「まゆ? 最近ちょっと変じゃない?」
「どういうこと?」

 大学に入学して数か月。高校時代から友人、西原まゆが最近おかしい。

「前まではそんな露出の多い格好してなかったし……髪の毛もそんなに短くしちゃって……」
「イメチェン、よくない?」
 まゆは不自然なほど語尾を上げていった。
「しゃべり方もなんか変だし……」
「そうかな? 普通だと思うけど?」
 まゆは軽く肩をすくめた。そんなひょうきんな仕草、高校時代には見たこともない。
「もしかして、最近入り浸っているって噂のサークルが原因なんじゃない?」
「うーん。私はそんなに自覚ないけど、泉が変わったって感じるなら、そうかもね? サークルに入ってから、私、毎日笑うようになったし」
 そういってまゆは笑った。
 くったくのない笑顔だ。高校時代はかなりの根暗で、人前でほとんど笑顔を見せなかったまゆの、新たな一面。陰キャ仲間として共感してつるんでいた私は、複雑な気持ちだった。
「よかったら泉も来てみない?」
「え?」
「サークル。泉いっつも暗い顔してるからさ。サークルに入ると毎日が楽しくなるよ?」

 まゆの熱心な誘いを断り切れず、私はまゆに連れられて、活動場所だという建物に向かった。

・・・

「え……?」
 思わず声が出てしまった。
 部屋に入ってすぐ、目に飛び込んできたのは……

「ぎゃはははははははっ!!? いひぃぃ~~っひっひっひっひ!! そこ効くぅぅっひっひっひひっひ!!!」

 部屋の中央にずらりと並んだX字の拘束台。そのうちのひとつで、四肢を縛られた女の子が笑い悶えている。
 数名が彼女のからだを取り囲み、こちょこちょと腋やおなか、太もも、足の裏などをくすぐっていた。

「『ソコ』じゃわからないよ。どこが効くのかちゃんと言ってごらん?」
「あひぃっひっひっひ!! あばらぐりぐりぃっひっひっひ……っ!? あひゃぁ!? 股ぐりぐりもいひぃぃぃ~~っひっひっひっひ!!!」

 可愛らしい顔立ちの女の子。おそらくは自分と同じ1年生だろうか。髪の毛を振り乱し、大口を開け、下品に笑い狂っている。

 寄ってたかってひとりの女の子をくすぐりまくるなんて、リンチじゃないか!
 しかし、まゆは平然として、
「あの子は人文学部の花井さん。一週間ぐらい前に先輩が声かけて見学に来たんだよ。昔の私みたいに、すごく人見知りで一人でいることが多かったんだって。最初はここの活動に対してすごく怖がってたけど、いまはほら……」

「あひゃっはっはっはっは!!! そこ良いぃっひっひっひっひ!! もっとぐりぐりしてぇぇえ~~へっへっへっへあひゃひゃ」

 花井さんは目をむいて苦しそうに笑いながらも、恍惚の表情を浮かべていた。

「どう? 泉もやってみない? 無数の指でくすぐられるの、はまると病みつきになっちゃうんだよ?」
 まゆはにっこりと笑顔を向けていった。
「なに言ってるの……、まゆ、……、こんなの絶対おかしいよ……」

 唖然としていると、サークルの先輩らしい女の人が近づいてきた。
「あら。まゆが友達連れてくるなんて珍しい! 最近新しく入ってくれる子が多くて助かるわぁ!」
「私は遠慮しておきます!」
 やばいと判断。私はそそくさとその場を去ろうとするが、
「まぁまぁ、体験ぐらいしていってよ!」先輩にがしりと腕をつかまれた。
「そうだよ泉。病みつきになること間違いないからぁ」まゆも肩をつかんでくる。
「やだよ! そんなの、病みつきになんかなりたくないっ!」
 つい大声を出してしまった。
 騒ぎに気付いたサークルメンバーが部屋の奥からぞろぞろと出てきた。
「まぁまぁ落ち着いて」
「ネガティブな感情は人生を豊かにする機会を逃がしちゃうよ」
「大丈夫大丈夫。怖くないよー」
 にこにこニヤニヤしているが、力は以上に強い。
「ちょっ……やめてください!」
 数名に取り押さえられ、私はX字拘束台に縛り付けられてしまった。
「へぇ、細野泉ちゃんていうんだ」
「勝手に私の生徒証見ないでください!」
 荷物を没収され、身体の自由まで奪われた。まるで囚人だ。
「まゆ……、ほんとにやめて! こんなこと、私、望んでない!」
 私はなきそうになりながら叫ぶが、まゆは首を振ってニコリと笑う。
「大丈夫。安心して。私も一緒だから」
 まゆはすぐ隣のX字拘束台に腰掛け、クロックスを脱ぎ、自らあおむけに横たわった。
「え……」
 目の前で、まゆの四肢がサークルメンバー達に縛られていく。

「泉ちゃんが怖がってるみたいだから、最初はまゆがお手本見せてあげようねぇ」
 先輩がそういうと、サークルメンバーたちが一斉にまゆのからだに手を伸ばす。

「ぷひゃっ……きゃははははははははは!!? あひぃひひひひひひひひひひひ!!」

 途端に激しく体を上下に震わせて笑うまゆ。
 まゆがこんなに激しく笑う姿、はじめて見た……。

「ほらぁ。まゆは確かここが気持ちいいんだよねぇ」
 メンバーの一人が、ノースリーブでがら空きになった腋の下くりくりくすぐる。
「ひゃはっはっはっはっはっはっは!!? しょこひぃぃんれしゅぅぅひっひっひひっひっひ!!!」

「ちょっと。この前はここがいいって言ってたでしょ!」
 まゆの素足の土踏まずを爪でひっかいていたメンバーが声を荒らげた。
「きはははははははは!!? しょこもっ……弱いんれしゅぅうぅっひぃぃ~~ひひひっひひっひひ!!!」

 よくよく見ると、まゆが集中的にくすぐられているのは腋やおなか、足の裏、……すべて露出している部位。
 最近になって、まゆが、ノースリーブやへそ出しファッション、靴下をはかずに靴を履いたりクロックスで大学に出てきていたのは、くすぐりを受けやすくするためだったのか……。

「ひぁあっははっははっはは!!! もっどぉぉ~~うひひひひひ、激しくやってぇぇ~~っへっへっへっへっへっへ~~~!!!」

 まゆは激しく髪の毛を振り乱して笑う。
 高校3年間続けていたロングヘアをバッサリ切ったのは、激しく笑い悶えるときに邪魔になるからか……。

 私は合点がいくと同時に、少し寂しくなった。

「うん? 泉ちゃんがもの欲しそうな顔をしているね。じゃあそろそろ泉ちゃんの番、行ってみようか」
「え……!? いや、私そんなつもりの顔じゃ……っ」

 私の否定の言葉が聞き入れてもらえるはずもなく、私は、7名とまゆ、さらに先ほどくすぐられていた花井さんを加えた9名でくすぐられることになってしまった。


(つづく)