私はサヤカ。ごくごく普通の中学二年生だ。部活は一応軟式テニス部に入っているが、最近顔を出していないため幽霊扱いだ。
 いつもと同じルートで登校。教室に入って席に着く。隣の席のオタエが机の上に文房具を広げていた。
 オタエは私の視線に気づくと、

「今日って文具の日らしいよ?」

「へぇ。そうなんだ……」

 文具の日なんて初めて聞いた。
 オタエはにやにやしながら定規やら物差しやらコンパスやらを机に次々並べる。ちょっと不気味だった。

「……だから、この定規であなたの足をくすぐってあげるね」

「は?」

 私はオタエの言葉の意味が理解できず、まったく反応できなかった。
 オタエは私を押し倒すと、馬乗りになって、あっという間に上履きとソックスを脱がしてしまう。

「ちょ、オタエ!? なにするの!?」

 ガリガリガリガリ

「――ぶひゃっ!? あはははははははは!? なにすんのやめてぇぇ~~っへっへっへっへっへ!!」

 突如襲い掛かる、足の裏への刺激。
 硬いプラスチックの角でガリガリと皮膚の表面をひっかかれる感触。
 オタエは定規の角で私の足の裏をくすぐっているのだ。
 あまりのくすぐったさに、私は悲鳴をあげた。

「やらやだははっはっはっはっはっは!!! オタエっ……やめてってばぁぁっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!」

「今日は文具の日だから、ね?」

「意味が……意味話なんないぃひひひっひひひひっひひっひ~~!!」

 私は涙を流して笑い転げた。
 たっぷり5分ほどくすぐられ続け、私は解放された。

「ひぃ……ひぃ……おたぇぇ……なんだったのよぉ……ひどいよぉ」

 私がにらむとオタエはにやにやして、たった今私の足をくすぐっていた定規を投げてよこした。
 定規の角には私の皮膚が削れたらしい白い粉が大量に付着していた。
 急に恥ずかしくなって、急いで手で払った。

「次はカホちゃんやるから、今度はサヤカちゃんも手伝って」

「はい?」

 私の理解が追い付く前に、オタエは私の腕を引っ張った。
 私はあわてて素足のまま上履きをつっかけ、カホの席に向かう。

 カホは黙々と計算ドリルをしていた。数日前に提出期限が切れた算数の宿題だ……。
 おとなしくて真面目そうに見える割に、実はそんなに真面目じゃないし、勉強ができるわけでもない。運動も下手。部活もやってない。パッとしないにもほどがある子だ。

「カホちゃん、今日は文具の日だよ?」
「……えっ?」
 オタエが声をかけると、カホはきょとんとして聞き返した。話しかけると「えっ?」と毎回聞き返すのがカホの癖。いつもはイライラさせられる癖なのだが、今回は聞き返したくなる気持ちがわかる。

「文具の日だから、定規であなたの足をくすぐってあげるね」

 オタエは私に言ったセリフと同じセリフを言い放ち、カホを椅子から引きずり下ろした。

「サヤカちゃん! おさえて!」

 オタエにすごい剣幕でにらまれ、私はしぶしぶカホの足を押さえる。

「えっ……? なに? サヤカちゃんも? え? なんでぇ……?」

 涙目になるカホ。ちょっと痛ましい。

「靴と靴下脱がして」

 オタエに言われ、私はカホの上履きを脱がした。
 ちょっと汗臭かった。
 そのままソックスも脱がしとると、親指の付け根にタコのある素足が現れた。

「……え、なにするの? やめてよぉ」

 カホは涙声で言う。

 さっきオタエが言っていたことをまったく聞いていないらしい。

 オタエはカホの体に馬乗りに立ったまま体を反転させる。
「あたし、右足。サヤカちゃんは左足。おけ?」
 オタエに指示され、しぶしぶ頷く。

「えっ……足? や、やだぁ――」

 急に何をされるのか想像したのかカホは暴れだした。
 オタエと私はそんな彼女の足を押さえつけ、定規でガリガリ足の裏をくすぐり始めた。

「――ぶっ!? ふふぁっ!? はわわははははははは!!? やらっ……やらぁぁっはっはっはははははははっはは!! ひやぁぁあああ~~!!」

 カホは甲高い声で笑いだした。
 よほどくすぐったいのか、足の指がぐねぐねと激しく動いている。

「おたえちゃっ……さやかちゃん……やめてぇえははははははははははは!!! 足やめてぇぇっへっへっへっへっへっへっへ~~!!!」

 さっき私がされたみたいに、角を立て、皮膚の表面を削るようにくすぐると効くらしい。
 特に、親指の付け根のふくらんだ部分がくすぐったいようだった。

「はひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ!!! どっちか! せめてどっちかにしてよぉぉ~~あひゃっはっはっはっはっはっはっはっは!!!」

 カホも5分ほどくすぐって、オタエは解放した。

「もうすぐナユキが朝活からもどってくるから、そしたらカホちゃんも手伝って」

 ぜぇぜぇ肩で息をするカホにオタエは定規を投げ渡した。

 カホはよほど足をくすぐられたのがトラウマなのか、藁にすがるようなしぐさで靴下をひっつかみ、急いで穿きなおしていた。

 そうこうしているうちに、ナユキが教室に入ってくる。
 ナユキはブラスバンド部で、朝早くに来て楽器の練習をしている。なにかの大会が近いんだとか。「朝練」という表現を使うと怒られるらしいので「朝活」という名目でこっそり練習しているらしい……。実質一緒なので、どっちもバレたら怒られると思うのだが……。

「ナユキ。今日は文具の日だよ」

「うん? そなの? おめでとう」

 オタエが話しかけると、ナユキはけだるげに応じた。
 ナユキは普段からサバサバしていて、クラスメイトとの会話はさらっと流すことが多いのだ。

「……だから、定規であなたの足をくすぐってあげるね」

「……は?」

 ナユキがきょとんとした隙に、オタエ、私、カホの三人でとびかかる。

「きゃぁ!? ちょっと、やめてよぉ!」

 ナユキは怒りをあらわにするが、三人がかりの押さえつけには太刀打ちできない。
 オタエに言われるがまま、私はカホの時と同じようにナユキの上履きを脱がす。
 煮干しのようなにおいがした。
 そのままソックスも脱がす。
 ちょっと足指を動かして抵抗されたが、力任せに引っ張ると、すんなり脱げた。
 踵の皮がちょっと剥げた素足があらわになった。

 ガリガリガリガリ

「だひゃ!? ぶひゃははははははははっ!? なにするのよぉおおおはははははははははははは!!! サヤカ、カホ、あんたらまでぇぇっへっへっへっへっへっへ~~」

 カホがナユキの上半身を抱きしめるようにして押さえ、私とオタエで足を押さえてくすぐる。

 オタエ……。さっきカホに定規渡したの意味ないじゃん……。

 さておき、二人目ともなると、私も定規で足の裏をくすぐるコツがつかめてきた。
 ナユキの足はちょっと幅広。
 角をしっかり立てるよりもやや寝かせて、そぐように動かす方が効くようだ。

「ぎゃはっはっはっはっはっは!!! やめてって! いひぃぃぃ~~っひっひっひっひっひっひ!! ばっかっ……サヤカぁぁはははは!! あんた許さねぇぇからぁぁひゃははははははは~~いぃぃひぃぃ~~!!」

 なぜか私にだけ矛先を向けられたので、腹いせにジョリジョリを激しくしてやる。

「ぐひゃひゃはははははは!!?? ちょぉぉぁはっははっははっはっは!! それはないって、無理無理無理ぃぃひひひひひひひひひひひひひ~~!!!」

 普段サバサバしているナユキが顔を真っ赤にして大口を開けて笑う姿。……ちょっとだけきゅんときた。
 5分でくすぐりをやめると仕返しをされそうで怖かったので、オタエに延長をお願いしてみると、すんなり了承された。

「あぎゃはははははは、ごめんっぅぅぅぅひひっひっひっひっひ!!! ごめんってぇぇへへへへへへ!!! なんでもするからぁあははははっはあっは~~ゆるしてぇぇへへへへへへひぇぇぇ!!」

 ナユキは何に対してかよくわらない謝罪を叫び笑う。
 10分ほどくすぐって解放されたナユキは、ぐったりと床に寝そべったまましばらく動けなかった。

「昼休みに次の子くすぐるから、手伝って」

 オタエは、ナユキにも定規を投げ渡した。ナユキは「なんでもする」といった手前引き下がれなくなったのか、「わかったわよ……手伝うわよ」と明確に仲間になる宣言をした。
 カホはいまだにオタエにおびえている。
 私は、なんだかよくわからないが、定規で他人の足をくすぐるのがちょっとだけ楽しくなってきていた。



(完)