私の名前は朝風絵理沙(あさかぜ えりさ)。
 A学園に通うJKだ。
「朝風さん。ハンカチ落としたよ?」クラスメイトに声を掛けられ、びくっと体が縮こまった。
「ん……ぁ、ありがと……」私はハンカチをひったくるように奪い、逃げた。

「何あのぶっきらぼうな態度!? 目も合わせず行っちゃうなんてひどくない?」
「朝風は中学のころからああいうやつよ。典型的なド陰キャコミュ障って感じ」

 後ろから聞こえてくるクラスメイトの声に耳をふさぎたくなる。
 そうだ。私は他人と会話をするのが苦手で、目も合わせられない。話しかけられるだけで、すぐ逃げだしたくなってしまう癖があった。

 もっと普通に他人と会話できれば、友達だってたくさんできるだろうに……。

「朝風さん」
「……びびくぅっ!?」
 今度は男の声。私はひっくりかえりそうになった。
 振り返ると、隣のクラスの山田君。元サッカー部のエースで、クラスのイケてるグループの女子たちがよくキャーキャーと噂を立てる超絶イケメンだ!
「ちょっと付き合ってもらえないかな?」
 付き合って!? 魅惑のボイスでささやかれ、私は卒倒しそうになった。
「ぁう……ぁう……、ご、ごめんなひゃひっ……!」
 私は噛み噛みで叫び、頭から煙を出して逃げ出してしまった。

 トイレにこもって、自暴自棄になる。
 あぁ……。せっかく山田君に告られたのに、あんな態度取っちゃうなんて……。
 鏡に映る自分の顔は青鬼も逃げ出しそうなほど恐ろしい形相をしていた。

「朝風さん!」
「びびくぅっ!?」
 トイレから出たところで、再び山田君に声をかけられた。
「びっくりさせちゃってごめんね。実は朝風さんに紹介したいものがあるんだ」
「え……?」

 数分後。私は、山田君に連れていかれた空き教室で、椅子に拘束されていた。

「な、……なにこれ……?」
「朝風さんに笑顔になってもらおうと思ってね」
「え……笑顔……?」
 山田君が手元のリモコンのボタンを押すと、椅子の後ろからウィンウィン機械音がして、左右上下から無数のマジックハンドが生え出てきた。

「ま、まさか……!」

 察した途端、マジックハンドが私の体に密着。一斉に私の体をくすぐりだした。

「んっ――ぷはっ……あははははははははははは!? なにこれぇ~~っはっはっはっはっはっは!!」

 身動きの取れない状態で、わきの下、脇腹、太もも、足の裏をくすぐられ、私は笑いを抑えられなかった。こんな大声で笑うのははじめてだ。

「ほら。笑えば素敵だよ。朝風さん」
 山田君はにっこりとほほ笑んだ。
「やはははははは!!? やめてっ、やまだくっ……ひゃっはっはっはっはっはっは~~!」
 マジックハンドのくすぐり攻撃は加減を知らない。服の裾から入り込み、胸の付け根をくすぐったり、スカートの中に侵入して鼠径部をいじくったり、靴下を脱がして素足にした足の裏をひっかいたりしてくる。

「朝風さん。友達がなかなかできなくていつも孤立していたから、ちょっとお手伝いをしてあげたくてね」

「あひゃっひゃっひゃひゃ!? これがっ……っはっはっはっは! 何の関係がぁぁ~ひゃひゃひゃひゃ!?」

「知ってる? あの有名テレビ番組『〇▽□でポン!』でも紹介されたんだけど、話しかけやすい女子の特徴として男女1000人に統計を取ったところ、約80%が『愛嬌』『笑顔』って答えてるんだ! つまり、笑顔になれば友達ができやすいってことさ!」

「ふひゃっひゃっひゃひゃ!? な、なにそれぇ~~はははははははははは!」

「さらに、ポンピピポン大学の最新の研究、合コンに参加した女性50人を対象にした実験で、意識的に相手に笑顔を見せるように心がけたグループと、そうでないグループでは、前者のほうが2.5倍話を振られる回数が多く、3.2倍も後日男性から連絡をもらえる回数が多かったんだ!」

「どこその大学ぅ~~ひひひっひっひっひっひ~!!」

「笑顔になればなんでもできる! 朝風さんにこれまで友達がいなかったのは、話下手だからじゃない! ただ笑顔が足りなかっただけなんだよ!」

「ひぃ~~っひっひ!? そっ……そんなばかなぁぁ~~はっはっはっはっはっはっはっはっは~~!!」

 10分ほどで、私は解放された。
 笑いつかれ、立ち上がることができない。

「ほら、朝風さん。顔の筋肉がほぐれて、口角が上がってる。このくすぐりマシンは、表情を豊かにするための素敵な装置なんだ。表情が柔らかくなった朝風さん、きっと明日から友達が増えるよ」
「そ、……そんなわけ……ない……」

 私は半信半疑で帰宅。
 しかし翌日学校で……

「ねぇねぇ朝風さん。この問題わかる?」
「ふぇっ……!?」
 突然隣の席の三田村さんに声をかけられ、私は驚いた。
「なんか今日、朝風さん話しかけやすいなって思って」三田村さんの言葉に私は驚愕。たどたどしいながらも問題の解説をすると、
「わぁ! 朝風さんすごく頭いいんだね! ねぇねぇ、今度ほかの友達と勉強会するんだけど、よかったら朝風さんも来ない?」

 放課後、私の足は自然と山田君に昨日くすぐられた空き教室へ向かった。

「ほらね。朝風さんには笑顔が足りなかっただけだったんだよ」
 山田君はさわやかな笑顔で嫌味なく言う。
「す……すごい……」
「定期的にこのくすぐりマシンで笑う練習をすれば、もっと自然な笑顔が作れるようになるし、笑うことで脳が活性化するよ」
「ほ、……ほんと……?」
「そうそう。マヨチンチン大学の最新の研究では、毎日笑う人は、笑わない人よりも寿命が1.3倍も長いなんてデータが出ているよ」
「そ、そうなんだ……」
「今日も乗っていくよね?」
 山田君がにこりとくすぐりマシンを指すと、私は反射的に頷いてしまった。

 その日のくすぐりは一段と強かった。

「あぎゃはははははあははあは!!!? ふひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ、なんにゃりゃぁぁあひゃひゃひゃひゃひゃ~~!!?」

 くすぐりマシンから生え出たマジックハンドが、私の全身を余すところなくくすぐる。
 昨日はなかったローション責めや、ブラシ責めも加わり、私は狂いそうだった。スカートがずり落ち、シャツもまくれ上がり、下着が上下とも丸見え。それなのに、昨日ほど嫌な感じはない。むしろ大笑いすることで体が喜んでいるような錯覚を覚える。

「朝風さん。笑えば笑うほど魅力的になるね」

「あひゃ~~ははははは!!? ほんとっ!? ほんとにぃぃ~~っひっひっひっひっひっひっひ~~!?」

「毎日こうやって笑っていれば、最高の人生が待っているよ」

「あぎゃはははははははは!! うれひっ……嬉しぃい~~ひぇっひぇひぇひっひぇっひぇっひぇ~~!!」

「ただね……」
 山田君はそう言って手元のリモコンのスイッチを押す。

「ひゃっひゃ……えっ……?」
 突如停止するくすぐりマシンに私は驚愕。体がうずいて仕方がなかった。

「このマシンを稼働するにはコストがかかるんだ」山田君の無念そうな表情。
「コスト……?」
「〇〇万円」
「ひぇっ……そんなに……」
「でも、その額の分の効果は保証できる。朝風さんは肌で実感してると思う。そこで、僕が新しく作った『笑いで人生を豊かにする研究部』の部員が増えると、部員から徴収する部費でまかなえるんだ」
「『笑いで人生を豊かに……』」
「部費は月額〇〇〇円。朝風さん、入部しない?」
「えっ……と……」
 私が迷っていると、
「部員なら毎日、このくすぐりマシン使い放題。いますぐ稼働して続きを楽しんでもらうこともできるよ」
「入ります!」

 それから私の人生は一転。
 毎日くすぐりマシンにくすぐられて大笑い。いつの間にか眉間のしわも消え、鏡に映る自分の顔は常にふにゃふにゃ。別人になったように感じられた。
 すっかりくすぐりマシンの虜になったところで、ほかの部員を紹介された。部員は全部で十数名。
 なんと、同じクラスで隣の席の三田村さんがいた。
 部活動の一環として、孤立している子を『笑いで人生を豊かにする研究部』に勧誘するための策に私ははめられたらしい。
 くすぐりマシン依存症となった私が、いまさら彼女を恨むことはなかった。
 運用のためにはまだまだ部員の数が足りないらしい。
「勧誘予定の夜桜琴音。クラスで孤立している無口のタイプ。朝風さんが委員会一緒だったね。明日彼女をくすぐりマシンにかけるから、明後日の委員会で、朝風さんのほうから自然に話しかけて友達風の約束を取り付けてもらえるかな? 『今日の夜桜さんは話しかけやすい』って補足することを忘れないようにね」
「はい……」
 山田君に言われるがまま、私は部員としての活動をまっとうする。くすぐりマシンの稼働にはコストがかかる。そのためには部員をたくさん集めなければならいのだ。すべては、私の豊かな人生のため……っ。


(完)