クラスの女子の間で、くすぐりと素足履きが流行り始めたのは今年の6月ごろだったと思う。
 朝から雨が降っていた。
 ぼくが登校したころは小降りだったが、次第に強くなり、クラスメイトの大半が登校する時間帯には土砂降りになった。
 続々とずぶぬれで教室に入ってくるクラスメイト達。自然と女子の足元に視線を落とす。半分近くの生徒が、素足で上履きのバレエシューズを穿いていた。ズボンの男子よりも、スカートの女子のほうが、素足履きが目立つのだ。雨に濡れた靴下で、上履きを履くのが気持ち悪かったのだろう。下駄箱で靴下を脱いできたらしい。
 自分の席に着くと、ひとり、ふたりはすぐに新しい靴下に穿き替えていたが、他はそのまま素足履きを続行。机の下で上履きを脱ぎ、机の脚を下部で固定している棒に足を乗せ、指をくねくね。上履きの踵を踏んで履いたり、つま先を折りたたんで潰れたバレエシューズに乗せたり、上履きを脱ぎ散らかして椅子の上で胡坐をかく女子もいた。
 そんな、目のやり場に困る朝の自由時間。素足で上履きを履いた女子たちは、普段より開放的になっているように見えた。普段真面目に靴下を伸ばして穿いているような子が、上履きをつま先にひっかけてぶらぶらさせている光景は新鮮だった。素足になって、ルーズになっているのかもしれない。
「あれ、天童(てんどう)さん、靴下濡れなかったの?」
 ロングヘアでおとなしい感じの色白の女子、天童さんに、騒がしい女子代表のような木本(きもと)さんがからんだ。木本さんは当たり前の顔をして素足履き。暑い日や体育の後は、濡れていなくてもたまに素足履きをしている女子だ。木本さんは普段ポニーテールに髪の毛をしばっているのだが、雨に濡れたためか、ほどいてミディアムショートのようになっている。頭に乗せたタオルもかなり湿っているように見えた。
「めっちゃ雨強かったけど」と言葉を継ぐ木本さん。
 天童さんは少し煩わしそうだ。
「私は、長靴穿いてきたから……」
「マジで!? 長靴って……ちょっと恥ずかしくない?」
「濡れるよりマシでしょ。足元濡れるの気持ち悪いし」
 天童さんはあまり人目を気にしないタイプだった。
「まあそうだよねぇ……天童さんも素足にしない?」
「はい? ちょっと意味がわからない」
「天童さんって、あんま素足になるイメージなかったから、雨の日はチャンスなんだったんだよね」
 しょんぼり肩を落とす木本さん。どうやら素足が好きらしく、素足履きの仲間が増えることを望んでいるようだ。
「ますます意味がわかんだけど……人前で素足になるなんて、恥ずかしいし」
 天童さんは迷惑そうだ。
 素足になるよう説得する木本さんと、かたくなに拒否する天童さんのやり取りがしばらく続いた。
 そんななか、天童さんの後ろから忍び寄る影。木本さんと仲の良い大宮さんだ。大宮さんは、ショートカットのボーイッシュな明るい女子で、上履きを自分の席に放置したまま、素足で教室を歩いていた。
 大宮さんは、天童さんの後ろからそっと手を伸ばし、彼女の腋の下に触れる。
「ひゃっ!!?」
 天童さんは肩をびくんと上げて、裏返った声を上げた。
「ふぁっ……ちょっ……お、大宮さん!? やっ……ぷっ、あはははははは!!」
 天童さんはくねくね身をよじり、笑いだした。
 大宮さんが天童さんの腋の下で指を動かしてくすぐっているようだ。
 普段あまり大声を出さない天童さんが激しく体をくねらせて笑う様子に、クラス中が色めきだった。
「きもっちゃん! いまよ!」
 大宮さんは天童さんをくすぐりながら、木本さん向けて叫んだ。迫真の様子の大宮さんのノリに、木本さんはすぐにのっかり、
「おーちゃん助太刀感謝!」
 天童さんの右足首をつかんだ。
「やははははっ!? やだっ……くすぐったいのだめっ! ふぁっ!? 木本さん、何やって――」
 くすぐられている天童さんは、体に力が入らないようだ。
 木本さんはもう片手で天童さんの左足をつかむと、左右足をそろえて自分の体の脇に抱えこんだ。
 そのまま片足ずつ上履きのバレエシューズを脱がすと、
「天誅っ」
 木本さんは、天童さんのソックス足裏をコチョコチョくすぐりはじめた。
「たはははははは!? なひゃははなにぃぃっ!? いみわかんな……ぶはっはっはっはっはっはっは、やめてぇ~~」
 天童さんは一層甲高い声で笑いだす。教室内にいた男子全員が沈黙した。
 木本さんの発した「天誅」の意味がさっぱりわからない。頼んでも素足になってくれない罰、ということだろうか?
「やめへっ……ふぁははは!! あひっ……足弱いからぁっはっはっはっはっははっは~~」
 木本さんは、笑いながら懇願する天童さんを無視して、靴下を脱がした。足をくねらせて抵抗したが無駄だった。
 あらわになった天童さんの白い素足。ちょっとだけ紺ソックスの糸くずが足の皴にそってくっついている。雨で湿度が上がって気温も高いため、蒸れているようだ。
 木本さんは、天童さんの素足の足の裏をガリガリとくすぐる。
「あひゃひゃはははははは!!? ちょまっちょまってぇぇ~~うひゃっはっはっはっはっはっはっは、ほんと無理だかりゃぁはははははははははは~~!!!」
 腋と足を同時にくすぐられ、椅子の上で体をのけぞって笑う天童さん。
 教室中の男子が悶々としているなか、
「わ、楽しそう!」
「あたしも混ぜて~」
 ノリの良い女子たちがぞろぞろ天童さんの席に集まってくる。
「やっ!? ちょっと! みんなやめ――だひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!? 無理無理無理ぃいいい~~ひひいひひひひひひひひひひひひひ!!!」
 天童さんは5,6人がかりで全身をくすぐられる羽目になった。
 シャツの裾から手をつっこんで素肌をくすぐったり、開脚させてスカートの中をくすぐったり、容赦ないくすぐり責め。幸い、天童さんはスカートの下に体育のハーフパンツを穿いていたため、男子に下着を見られることはなかった。
 一部の男子は、教室内をうろうろ歩き回り、チラチラ笑いもがく天童さんを眺めていた。近づいたり離れたり。さすがに、女子たちに頼んで混ぜてもらう勇気はないようだった。
 結局、天童さんは朝の自由時間が終わる寸前までくすぐられた。
「……ふざけないでよ、ばかぁ」
 天童さんは、くすぐってきた女子たちに毒づいていたものの、笑いすぎて何かがふっきれたのか、どこかすがすがしい表情をしていた。
「……あつくなったし」そう言いながら、天童さんは素足で上履きを履き、脱がされた靴下を鞄にしまった。あれだけ素足になることを嫌がっていた天童さんの行動に、びっくりした。木本さんは嬉しそうだった。
 その日から、木本さんは誰かをくすぐっては、素足履き仲間を増やしていった。くすぐられた女子が素足で上履きを履く……、ぼくにはノリがまったく理解できなかったが、彼女らには彼女らの共通意識があるのだろう。天童さんも、くすぐる側に回って楽しそうだった。

 あれから数か月が経ったが、いまだに休み時間になるとどこかでクラスメイトの女子の笑い声が聞こえる。くすぐられた女子が、脱がされた靴下を穿かず、そのまま素足で上履きを履くという謎ルールも健在。たまに素足履きの女子がくすぐられることもあるが、基本的には、くすぐられたい女子が靴下履き、くすぐられたくない女子が素足履き、……という構図ができている。
 この流行も、これから寒くなってくると廃れていくのだろうか。それとも、形を変えて存続していくのだろうか。
 彼女らの動向、特に、きっかけをつくった木本さんや大宮さんの動向から目が離せない。





(完)