ぼくの名前は鈴木蓮太郎。スペックは、高2、帰宅部、身長170、体重70弱、そこそこのブサメンで成績は中の下、早生まれ、小学校時代にいじめを受け中学は区域外就学。高校で当時の加害者数名と再会したが、まるで昔のことがなかったかのように接されて困惑した。趣味はスマホ。ダラダラと動画を見ていると、いつの間にか日付が変わっていることもしばしば。スマホを触るなら先に課題を済ませてからと、毎回反省するのだが、どうしても帰宅後すぐに動画を見始めてしまう。
 ある日、動画広告で変なサイトに飛ばされた。
 何かに憑かれたようにページをタップ。なんやかんやで個人情報を入力させられてしまった。
 結果、「くすぐって笑わせた相手を言いなりにする能力」を手に入れた。
 よくわからなかったが、「言いなりにする」というワードに魅力を感じた。
 ぼくは、能力を使って小学生時代にいじめてきた連中に仕返しすることにした。

 遠元希子は、いわゆるギャル系の女の子だった。小学生時代から髪の毛を染め、いつも派手な服装で学校にきていて、ぼくが近づくと「クサイ」「近づくな」と恫喝してきたのを覚えている。
 昔と比べて性格がかなり丸くなったらしく、友達も多いようだった。
 今年はじめて同じクラスになって、席替えで隣の席になったときは、「鈴木君、だっけ? 話すの初めてだったよね。よろしく」と、まるで初対面のような雰囲気で気さくに話しかけられた。ぼくは困惑してろくに挨拶できなかった。
 彼女はときたま授業中に「あの黒板の字、なんて書いてるの?」と聞いてくる。目が悪いらしく、黒板に字を細かく書かれると読めないらしい。どういうつもりでぼくに話しかけてくるのかわからなかった。ぼくは「あ……、これ……」と板書したノートを見せるので精いっぱいだった。

 ぼくは、遠元希子を言いなりにして、当時のことを謝らせようと考えた。
「遠元さん」
 授業が終わったタイミングで、ぼくは隣の席の彼女に声をかけた。
 彼女は、はじめてぼくに話しかけられたことに驚いたのか、きょとんとしている。
「放課後、西体育館の裏に来てくれない?」ぼくがどもりながら言うと、遠元さんは口を半開きにしたまま数秒フリーズ。
 やっと口を開くと、「え、なんで?」とかなり引き気味の表情で言った。
 ぼくは、予想外の質問返しに焦った。
 でまかせに、「手伝ってほしいことがある」といった。
 遠元さんは困ったように苦笑いして、
「いや、あたし、部活あるし……」さらに言いにくそうに「鈴木君と、そんなに仲いいわけでもないし」と視線を横へ流した。
 すると、前の方の席から
「希子、なにやってんのー? 次、移動教室だよー」
 と声がかかり、遠元さんは行ってしまう。
「あ……」
 ぼくは声にならない声を上げ、絶望した。
 たしかに「くすぐって笑わせた相手を言いなりにする能力」は便利だが、その能力を発動させるまでの過程、くすぐりにもっていくまでがめちゃくちゃ大変なのだ。
 ぼくは机に突っ伏した。
 なんでもっとうまくやれないのか。もともとの根暗な性格とコミュ力の低さが恨めしい。
 次の授業が移動教室だというのに、ぐたっと席から動かずにいると、
「鈴木君? 大丈夫?」
 頭の上から優しい声が降ってきた。
 顔を上げると、ふわっとポニーテールをなびかせる女子と目が合った。
「授業の前に保健室行く?」

 ぼくは、彼女に世話を焼かれるまま、保健室まで連れてこられた。
「今日、保健の先生いないんだ。利用者名簿だけ書いちゃうね」
 学級委員の斎藤陽菜は、勝手知ったる手際で、保健室の机をがさごそやっている。
 斎藤さんは、かなり世話好きの女子で、まさに学級委員ピッタリの生徒だ。
 男女問わず、誰とでも分け隔てなく接してくれるため、ぼくのような陰の者にとってはまぶしすぎる存在だ。
 ぼんやりと斎藤さんの手元を見ていて、ふと思いいたる。

 女子をひとり、言いなりにしておけば、遠元さんに仕返しがしやすくなるのではないか。

 斎藤さんは、小学生時代のいじめと関係がない。
 しかし、ぼくの仕返しを成就させるためには、彼女の協力が必要なのかもしれない。
 ぼくは、背中を向けて机に向かう斎藤さんの脇腹にそっと腕を伸ばした。

「……んひゃっ!? ちょ、鈴木君、何するのっ!」

 きゅっと斎藤さんのからだがこわばった。
 ぼくは、指をバラバラに動かして斎藤さんの脇腹をくすぐった。

「きゃはっ!? あはっ、あははははは!! 何っ!? やめて、あはははは!」

 斎藤さんはからだをよじって笑い出した。
 ぼくは力だけには自信があった。
 そのまま斎藤さんを床に押し倒し、背中に馬乗りになって腋をくすぐる。

「やはっはっははははははははは!! やだやだぁはははははは! やめてってばぁあぁっはっはっははっはっはっはっは!!」

 足をジタバタさせて笑う斎藤さん。
 どの程度くすぐれば有効なのか判断がつかないため、入念に笑わせておきたい。
 ぼくは、からだをひねって、うつ伏せの斎藤さんの足から上履きを脱がした。

「嫌あぁあっはっはっはっはっはは!! そんなとこまでやめれぇぇっへっへっへっへへっへっへ!!」

 白いソックスを穿いた足の裏は、少し茶色く汚れていた。
 土踏まずあたりに爪を立ててゴリゴリかきむしると、斎藤さんは激しく笑いもがいた。

 時間は1分かそこらだと思う。
 斎藤さんの顔を覗き込むと、とろんと呆けたようになっていた。

 これは、「言いなり」になったのか?

 肩で息をする斎藤さん。
 ぼくも少し指が疲れていた。

 そのとき、
「なにしてるの?」
 突然の声に、ぼくは顔を上げた。
 奥のベットに、上半身を起こしたミディアムヘアの女子生徒がドン引きした表情でこちらを見つめていた。




(つづく)