「せいちゃん、明日何の日か覚えてる?」
 中学校の帰り道、幼馴染の等々力叶(とどろき かなえ)が試すように聞いてきた。
「うん? お前の誕生日だっけ?」
 伊藤誠一(いとう せいいち)はあてずっぽうで答えた。
 正直どうでもいい。
 誠一はいつも思う。女子はどうして日付にこだわるのか。日付なんてただの記号に過ぎないというのに。
「もう! 私の誕生日は7月じゃん! 毎年プレゼントくれるのになんで覚えてないの!」叶はむくれる。
「そうか。毎年お前が催促した翌日が誕生日だからてっきり今日も同じパターンかと」
「いい加減な奴! 明日は3月14日ホワイトデーだよ」
「なんだそれ?」
 誠一はとぼけた。
「男の子が女の子にバレンタインチョコのお返しをする日だよ!」
 叶はムキになって言った。
「お菓子屋の陰謀か……」誠一はげんなりした。
「もう、そんなことばっか言って! 今年せいちゃん、いっぱいチョコ貰ってたでしょ! 忘れずに返さなきゃダメだよ! マナーだよ!」
 叶と十字路で別れて、誠一はため息をついた。
 どうやら叶はお返しを楽しみにしているらしい。しかし、誠一はホワイトデーのお返しを一切用意していない。気にも留めていなかった。これから買いに行くとしても時間がない。木曜は塾の日なのだ。
 バレンタインデーのことを思い出してみる。そういえば、クラスメイトの女子数名からもパウンドケーキを貰っていたっけ。驚いたのはチョコが一個もなかったこと。みんながみんなパウンドケーキ。初心者向けの手作り菓子ということで被るのだろう。おかげで小麦粉で腹がパンパンになった。
「塾の帰りにコンビニでも寄るか……」
 コンビニなら24時間開いているし、なんらかのものは買えるだろう。……

 塾帰り。コンビニに寄った誠一は立ち尽くした。コンビニのホワイトデーグッズが売り切れだった。それどころか、棚の菓子類がすべて売り切れ。染みチョココーンすら残っていなかった。
「どうすんだよ、……これ」
 誠一は肩を落としてコンビニを出た。背後から「冷やかしなら来るなバカヤロー」と店員の罵声が聞こえた。
 とぼとぼ夜道を歩いていると、
『ホワイトデー期間限定! チョコお返し代行サービスあります』
 道端に置かれた長机に手書きの張り紙。椅子に座った老婆がひとり、こちらをじっと見つめる。
 あまりに怪しく胡散臭い。
 素通りしようと思ったが、5mほど進んで引き返した。
 これ、スルーしたら絶対あとで気になりだして眠れなくなる奴だ。
「あのぅ……」
「いらっしゃいませ」
 誠一が声をかけると老婆はすぐに反応した。
「『チョコお返し代行サービス』っていうのは、バレンタインデーにチョコをくれた人に対して、お返しを代わりに届けてくれるサービスって解釈でいいの?」
「はい。チョコを倍にして返します」
 老婆はしわがれた声で返した。
 誠一は「へぇ」と感心する。面倒なホワイトデーを代わりに処理してくれるならこんなにありがたいことはない。しかし、いくつか気になることもある。
「倍ってどういうこと?」
「倍は倍でございます」
「明日中に届くんだよね?」
「もちろんでございます」
「どんな商品が届くの?」
「こちらでございます」
 老婆が机の下から取り出したサンプルらしき箱。きれいなラッピングで、いかにも高級そうだった。
「高いんじゃないの?」
「1人200円から受け付けております」
「買った!」
 誠一は即決した。
 申込用紙に、自分の名前と住所、お返しをしたい相手の名前を書き込む。
「あ」誠一の手が止まる。叶は幼馴染であるため住所を知っていたが、他のクラスメイトの住所はわからない。
「学校名だけで結構でございます」
 そりゃ便利だ。誠一はさらさらとペンを走らせた。
「お買い上げ、ありがとうございました」
 誠一はほくほくとした気持ちで帰路につく。
 これでホワイトデーはばっちりやり過ごせる!
 あまりにも怪しいサービスだったにも関わらず、誠一は疑う気がまったく起きなかった。いつの間にか老婆の雰囲気に呑まれていた。
 振り返ると、たった今までいた老婆が長机ごと消えていた。
 不思議にすら思わなかった。……


(つづく)