『時を止める能力』を手に入れてから、ごくごく普通の高校2年生だった泉剛(いずみたけし)の生活はガラリと変わってしまった。

 朝7時40分。
 通学電車の中で何気なく時を止めてみる。

 ぱちん。

 剛が指を鳴らすと、ざわざわと騒がしかった車内が突如水を打ったように静まりかえる。
 ぺちゃくちゃ喋っていた女子高生達はアホ面のまま固まり、優先席でいびきをかいていた朝帰りらしいおっさんは鼻提灯をふくらませたまま固まり、切符を買い忘れたらしいお姉さんは車掌さんを呼び止めようと片手を挙げたまま固まる。
 時が止まる瞬間は、何度体験しても飽きない。

 剛は席を立ち、手すりにもたれかかってぺちゃくちゃしゃべっていた女子高生2人組の元へ近づく。
 制服は私立聖マリアンヌ女子高校というあまり偏差値の高くない学校のもの。明るいベージュのスクールセーターにチェックのスカート。白のクルーソックスにローファー。
 茶髪のショートカットの子と、ツインテールの子がいる。2人とも第一ボタンをはずしている。

 ツインテールの子は、ちょうどペットボトルの炭酸水に口を付けていた。
 剛は彼女の背後に立ち、両手で脇腹を揉みしだいた。
 わしゃわしゃわしゃわしゃ。
 セーターに指をくいこませ、脇腹のツボを探り出すように。細見の体躯に見えたが、案外寸胴なウェストだった。
 いくらくすぐったところで、彼女の表情はぴくりとも変わらない。
 時が止まっているのだ。当然だ。

 1分程度じっくりとツインテールの子の脇腹をくすぐってから、今度は彼女の正面に立ったショートカットの子を見やる。
 コチラの子は、大口を開けてブサイクな笑顔のまま固まっている。
 剛は、その表情を見ているとむかついた。
 剛は彼女のスカートのポケットをまさぐり、かわいいピンクのハンカチを奪った。
 それを、優先席で眠っているおっさんの口へ押し込む。
 代わりにおっさんの靴を脱がし、靴下を拝借した。紺色の靴下は親指に穴が空いており、さらにつま先が少し湿っていて気持ち悪かった。おそらく昨日丸一日熟成されたのだろう。それを丸め、ショートカットの女子高生のポケットに忍ばせた。

 女子高生2人組のすぐ傍の席に、迷惑そうに眉をひそめた女の子がちょこんと座っている。
 H大学付属中学校の制服だ。ワイシャツに黒のベスト。深紅のリボン。プリーツスカート。白いハイクルーソックスに白いスニーカー。
 髪の毛を真ん中で綺麗にわけたミディアムヘア。膝小僧まで隠れたスカートの上には英単語帳がのっている。生真面目そうな子だが、ハイクルーソックスは少しだけくしゅっとして短めにしている。
 きっと、女子高生2人のお喋りがうるさくて苛立っていたのだろう。右足の踵が少しだけ浮いているのは、貧乏揺すりをしていたのかもしれない。
 剛は、席に座った女子中学生の足元にしゃがんだ。
 彼女の右足と左足を揃えて持ち上げ、剛の膝の上に載せる。
 両足のスニーカーを脱がせ、次いでソックスも脱がせた。露わになった彼女の素足は、あまり手入れがされていないようで、少しイボやアザがあった。
 剛は、両手の爪を立てて、がしがし、彼女の足の裏をくすぐった。
 がりがりがりがり。
 土踏まずは思い切りほじくるように。足の指の間も、丁寧に爪の先でこそいでやる。
 やはりいくらくすぐっても、彼女の口元はぴくりとも動かない。

 女子中学生の足の裏も1分ほどくすぐっておいてあげた。
 彼女から脱がしたソックスは、その向かいの席に座っていた北高校の学ラン男子の食べかけのサンドイッチに挟んであげた。代わりにハムを抜き取って食べた。美味だった。

 車掌さんを呼び止めようと右手を挙げたまま固まっているお姉さん。
 おそらく大学生ぐらいだと思われる。ボーダーのワンピースにデニムのジャケットを羽織っている。明るい栗色の髪の毛は軽くパーマがかかってくるんと内巻きになっている。
 剛は彼女の正面で腰をかがめて、人差し指でこちょこちょと右腋をくすぐった。
 当然無反応だ。
 彼女は、左足を上にして脚を組んで座っていた。股はしっかりと閉じられていたが、剛が彼女の左足首を彼女の右腿の上にくるよう動かすと、彼女はがに股になる。
 左足からサンダルを脱がし、素足の足の裏をくすぐった。
 なんだか物足りないな。剛はそう思い辺りを見回す。 
 ちょうどよく、耳かきで耳掃除をしているおばさんを見つけた。
 おばさんの耳かきを拝借して、女子大生の素足をくすぐる。へらで、指の間と付け根を一本一本丁寧に掃除してあげた。
 使用済みの耳かきはおばさんの耳の穴へもどしておいた。

 剛は自分の席にもどって、指を鳴らす。

 ぱちん。

 そして、時は、動き出す。

「――ぶふぅううううひゃははははははははっ!!?」
 いきなり目の前のツインテールの女子高生が、飲んでいた炭酸水を吹き出し、笑い出す。
「ちょっ!? ミオ、いきなりなにすんの!?」
 吐き出した炭酸水は正面のショートカットの女子高生の顔面にもろにかかり、ショートカットはぶち切れる。
「うひゃっはっははっはっは、なひゃ、なにこれ゛ぇ゛えひひひひひひひひひ~~!!?」
 ツインテールは、体をくの字に曲げて、ゲラゲラ大笑いしている。
「最悪、……頭、おかしいんじゃないの……?」
 ショートカットは顔を引きつらせ、スカートのポケットから紺色の布を手に取り、
「……――んぶぇぇッ!!?」
 顔に付けた。 
「くさっ!? な、なにこれっ!? え、やだあぁあっ!! う゛ぇ゛ぇぇ~~~っ」
 ショートカットはパニックになって、その場で嘔吐した。
「えひゃっははっははっはは、ひぃっぃっひっひっひっひ!!!」
 ツインテールはその目の前で笑い続けている。

「もごもごっ!!?」
 優先席で足を大きく広げて座って眠っていたおっさんは、窒息していた。

「えっ!? んきゃはははははははははははっ!!? んほぉぉお゛お゛ひひひひひひひひひひひひ!!?」
 数秒前まで真面目に英単語帳を読み込んでいた女子中学生が、突然奇声を上げる。
 素足をばたつかせ、英単語帳ははじけ飛んだ。
「な゛あ゛あぎぃひっひっひっひっひっひ!!? あひぃぃいがががははははははははははは~~!!?」
 さっきまでぶすっと不機嫌そうだった表情が、間抜けなアヘ笑顔に変貌を遂げた。
 座席シートでのたうち回る女子中学生の行為は、他の乗客にはさぞかし迷惑なことだろう。

「ん……? げっ、な゛ん゛た゛こ゛れ゛!? ぶえっぇえっ!! ああっ!? わわわわっ!!!?」
 サンドイッチに勢いよく食らいついた北高男子は、マヨネーズと涎まみれの白いソックスを床に吐き出した。
 慌てて立ち上がった拍子に弁当箱の中身までぶちまけ、余計にパニックに陥っている。

「ひょえぇぇえへへへへへへへへへ!!? うほほほほほほ!!」
 もの凄く下品な笑い声を上げるボーダーワンピースの女子大生。
 挙げていた右腕を勢いよく下ろすも、大笑いしながらもがき苦しんでいる。
「んへへへへっへっへっへっへ、足っ!? わきぃいっひっひひっひっひっひひひっひっひ~~!!?」
 いきなりがに股に姿勢が変わっていたせいか、バランスを崩し、車掌さんの股間に顔面ダイブしていた。
「お、おお、お客様!? 大丈夫ですか!?」

 耳掃除をしていたおばさんは、何事もなかったかのように、取り出した耳かきにふっと息を吹きかけて、自分の耳垢と女子大生の足垢を落とした。

 剛は、電車の中のパニック状態を見て満足した。
 数日前までは億劫だった通学電車が、今では楽しみの時間に変わっている。
 すべて、『時を止める能力』のおかげだ。
「次は-、県立南高校前ー、県立南高校前ー」
 車内アナウンスが響き渡る。
 剛は席を立ち、パニック状態の車両を抜け出した。
 まだまだ楽しめそうだ。


(完)


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(ここから作者コメント)

 こんばんは。ertです。
 時間停止モノ×くすぐりをやっておきたかった。良質なお茶は、何番煎じでも、旨いものは旨い。「時間停止中のくすぐり行為が『蓄積される』」というアイデアを最初に世に出した方を尊敬します。





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