「ユヅキちゃん罰ゲ~ム!!」

 T大学3年生のキタノがノリノリで宣言した。周囲は合わせて「いぇぇぃ!」と歓声を上げた。
 ユヅキは、自分の引いた割り箸の先端についた赤いインクを見つめ、つい眉をしかめた。

 ばかばかしい……。

 1月某日、T大学傍の居酒屋で、ユヅキの在籍する『外国語検定試験研究会』と、同じ教学棟を利用している『英語研究会』の合同新年会が行われた。
 ユヅキは、同じ外国語を学ぶサークル同士、有益な情報交換ができると期待していた。
 しかし、『英語研究会』(略して『英研』)は、友人たちと遊ぶことが目的の「飲みサー」だった。

 幹事であり『英研』代表のキタノさんは、「仲良くなるため」と称して、くじで当たりを引いた人が罰ゲームを受けるというゲームを始めた。罰ゲームの内容もまたくじで決まる。
 『英研』のメンバーは皆はしゃいでノリノリだったが、『外国語検定試験研究会』(略して『外検研』)の特にユヅキらのような昨年入学したばかりの1年生は引いていた。

 『英研』メンバーの用意した罰ゲームというのがこれまた低俗。先ほど罰ゲームになった同級のミノリは、『英研』メンバーの男子からほっぺにチューをされていた。酒の席とはいえ、セクハラだし、最悪。

 知っていれば来なかったのに……。

「さ~て、ユヅキちゃんの罰ゲームは何かな~???」
 キタノさんがはやすと、『英研』メンバーが「ばっつげーむ!」「ばっつげーむ!」と連呼し始めた。

「……はぁ」
 ユヅキがため息をついて罰ゲームのくじを引く。開いて皆に見せ、
「『キタノのハグ』って書いてます」
 ユヅキはルールにのっとりくじ内容を読み上げた。

 『英研』メンバーが「ひゅう」「ひゅう」はやし始めた。『外検研』の1年生は皆しかめ面だ。

 ユヅキは促されるまま、テーブルの前まで歩いていく。すぐにキタノが傍までやってきて向かい合う。
「ユヅキちゃん、楽しんでる?」
 キタノは小声で聞いてきた。
「はぁ……」適当に返した。さっさと帰りたいが、一応サークル同士のお付き合いというものがある。
「なんか一人だけずっと黙ってツンとしてるからさ」
「……いぇ、そんなことは」
 なんで掘り下げてくるのか。流せよ。ユヅキは内心毒づいた。会話を交わすだけでもウザったかった。
「そか! じゃあよかった」とキタノは笑って、「それでは罰ゲーム開始!! みんなー! ハグコールよろしくぅ!」
 キタノが言うと、「ハーグ!」「ハーグ!」とコールが始まる。『英研』メンバーは大はしゃぎ。『外検研』メンバーも、仕方なくといった感じで手を軽くたたいている。

 キタノがユヅキを正面から抱きしめる。
「ん……」
 ユヅキは思わず顔をしかめた。
 思いのほか力が強い。遠慮がまったくなかった。
 早く終われ。……そう祈っていると、

「ひひゃっ……!?」

 ユヅキは突然の刺激に戸惑い、素っ頓狂な声を上げてしまった。
 脇腹に、ふわりとなでるような刺激。抱きしめたキタノの指が触れたのだ。

「あれ? もしかしてユヅキちゃん、くすぐったがり?」

 キタノはユヅキは抱擁から解放すると、にやにや笑って言った。

「いえ……っ! そんなことないです……っ!」
 ユヅキはつい語気が強くなった。恥ずかしい。心臓が高鳴り、顔が熱くなった。

「そかそか」キタノはにっこりうなずき、「罰ゲームお疲れユヅキちゃん! みんなー、まだまだ飲むぞぉぉ~!」ゲームの進行に戻った。

 ユヅキが席に戻ると、
「ユヅキ、大丈夫?」ミノリが心配そうに声をかけてきた。
「うん、へーき。……てか、ミノリの方がきつかったでしょ」ユヅキは小声で返す。
「まぁ……ね」ミノリは苦笑い。

 ユヅキが仲の良いミノリとこっそり愚痴を言い合っていると、
「シャッフルターイム!」
 突然キタノの宣言で、くじによる席替えが行われた。
 どんだけくじ引きが好きなのか。
 現状『英研』メンバー同士、『外検研』メンバー同士で固まって座っているため、もっと仲良くなるための策だという。余計なお世話だ……。
 席替えの結果、ユヅキはミノリと離れてしまう。他の『外検研』メンバーもバラバラになって、まるで示し合わせたかのように『英研』メンバーと交互に並んだ。
 席替えの最中、キタノはほかの『英研』メンバーと一緒に罰ゲームのくじを入れなおしているようだった。まだ続けるつもりなのかと思うと、げんなりする。

 お開きまであと一時間ちょっと……。
 壁にかかった時計を見ていると、奥の席のミノリと目が合い、互いに苦笑い。あと少しの辛抱。お互いがんばろう……。
 2人は心の中でエールを送りあった。


(つづく)