遠藤勇作(えんどう ゆうさく)は中学二年生。とある下校途中、友人から妙な話を聞いた。
「なあ勇作、洗脳アプリって知ってる?」
「聞いたことない」
「なんか最近裏社会で出回ってるらしいぞ。なんでも、画面を見せると他人を意のままに操れるとか」
「そんなオカルトありえんだろう」
 勇作は友人の話をまったく信じなかった。
 しかし友人は続けて
「どうも噂によると、綺麗な女の人ばかりが狙われているらしい。お前ん家、おばさんめっちゃ綺麗だし、お姉さんも可愛いし、気をつけた方がいいぞ」
「べつに綺麗じゃねーし。そんなオカルトありえないって。しかも気をつけるったって、どうすんのさ?」
「洗脳アプリに気をつけるんだよ!」
「だからどう気をつけるんだよ!」
「どうって? 気をつけるんだよ!」
 友人はちょっとおつむが弱かった。
 勇作は友人と別れ、家の前についた。
 父親が蒸発してから、母絵美(えみ)、一つ上の姉陽葵(ひまり)、自分の三人暮らしを始め、かれこれ五年になる。
 母も、姉もしっかりもので、家事はすべて二人が取り仕切ってくれていた。反抗期ゆえ、口では悪態をついていたが、二人には感謝している。
 幼馴染みで同級生の土田優梨(つちだ ゆうり)にはいつも「もっと素直に家族に感謝を表現しろ」と叱られるが、恥ずかしくてできない年頃なのだ。

 勇作は洗脳アプリのことはすっかり忘れて帰宅した。
 すると、目を見張る光景が広がっていた。

「きゃはははははははっ! あはぁぁ~~っはっはっはっはっはは、いひぃぃ~~」

「かあ、……さん?」
 台所のテーブルの上で、母絵美が知らないタンクトップのおっさんに、腋の下をくすぐられて大笑いしているのだ。
 太ったおっさんの背中越しに、絵美が大口を開け笑い狂っているのが見える。
 絵美は馴染みのエプロンにポロシャツ、ジーンズという姿で、頭は一つに結んでいる。
 床の上にスリッパと灰色のソックス、そして、テーブルに飾ってあった写真立てや食器、花瓶が割れて落ちていた。
 拘束されているわけでもないのに、絵美は万歳の姿勢を崩さず、おっさんにされるがままに身もだえしている。

「ひひゃぁぁあっはっははっはっはは!! あはぁぁ? 勇作ぅううっひひっひひ、おかえりぃひひひっっひひひひっひひひ~~!!」

 絵美が勇作に気付き、手を振った。
 目はとろんとして、顔は紅潮している。母絵美のこんな表情、見たことがない。
 おっさんが振り返り、「おお、君が勇作くんか、ぶひひ」と汚い声を上げた。
 タンクトップにトランクス姿、メガネをかけている。髪の毛はぼさぼさ。肌の手入れなどまったくなされていない様子。無精髭が生えていて見るからに汚らしかった。
「な、なんだよ……。おま、おまえ! 母さんから離れろよ!」
 勇作は怒鳴った。
 するとおっさんはゲラゲラ笑った。
「ぶひひ。おいおい勇作くん。初対面でお前呼ばわりはないだろう? それに、お母さんはこんなに喜んでるじゃないか。どうして離れなきゃいけないんだい? ぶひ」
 おっさんはわしゃわしゃ、絵美のアバラ辺りをくすぐっている。

「きゃはっはっはっはっはっはっは~~~!!! ご主人様ごめんなさいぃひひひひ、息子が失礼をぉぉっほっほほっほっほっほ」

 ご主人様?
 絵美の言葉に、勇作は愕然とする。
「ぶひっ。君のお母さん。町で買い物しているところを偶然みかけてね。あまりにも若々しくて綺麗だったから、ボクのくすぐり奴隷にしちゃったよ。ぶひひひひ」
 おっさんは汚らしく鼻を鳴らしながら、絵美のポロシャツの裾から手を入れた。脂ぎっていてバチ棒のような太い指が、華奢な絵美の素肌に触れる。

「いひゃあぁぁっはっはははっは!!! あひゃぁああああああ~~、もっとぃひひひいひひひ、ご主人様ぁぁああひひひひひ~~!!」

 絵美は一層甲高い声で笑い狂った。
 目にハートを浮かべ、完全におかしくなっている……。
「やめろぉ……」
 勇作は、棒立ちのまま動けなかった。
 おっさんはふとくすぐる手を止めて、
「ぶひ。そうだ。勇作くんも、一緒にやってみようよ? お姉さん、――陽葵ちゃん、だっけ? ――が、帰ってくるまでまだ時間がありそうだからね」
「……え」
 勇作はおっさんの言葉の意味を理解するのに時間を要した。
「大丈夫。君のお姉さんも、帰ってきたらお母さんと同様にボクのくすぐり奴隷にくわえてあげるからね。ぶひひ。さっきそこの写真を見つけてね。可愛いお嬢ちゃんだ。見るからにおじさんの大好物だよ」
 こいつ、……姉貴にまでひどいことをしようとしているのか。
 勇作はおっさんの思惑を知って、どうすべきか頭を働かせた。
「け、警察に……っ」
「通報なんか、させないよ? ぶひひ」
 気付くとおっさんは勇作の目の前にいた。
 勇作の目の前に、スマホのアプリが映し出されていた。

 あ……っ。

 そのときようやく勇作は気付いた。

 これが、さっき友人が言っていた洗脳アプリだ。

「あばばばばばばばっ!!?」
 勇作は、脳天から電流を流されたような錯覚に陥った。


(つづく)


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(ここから作者コメント)

 こんばんは。ertです。
 前回の洗脳アプリが反響あったので、別パターンを作ってみました。おそらくこのアプリ、いろんな人がいろんな場所で悪用しているはず^p^
 大切な家族が洗脳アプリでKTR!
 笑い狂うぶざまな母の姿を見て息子は……っ!

 ……たぶん、冒頭で母親と息子の確執シーン(朝食時いつもの遠藤家の風景。息子を思いやる母親→つい反抗する息子→仲裁に入るめっちゃコミュ力の高い姉→息子が外に出ると「またお母さんと喧嘩したの!?」とあきれる幼馴染み……みたいなシーン)を真面目に入れておくと、ドアガチャただいまからの衝撃のKTRシーンが、より精神的にきつくなって読み手のサド心が満たされるんだろうけど……
 一刻も早くくすぐりシーンもってこないとモチベーション維持できない作者の体たらく、申し訳ない^p^
 ところでモチベーションとマスターベーションは似ている。





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