八雲家の居間にて、ボリボリとせんべいの咀嚼音が響いている。
 座布団を枕代わりにして寝転んでテレビを眺める少女がひとり。幻想入りして久しいブラウン管テレビは、ときどき砂嵐が交じっている。
 八雲紫は退屈していた。
 一時間あまり、とあるお笑いコンテストの中継を惰性で見続けている。
 画面に映っている若手漫才師。紫は、ひょろ長男がボケの小太り男の頭をはたくたびに、ため息をついた。ネタの構成がまったくなっていない。だからといって荒削りとかでもない。華がない。テンポと間が悪すぎる。よくこれで決勝に上がれたものだと辟易する。
 紫は、漫才大会の審査員を務めたこともあるお笑い通であった。そんな彼女にとって、素人に毛の生えたような漫才は見るに堪えなかった。
 しばらく見続けるが、一向にまともな漫才師が現れない。
 紫は深々とため息をついて、

「らーん!」

 寝転んだまま、式の名を呼んだ。
 彼女の式である八雲藍とその式である橙を呼びつけて、漫才をさせるためである。
 漫才が見たいならはじめからそうすればよかった。
 紫の式たちは幻想郷内でも随一の漫才師であると、紫は自負している。
 しかし、いつもならすぐに飛んでくるはずの藍が来ない。代わりに、彼女の式である橙がひょっこりと顔を出した。

「すみません、紫様。藍様はいま人間と戦っていて、手が離せません」

 彼女の服はところどころ破れていた。ボロボロの姿。戦帰りのように見えた。
 聞けば、藍はただいまスペルカード合戦中。橙を倒した人間に対して藍が激怒し、喧嘩をふっかけたらしい。橙は、スペルカード『式神「橙」』が破られて、帰還したところだそうだ。
 相手は紅魔館のメイドだそうだ。ナイフの使い手らしく、なかなか苦戦を強いられているという。
 まったく、しょうがない式達である。

(藍にはあとでお仕置きするとして……)

 紫はテレビを消して、むくりと起き上がる。
 右手で空を切るような動作を施すと、空間に亀裂が入る。ぐにゃりと空間がねじれ、スキマが出現した。

(少しだけ、助太刀してあげる)

 我ながら親ばかだと呆れる紫であった。

・・・

 十六夜咲夜は、スペルカード『幻神「飯綱権現降臨」』に挑んでいた。X軸の1/4地点あるいは3/4地点に陣取り、八雲藍を誘導すれば安地が作れることはすでに調査済みである。咲夜は左側の1/4地点に誘導し、米粒弾と蝶弾を避けながら微調整している最中であった。

(不安要素だったこっくりさんが取得できたのは僥倖。九尾の狐も所詮この程度。たいしたことなかったわね)

 咲夜はここまで7機を残している。
 このままクリアすればスコアボードでも上位に食い込めるはずだ。
 
(……できた!)

 安地が完成し、あとは撃ち込むだけ……。
 そう安心した矢先のことだった。

「……っ!!! ひゃうっ!!?」

 突如襲った刺激。
 咲夜はびくっと体を震わせ、攻撃を止めてしまう。

(……な、なに!?)

 脇腹にふわりとこそばゆい刺激。
 見やると、咲夜の両脇腹の横に、白い手袋をはめた手が二本、空間から生え出ている。その指が、咲夜の脇腹をすりすりとなで回すように動いている。

「あっふ……っ!? ちょ……な、なんなの、これえっぇっ、んはっ!!」

 咲夜はくねくねと体をよじった。
 事前の調査では、安地さえ作ればこのスペルカード取得は容易なはず。くすぐり攻撃が付加されるなど聞いていない!
 自機が動くと、せっかく作った安地が崩れてしまう。
 咲夜は、自機の位置がずれないように、くすぐったさに必死に耐えた。

 こちょこちょこちょ。

「くひっ……ちょっ!? 段々早くっ……!? やめっ、ふはっ、あはぁぁあん!!」

 咲夜は地団駄を踏んで悶えた。
 脇腹に食い込む10本の指。ぐにぐに揉みほぐすように動く。
 突如出現した謎の手にくすぐり回されるという理解不能な状況であった。

「やめっ、ひあぁぁっ! あひぃぃ、ひ、ひ……っ!! くあぁっ!!」

 咲夜は、くすぐったさに耐えながら、攻撃し、弾を避けなければならなかった。
 笑いをこらえればこらえるほど、くすぐったさは増長していく。

 脇腹に張り付くように蠢く指は、とうとう咲夜のツボを探り当てた。

 ぐりぐりぐり。

「ひぁっ……あははっ、だめぇぇっ!! だひひっひっひっひっ!!? あだあはははははははははははははっ!!!」

 一度笑い出してしまうと止まらなかった。
 横っ腹のちょうど真ん中あたり、両腋からぐりぐりと指を押し込まれる感覚。
 腹の底から沸き起こる笑いは抑えることができない。

「きゃはははははははははっ!!! やめっ、だめぇぁああはっははっはっはっははっは~~!!」

 ぴちゅーん。

 ぴちゅーん。

 咲夜は激しく体をよじった瞬間、米粒とクナイに足を引っかけ被弾してしまった。痛恨の連続被弾である。

 残機5。

「く……」

 汗だくで復帰した咲夜は歯がみする。
 せっかくのハイスコアが遠退いてしまった。

 ふと見ると、さきほどまで脇腹の横にあった謎の腕が消えていることに気付く。

 どうやら被弾と一緒に消失したようだ。
 これはチャンス。
 さいわい、安地も崩れず保っている。

 咲夜はふたたび安地に陣取り、撃ち込みを再開する。
 敵のゲージも残り半分を切っている。
 あと少し……。あと少し……。

「……っんはっ!!?」

 そんな矢先、ふたたび咲夜をくすぐったさが襲う。
 咲夜はびくんと体を震わせて、

「むほあぁあはははははははははははっ!!? ひあははっははっはっはっははっは~~!!!」

 いきなり笑い出してしまった。

 足の裏を突如襲ったくすぐったさ。

 足元を見ると、出現した二本の手。片方が咲夜の右足首を掴んで、もう片方がその足の裏をくすぐっている。
 いつの間にか靴と靴下が脱がされ、素足にされていた。

「きゃあぁぁっはっはははっはっはっはっ!!! ちょっと……やめてぇぇああははっはっははっははっはっははっは!!!?」

 片足をわずかに上げた不自然な体勢でくすぐられる咲夜。
 笑って集中力が保てないために、敵に攻撃も当てられない。
 足を必死に引っ込めようとするが、空間から生え出た謎の手は恐ろしいほど力が強く、びくともしない。

「やぁぁあははははははははははは~~っ!! ちょとっ、バランスがぁぁああはははははははは~~~!!?」 

 咲夜は笑い転げ、転倒した。と、同時に、

 ぴちゅーん。

 大玉に敷かれて被弾してしまう。

「あはははははははっ!!!? 嫌ぁぁあっははっはっははっはっはっは!!!」

 ぴちゅーん。

 転げて被弾してもなお、謎の手は咲夜をくすぐり続けた。
 咲夜は笑い続け、そのまま中弾の直撃を食らってしまった。

「はぁ……ちょっと……勘弁……」

 ようやくくすぐったさが途絶え、咲夜は起き上がろうと腕に力を込める。
 いまだ敵の攻撃は続いている。すぐにでも態勢を立て直さなければならない。

 と、その瞬間、今度は、腋の下に強烈なくすぐったさが襲いかかる。

「きゃはははははははははははっ!!!? なにぃぃいいいいいっ!!?」

 ぴちゅーん。

 ぴちゅーん。

 いきなりのくすぐったさにまったく対応ができなかった。
 咲夜の腋の下にぴったりと張り付いた手が、ぐりぐりとうごめき続ける。

「いやぁぁぁっははははっはっはははっはは、だめぇぇぁああはははっはあ!!! いいかげんにしてぇぇぇぁはははははははははは~~!!!」

 ぴちゅーん。

 あっという間に残機0。
 すでに安地は崩れ、無作為に飛んでくる弾を気合いで避けなければならない状況だった。

「ぎゃあはっははははっはははっはっ!!! なんでぇぇぇぇぇえ!!? なんでこんなことおおおああはははははははははははははは!!!」

 気まぐれに出たり消えたりしながらくすぐってくる謎の手。
 笑いながら投げたナイフが敵に当たるはずもなく、また敵の攻撃を避けられるわけもなく、……

 ぴちゅーん。

・・
・・・
・・・・

 あと少しだったのに……。
 八雲藍に敗北し紅魔館に帰還した咲夜は落ち込んでいた。

(……しかも、あんな馬鹿みたいな攻撃で……、馬鹿みたいに笑わされて……)

 咲夜は、思い出しただけでも恥ずかしくなった。
 八雲藍のラストスペルカード取得のためには、どうしてもくすぐり耐性を身につけなければならない……。

 咲夜の出した答えはひとつであった。

 三時のおやつ時。いつものように主人レミリアの元へ菓子と紅茶を運ぶ。しかし、今日は別の道具も一緒に……。
 咲夜は茶菓子の準備を済ませると、レミリアの前に膝をつき、頭を垂れた。

「レミリアお嬢様、どうか私を、くすぐってくださいませ」



(完)



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(ここから作者コメント)

 こんばんは。ertです。
 くすぐりたい東方キャラ投票でかなり票数を稼いでいた瀟洒なメイドさん。
 『東方紅魔郷@上海アリス幻樂団』より、十六夜咲夜さん。妖々夢仕様。
 せっかくたくさん投票いただいたので書いてみました。
 ぶっこんだネタは趣味です。