再開された罰ゲームくじ。
 最初に当たりを引いたのが『英研』の女の先輩。内容は『顎の下こちょこちょ』だった。

「きゃはっ、やだもー!」

 キタノにこちょこちょ顎下をくすぐられる先輩は嫌がるそぶりを見せながらも楽しそうだった。 

 次にあたりを引いたのは『外検研』の女の先輩。内容は『こよりでこちょこちょ』だった。

「ん、……ふぁっ、はくしょぃっ!」

 先輩は『英研』の女子メンバーに体を押さえられ、鼻の穴をこちょこちょくすぐられてくしゃみをした。

 なんだか、女子ばっかり罰ゲームやらされている気がする……。

 ユヅキは、くじの偏りに違和感を持った。
 さらに連続で現れた『こちょこちょ』の文字。
 そういえばさっきキタノが罰ゲームくじの中身を入れ替えていた。
 嫌な予感がする。……
 まさか、全部『こちょこちょ』なんじゃないだろうか。

 すぐにでも帰りたい衝動に駆られるが、場の流れに逆らえない。
 トイレに逃げようとするが、「くじ引いてからにしなよ~」と『英研』の女の先輩に止められてしまった。『英研』のメンバーは全員敵のようだ。
 そうこうするうちに、くじが回ってきた。
 ユヅキはそっと割り箸をつかむ。
 キタノら『英研』メンバーの視線を一斉に浴びる。女子が罰ゲームを受けることを期待しているのが丸わかりだ。

 出るな……! 出るな……!

 祈りが通じたのか、ハズレだった。
 ユヅキはほっと一息ついた。キタノら『英研』メンバーは露骨にため息をついた。ざまあみろ。
「じゃあ、くじ引いたのでトイレ行ってきますね」
 ユヅキは、ちょっとだけ嫌味っぽく言って席を立つ。
 場の空気が嫌いなので、ほんの数分間だけでも離席できるのがうれしかった。

 トイレから帰ってくると、場が沸いていた。
 どうやら、ちょうど罰ゲームになる人物が決まったところのようだ。

「ミノリちゃん罰ゲ~ム!!」

 え?
 ユヅキは、キタノの発言に唖然とした。
 奥の席でうなだれているミノリの手に、赤い印のついた割り箸があった。
 まさか、ミノリが本日2度目の罰ゲームに当たってしまうなんて……。

 もともとミノリはおとなしいタイプの子なので、こういうノリ自体が苦手なのだ。
 ミノリがこちらに気付く。
 助けを求めるような視線を向けられるが、どうすることもできない。
 この飲み会に参加してしまったこと自体が、間違いだったのだ……。

 ミノリはキタノに急かされて、罰ゲーム内容を決めるくじを引いた。
 紙を広げた瞬間、ミノリは露骨に眉をしかめた。何が書かれていたのか?

「さ、ミノリちゃん読んで!」キタノがぽんとミノリの背中を叩いた。

「……『足の裏』……『こちょこちょ』、……です」

 ミノリは震える声で言った。

「それだけ?」キタノの声のトーンがちょっとだけ低くなった。
 ミノリはビビったのか、
「『足の裏こちょこちょ』……」再度言い直して、「『10分間』……です」飛ばした部分を読み上げた。

「ミノリちゃん!! 足の裏こちょこちょ10分間!! 罰ゲーム決定~~っ!!」
 キタノが盛り上げ、再び『英研』メンバーが沸いた。

 ミノリは『英研』女子メンバーがたむろした座敷まで連れていかれ、
「はい、ここ座ってー!」
 されるがままだ。
 座布団の上に腰を下ろしたミノリは、足を前に伸ばすよう指示され従う。
「あ、靴下は脱いでもらおっか」
 ミノリの足のそばで手をワキワキさせる先輩がそんなことを言い出した。
 ミノリは寒がりでロングスカートの下にニーソックスを穿いていた。
「え……それは……」
 としぶるミノリ。「ほらほら早くー」と『英研』の先輩が急かすが、ミノリは「う~ん」「でも……」と煮え切らない態度でごまかし続けた。先輩たちはいらだったのか、ミノリを強引に押さえつけた。「やっ、ちょっ」と嫌がるミノリの足を3人がかりで掴み上げ、両足のニーソックスを脱がしとってしまった。
 素足になったミノリは、恥ずかしそうに足の指を縮こまらせた。青白くて不健康そうな偏平足。
 そういえば、ミノリが素足でいるところをあまり見たことがない。

「それでは罰ゲーム開始~~っ!」キタノの号令で、『英研』の女子メンバーがミノリの足の裏へ指を這わせる。

「やっ……はっ、くふっ!?」
 ミノリは足をくねくねさせて我慢していたが、3人がかりで足裏の皺に爪を立てられると耐えきれず、

「ふはっ! あははははっ、あはははははははははは~~っ!!!」

 甲高い声で笑い始めた。

「おお~、ミノリちゃん良い笑顔だねぇ! 楽しいねぇ! 楽しいねぇ!」キタノがあおるようにはやした。『英研』メンバーは奇声をあげて喜んだ。

「やはっはっはっはっはっ、やめてっ!! やめてくださいぃっひひっひっひひ~~!!」

 ミノリは大笑いしながら両目に大粒の涙を浮かべていた。
 なんだ、これ?
 完全にいじめじゃないか!
 ユヅキは止めに入ろうと腰を浮かせかけるが、……それ以上体が動かなかった。
 周囲のメンバーの視線が突き刺さる。空気を読め。邪魔をするな。そんな圧を感じる。
 ごめん、ミノリ……。
 ユヅキは大笑いするミノリから視線をそらせた。

「楽しいよね? ミノリちゃん! 楽しいよねぇ!」

「やだっはっはっははっは、楽しくないっ!! 苦しぃっひひひっひっひ、誰か助けてぇぇぇっはっはっはっはっはっはっは~~!!!」

 ミノリの悲痛な笑い声が響く。ユヅキは耳をふさぎたくなった。

「おいおい、ミノリちゃん楽しくないってよ! みんな、こちょこちょが足りないぞー!」
 キタノが囃し立てる。
 女子メンバーは、調子に乗って道具を用いてミノリの素足をくすぐりはじめた。

「やひゃっ!!? あひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ、ひゃめぇぇえ~~!!?」

 割りばしの先でじょりじょり土踏まずをこすられ、絶叫するミノリ。

「いひゃひゃひゃひゃひゃっ!!? しょれらめぇぇぇえいぃいぃいっひっひっひっひっひっひっひ~~!!!」

 さらに甲高い笑い声をあげるミノリ。耳かきのへらで足の指の股を掻きほぐされていた。

「ミノリちゃん、楽しいよねぇ! そんなに笑って! 楽しいでしょ!」

 さんざんくすぐられ、さんざん囃し立てられ、ミノリは、
「ひゃっひゃっひゃ、楽しいですぅううっ!!! 楽しいからぁっぁっひゃっはっはっはっははっはっはっは~~!!!」
 本人は思ってもいないであろうが「楽しい」などと叫ばされていた。

 ミノリは何度も「楽しい」と叫びながらボロボロ涙を流して笑う。

「たのひぃいいい、たのひぃいいっひっひっひっひっひっひっひっひ~~っ!!!」

 ユヅキはミノリが目をむいて笑い狂う姿を見てぞっとした。


(つづく)