誠一は階段を駆け上がったところで、女性の笑い声を耳にする。
 声のする方に足を向け、……
「いや……ここは……」しり込みした。

「ふにゃはははははははっ!!! たれかっ、たふへへぇぇぇひぃぃぃ~~ひっひっひっひっひっひ~~」

 かわいらしい笑い声。
 女子トイレの中から聞こえてきていた。
 さすがに中には入れない。
「おーい! 大丈夫かあ」誠一は、中へ呼びかけた。

「ひぃぃっひひっひ!? いっ、伊藤君!!? なっ、なにこれぇぇっへっへっへっへっへっへ~~!!!」

 中の声は誠一に気付いたようだ。
 やはり、彼女もまたホワイトチョコの餌食になったひとりらしい。
 誠一は声の記憶を呼び起こす。

「あひぁぁぁ!! やらぁぁっ、そんなとこっ!!? はいってこないでぇぇぇえひひひひひひひひひひひ~~!!!」

 隣のクラスの上原姫羅(かんばら ひいら)である。
 おとなしめのショートカットヘアの女子で、宿題やテストなど課せられた仕事はしっかりこなすが、自分から率先して動くことはあまりしないタイプ。目立たない隠れ優等生といった感じ。問題も起こさずまじめに学校生活を送っているのに、学校の先生からとんちんかんな評価を通知表に書かれる。文句を言わないから表沙汰にならない。教師は自分の認識の甘さを理解できないし親は誤解する、が、本人は気にしない。はたから見れば損しているようにしか見えない女子生徒である。
 それほど親しくはないのだが、小学校時代から何度か同じクラスになり委員会で一緒だったこともある。そのため向こうは少しばかり親近感を抱いているらしい。
 2月14日にはわざわざ下校時間まで待って、チョコレートを渡してくれた。
 もちろん昨夜上原姫羅の名前を老婆に教えていた。
 桃田や矢沢と同様に、今朝ホワイトチョコの包みを受け取り(下駄箱の中か?)、どういうわけかトイレで開封したようだ。トイレで開封したのは、おそらくまじめな性格ゆえ、お菓子を教室で食べるのはよくないと思ったのだろう。

「ごめん! 上原! 水をかければとれるから!」
 誠一は叫んだ。

「はひゃぁっ!? 水ぅぅっ!? これなんなのか教えてよぉぉ~~っはっはっはっはっはっはっは~~!! あきゃぁぁっ!!? やっ、ちょっ、脱がさないでぇぇ~~!!!」

 上原の笑い声が一段と大きくなる。
 いったいトイレの中でどういう状況になっているのか気にはなるが、……
「水だ! 水をかけるんだ! いいね!」
 他の犠牲者を救うべく、走り出した。

「やっ、ちょっ!!? 伊藤君!? 伊藤君!? あひゃぁぁぁっ、土踏まずはっダメっひぃいひひっひ!! いとっ……! もういないの!? 伊藤!? こらっ! あひゃぁぁっ!!? 放っていくなよ馬鹿ぁぁあはっはっはっはっはっはっはっは!!!」


(つづく)