美しく整った顔立ち。
 頭の上で二つ耳のように立てた黒髪。
 吊り上がってクルッとした目。
 白い水干にたくし上げた袴姿。

 ボクのお仕えする阿狐姫(あこひめ)さまは、今日も元気に素足でボクを踏みつけ、おなぶりなっていらっしゃいます。

「ほれほれっ! 嬉しいのじゃろ? ほぉれほぉれ」
 困ったことに、ボクをいたぶることが、姫の一番の楽しみなのです。
 姫は意地悪な笑みを浮かべ、ボクの背中を踏みにじっています。

 あぁ、閻魔様……。
 ボクは閻魔様に祈りを捧げながら、いつものように意識を手放し――
『待て、青年よ』
 ――かけたところで、誰かの声が聞こえてきました。
 幻聴が聞こえるほど痛めつけられたようです。もうボクはダメかも知れません。
『青年よ』
 もう一度呼ばれました。
 ボクは青年というよりものっぺらぼうです。
『のっぺらぼうの青年よ』
 言い直してくれました。意外に親切な幻聴さんです。
『このままで悔しくないのか?』
 なんのことですか。
『こんな狐の小娘に足蹴にされて、悔しくないのかと言っている! やり返す度胸もないのか! それでも男か!』
 なんてこと言うんですか、幻聴さん!
 姫さまを「狐の小娘」呼ばわりなんて!
 ボクは姫さまにお仕えする身。姫さまに逆らう事なんてできません。
 そしてボクは男と言うよりものっぺらぼうです。
『それでものっぺらぼうか!』
 また言い直してくれました。やっぱり幻聴さんは親切です。
『ずいぶんと自尊心を踏みにじられてきたようだ……これは少してこ入れが必要か』

 幻聴さんがだんだん遠ざかって――

「……なっ、なんじゃ!?」

 姫の声に、ボクはハッと我に返りました。
 姫がなんだか慌てた様子です。
 目の前の光景に、驚愕しました。
 ボクの左手が、姫の右足首を掴んでいたのです。

 あわわわ。
 姫のおみあしを掴むだなんて!
 ボクはとっさに手を放そうとします。が……

 動かない!?

 まるで他人に体を乗っ取られたかのように、言うことを聞きません。ついでに声も出せません。

「ベラオ、なんのつもりじゃ? わらわへの反逆か」

 ゴゴゴ、と背景をどす黒く変えて笑みを浮かべる姫。
 マジでぶち切れる5秒前です。
 左手よ! 動け!

 念じても花開きません。
 するとこんどは勝手に右手が動きはじめ、

「こ、こら! ベラオ!? なにをするぅおおおおほぉぉぉ~~~!!?」

 姫がびくんと体を仰け反らせて悲鳴をあげました。
 ひぇ~。これは後で殺される!
 ボクの右手が、姫の足の裏をこちょこちょとくすぐっているのです。

「おひははははははははははっ!!? やめっ!! ベラっ……やめぁぁああおほぉぉ~~~っほっっほっほっほっほっほ!!!?」

 姫、すごい笑い方です。
 もともと顔は良いのです。
 目に涙を浮かべて笑う姫の姿に、少しときめいてしましました。

「ひ~~っはっはっはっ!? このぉ!」

 姫が空いている左足で、ボクを蹴りつけてきました。

 ……あ、死んだ。

 と、思った矢先、ボクの右手がまたまた勝手に動き、姫の左足を掴みました。
 両足を掴まれてバランスを崩した姫は、ずてんと床に倒れます。
 そして、ボクの体は、ボクの意志に反して姫の体をねじ伏せてしまいます。

 姫の体を四の字固めのようにがっちりと固定して、両足の裏をくすぐりはじめるボク。

「うひゃぁぁぁぁっはっはっははっはっはっは!!!? やめりょぉぉ~~~ベラオおぉぉ~~ひおっほっほっほっほっほっほ!!!」

 再び大笑いをはじめる姫。
 まったく身動きが取れないので、ジタバタと両手を振り回して笑っています。

 それにしても、足の裏がよっぽど弱いみたいです。
 まゆをへの字に曲げ、大口を開けて笑う姫の姿は、普段の居丈高な態度から想像できませんでした。
 いつも草履で、素足を晒しているくせに……。

「やめれぇぇぇおほほほほほほほほっ!!? ひぃぃぃっひっひっひっひっひっひベラオぉぉお~~!! 後でひどいぞぉぉお~~~っはっはっはっはっはっは!!!」

 姫は涙を流して笑っています。

 こんな情けない姿をさらされて……。

 マジで、後がコワイです。

 もうこのまま拘束を解かず、くすぐり続けていた方が安全なのかも知れません。

 そう思った矢先、ボクの指の動きが加速しました。

「うひょぉぉお~~~~おおおおお!!? なんならぁぁぁあっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!! べらおっ!! やめっ、ひやっはっはっはっはっはっは!!! おねっえ、願いっ!! やめてぇぇええひゃはははははははははは!!!」

 姫が、ボクに懇願している!?
 首を左右に振って、ケラケラ笑いながら、まるで子供みたいに。

 姫の笑い狂う姿は新鮮で、もっと見ていたいと思うようになりました。

「おねがっ……やえっめぇぇええっへっへっへっへっへ!!! 助けてぇえぇぇはっははっははっははっはっはっははっは!!!」

 姫はとうとうボロボロ涙を流して助けを求めはじめました。
 ……でも、すみません。ボクの体、言うこと聞かないんです。

 ボクは、心の中で謝りながら、ちょっとだけ喜びながら、姫の足の裏をくすぐり続けました。

 ……
 それから一時間ほど経った頃、いつの間にか体の自由が利くことに気づきました。
 ボクは少し逡巡してから、気づかなかったことにして、姫をくすぐり続けました。


(完)