「ねえ、イザワ、あんた、やる気あるの?」
「すみません……」
「すみませんじゃなくて、やる気あるのかって聞いてるの!」
 井澤咲良(いざわ さくら)はH高校の2年生。ポニーテールで中背。吹奏楽部に属し、トロンボーンを担当していた。
 その日の合奏で顧問に名指しで練習不足を指摘されたことで、3年生の副部長菊池美央(きくち みお)に呼び出しを食らったのだ。
 菊池美央は、口調がきつく、常に不機嫌な表情であるため、部内でもかなり恐れられる存在。顔立ちはかなりの美形で、美しいミディアムロングの髪でスタイルも良い。部内の彼女を知らない男子生徒にはかなりの人気があるらしい。
「答えろよ!」
 美央がバンと机を叩いた。咲良はビクッと肩を震わせ、「あ、ありますっ」と叫んだ。
 空き教室には、うなだれた咲良と副部長美央、そして3年生の部長の大河内紬(おおこうち つむぎ)がいるだけだ。部長の紬は、黙って二人の様子を見守っている。部長の紬は、華奢な体つきで背丈が低く、よく中学生と間違われるほどの幼児体型である。ストレートのロングヘアが人形のような雰囲気を醸し出す。いつもニコニコと朗らかな笑みをうかべており、温厚な印象がある。
 美央はため息をついて、
「先生も言ってたけど、あんた、音程悪すぎ。和音が作れないトロンボーンとかいらない。てか、この時期に暗譜できてないのがありえないんだけど」
「すみませんっ……!」
 咲良は涙を浮かべて叫んだ。
「どうすんの? コンクールまであとちょっとしかないのに」
「……」
「どうすんのかって聞いてんの!」
 美央は再び机を叩いた。咲良は慌てて「練習しますっ!」と叫ぶ。
「いまそうやってベソかくなら、なんで最初から本気で練習しないのよっ!」
 美央がバンバンと机を叩くのを、咲良はびくびくと肩を震わせて謝り続けた。
 しばらく美央の説教が続いたところで、部長の紬がすっと手の平を美央へ向けた。
 美央はすぐに黙った。
 紬はにっこりと笑顔で咲良に向かい、
「井澤さん。8月の県大会まであと一ヶ月ちょっとだよね。がんばれる?」
「……が、がんばれます!」
 咲良は紬の顔を見ると、不思議と安堵感に満たされ、涙が溢れた。紬はぽんと咲良の肩を叩いた。
「うん。じゃあ、がんばろうね? 約束だよ?」
 咲良は不思議と、この人のためにがんばろう、と思うことができた。

 居残りを終え、練習室に戻って楽器の片付けをしていると、仲の良い梨本夕奈(なしもと ゆうな)が声をかけてきた。夕奈はトランペットパートで、2年でありながら3年の先輩を差し押さえてトップを吹いている。
「……大丈夫だった? 菊池先輩」
 夕奈は不安そうに眉を寄せ、耳の後ろで二つに結んだおさげをぷらりと揺らし小首をかしげた。
「……泣かされた」咲良は答えた。
「あ、やっぱり……。でもほら、そんなに落ち込むこと無いよ! 先生の言ってた練習不足っていうのは、咲良ちゃんだけのことじゃなくて、部全体のことだし、私だって、全然納得できてないとこいっぱいあるし。みんなそれぞれで不足してるところがあって、ちょうど咲良ちゃんが怒られるタイミングに当たっちゃっただけで」
 夕奈は、うつむいたままの咲良を励ますように言葉を繋いでいた。
 咲良は顔を上げ、
「夕奈さ。明日部活始まる前、朝練付き合ってくれない?」
「え!?」
 夕奈は素っ頓狂な声を上げた。
「コンクールまであと一ヶ月しかないし、ホントやばいなって思うから、私、明日から部活始まる前に個人練習やろうと思ってて……。それで、……夕奈も巻き込んで悪いんだけど、トランペットとの入りのところで、どうしてもわからないところがあって……。明日だけでも付き合ってくれない? 合奏9時からだったよね……。それまでにちょっとでも練習しておきたくて」
 夕奈はきょとんとした表情で聞いていたが、
「あ、うん。私で良ければ協力するよ? ……咲良ちゃんから、そんな誘いくるの、初めてだからびっくりしちゃった」
 嬉しそうに表情を緩ませる夕奈。
 咲良と夕奈は、明日8時からセッションする約束をして、その日の練習を終えた。


(つづく)


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(ここから作者コメント)

 こんばんは。ertです。
 そろそろ甲子園&吹奏楽コンクールの時期なので!