浦部
「こいつは、……驚くべき生存能力だ!」

 T大学の浦部研究室。浦部孝之教授はガラスケースの中を覗き込んだ。
 ケースの中には、灰褐色で毛むくじゃらの犬にも猫にも見える生き物が四肢を折りたたんでうずくまっている。視線が鋭く、浦部に向けられている。

浦部
「三上くん! ちょっと来てくれたまえ!」

清香
「なんですか? 先生」

 大学院生の三上清香が小走りでかけてくる。

浦部
「ちょっと笑ってみてくれないか?」

清香
「はい? こうですか?」

 清香がにこりとほほ笑むと、浦部は首を横に振った。

浦部
「違う。もっと声をあげて」

清香
「えっ……? ちょっと意図がわかりかね――」

浦部
「笑えばいいんだよ!」

 浦部は、清香の腰をつかみ、ぐりぐりと指を動かした。
 
清香
「ふぁっ!? やっ……ちょ、せんせっ……あははははははははは!?」

 たまらず身をよじって笑う清香。
 すると、ガラスケースの中の生物が激しくけいれんをはじめた。

浦部
「ほら、三上くん。見たまえ」

清香
「えっ!? これって……。まさか、昨日までネズミの形をしていた、例の検体Xですか!?」

 清香は驚愕の表情を浮かべる。
 ガラスケース内の毛むくじゃらの生物の体がスライムのようにただれ、ぐねぐねとなみうつ。

浦部
「そうだ。先月落ちた隕石に付着していた細胞から培養した検体X。最初はアメーバ状だったのが、数日でげっ歯類の体に、そして犬の形に……。地球外生物にもかかわらず、どうしてこうも簡単に地球上の生物に酷似した肉体に変異していくのか。しかも、異種間交雑を介することなく! ようやく変異のトリガーが判明したのだ!」

清香
「それが……、まさか……!」

浦部
「笑い声だ。この地球外生物は、外界生物の発する笑い声から遺伝情報を解析し、生存するにあたってもっとも環境に適合する姿に、自身の肉体を作り替えるのだ!」

清香
「それはすごい発見です……! つまり、一個体で進化可能な生物ということですね。しかし、なぜ笑い声がそのトリガーに……?」

浦部
「おそらくは、より進化の過程を経た生物の遺伝子をトレースするためだろう。『笑う』という機能は、高等生物にしか備わっていないからな」

清香
「なるほど。……しかし、先生。私の笑い声から遺伝情報を解析したということは、この検体Xはこれから人間の形になるのでしょうか?」

浦部
「それをこの目で確かめねばならない。三上くん! 今夜は眠れんぞ!」

清香
「はい!」

 浦部と清香はそれから数時間つきっきりで検体Xの変異を見守った。
 しかし、ぐねぐねと波打つ状態がつづき、一向に変異が完了しない。
 なんどか浦部が清香をくすぐって笑い声を追加して聞かせてみたが、効果は見られなかった……。


(つづく)