふひひひっ♥ もっとぉ! あっ、あっ、爪は立てないで……指の腹で、ぎゅーって押しつけてぇ、んふっ♥ それで、骨と皮膚の間をぐりぐりずらせる感じでぇ」
僕は言われた通り、人差し指に力を込めた。
本当に、皮膚と骨がずるりとずれるような奇妙な感覚があった。
「きゃははははっ!?」
優樹菜が急に笑い声を上げた。
僕はびっくりした。
「あはっ……、は、やめないでっ! その調子っ! それを繰り返してぇぇえぁはははははははははははははっ!!!」
僕は言いなりだった。
「きゃっはっはっはっはそれぇぇええ~~♥ あはっはっはっは、そうそうっ、やめないでぇぇええっ! あははははははははははははは!!!」
僕の指の動きに合わせて、彼女が激しく笑っている。
こんな風にはしたなく大口を開けて笑う優樹菜の姿をはじめて見た。
腋の下は次第に汗で湿ってくる。
彼女は苦しそうに首を左右に振っているのに、決して腋を閉じようとしなかった。
「……んふっ。ぷはぁっ! さっ、次は足の裏だね」
しばらく腋をくすぐった後で、優樹菜が言ってきた。満足げに頬を緩めている。優樹菜のこんな幸せそうな笑顔、今までに見たことがなかった。
彼女に言われるまま僕はベッドに腰掛けた。
膝の上に、優樹菜の素足が置かれた。彼女はぺたんと枕の傍に尻餅をついて座り、右足を投げ出していた。
「リューヘーならきっと足の方が簡単にマスターできると思うよ!」
そんな励ましを掛けてくれる優樹菜。
彼女の白い足。小さな足の指がぴくぴくと期待するようにもがいている。
「ちょっと爪を立てて、引っ掻くような感じでやってみて」
彼女は足の指を広げて、僕に見せてきた。
僕の手よりも小さな彼女の足。
僕は「引っ掻く」という感じを強くイメージしながら、彼女の足の裏へ爪を立てた。
「くひっ!? きゃひあははははははははははははっ!!? あはぁぁぁぁっはっはっはっはっはっはっは、最高ぉぉうひひひひひひひひ♥」
彼女は両手をじたばたと動かし、笑い出した。
上半身をよじって笑う姿は、本当に苦しそうだ。
爪が足の皮膚をこする、シャリシャリという音が響いた。
足の指が、びくびくとくすぐったそうにもがく。
平らな足の裏に皺が寄って、硬くなっていた。
「あははははははははっ!!! そそそっ!!! 足の指が邪魔ならっ!! 掴んで反らしちゃってぇぇぇええっはっはっはっはっはっは!!!」
彼女はがくんがくんと首を揺らしながら叫んだ。
顔を真っ赤にして、目に涙を浮かべてまで言うことなのか……。
僕は彼女の足の人差し指を掴んで、後ろ側へ反らした。人差し指が長かったので掴みやすかったのだ。
皺の寄っていた足の裏が、ぴんと伸びきる。
そこへ爪を立てて、「引っ掻く」イメージでくすぐる。
「ひあぁぁあぁあっはっはっはっはっはっはっはっは♥ んはぁぁぁあははははははははは!!!」
優樹菜の声がかん高くなった。
掴んだ足の指に力が入っている。
そこを頑張って押さえつけ、彼女の要求するままにくすぐり続けた。
「あぁぁあぁぁ~~っはっはっはっはっはっは!! ひぃっぃ~~っひっひっひっひ、リューヘーぇぇぇへへへ♥ 大好きだよぉぉぉひゃははははははは~~!」
彼女は口元に泡を浮かべて大笑いしながら、そんなことを言う。
恥じらいながら小さな声で「リューヘー。……好きだよ」と呟く彼女の面影はなかった。
その日は、結局最後の最後まで、セ○クスはさせてもらえなかった。終始、積極的な彼女に押されて、僕は言われるがままにくすぐっただけ……。
「少しずつ、慣れていけばいいからね♪ きっとすぐ上手くなるよ!」
別れ際には、優樹菜にダメ出しまでされた。
僕は、久しぶりで楽しみにしていたはずの彼女とのデートに、欲求不満が残った。
変わってしまった優樹菜に対する戸惑いによるものなのか、特殊なプレイに対する戸惑いによるものなのか、原因はわからない。
それでも優樹菜のことが好きだった。
優樹菜にいったい何が起こったのか? 何が優樹菜を変えてしまったのか?
氷解したのは、数週間後、新学期が始まってしばらく経った頃だった。
『くすぐり研究会』
廊下で貼り紙を見つけて驚いた。そんな同好会が学校内にあるなんて知らなかった。今まで「くすぐり」という単語を意識していなかったから、気づかなかったのかもしれない。
活動場所に行ってみると、思いのほか歓迎された。
「同志よ。新作DVDがあるのでゲスよ。ほら! 例のあれでゲス! 第20弾が出たんでゲスよ!」
異常なほどキャラの濃い男に、DVDのパッケージを見せられ、購入を勧められた。同じような研究会が学校外にもあって、オリジナルのくすぐりDVDを作り、売り買いしているらしい。僕の知らない世界だった。
キャラの濃い男の押し売りは鬱陶しかったが、パッケージ裏の説明書きを一目見て、購入を決意した。
確かめなければならないと思ったのだ。
『夏だ! 合宿だ!』
『大会に向けて避暑地へ集中練習にやってきた吹奏楽部の面々』
『ガンバル女子部員達を、くすぐり師のテクニックで堕としちゃおう!』
煽り文句に心臓がバクバクと高鳴っていた。
家に帰って、DVDをセットする。
チャプター数がざっと20はあった。全部合わせて5時間弱。とにかく詰められるだけ詰めたという感じ。画質は望めないだろう。
チャプターのタイトルはすべて女性のファーストネームだった。『チャプター13:ユキナ』という項目を見つけた瞬間、僕の心臓は裂けそうになった。嫌な予感は最高潮に達した。
ユキナ。……優樹菜。
僕は震える指で、再生した。
真っ暗な画面が静かに晴れてゆく。
僕は目を背けたいのを必死にこらえた。
薄暗い部屋だ。
中央に手術台のような台があって、その上にうちの学校の制服を着た女の子が仰向けに寝ている。
両手両足をまっすぐ上下に伸ばしていた。
どうやら手首と足首をそれぞれロープで縛られているようだ。
校則通りの丈のチェックのスカート。半袖シャツはきちんと第一ボタンまで閉じて、ネックリボンも綺麗に締めている。白いハイソックスは几帳面にも左右の長さが揃えられていて……。
優樹菜だった。
怯えた表情。
そこへ、見知らぬ若い男が現れた。
『優樹菜ちゃんは、彼氏がいるんだってね』
僕は、見ず知らずの男の発する『優樹菜ちゃん』という呼び名に、嫌悪感を抱いた。
『彼氏のこと、好き?』
『……は、はい』
素直に頷いてしまうところが優樹菜らしい。
が、僕には、知らない男と受け答えする優樹菜にまで、理不尽な嫉妬心を抱いてしまう。
すぐにでもDVDを停止したい欲求と、このまま顛末を見届けなければならないという義務感が交錯する。
『セ○クスはやってるの?』
『……ぃっ』
男の質問に、優樹菜の顔がボッと赤くなった。恥ずかしそうに、伏し目になる。僕の知っている優樹菜の表情……。
僕は、男に殺意を抱いた。
それでも、停止ボタンが押せなかった。
『そうか。お盛んなんだね。……それなら、セ○クスよりも楽しいこと、教えてあげるよ』
男が優樹菜に近づいていく。
優樹菜の顔が恐怖に引きつった。
ぎしぎしとロープを鳴らし、体を左右によじっている。
嫌悪感に歪んだ、愛する人の顔……。
僕は、目が離せなかった。
男は両手の人差し指を、優樹菜の腋の下へ当てた。
『……んゃっ!?』
漏れ出る優樹菜の色っぽい声。僕は怒りと悔しさの交じった感情に駆られて唇を噛んだ。
『んふっ……ひっ、ひ、やっ、やめ、て、くださいぃっ……』
男が指を上下にゆっくりと動かすと、優樹菜はくねくねと身をよじった。
顔は真っ赤で、息が荒い。
『敏感なんだね。じゃあ、本番いくよ?』
男はそう言うと、両手の指を広げて、一気に彼女のアバラへ振り下ろした。
『あぁあああああああああっ!!』
かん高い悲鳴。びくんと優樹菜の体が弾けた。
そして、男が両手の指をぐりぐりと動かしはじめる。
『ぷはっ!? はっ……ははっ、あははははははははっ!!? やっ、いやっ……! きゃははははははははっ!!』
すると途端に、優樹菜は口をぱかっと開けて笑い出した。
笑いをこらえようとしているのか口を閉じる。が、すぐに弾けるように笑い出してしまう。
男の指が、ぐりぐりと優樹菜のアバラ、胸の下あたりの体側をしごくように動き回った。
『きゃははははははははははははっ!!! やめへっ……ああぁぁ~~っはっはっはっはっはっはっはっはっは!!』
優樹菜は激しく笑っていた。
歪んだ眉、眉間に寄った皺、目元に浮かんだ涙。
彼女は首を左右に振って、必死に拒否を示している。
『優樹菜ちゃん。どうだい? 楽しいかい?』
『いやぁぁあっはっはっはっはっはっはっは、……楽しくないっ!! 楽しくないれすぅぅうううっはっはっはっはっはっはっはっは~~!!』
優樹菜が、そんなことを叫ばされている。
苦痛に歪んだ彼女の笑顔。
男はせせら笑いながらくすぐり続けている。
『そうやって笑っているうちにだんだん癖になってくるからね』
『やぁぁぁあっはっはっはっはっはっは!!? ……たすけっ、助けてぇえぇえぇっへっへっへっへっへっへっへ!!』
優樹菜が涙を流して助けを求めている。
それなのに、僕にはどうすることもできない。
目の前で、恋人が知らない男にくすぐられて大笑いさせられている。
そんな異常な光景……。
僕は画面に見入っていた。
優樹菜の激しい笑い声に聞き入っていた。
ふと、頬を伝うぬるい感触。いつのまにか僕は、泣いていた。
悔しくてたまらなかった。
僕は、激しく勃起していた。
「なんで……っ、どうして……っ」
僕は嗚咽を漏らした。問いは自分自身に向けられたものだ。
どうして僕は、恋人が苦しむ姿を見て、興奮しているのか。
画面の男は、優樹菜の足元へ移動していた。
数分間くすぐられた優樹菜は、笑い疲れたのか、肩で息をしている。
男は、優樹菜のハイソックスに手を掛けた。
『や、だ……やめへぇ』
呂律の回らない優樹菜の声。顔が火照って、目の焦点が定まっていない。
セ○クスの時だって、こんなとろけた表情、見たことなかった。
僕は、優樹菜をこんな風にした男に対する怒りや嫌悪感と一緒に、強烈な興奮を抱く。
ぺりぺりとソックス糊の剥がれる音。
引っ張られて伸びる白いソックス。ロープにつかえているところを、男は無理に引っ張っている。
すぽん、とソックスは脱がし取られた。
露わになった優樹菜の素足。優樹菜はきゅっと足の指を閉じた。
男は優樹菜の足の指を掴んで反らせた。
そうして人差し指と中指をかぎ爪のような形に構え、彼女の足の裏をくすぐりはじめる。
『ひぁっ!!? ひあぁあああっひひひひひひひひひひひっ!!? いやぁぁああははひははっはっはっはっはっはっは!!! もうやめてぇぇええひはははははははは!!!』
途端に優樹菜はかん高い笑い声を上げた。
彼女の顔は、もう涙と涎でぐしゃぐしゃだった。
「ひぁあぁああっはっはっはっはっはっはっはっは!? あがぁああはひひひひひひひひひひ~~!!!」
次第に優樹菜の笑い声がおかしくなってくる。表情もだんだんと、だらしなく緩んでいくように見えた。
男は五本の指を使って、彼女の土踏まずのあたりを引っ掻いていた。
『くひひひひひひひひひひひっ!!! うひゃひゃっ、あひゃぁぁぁあっはっはっはっっはっははは♥』
優樹菜が、明らかに嬌声と思えるような声を上げたのは、さらに2分程度経った頃だった。
『どうかな、優樹菜ちゃん? そろそろ楽しくなってきたんじゃないかな?』
男がガリガリと優樹菜の足の皮を引っ掻きながら言った。
『ぐひひひひっひひいっひっひっひっひっ!!! いぃぃぃ~~~っひっひっひっひっひっひぎぃぃ♥』
優樹菜は、目を見開いて笑い続けていた。
ぶくぶくと泡を吹いて首を左右に振り続ける。
そのとき、男の手が止まる。
『ひゃっ……あぁぁあああぁっ』
途端に優樹菜の体はのけぞり、ぴくぴくと痙攣しはじめた。『ひぁっ……ひぁあぁ……』と彼女の口からは笑い声が漏れ続ける。目をぎゅっと閉じて、歯をがちがちと鳴らす。必死に衝動をこらえているように見えた。
そこで再び、男が彼女の足をくすぐりはじめた。
今度は両足の裏を激しく掻きむしるように。
『ふがぁぁああひゃひゃひゃひゃひゃっ♥ あひゃぁぁぁあんんひひひひひひひひひひひひひひひひひひぃぃぃ~~!!!』
優樹菜はカッと目を見開き、舌を出して笑いはじめた。
その瞬間、彼女の中で何かが折れた。……そんな気がした。
『どうする? 優樹菜ちゃん。最後までやって欲しいんじゃないかな? それとも、ここでやめてもいいのかなぁ?』
『やっ、あ、あ、あ、あ、あひぁぁあっははっはははははは!!? くははははははははっ!!! ……や、やめないでっ、ひっひっひひっひっひ! あひゃぁぁああああ~~♥ もっとひひひひひひひひひひっ!! さいごまでぇえぇっへっへっっへっへ!!!』
優樹菜は激しく笑いながら叫んだ。
『彼氏のセ○クスより気持ちいいだろう?』
『はいぃぃいいっひっひっひっひっひっひっひ!!! 気持ちいいれしゅぅううううっひっひっひっひっひっひっひぃぃい♥』
即答だった。
『自分の言葉ではっきり言うんだ。じゃなきゃ、やめちゃうよ?』
『ひぃぃいいいっひっひっひっひ♥ リュぅヘのセ○クスより気持ちいいぃいいいいっひひひっひっひっひ!!! もっとおぉおひゃひゃひゃ♥ もっとくすぐってぇぇえひゃっはっはっはっはっはっはっはっはは~~!!!』
『よくできたね、優樹菜ちゃん。ご褒美だ』
『ひやぁぁああああひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!!!? うひゃひゃひゃひゃひゃひゃ♥ はにゃぁぁあああ~~』
僕は、泣きながら射精した。
画面の中では、優樹菜が笑いながら失禁していた。
たった15分程度の『チャプター13:ユキナ』。
見終えた僕は、情けなくも、すぐにもう一度見直して、マスターベーションをした。
愛する人は、知らないうちに、知らない男に、くすぐりの虜に変えられてしまっていた。
八月末の様子から、優樹菜がその後も男と関係を持ち続けていることは容易に想像がついた。
たくさんくすぐられて、たくさん笑わされて、性格まで変えられてしまったのだろう。
変えられてしまった彼女。
それでも僕は、彼女が好きだった。
それでも彼女は、まだ僕を好きでいてくれていた。
優樹菜と出会って十数年、はじめて危機感を抱いた。
昔から当たり前のように僕の傍にいた彼女は、いついなくなってもおかしくない存在だった。
僕は「束縛しない」「互いを尊重」という言い訳を作って、彼女との関係をつなぎ止める努力を怠っていた。僕は、いままで、自分のためにセ○クスをしていたのだ。思い出してみれば行為の最中、彼女の口から「気持ちいい」と言われたことはなかった。見よう見まねのセ○クスでは、彼女を満足させてあげられていなかったのに、それすら気づけなかった。
彼女はいまや、くすぐりの虜……。
僕は決意した。
せっかく買ったDVD。全チャプターをなんども見返して、男のくすぐり技を研究しよう。
愛する人を寝取られないように……、違う、……愛する人をくすぐり取られないように。
(完)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(ここから作者コメント)
こんばんは。ertです。
NTRならぬKTRというジャンルはいかがでしょう?
2016年4月に、ブログ引っ越しのお知らせを兼ねてピクシブにアップロードしたものです。8月末のタイミングに合わせてブログで上げ直したかった。
突然、恋人の優樹菜(ゆきな)にそんなことを言われて、僕は戸惑った。
僕と彼女はベッドの上。約一ヶ月ぶりのセ○クスをしようと息巻いていた矢先であった。
キスを終えたばかりで、彼女は唇をぺろりと舐めた。口に入りそうになったミディアムロングの髪の毛を掻き上げる姿。以前から知っている彼女と変わらない気がした。
僕が黙っているのを不審に思ったのか、優樹菜は「なによぅ」とはにかんで、もう一度「くすぐってくれない?」と言った。聞き間違いではなかった。
窓の外からアブラゼミの鳴き声が聞こえてくる。八月の末だった。
優樹菜とは幼馴染みで、学園入学を機に付き合い始めた。今年で二年目になる。
内気で恥ずかしがり屋な彼女とはじめて交わりを持ったのは一年生の体育祭の後だった。それからはだいたい月二ぐらいのペースで関係を持ち続けていたが、夏の彼女は部活で忙しく、しばらく一緒にいる時間を取れなかったのだ。
彼女は吹奏楽部に所属している。七月には合宿、次いで八月上旬の地方大会と連日彼女は忙しそうにしていた。
地方大会は市民ホールで行われた。当然僕も応援に駆けつけた。舞台上でライトを浴びる彼女の表情は昨年よりも晴れやかに見えた。少しだけ遠くに見え、しかし同時に誇らしく感じられた。音楽のことはよくわからなかったが、彼女がクラリネットをぐるぐると動かしながら奏する様を凝視しながら「がんばれ」と念じ続けた。
結果は昨年と同じ地方大会落ちだった。昨年彼女がかなり落ち込んでいたのを思い出して心配になったが、彼女は意外にも「来年は絶対カラキン脱出するから!」と前向きだった。彼女は強くなっていた。
大会の打ち上げ、先輩の引退送別会、溜まった宿題の整理と、怒濤の八月を乗り切った優樹菜は、ようやくこうして僕と過ごす時間を作ってくれた。
僕は彼女を束縛するつもりなんて無い。恋人同士だからこそ、お互いの都合を尊重しあう関係でありたいと思っている。
けれどもやっぱり、一ヶ月ものセ○クスレスは思春期の男子にはこたえた。
八月に入ってからは、毎晩のように彼女のことを思ってマスターベーションに励んだ。
今日だって、彼女の姿を玄関で見た途端に勃起してしまうほどだった。
それなのに……。
「えっと……くすぐるって、どういうこと?」
僕はセ○クスがしたかった。
「うーんと……、こちょこちょ皮膚を触って笑いたくなるような衝動を引き起こすこと、かな」
優樹菜は人差し指を顎に当てて、思いを巡らせるように言った。
「いや、語意を聞いたんじゃなくて……そのぅ――」
「あ、セ○クスは今日はいっかな♪」
優樹菜はすぐに、僕が語尾を濁したところを察してくれたようだ。
「……というか、もうセ○クスはいいんだよね。これからリューヘーには、たーっくさん、くすぐってもらいたいなぁ」
続けて、にっこりと笑った。
僕は困惑を隠せない。
彼女の口から「セ○クス」という言葉がさらりと出てきた。
前はもじもじと顔を赤らめて、隠語を使っていたはずなのに……。
「さぁ!」と、ベッドの上に仰向けになって、両腕を広げる優樹菜。
ノースリーブを着ているため、綺麗な腋がガラ空きだ。
ミニスカートから伸びる白い素足。今日はサンダルできていた。
そこで気づく。去年の夏はこんな露出の多い服、着ていなかった。
僕はごくりと唾を飲み込み、彼女の顔を見た。期待に満ちたまなざしを僕へ向けてくる。ベッドの上ではいつも「恥ずかしいから」と消灯を要求していたはずの優樹菜……。不気味だった。
「優樹菜、……あの、……どうしたの?」
「ん? 何が?」
「え、何がって……。なんか、今日の優樹菜、おかしくない?」
「そう?」
優樹菜はとぼけたように首を傾げた。
「そうだよ……。そんな短いスカート、初めて見たし。……それに、優樹菜、他人の家に上がるときは靴下穿いてないと落ち着かなかったんじゃ……?」
「こっちの方がくすぐりやすいと思って」
「くすぐりやすい……?」
なんども彼女の口から出てくる「くすぐり」という単語。
僕にとってはあまり馴染みがなく、妙なプレイを要求されているような気がして、不安だった。
思わず眉間に皺を寄せてしまった。
すると、優樹菜は少し悲しそうに眉を寄せた。
「リューヘー、……もしかして、私のこと、嫌いになっちゃった? しばらく会えなかったから」
「そ、そんなことないよ!」
慌てて僕は否定した。
彼女はホッとしたように、
「よかった……。じゃあ、私のこと、くすぐってくれる?」
僕は彼女の上目遣いに負けた。
ゆっくりと彼女の腰をまたいで、馬乗りになった。「キャー」と優樹菜が嬉しそうに悲鳴を上げた。くすぐって欲しくてうずうずしている……。そんな表情。
本当に、優樹菜、どうしちゃったの……?
僕は疑問に思いながら、そっと彼女の腋の下へ指を伸ばした。
「んふっ……」
少しだけ汗をかいた腋の皮膚に触れた瞬間、彼女の口から笑いが漏れた。
僕はびっくりして手を引っ込めてしまった。
「あぁん! やめないでよぉ」
残念がる彼女の瞳は潤んでいた。とろんとして、頬が紅潮してる。
彼女に急かされ、もう一度指を伸ばす。再び彼女の生温かい皮膚に触れた。
「ぷふっ……んふっくふふ」
指を小刻みに動かして見ると、彼女はくすぐったそうに身をよじった。
腋を大きく広げたまま、ぷるぷると腕が震えていた。
「んはっ……ふひひっ……リューヘー、もっと、くふふ、強くやって、いいからぁ♥」
優樹菜は艶めかしい声で言った。
僕には加減がよく分からなかった。
指先の動きをもう少し速めてみた。
「んひひひっ……んはぁぁ、そうじゃなくって……、くふふ♥」
彼女は首を窄めてクスクス笑いながら、僕に要求してくる。
「くふっ……指先で皮膚の表面をなでるんじゃなくって……もっと、奥の骨をぐりぐりっ……って押し込むようなかんじでぇ♥」
僕は彼女に言われるままに、強めに指を押し込んだ。
「あひゃぁぁん」
彼女は嬌声を上げ、びくっと体を震わせた。
柔らかい皮膚の内側に、ごりっと骨の感触があった。
「そそそそっ! そんな感じっ……ふひひひっ♥ もっとぉ! あっ、あっ、爪は立てないで……指の腹で、ぎゅーって押しつけてぇ、んふっ♥ それで、骨と皮膚の間をぐりぐりずらせる感じでぇ」
僕は言われた通り、人差し指に力を込めた。
本当に、皮膚と骨がずるりとずれるような奇妙な感覚があった。
「きゃははははっ!?」
優樹菜が急に笑い声を上げた。
僕はびっくりした。
「あはっ……、は、やめないでっ! その調子っ! それを繰り返してぇぇえぁはははははははははははははっ!!!」
僕は言いなりだった。
「きゃっはっはっはっはそれぇぇええ~~♥ あはっはっはっは、そうそうっ、やめないでぇぇええっ! あははははははははははははは!!!」
僕の指の動きに合わせて、彼女が激しく笑っている。
こんな風にはしたなく大口を開けて笑う優樹菜の姿をはじめて見た。
腋の下は次第に汗で湿ってくる。
彼女は苦しそうに首を左右に振っているのに、決して腋を閉じようとしなかった。
「……んふっ。ぷはぁっ! さっ、次は足の裏だね」
しばらく腋をくすぐった後で、優樹菜が言ってきた。満足げに頬を緩めている。優樹菜のこんな幸せそうな笑顔、今までに見たことがなかった。
彼女に言われるまま僕はベッドに腰掛けた。
膝の上に、優樹菜の素足が置かれた。彼女はぺたんと枕の傍に尻餅をついて座り、右足を投げ出していた。
「リューヘーならきっと足の方が簡単にマスターできると思うよ!」
そんな励ましを掛けてくれる優樹菜。
彼女の白い足。小さな足の指がぴくぴくと期待するようにもがいている。
「ちょっと爪を立てて、引っ掻くような感じでやってみて」
彼女は足の指を広げて、僕に見せてきた。
僕の手よりも小さな彼女の足。
僕は「引っ掻く」という感じを強くイメージしながら、彼女の足の裏へ爪を立てた。
「くひっ!? きゃひあははははははははははははっ!!? あはぁぁぁぁっはっはっはっはっはっはっは、最高ぉぉうひひひひひひひひ♥」
彼女は両手をじたばたと動かし、笑い出した。
上半身をよじって笑う姿は、本当に苦しそうだ。
爪が足の皮膚をこする、シャリシャリという音が響いた。
足の指が、びくびくとくすぐったそうにもがく。
平らな足の裏に皺が寄って、硬くなっていた。
「あははははははははっ!!! そそそっ!!! 足の指が邪魔ならっ!! 掴んで反らしちゃってぇぇぇええっはっはっはっはっはっは!!!」
彼女はがくんがくんと首を揺らしながら叫んだ。
顔を真っ赤にして、目に涙を浮かべてまで言うことなのか……。
僕は彼女の足の人差し指を掴んで、後ろ側へ反らした。人差し指が長かったので掴みやすかったのだ。
皺の寄っていた足の裏が、ぴんと伸びきる。
そこへ爪を立てて、「引っ掻く」イメージでくすぐる。
「ひあぁぁあぁあっはっはっはっはっはっはっはっは♥ んはぁぁぁあははははははははは!!!」
優樹菜の声がかん高くなった。
掴んだ足の指に力が入っている。
そこを頑張って押さえつけ、彼女の要求するままにくすぐり続けた。
「あぁぁあぁぁ~~っはっはっはっはっはっは!! ひぃっぃ~~っひっひっひっひ、リューヘーぇぇぇへへへ♥ 大好きだよぉぉぉひゃははははははは~~!」
彼女は口元に泡を浮かべて大笑いしながら、そんなことを言う。
恥じらいながら小さな声で「リューヘー。……好きだよ」と呟く彼女の面影はなかった。
その日は、結局最後の最後まで、セ○クスはさせてもらえなかった。終始、積極的な彼女に押されて、僕は言われるがままにくすぐっただけ……。
「少しずつ、慣れていけばいいからね♪ きっとすぐ上手くなるよ!」
別れ際には、優樹菜にダメ出しまでされた。
僕は、久しぶりで楽しみにしていたはずの彼女とのデートに、欲求不満が残った。
変わってしまった優樹菜に対する戸惑いによるものなのか、特殊なプレイに対する戸惑いによるものなのか、原因はわからない。
それでも優樹菜のことが好きだった。
優樹菜にいったい何が起こったのか? 何が優樹菜を変えてしまったのか?
氷解したのは、数週間後、新学期が始まってしばらく経った頃だった。
『くすぐり研究会』
廊下で貼り紙を見つけて驚いた。そんな同好会が学校内にあるなんて知らなかった。今まで「くすぐり」という単語を意識していなかったから、気づかなかったのかもしれない。
活動場所に行ってみると、思いのほか歓迎された。
「同志よ。新作DVDがあるのでゲスよ。ほら! 例のあれでゲス! 第20弾が出たんでゲスよ!」
異常なほどキャラの濃い男に、DVDのパッケージを見せられ、購入を勧められた。同じような研究会が学校外にもあって、オリジナルのくすぐりDVDを作り、売り買いしているらしい。僕の知らない世界だった。
キャラの濃い男の押し売りは鬱陶しかったが、パッケージ裏の説明書きを一目見て、購入を決意した。
確かめなければならないと思ったのだ。
『夏だ! 合宿だ!』
『大会に向けて避暑地へ集中練習にやってきた吹奏楽部の面々』
『ガンバル女子部員達を、くすぐり師のテクニックで堕としちゃおう!』
煽り文句に心臓がバクバクと高鳴っていた。
家に帰って、DVDをセットする。
チャプター数がざっと20はあった。全部合わせて5時間弱。とにかく詰められるだけ詰めたという感じ。画質は望めないだろう。
チャプターのタイトルはすべて女性のファーストネームだった。『チャプター13:ユキナ』という項目を見つけた瞬間、僕の心臓は裂けそうになった。嫌な予感は最高潮に達した。
ユキナ。……優樹菜。
僕は震える指で、再生した。
真っ暗な画面が静かに晴れてゆく。
僕は目を背けたいのを必死にこらえた。
薄暗い部屋だ。
中央に手術台のような台があって、その上にうちの学校の制服を着た女の子が仰向けに寝ている。
両手両足をまっすぐ上下に伸ばしていた。
どうやら手首と足首をそれぞれロープで縛られているようだ。
校則通りの丈のチェックのスカート。半袖シャツはきちんと第一ボタンまで閉じて、ネックリボンも綺麗に締めている。白いハイソックスは几帳面にも左右の長さが揃えられていて……。
優樹菜だった。
怯えた表情。
そこへ、見知らぬ若い男が現れた。
『優樹菜ちゃんは、彼氏がいるんだってね』
僕は、見ず知らずの男の発する『優樹菜ちゃん』という呼び名に、嫌悪感を抱いた。
『彼氏のこと、好き?』
『……は、はい』
素直に頷いてしまうところが優樹菜らしい。
が、僕には、知らない男と受け答えする優樹菜にまで、理不尽な嫉妬心を抱いてしまう。
すぐにでもDVDを停止したい欲求と、このまま顛末を見届けなければならないという義務感が交錯する。
『セ○クスはやってるの?』
『……ぃっ』
男の質問に、優樹菜の顔がボッと赤くなった。恥ずかしそうに、伏し目になる。僕の知っている優樹菜の表情……。
僕は、男に殺意を抱いた。
それでも、停止ボタンが押せなかった。
『そうか。お盛んなんだね。……それなら、セ○クスよりも楽しいこと、教えてあげるよ』
男が優樹菜に近づいていく。
優樹菜の顔が恐怖に引きつった。
ぎしぎしとロープを鳴らし、体を左右によじっている。
嫌悪感に歪んだ、愛する人の顔……。
僕は、目が離せなかった。
男は両手の人差し指を、優樹菜の腋の下へ当てた。
『……んゃっ!?』
漏れ出る優樹菜の色っぽい声。僕は怒りと悔しさの交じった感情に駆られて唇を噛んだ。
『んふっ……ひっ、ひ、やっ、やめ、て、くださいぃっ……』
男が指を上下にゆっくりと動かすと、優樹菜はくねくねと身をよじった。
顔は真っ赤で、息が荒い。
『敏感なんだね。じゃあ、本番いくよ?』
男はそう言うと、両手の指を広げて、一気に彼女のアバラへ振り下ろした。
『あぁあああああああああっ!!』
かん高い悲鳴。びくんと優樹菜の体が弾けた。
そして、男が両手の指をぐりぐりと動かしはじめる。
『ぷはっ!? はっ……ははっ、あははははははははっ!!? やっ、いやっ……! きゃははははははははっ!!』
すると途端に、優樹菜は口をぱかっと開けて笑い出した。
笑いをこらえようとしているのか口を閉じる。が、すぐに弾けるように笑い出してしまう。
男の指が、ぐりぐりと優樹菜のアバラ、胸の下あたりの体側をしごくように動き回った。
『きゃははははははははははははっ!!! やめへっ……ああぁぁ~~っはっはっはっはっはっはっはっはっは!!』
優樹菜は激しく笑っていた。
歪んだ眉、眉間に寄った皺、目元に浮かんだ涙。
彼女は首を左右に振って、必死に拒否を示している。
『優樹菜ちゃん。どうだい? 楽しいかい?』
『いやぁぁあっはっはっはっはっはっはっは、……楽しくないっ!! 楽しくないれすぅぅうううっはっはっはっはっはっはっはっは~~!!』
優樹菜が、そんなことを叫ばされている。
苦痛に歪んだ彼女の笑顔。
男はせせら笑いながらくすぐり続けている。
『そうやって笑っているうちにだんだん癖になってくるからね』
『やぁぁぁあっはっはっはっはっはっは!!? ……たすけっ、助けてぇえぇえぇっへっへっへっへっへっへっへ!!』
優樹菜が涙を流して助けを求めている。
それなのに、僕にはどうすることもできない。
目の前で、恋人が知らない男にくすぐられて大笑いさせられている。
そんな異常な光景……。
僕は画面に見入っていた。
優樹菜の激しい笑い声に聞き入っていた。
ふと、頬を伝うぬるい感触。いつのまにか僕は、泣いていた。
悔しくてたまらなかった。
僕は、激しく勃起していた。
「なんで……っ、どうして……っ」
僕は嗚咽を漏らした。問いは自分自身に向けられたものだ。
どうして僕は、恋人が苦しむ姿を見て、興奮しているのか。
画面の男は、優樹菜の足元へ移動していた。
数分間くすぐられた優樹菜は、笑い疲れたのか、肩で息をしている。
男は、優樹菜のハイソックスに手を掛けた。
『や、だ……やめへぇ』
呂律の回らない優樹菜の声。顔が火照って、目の焦点が定まっていない。
セ○クスの時だって、こんなとろけた表情、見たことなかった。
僕は、優樹菜をこんな風にした男に対する怒りや嫌悪感と一緒に、強烈な興奮を抱く。
ぺりぺりとソックス糊の剥がれる音。
引っ張られて伸びる白いソックス。ロープにつかえているところを、男は無理に引っ張っている。
すぽん、とソックスは脱がし取られた。
露わになった優樹菜の素足。優樹菜はきゅっと足の指を閉じた。
男は優樹菜の足の指を掴んで反らせた。
そうして人差し指と中指をかぎ爪のような形に構え、彼女の足の裏をくすぐりはじめる。
『ひぁっ!!? ひあぁあああっひひひひひひひひひひひっ!!? いやぁぁああははひははっはっはっはっはっはっは!!! もうやめてぇぇええひはははははははは!!!』
途端に優樹菜はかん高い笑い声を上げた。
彼女の顔は、もう涙と涎でぐしゃぐしゃだった。
「ひぁあぁああっはっはっはっはっはっはっはっは!? あがぁああはひひひひひひひひひひ~~!!!」
次第に優樹菜の笑い声がおかしくなってくる。表情もだんだんと、だらしなく緩んでいくように見えた。
男は五本の指を使って、彼女の土踏まずのあたりを引っ掻いていた。
『くひひひひひひひひひひひっ!!! うひゃひゃっ、あひゃぁぁぁあっはっはっはっっはっははは♥』
優樹菜が、明らかに嬌声と思えるような声を上げたのは、さらに2分程度経った頃だった。
『どうかな、優樹菜ちゃん? そろそろ楽しくなってきたんじゃないかな?』
男がガリガリと優樹菜の足の皮を引っ掻きながら言った。
『ぐひひひひっひひいっひっひっひっひっ!!! いぃぃぃ~~~っひっひっひっひっひっひぎぃぃ♥』
優樹菜は、目を見開いて笑い続けていた。
ぶくぶくと泡を吹いて首を左右に振り続ける。
そのとき、男の手が止まる。
『ひゃっ……あぁぁあああぁっ』
途端に優樹菜の体はのけぞり、ぴくぴくと痙攣しはじめた。『ひぁっ……ひぁあぁ……』と彼女の口からは笑い声が漏れ続ける。目をぎゅっと閉じて、歯をがちがちと鳴らす。必死に衝動をこらえているように見えた。
そこで再び、男が彼女の足をくすぐりはじめた。
今度は両足の裏を激しく掻きむしるように。
『ふがぁぁああひゃひゃひゃひゃひゃっ♥ あひゃぁぁぁあんんひひひひひひひひひひひひひひひひひひぃぃぃ~~!!!』
優樹菜はカッと目を見開き、舌を出して笑いはじめた。
その瞬間、彼女の中で何かが折れた。……そんな気がした。
『どうする? 優樹菜ちゃん。最後までやって欲しいんじゃないかな? それとも、ここでやめてもいいのかなぁ?』
『やっ、あ、あ、あ、あ、あひぁぁあっははっはははははは!!? くははははははははっ!!! ……や、やめないでっ、ひっひっひひっひっひ! あひゃぁぁああああ~~♥ もっとひひひひひひひひひひっ!! さいごまでぇえぇっへっへっっへっへ!!!』
優樹菜は激しく笑いながら叫んだ。
『彼氏のセ○クスより気持ちいいだろう?』
『はいぃぃいいっひっひっひっひっひっひっひ!!! 気持ちいいれしゅぅううううっひっひっひっひっひっひっひぃぃい♥』
即答だった。
『自分の言葉ではっきり言うんだ。じゃなきゃ、やめちゃうよ?』
『ひぃぃいいいっひっひっひっひ♥ リュぅヘのセ○クスより気持ちいいぃいいいいっひひひっひっひっひ!!! もっとおぉおひゃひゃひゃ♥ もっとくすぐってぇぇえひゃっはっはっはっはっはっはっはっはは~~!!!』
『よくできたね、優樹菜ちゃん。ご褒美だ』
『ひやぁぁああああひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!!!? うひゃひゃひゃひゃひゃひゃ♥ はにゃぁぁあああ~~』
僕は、泣きながら射精した。
画面の中では、優樹菜が笑いながら失禁していた。
たった15分程度の『チャプター13:ユキナ』。
見終えた僕は、情けなくも、すぐにもう一度見直して、マスターベーションをした。
愛する人は、知らないうちに、知らない男に、くすぐりの虜に変えられてしまっていた。
八月末の様子から、優樹菜がその後も男と関係を持ち続けていることは容易に想像がついた。
たくさんくすぐられて、たくさん笑わされて、性格まで変えられてしまったのだろう。
変えられてしまった彼女。
それでも僕は、彼女が好きだった。
それでも彼女は、まだ僕を好きでいてくれていた。
優樹菜と出会って十数年、はじめて危機感を抱いた。
昔から当たり前のように僕の傍にいた彼女は、いついなくなってもおかしくない存在だった。
僕は「束縛しない」「互いを尊重」という言い訳を作って、彼女との関係をつなぎ止める努力を怠っていた。僕は、いままで、自分のためにセ○クスをしていたのだ。思い出してみれば行為の最中、彼女の口から「気持ちいい」と言われたことはなかった。見よう見まねのセ○クスでは、彼女を満足させてあげられていなかったのに、それすら気づけなかった。
彼女はいまや、くすぐりの虜……。
僕は決意した。
せっかく買ったDVD。全チャプターをなんども見返して、男のくすぐり技を研究しよう。
愛する人を寝取られないように……、違う、……愛する人をくすぐり取られないように。
(完)
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(ここから作者コメント)
こんばんは。ertです。
NTRならぬKTRというジャンルはいかがでしょう?
2016年4月に、ブログ引っ越しのお知らせを兼ねてピクシブにアップロードしたものです。8月末のタイミングに合わせてブログで上げ直したかった。