「紗英さん、ホントにいいんですか?」
 ゆのは不安そうな声を出した。
 ひだまり荘102号室。寮生のゆの、宮子、ヒロは紗英に呼び出されていた。
 紗英は、彼女らに自分をテーブルの上で縛るよう命じた。
 なんでも、小説執筆において編集担当から、どうしても次巻で「ヒロインくすぐり拷問シーン」を入れて欲しい懇願されたそうなのだ。
 紗英は、そんな破廉恥なシーンは書いたことが無い。よって、取材を兼ねた体験リサーチを決行したのであった。
「遠慮せずにやっちゃっていいよ。本気でやってくれないと取材にならないからさ」
 紗英は強気にそんなことを言った。
「ほほう、いつまで減らず口がたたけるものですかな?」
 宮子はすでにノリノリだ。
「ゆのさん、紗英に協力して、体中を、……こちょこちょ、してあげて!」
 ヒロは顔を赤らめている。照れているのか興奮しているのか。
「わかりました! 私がんばります!」
 ゆのは両手の拳をにぎりしめる。
「お~、ゆのっちが本気出した! これは紗英さんピンチかー!?」
 そうして、ひだまり荘102号室において、怪しいくすぐり取材がはじまった。

 紗英は、普段執筆の時に着るラフな服装。
 胸にリボンのついたノースリーブシャツに、ジーンズパンツ。白い靴下を穿いている。
 テーブルの真ん中に仰向けに寝そべり、両手足を大の字に広げている。
 手首手足を縄でしばり、テーブルの脚に引っかけて固定してある。
 縄は吉野屋先生から借りた物らしい。デッサンモデル用の縄ということらしい。被写体にどんなポーズをさせようというのか。

「紗英、いくよ……!」
「う、うん」
 ヒロと紗英が見つめ合い、赤くなっている。
 おそるおそる手をを伸ばすヒロ。
 ヒロの指先が紗英の腋の下に軽く触れる。
「あぁっ……!」
 艶めかしい声を上げて、びくっと震える紗英。
「あ、ごめ……」
 ヒロは顔を真っ赤にして指をひっこめた。
「……いいよ。はじめてなんだから……、私はヒロを信用してる」
「紗英……」
 二人の荒い吐息が交わった。
「あのー、そういう気まずいシーンやられると、あたし達、入りづらいんですが~」
 宮子がぽりぽり頭を掻くと、紗英とヒロは、ハッとして距離を取った。
「あ、……いや、これは! 私、初めてで、戸惑っちゃって」
「そうそう、初めてだし! うん、不可抗力だよ! ……ゆのも宮子も遠慮せずじゃんじゃんきてよ」
 ヒロと紗英が慌てた様子で言った。
「じゃあ、お言葉に甘えさせていただきますよー、ゆのっちいこ!」
「うん!」
 ゆのは満面の笑みで頷くと、紗英の足元にしゃがんだ。
「ソックス脱がしますね!」
 するりと白いソックスを脱がすと、紗英の素足が露わになる。
「じゃあわたしは腰あたりやるかー!」
 宮子はそう言って、紗英のふとももあたりに馬乗りになる。
「それなら、私は引き続き、……腋で」
 まだ顔の赤いヒロ。
 いよいよ、三人によるくすぐり責めが始まる。

「うひっ!!? あははははははははっ!! ちょっ! 強いぃぃ~~ひっひっひっひひっひっひ!!」
 紗英は、大笑いしていた。
「おお~ゆの、なかなかやるじゃん! どこでそんなテク覚えたの~?」
 腰をぐにぐにとくすぐりながら、宮子がゆのに問う。
 ゆのは、片手で紗英の足の指を反らせて、ぷっくらふくらんだ母子球を、カリカリ爪先でくすぐっていた。
「見よう見まねだよ。みやちゃんも上手いと思うよ」
「そうかな? なんか、ツボみたいなのあるよね。押し込んで震わせたり、つんつん突っつくと良い感じ」
「あはっはっはっはっはっはっはっは!!? 二人ともあぁあはっははっはははっははは、息ができないぃいひひひひひひひひひひひひ~~!!!」
 紗英は、くすぐったさで髪の毛を振り乱して笑っている。
「普段クールな紗英が、こんなだらしない顔で……、バカ笑いしてる……」
 ヒロは、鼻息を荒くして、紗英の腋の下をくすぐっている。
 人差し指の腹で、やさしく、腋のくぼみに絵を描くように。
 一心不乱という感じのヒロ。目の焦点が合っておらず、怖い。
「ひひひひひ、ヒロっ!! ちょっとやばいぃっ!! 目がいってるからぁあっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!」
 紗英は涙を流して笑っている。
「どうですー? 紗英さん、良いデータ取れてます? くすぐり体験」
「取れてるっ!! ひぃぃっひひひっっひ、とれてるからぁぁ!! 一旦休憩させてぇぇえあははははははははあはは!!!」
 紗英は半狂乱でさけんだ。
「え、やめちゃうんですか?」
 驚きの声をあげたのはゆのだ。指先で、紗英の足の指の股をくすぐっている。
「紗英さん! せっかくなんで、くすぐりの向こう側を見に行きましょうよ! なんか10分間くすぐり続けたら効かなくなるとかなんとか、説もありますし!!」
 宮子は、天真爛漫な笑顔で、紗英を励ました。アバラから脇腹にかけて、縦横無尽に指が踊り狂っている。
「紗英……紗英……」
 ヒロは心ここにあらずだった。
「いあぁ゛あぁあ~~っははっっはっはっははっはは!!! これを10分っ!!!? そんな゛の゛むりだってぇぇえ~~はっっはっはっははっははっはっはあ~~!!」

 10分後。
「うひょひょひょひょひょひょ!!!? おひょいぃぎぃいひひひっひっひひい、ひぁえぇひゃひゃひゃひゃひゃ~~!!!」
 紗英は目を見開いて、舌を出して笑っている。
 途中、メガネはあぶないので、宮子が外した。
「笑い声、すごいことになってる……。ゆのっち、強すぎるんじゃ無い?」
 宮子がゆのに言う。
 ゆのは、どこからもってきたのか、2本の筆で紗英の両足の裏をくすぐっている。
 いつのまにやら、ソックスを穿いていた方の足まで素足にされている。
「この右の方が豚毛なんだけど、品質が悪い方がくすぐったさは増すみたいだね」
 冷静にそんなことを言うゆの。
「こうやって、踵から指の付け根まで、まんべんなくなで回すと」
「あぎゃぁあはっはははっはははは、ひゃぎゃぁぁああはあ゛あぁ゛っはっはっはっはっははっはは!!!」
 紗英は足指を激しくうごめかして笑う。
「すごいじゃん、ゆのっち! エキスパートみたい!」
「あと、左の方が洗い忘れてかちかちになったアクリル筆。こっちは土踏まずのところをじゃりじゃり引っ掻くのに最適だね」
「ぎひぃぃいい゛~~~ひっっひっひっひっっひっひ、あがぁぁがががぁあは゛はははははははははははははは!!!」
 紗英の声は、ほとんど絶叫に近かった。
 もう言葉すら発する余裕がないらしい。
「紗英……うひ」
 ヒロは陶酔状態に入っている様子だ。

 20分後。
「ぐげぇぇええ゛えへへへへへへへへへ、ふぎぃいい゛ぃ゛ぎぎぎぎっぎぎぎぎ!!!」
 すでに紗英の顔はぐしゃぐしゃ。
 体中から汗が吹きだし、シャツが肌に張り付いている。
 すでに体力は限界に思えた。
「なんか、制止求めなくなったから続けちゃってるけど、これってそろそろやばくない?」
 さすがの宮子も、不安になり始めたようだ。
「そうかな? 喜んでいるように見えるけど……」
 こんなとき、ゆのは鬼だ。
「ふぎゃぁあがあぁははっはははははははは、ぽぴぃぃ~~!!!」 

 30分後。
「はぁ……、はぁ……げほげほげほっ」
 くすぐりは止んでいた。
「んー、私はもうちょっとやっても大丈夫だと思ったけど」
 ゆのはまだまだやりなさそうだ。
「いや、さすがにサイレンみたいな悲鳴上げてたから……無理だと思うよ」
 こんなとき、宮子の方が常識人だった。
「紗英の笑う姿……はぁ……はぁ」
 ヒロは壁に向かってしゃがんでなにかやっている。
「まあ、せっかくですし!」と宮子は気を取り直して、
「紗英さん、くすぐり体験の結果、どうでしたか?」
 紗英は、おおきく息を吐いた。
「あ……、な、なんというか、……ランニングハイっていうのかな……」
「「え」」
 呼吸を整えて、
「……これ、ちょっと良いわ」
 くすぐられ続けてランニングハイ状態を体感したという紗英。
 ひらめきと集中力が増したという。
 それを裏付けるように、新作の小説はヒットした。


(完)