「……っ」
 紬はかび臭いにおいで目を覚ました。
 ベッドの上で仰向けに寝かされており動けない。両手を万歳に伸ばして、ベッドの格子にタオルとベルトで縛り付けられている。衣類に乱れはなく、レイプされた様子はなかった。室内だというのに靴も脱がされておらず履きっぱなしだった。
 天井から部屋の中を見渡し、気付く。
 ここは、H高校の向かいにある男の家。井澤咲良、梨本夕奈、菊池美央が拉致監禁された家だ。

「おはよう、紬ちゃん」
 男の一人が紬の目覚めに気付いた。
「やっと起きたかお姫様」「待ちくたびれたぜ」などと男どもは呼応する。
 彼らが胡坐をかいた前には、紬のバッグが広げられていた。
「……」
 紬は不快感に顔をしかめた。
「こないだはシンペーが世話になったみたいだなあ」
 男の一人が紬に近づいてきて言う。
 紬は察した。
 こいつらは、数週間前三人の女子部員を襲った男――名をシンペーというらしい――の関係者で、彼を通報した報復として自分を拉致したのだ。

 ……本当にくだらない。馬鹿ばかり。

 紬は呆れた。
 下校中の高校生を拉致するなんて正気の沙汰ではない。両親が帰宅して娘がいないことに気付けば当然連絡しようとするだろうし、連絡が取れないなら警察へ通報が入る。わずか一カ月前に似たような拉致事件が起きたばかりなのだから、この場所が特定されるのも時間の問題だろう。
 浪人仲間同士で傷のなめあいやって、挙句の果てに女子高生を拉致して逮捕。人生を自らどぶに捨てる。愚かにもほどがある。
 こんなクズ共のためにコンクール前日の貴重な時間が削られると思うと、虫唾が走った。

「なんか紬ちゃん、怒ってる?」
「にらんでるねえ」
「すぐに楽しいことはじめるからね~」
 男たちは口々に紬をあおる。
 紬はつい言い返しそうになるが、抑えた。
 過度に反応してはだめだ。
 挑発に乗ると、相手を喜ばせるだけ。
 ここは、時間を稼ぎつつ救助を待つのが得策。

 しかし、5人がかりか……。

 紬は、美央たちが男に何をされたのかは聞いている。
 くすぐりなんて幼児の戯れにしか思えないが、世の中にはそういうアブノーマルな嗜好を持つ人種がいることは知っている。
 こいつらがどの程度の行為をなそうとしているのか予想がまったくつかない。
 それが、紬にとっては恐怖だった。

「あ、あの……、私に何を、するつもりなんですか?」
 紬は、あえておびえたような声を出した。
 とにかく時間を稼がなければ。
「おうおう、ようやく自分の立場が分かったかな、紬ちゃん」
「泣きそうな声出してかわいそうでちゅねえ」
「安心しろ。レイプなんかしねーよ。紬ちゃんの大事な処女はちゃーんと守ってやるから、げへへ」
 男の下品な笑い声は、紬をいらだたせた。
 高校生全体の1/2が初体験を済ませているご時世に何を言っているのか。
 処女のアクセントと周囲の反応で、こいつらが童貞なのは一目瞭然だった。
 ……倒錯した変態が。
「や、……、変なことしないでください。私、明日早いんです。早く帰らないと……」
 演技は疲れるが、少しでも会話を長引かせたい。
「どうすれば、帰してくれますか?」
 紬の質問に、男たちは顔を見合わせた。
「そうだなあ……」「帰らせないよな?」「条件みたいなやつ? ゲームをはじめようとか、いうやつ?」
 回答は全然出てこなかった。

 なんという猿知恵!

 紬は、つい笑いそうになった。
 だめだ。男たちを馬鹿にしていることは悟られてはいけない。

 たっぷり数分経ってから、
「ああ、そうだな! 『もっとこちょこちょして』って言ったら帰してやるよ!」
 男たちは回答をひねりだした。

 あほくさ。

「それじゃあ」
 と、男が一歩踏み出したので、
「……あ、あなたちはいったい誰なんですか? なんのために、こんなことを……?」
 紬は、続いて質問をかぶせた。
 こうして質問を続けていれば、時間稼ぎになる。
 案の定、男の動きはとまり、「俺たちは、お前がサツに売ったシンペーのダチだよ」などと自己紹介してくれる。

 ちょろい。

「俺はケンスケ」「俺は――」
 続いて5人全員名前まで名乗ってくれた。

 馬鹿だ。

 紬は内心微笑んだ。この調子。うまくいけば、一切手を触れさせずにこの場を切り抜けられるかもしれない。
「お前にはたっぷりお仕置きしてやらねーといけねえ」
 男がまた一歩踏み出すので、
「いっ……いつからこんなことを、やっているんですか? なれそめは……」
 紬は質問を投げる。
「はじめて全員揃って会ったのは、……2年ぐらい前だったか?」
 再び動きをとめる。

 よしよし。そのまま思い出話にでもふけってろ。

 紬は、おびえた表情を作りつつ、次の質問を考える。時間稼ぎは順調に思えた。
 しかし、
「おい! いつまでくっちゃべるんだよ!」
 男の一人が抗議を上げ、
「俺はJKをくすぐれるって言うから一週間オナ禁してきたんだ! もう我慢ならねぇ!」
 いきなり、紬の脇腹を両手で挟み込み、ぐにっともみこんだ。

「きゃはっ!? ……ん、……っぐ」

 突然の刺激に紬の体が跳ねた。
 笑い出すのはなんとかこらえたものの、
「おうおう、良い声だすじゃねーか」
「それじゃあお仕置き開始といきますか」
「シンペーの弔い合戦だ」
 男たちを扇動するには十分だった。
 男たちの手が、紬の首、腋の下、あばら、脇腹に伸びる。

「やひっ……!? やっ……くっ」

 紬は歯を食いしばって笑いをこらえる。
 こんな奴らの前で無様に笑い転げることは、彼女のプライドが許さない。

 油断した……。
 まさか、いきなりくすぐり始めるなんて。

 紬は、まっさきに脇腹をくすぐり始めた男をにらみつけた。

「あ、なんだ? にらんでないで笑えよ。ほらほら」
 男は茶化すように脇腹をくにくにもみしだく。

「ん……っ、っ、っ」

 紬は膝を立て、地団太を踏んでくすぐりに耐えた。
 体の中をほじくられるような感覚、それによってこそばゆい笑いが体の底から沸き起こる感覚が、ものすごく不快だった。

 笑って、なるものか……!

 紬は、目を閉じて無心になろうと意識を集中する。

 男たちは、「笑え」「笑え」と指を走らせる。
 ケンスケと名乗った男が、
「おい、足がバタついてうざいから、お前ら押さえてろよ」
 誰にともなく言った。
 あばらあたりをくすぐっていた男2人が紬の足元にまわり、それぞれ足首を押さえた。
 ローファーを脱がし、「あ、ちょっと蒸れてる」などと漏らす。

 言うな、ボケカス。

 紬は心の中で足元の2人を罵倒した。

 腋の下を上下に撫でるような刺激、脇腹をもんだり、あばらをぐりぐりつくような刺激。
 ちょっとでも気を抜くと、笑い出しそうだ。
 紬は顔をしかめた。眉間に力を入れて、笑い出しそうになるのを誤魔化す。
 そのとき、左足が涼しくなった。
 左足のソックスを脱がされたのだ。
 足元の男2人は、ソックス越しの右足と、素足の左足をくすぐりはじめる。

「……っ、っんく……、……っ」

 足の裏からチリチリと伝わってくるくすぐったさは、はじめはそれほどつらくないと感じた。
 しかし、何度も繰り返されるうちに、だんだんそのくすぐったさが増してくる。

 男たちは、紬の反応の薄さに苛立ってきているようだ。
「どうした? さっきまであんなに饒舌だったのに。くすぐったくてそれどころじゃねーか?
「もっと懇願していいんだぜ? 『やめてください』って」

 誰が言うか。

 そんなこと言ったら、男たちの加虐心を刺激することになる。
 男たちの求める反応はするべきでない。

「なあ~なんか言えよ、紬ちゃーん」
「『やめてー』って泣き叫んだら許してくれるかもよー?」

 うるさい。
 紬は虫を決め込んだ。『もっとこちょこちょしてください』はどこにいったんだ。猿知恵かつ鳥頭なんて、本当に救えないクズどもだ。
 紬は心の内で男たちを罵倒することで精神を保っていた。

 そんなときに、突如、煮干しにカビの生えたような不快臭が鼻を突いた。

「ぶふっ!? ……っ、あ゛ぁ゛?」

 思わず苛立った声を上げてしまう。
 目を開くと、左足をくすぐっていた男が、紬の足から脱がしたローファーとソックスを、紬の鼻に近づけていたのだった。
「うわ、こわっ。紬ちゃん、そんなキャラだった? それとも臭すぎてキャラ忘れた? 自分の足のにおい、そんな臭かった? ねえ?」

 死ね。

 紬は、いらだちのおかげで若干くすぐったさが和らいだ気がした。

 こいつら、ほんとに何がしたいんだ?

 不毛な時間だ。
 警察はなにをやっているのだ。早く来い。
 それとも自分が誘拐されたことに、両親がまだ気づいていないのか?

 そんな思いを巡らせていると、紬のケータイが音を立てた。
 男たちはびくっと肩を震わせ手をとめた。

 しめた。おそらく両親が自分の不在に気付いて連絡を寄越したのだろう。ちょっと遅いが、まあ良いだろう。これで事態発覚が露見すれば、男たちも観念して自分を解放してくれるはず……。

 すると、男の一人が電話に出、
「もしもし。紬ちゃんの親御さん? ワタシ、紬ちゃんの友達の母です」
 気色の悪い裏声で、紬の友達の母を装った。
 あまりにも無理がある。
 しかし、それはあまりにも紬にとって予想外の展開で、――

「ぶは――っ」

 紬は吹き出してしまった。

 そこを、男たちは一気に攻め立てる。
 紬の、がら空きになった腋の下、小ぶりな胸の付け根、細くくびれたおなか、白くて小さな足の裏、……
 縦横無尽に男たちの指が走り回る。

「――ふ、ふはははっ……くふ、ふははははははははっ!!!」

 紬はついに口を開けて笑い出した。
 自分でも、こんなきっかけで笑ってしまうなんて思いもよらなかった。
 しかし、一度決壊した笑いの衝動は、いくら理性で制しようとしても効かなかった。

「ぷははははははは、やだっ……、なにこれっ、いぁあぁだはははははははははははは~~!!!」

 体中がくすぐったくてたまらない。
 紬は体を弓なりにのけぞらせ、ロングヘアの髪の毛を振り乱して暴れた。

「おうおう、紬ちゃん、やっと笑ってくれたねぇ」
「笑えばかわいいじゃねーか」
「やっぱ、反応薄かった奴が折れて大笑いする姿は最高にそそられるな!」
「お前の手柄だな。ナイス裏声。で、上手くいったのか?」
「一瞬でバレて、警察に通報するって言われた」
「あたりまえじゃんっ」
 男たちは楽し気に笑いながら紬の体をくすぐり続ける。
 いつの間にか電話の男も戻ってきていて、紬の右足のソックスも脱がしとり素足にしてくすぐる。
 彼らの会話によると、すでに警察に通報されたらしい。それなのに、慌てるそぶりはまったく見せない。

「ひやはははははっ!! なんで、……っ、解放っひぃぃ~~ひひひいひひひひ、バレてるのにぃひひひひっひっひっひ~~!!」
 
「あ? 解放? なにいってんだ?」
「警察に通報されたってバレねーよ」
「そうそう、一回捜査された場所は警備がお留守になるっていうじゃん」
「それに俺たちがやった痕跡はどこにもありゃしない」
 男たちはせせら笑う。
 そうだった。こいつらは馬鹿だった。

「んにゃわけあるかぁぁあっははっはっはっは!!! すぐくるっ、ぃっひひひひひひひ、すぐ警察くるからぁぁあははははははは!! 解放してっ……、うひゃひゃっ!? そんなとこ触んなっ!!! ひやっはっは、逃げろよ馬鹿ぁぁひゃははははははは~~!!!」

 紬は男たちの知恵のなさに絶望した。
 おそらくこの場所が突き止められるまで早くて20分、いや30分程度だろうか。
 しかし、たかだか30分であっても、このままくすぐられ続けるのはきつい。

「なんだ。急に口が悪くなったぞ」
「自分が解放されたくて必死か!」
「猫かぶってたんだろ」
「くすぐったがり屋のくせにずっと我慢してるから……」
「これはもっともっとお仕置きが必要でちゅね~」

 男の一人が紙袋を持ってきた。
「お、これよさそうだな」「これも試したい」「おお、こっちも効きそう」
 紙袋の中を覗き込んではしゃぐ男たち。

 紬からは何が入っているのか見えない。得体のしれない恐怖に身を震わせた。


(つづく)


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(ここから作者コメント)

 こんばんは。ertです。
 紬は、フェチ小説の登場人物として、いままであんまり書いてこなかったキャラです^p^
 初登場時のキャラ印象を「くすぐり」シーンの前に壊すのは、実用性の面でノイズになるのではないかという懸念。今回は実験兼ねて!