「「トリック、オア、トリート!」」
 10月31日夕方、二人の少女の元気な声が、人里離れた洋館に響いた。
 隠遁生活を送っていた呪術師、山加賀森富一(やまかがもり とよいち)は目を見開いた。
 かれこれ10年、来客など訪れていない。
 彼女たちはいったい何の目的でやってきたのか? とりっくおあとりーとってなんだ? 呪文か?
 富一はいぶかった。
 二人の少女は、明るい笑顔を浮かべ富一の様子をうかがっている。
 歳のころは10~13歳ぐらい。顎のラインで短く髪を切りそろえたはつらつとした笑顔のまぶしい女の子と、肩までの天然パーマヘアで目玉がぎょろりとしていて作り笑顔になれていない印象を受ける女の子だ。
 二人とも黒いローブととんがり帽子をかぶって、西洋の魔術師に見えたが、敵意があるようには見えない。
 富一は外来語に疎かった。
 知識を総動員して「とりっくおあとりーと」を解釈する。
 そういえば、「くすぐり」という英単語がそんな雰囲気だった気がするぞ。
 富一はその場で呪術を使って触手を生み出し、二人の女子を捕縛した。

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「なにするの! おじさん、やめて! いたいけな女子中学生を触手でからめとって家の中に連れ込むなんて、お縄だよ!」
 短い髪の女の子が叫んだ。
 パーマの女の子は声も出ないほどにおびえている。
 家の中に引き吊り込まれた二人は、全身に触手をからめ、両手足を大きく広げた状態で宙づりになっている。
 富一は首をかしげる。
「だって君たち、とりっくおあとりーとをしてほしいんだろう?」
「そりゃほしいけど……ってか、おじさん、トリック・オア・トリートの発音悪すぎ! おじさん、トリック・オア・トリート、知らないんじゃないの? 大人のくせに」
 身動きの取れない状態で挑発してくる短髪少女。
 富一はかちんときた。
「とりっくおあとりーとぐらい知ってるし! いまに見せてやる!」
 富一は触手をけしかけ、短髪少女の大きく引き伸ばされた腋の下をくすぐった。

「ひぁっ!? きゃははははははははっ」

 彼女は、途端に甲高い声で笑い出した。隣のパーマ少女が「ひっ」とおびえた声を上げた。
 おとなの親指大の太さの触手が、わらわらと枝分かれして、短髪少女の腋、あばら、脇腹に群がった。

「あはっはっはっはっはっは!? なでっ、おじさんにゃめてぇぇえっはっはっはっはっはっはっはっは~~!!」

 少女は目に涙を浮かべ、身をよじって笑う。
 富一は、さっきまで生意気な態度を示していた彼女の無様な姿を見て、得意になる。
「大人をなめるんじゃないよ」

「やははははははっ、ごめんなさいぃいひひっひっひひっひっひっひ~~!!!」

 短髪を振り乱して笑う少女。
 富一はパーマ少女に向き直った。
「さあ、次は君がとりっくおあとりーとする番だよ」
 富一が触手をけしかけようとしたところで、
「……あの」とパーマ少女がおそるおそる口を開く。「おじさん、……トリック・オア・トリートと、『くすぐる』を意味する英語のティックル、間違えてませんか……?」
「なん……だと……?」
 富一は頭が真っ白になった。
 パーマ少女はおそるおそるといった風に、
「……おじさん、ハロウィン、知らないですか……? トリック・オア・トリート『お菓子をくれなきゃいたずらするぞ』ってことなんですけど……」
 控えめで言いにくそうな彼女の態度は、富一の自尊心を傷つけた。
 無知を暴露され頭に血が上る。
「……じゃあ、これが俺のいたずらだ」
「えっ」
 富一は触手にけしかけて、パーマ少女の足元へ触手を集めた。
 ブーツを脱がすと、学校に穿いていくような無地の白いソックスが現れる。西洋の魔女にはまったく似合わない。触手は、そのソックスまでも脱がしとった。小さな白い素足が露わになる。
「やっ!? やめてください! おじさん、これ、トリック・オア・トリートじゃないです!」
 パーマ少女は何をされるのか予想したらしく、慌てふためいた。
「だから、俺のいたずらだって言ってるんだよ。君たちがお菓子をくれないからいたずらをするんだよ」
「そういうのじゃないです……! 仮装した人が家を回ってお菓子をもらうっていう趣向の――」
「問答無用」
 男は触手に命じ、パーマ少女の素足をくすぐった。

「い゛っ!!? いぃぃいひゃははははははははははははははっ!!」

 小さな触手が少女の足の裏でうごめく。彼女は途端に大口を開けて笑い出した。

「や゛ぁああ、だはははははははっ!!? いひひひひひひひ、あひぃいいひひひひひひひひひ~~!?」

 パーマ少女の足指がくねくねとくすぐったそうに暴れた。
 先ほどまでおどおどと自信なさそうな表情を浮かべていた彼女が、破願して大笑いしている。
 富一は、勝ち誇ったような高揚感に満たされた。
「お菓子をくれないからこういうことになるんだよ」

「ひゃっはっはっはっは、だかっ……、そういんじゃないぃいひっひっひっひっひっひいっひ~~!!!」

 パーマ少女は泣きながら抗議した。
「まだ言うか」
 富一は、触手を動かし彼女の足指をからめとる。細い触手が足指を引っ張り伸ばし、土踏まずが反り返る。そこへ、わらわらと無数の触手が襲い掛かった。

「ひぎゃぁあぁ゛ぁ゛あぁあははははははははははっ!!!? あぎゃぁあははははははあはっ!!!」

 パーマ少女は目を見開き、悲鳴のような笑い声をあげた。

「無理無理ぃ゛いいひひひひひひひ、ひんじゃうぅぅひひひひひひっ!!? 足がこわれりゅぅぅうっひっひっひっひっひっひっひっひ~~!!!」

 くすぐられている足の裏は、指一本動かせないよう拘束されているために、土踏まずがひくひくと微動するだけだ。
 くすぐられていない上半身の方が暴れ狂っている。

 富一がパーマ少女の相手に夢中になっていたところで、

「あはははっ!? あひゃぁっ、あぁぁあああああああああああっ!!!!!」

 隣の短髪少女が一段と大きな悲鳴を上げて、失禁した。ローブが黒く湿り、太ももを伝って尿が滴り落ちた。
 腋の下から脇腹、膀胱周りを散々にくすぐられ、耐えきれなかったようだ。
「あーあ、床が汚れちゃったじゃないか。これはきついお仕置きが必要だな」
 富一は触手に命じ、短髪少女のブーツとソックスも奪い取った。

「やあぁあ゛ああははははははははっ!!? もうくすぐりはい゛や゛あぁああっははっはっはっはっはっははっはっは~~っ!!!」

 短髪少女はびくびくと全身をけいれんさせた。

「連帯責任だ」
 富一は、パーマ少女の上半身にも触手をけしかけた。

「あがぁ゛ぁあ゛ひゃひゃひゃひゃひゃっ!!!? せめてどっちかぁ、足か腋かぁ、どっちかにしてぇえげひぇひゅへへへへへへへへっ!!!」

 パーマ少女は下品に鼻を鳴らし舌を出して笑い狂っている。

 富一がさらに触手を増やし、二人の全身をくすぐりまくっていると、
「「「トリック・オア・トリート!」」」
 かわいらしい女の子の声が複数、玄関から聞こえてきた。
 富一は頬をほころばせた。
 今夜はまだまだ楽しめそうだ……。


(完)


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(ここから作者コメント)

 こんばんは。ertです。
 十数年前までは「ハロウィンを祝うこと」自体が珍しくて、ネタ扱いされていた気がします。