「このハンコを押された箇所がめっちゃくすぐりに弱くなります」

 道端で偶然見つけた不思議な老婆の商品説明に、ミカは理解が追い付かなかった。

「は?」
「……ですから、このハンコを押された箇所がめっちゃくすぐりに弱くなるのでございます」

 突然押し売りされた謎のハンコ。
 その効果は「押された箇所がめっちゃくすぐりに弱くなる」らしい……。

 なんてばかばかしい。

 100円とはいえ、こんなものにお金を払ってしまったなんて。
 ミカは自分の愚かさに嫌気がさした。

「ただいま」
 ミカが自宅の居間に入ると、

「……あぁ、おねぇ、おかえり」
 制服姿のままの妹ナナがソファに寝そべってテレビを見ていた。
「ちょっとナナ……制服、皴になるよ……」
「別にいいし……」
 だるそうに答えるナナ。こちらを見向きもしない。

 ナナのだらしない態度にあきれる。
 今年中学3年生なのだが、私立の一貫校に通っているため受験生でもなんでもない。

 そうだ。あのハンコ……。ナナで試してみるか。

 ミカはハンコをそっと取り出し、ナナに背後から忍び寄る。

「……なに?」

「……っ!?」

 急にナナに声をかけられびっくりする。

「いや……なんでも……」心臓バクバク。
「そ? ……お母さんが、晩御飯冷蔵庫に入ってるからチンして食えってさ」
 テレビに戻るナナ。
 ミカはほっと胸をなでおろし、再びそーっとナナに忍び寄る。

 目の前に、白いソックスを穿いたナナの足がある。
 学校から帰ってきて穿きっぱなしらしく、足の裏が茶色くくすんでいた。ちょっとにおう。

 ん? ソックス越しでもハンコっていみあるのかしら?

「……」

 ポン

 とりあえず押してみた。

「……ん? おねぇ、足になんかした?」

 ナナが振り返る前に、ミカは彼女の足首をつかみ、しっかりと抱きこんだ。

「え!? ちょっと、おねぇ!?」

 狼狽するナナ。
 ミカは、抱え込まれ身動きの取れないミカの足の裏へ、こちょこちょ指を這わせる。

「――んぶっ!?? ぶひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ!!? はぎゃぁぁぁぁ!? なにっ、なにぃぃぃっひぎひひひひひひひひいひうぎぃぃぃ゛ぃ゛!!?」

 両手をばたつかせ、悲鳴のような笑い声をあげるナナ。
 確かにむちゃくちゃくすぐりに弱いようだ。

 もしかして、このハンコ、本物……?

「びゃはっはっはっは!!! おね゛ぇ゛っ! おねぇ゛ぇぇぇ゛! やヴぇでやヴぇでやヴぇでぇぇえっへっへっへっへ!!! 笑い死ぬってぇぇうひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!」

 ナナはぐりんぐりん体をよじって笑う。
 全体重をかけて押さえつけないと逃げられそうだ。

 ナナの激しい反応を見ると、ハンコの効力は本物っぽいが……。

「ナナってこんなに足の裏くすぐり弱かったっけ?」

「ぎゃっはは知らんわ!!! おねぇぼけてんのかぁあっはっはっははははっはは!!! 早くやめてぇぇぇひっぃえひぇひぇひぇ~~!!」

 まともに答えてくれるわけがなかった。

 ……あ、そか。

 ミカは思い立って、くすぐりを止めた。

「……ひぃ……ひぃ。おねぇ、何がしたかったのさ……」
 ナナはぜぇはぁと肩を大きく上下させる。

 ミカは、すっかり動きの鈍ったナナの足からソックスを脱がしとった。

「……!? ちょ!? おねぇ!?」

 足に風が当たって気づいたらしいナナが慌てる。
 ミカは、再びナナの足の裏へ指を這わせた。

「ひぁっ……!!? くはっ、……? あはひひひ、……えっ?」

 ナナは思ったほどの刺激ではなかったらしく、驚いたような表情をしている。

「なるほど……」ミカは納得した。

 ミカがくすぐっているのはナナの素足。
 本来は分厚いソックス越しよりも効くはずなのだが、反応が弱い。
 それはつまり、ハンコを押したソックス越しではくすぐりに弱くなったが、ハンコを押していない素足ではそうでもない、ということ。
 もともとナナは足裏くすぐりに強いほうだったのだろう。

「……ということは、ここにハンコ押して、さっきより弱くなったらハンコの効力確定ってことだよね?」

「……は? おねぇ、なに言って――」

 ミカは、ナナの素足に素早くハンコを押し、

「へっ?」

 きょとんとするナナを傍目に、足の裏くすぐりを再開する。

「……――っ!!?? ぶひゃっ!? はぎゃぁあ゛あ゛あぁぁぁぁあががあっがががが!!? なんじゃそりゃっなんじゃそりゃ……ぎえぇぇぇええあびゃびゃはははははははははははは~~!!!」

 ナナは体をマリオネットのようにねじまげ、絶叫した。

 これは、すごい……。
 ただ指で足裏の表面をなでまわしているだけでこの反応。

 ナナの常軌を逸した暴れっぷりは、ナナの足がくすぐりにとんでもなく弱くなったことを証明している。
 ミカはハンコの効力を確信した。

「ぎぇぇぇえっひぇひっひえぇぇ゛ぇぇ゛がぁぁ゛!!? じぬっぅぅぅぎぎぎ、息が止まるぅぅひひひひひひっひ!!! おねががががががぎゃはははははは!!! お゛ね゛ぇ゛ぇ~~~ひぇっひぃっひぇっひぇ、だずげでぇぇ゛え゛ぇぇ~~げへげへげへ!!」

 ナナはよだれをまき散らし暴れている。

「……あ、ごめんごめん。ちょっと確かめたかっただけだから。あんがと、ナナ」

「なにがぁあ!!? なにがぁぁひゃひゃひゃひゃひゃ!!! はやぐやヴぇでよお゛ね゛ぇぇえ~~~ぐぇへへへへへへへ!!!」

 日頃のうっぷんがたまっていたので、それから2分程度、くすぐり続けてから解放した。
 ナナは解放されてもなおあへあへと笑いつづけ、白目をむいていた。

 もともともくすぐりに強いはずの妹がこんなになるなんて……
 このハンコ、……まだまだ使い道がありそうじゃないか。

 ミカは100円で買ったハンコを握りしめ、妄想を膨らませた。


(完)