「あ゛ぁ゛あ゛あ゛~~~~、あ゛あぁ゛あ゛~~~~っはっはっはははははははははっ!!!」
部屋には美央の激しい笑い声が響き渡っている。
美央はちゃぶ台の脚に両手首を左右のソックスで縛り付けられ、エビぞりのような体勢。その上に男が馬乗りになって、がら空きの脇腹やあばらのあたりを縦横無尽にくすぐりまくっている。
「くわ゛ぁ゛あぁ~~っはははははは、い゛ぃ゛ひひひひひひひひひひ!!! む゛り゛む゛り゛ぃいいい~~っひっひっひっひ~~っ!!」
美央は半狂乱で暴れている。
ぶんぶんと左右に髪の毛を振り乱し、鼻水を垂れ流し、宙ぶらりんになった素足をばたつかせる。足指が、脇腹のくすぐったさを紛らせるかのように、きゅうと縮こまったり激しくもがいたりしている。
「ぅ、ぅ、先輩……」
咲良は嗚咽を漏らした。夕奈とともにベッドに縛り付けられているため、身動きが取れず、ただただ先輩の笑い悶える姿を見ていることしかできない。
いつも身だしなみにうるさくて、下級生をしかりつけている厳格な先輩……。
強気な彼女が、眉をへの字に曲げ、大口を上げ、よだれを垂らして笑い狂う。彼女がいつも清潔に整えている制服はラーメンの汁やたばこの灰、汗とよだれでべとべとだ。きれいに折り目のついていたスカートはしわくちゃになって、めくれあがってしまっている。
咲良は、現状が自分の招いた悲劇だと思うと、心が苦しくなった。美央は厳しいだけの先輩ではなかった。夕奈や咲良をかばって、身を挺してくれているのだ。
私が、うかつにこんな男の家に上がったりしなければ……。
後悔先に立たず。
となりの夕奈は、いまだ放心状態。舌を出して呆けた表情。目の焦点があっていない。
男は美央をくすぐりながら、咲良にちらりと目を向け、
「無様な先輩だなあ。後輩の前でゲラゲラ笑って。威厳もなんにもねーじゃねーか」
嘲り笑う。
「ひがぁぁ゛あぁははははははははっ、や、や゛ヴぇ、やヴぇでぇぇぇ゛えひっひっひっひっひっひっひっひ~~!!!」
美央の目から涙があふれた。
彼女のプライドはズタズタだ。
時計がないため正確な時間は把握できないが、そろそろ部活が始まる時間だ。
もしかすると、三人の不在に気付いた誰かが……
咲良がそんな考えを抱いたところで、咲良のケータイが鳴った。
「あ?」と男は手をとめた。咲良のケータイは男に取られたまま短パンのポケットに押し込まれていた。
美央はくすぐりから解放され、ぜぇぜぇと肩で息をした。
男は着信画面を見て舌打ちする。
ずんずんと咲良のもとへ歩み寄り、着信画面を見せた。部長の大河内紬からだった。
「おい、お前。今日の部活は休むって伝えろ」
「えっ……」
咲良はケータイを耳元にあてられて躊躇する。
部活を休むって……、自分も夕奈も楽器出しっぱなしなのに。無理があるんじゃないのか。
「余計な事は言うなよ」
美央を呼び出したときと同様、夕奈の体に手を添えて脅す。
『井口さん、どうしたの?』
耳元から紬の優しい声が聞こえてきた。
男が通話開始ボタンを押したのだ。
「えっと……その」
咲良は困った。
男を見ると、「言え」と目で合図してくる。
『うん?』
「……今日、部活、休み、ます?」
あまりに自分の言っていることが不自然なので、語尾が上がってしまった。
紬はしばし、沈黙して、
『……いま、どこにいるの?』
無感情な声で聞いてきた。
「あ、えっと……」
咲良はもう一度男を見る。「余計なことは言うな」という脅し。
「……どこにも、……いません」
『どこにもいないって……。おかしいよね? そこに誰がいるの?』
「……う」
咲良が男を見たところで、
『誰に言わされてるの?』
紬は言った。
咲良の声のトーンで、なにかを察したのかもしれない。
男はいらだって、咲良の耳もとからケータイを引き離した。
「あのさ、おたくの部員が朝っぱらから騒音立てて迷惑してんだよ! あんた部長だろ、お前ひとりで謝罪に来たら、こいつら返してやるよ」
男は乱暴に言い放った。
電話口の向こうの紬はしばらく黙っていたが、小さく『承知しました』と聞こえた。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
咲良は、紬のことを部長として先輩として好いていた。だからこそ、そんな彼女が男の餌食になるのは耐えられない。
自分の力不足を嘆く。
しかし、事態は急変した。
男の家のチャイムが鳴り男が玄関に立つと、紬の他に、顧問と警官二人がきていた。
紬は、男の電話を受けてすぐ、学校と警察に通報したのだ。
男はあっけなく捕まり、咲良、夕奈、美央の三人は解放された。
三人とも体力を消耗してふらふらだった。
紬は、咲良と夕奈に「怖かったね。もう大丈夫だから」と優しい言葉を投げかけ、いつもの柔和な部長に見えた。
しかし、直後美央に向け「すぐ私に連絡すりゃいいのに。ひとりで行って言いなりになるとか、頭悪すぎ」吐き捨てた姿がものすごく冷徹で、別人に見えた。
咲良は、美央と紬の普段とは違う一面がそれぞれ見られたような気がした。
(つづく)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(ここから作者コメント)
こんばんは。ertです。
強気な子や無口な子がゲラゲラ笑っちゃう姿に萌えるのは、変貌萌えの一種かもしれない。
部屋には美央の激しい笑い声が響き渡っている。
美央はちゃぶ台の脚に両手首を左右のソックスで縛り付けられ、エビぞりのような体勢。その上に男が馬乗りになって、がら空きの脇腹やあばらのあたりを縦横無尽にくすぐりまくっている。
「くわ゛ぁ゛あぁ~~っはははははは、い゛ぃ゛ひひひひひひひひひひ!!! む゛り゛む゛り゛ぃいいい~~っひっひっひっひ~~っ!!」
美央は半狂乱で暴れている。
ぶんぶんと左右に髪の毛を振り乱し、鼻水を垂れ流し、宙ぶらりんになった素足をばたつかせる。足指が、脇腹のくすぐったさを紛らせるかのように、きゅうと縮こまったり激しくもがいたりしている。
「ぅ、ぅ、先輩……」
咲良は嗚咽を漏らした。夕奈とともにベッドに縛り付けられているため、身動きが取れず、ただただ先輩の笑い悶える姿を見ていることしかできない。
いつも身だしなみにうるさくて、下級生をしかりつけている厳格な先輩……。
強気な彼女が、眉をへの字に曲げ、大口を上げ、よだれを垂らして笑い狂う。彼女がいつも清潔に整えている制服はラーメンの汁やたばこの灰、汗とよだれでべとべとだ。きれいに折り目のついていたスカートはしわくちゃになって、めくれあがってしまっている。
咲良は、現状が自分の招いた悲劇だと思うと、心が苦しくなった。美央は厳しいだけの先輩ではなかった。夕奈や咲良をかばって、身を挺してくれているのだ。
私が、うかつにこんな男の家に上がったりしなければ……。
後悔先に立たず。
となりの夕奈は、いまだ放心状態。舌を出して呆けた表情。目の焦点があっていない。
男は美央をくすぐりながら、咲良にちらりと目を向け、
「無様な先輩だなあ。後輩の前でゲラゲラ笑って。威厳もなんにもねーじゃねーか」
嘲り笑う。
「ひがぁぁ゛あぁははははははははっ、や、や゛ヴぇ、やヴぇでぇぇぇ゛えひっひっひっひっひっひっひっひ~~!!!」
美央の目から涙があふれた。
彼女のプライドはズタズタだ。
時計がないため正確な時間は把握できないが、そろそろ部活が始まる時間だ。
もしかすると、三人の不在に気付いた誰かが……
咲良がそんな考えを抱いたところで、咲良のケータイが鳴った。
「あ?」と男は手をとめた。咲良のケータイは男に取られたまま短パンのポケットに押し込まれていた。
美央はくすぐりから解放され、ぜぇぜぇと肩で息をした。
男は着信画面を見て舌打ちする。
ずんずんと咲良のもとへ歩み寄り、着信画面を見せた。部長の大河内紬からだった。
「おい、お前。今日の部活は休むって伝えろ」
「えっ……」
咲良はケータイを耳元にあてられて躊躇する。
部活を休むって……、自分も夕奈も楽器出しっぱなしなのに。無理があるんじゃないのか。
「余計な事は言うなよ」
美央を呼び出したときと同様、夕奈の体に手を添えて脅す。
『井口さん、どうしたの?』
耳元から紬の優しい声が聞こえてきた。
男が通話開始ボタンを押したのだ。
「えっと……その」
咲良は困った。
男を見ると、「言え」と目で合図してくる。
『うん?』
「……今日、部活、休み、ます?」
あまりに自分の言っていることが不自然なので、語尾が上がってしまった。
紬はしばし、沈黙して、
『……いま、どこにいるの?』
無感情な声で聞いてきた。
「あ、えっと……」
咲良はもう一度男を見る。「余計なことは言うな」という脅し。
「……どこにも、……いません」
『どこにもいないって……。おかしいよね? そこに誰がいるの?』
「……う」
咲良が男を見たところで、
『誰に言わされてるの?』
紬は言った。
咲良の声のトーンで、なにかを察したのかもしれない。
男はいらだって、咲良の耳もとからケータイを引き離した。
「あのさ、おたくの部員が朝っぱらから騒音立てて迷惑してんだよ! あんた部長だろ、お前ひとりで謝罪に来たら、こいつら返してやるよ」
男は乱暴に言い放った。
電話口の向こうの紬はしばらく黙っていたが、小さく『承知しました』と聞こえた。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
咲良は、紬のことを部長として先輩として好いていた。だからこそ、そんな彼女が男の餌食になるのは耐えられない。
自分の力不足を嘆く。
しかし、事態は急変した。
男の家のチャイムが鳴り男が玄関に立つと、紬の他に、顧問と警官二人がきていた。
紬は、男の電話を受けてすぐ、学校と警察に通報したのだ。
男はあっけなく捕まり、咲良、夕奈、美央の三人は解放された。
三人とも体力を消耗してふらふらだった。
紬は、咲良と夕奈に「怖かったね。もう大丈夫だから」と優しい言葉を投げかけ、いつもの柔和な部長に見えた。
しかし、直後美央に向け「すぐ私に連絡すりゃいいのに。ひとりで行って言いなりになるとか、頭悪すぎ」吐き捨てた姿がものすごく冷徹で、別人に見えた。
咲良は、美央と紬の普段とは違う一面がそれぞれ見られたような気がした。
(つづく)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(ここから作者コメント)
こんばんは。ertです。
強気な子や無口な子がゲラゲラ笑っちゃう姿に萌えるのは、変貌萌えの一種かもしれない。