痛っ……!?
 宮水三葉は目が覚めてすぐ、左頬にちりちりとした痛みを覚えた。
 指先で触れてみる。
 左頬には大きな絆創膏が貼られていた。
「なにこれ……」
 思わず口に出た。
 一昨日までは間違いなくなかった傷だ。
 デジャヴュだった。この傷の位置……。

 まさか、瀧くん、……昨日、なんかやらかした?

 三葉の悪い予感は的中していた。
 学校で親友のサヤちんから話を聞く。

 ――いや、昨日びっくりしたよ。そりゃ松本たちの態度も悪いと思うけど。一応、三葉、女の子やよ? フルスイングの殴り合いなんて、少年漫画やないんやから……。

 三葉は想像するだけで背筋が凍った。
 三葉――正確には三葉の肉体を借りた瀧は、昨日、クラスメイトの陰口に腹を立てて、つかみ合い殴り合いの喧嘩をしたというのだ。

 三葉と瀧の肉体が入れ替わるという怪現象がはじまって数日。
 お互い、ようやくぼんやりと入れ替わりの事実を受け入れはじめたところだった。
 原因は不明。トリガーは眠ること。頻度は不定期で週に二、三回程度。

 そろそろお互いにルールが必要だと思い始めた矢先のことだった。
 三葉は一手遅れたことを悔やむ。
 その晩、三葉は自分のスマフォにメモを残した。次に入れ替わるであろう瀧へ向けて。

『むかついても殴る蹴るは絶対禁止! 女子のマウンティングは笑顔が基本! 人生の常識!』

 女子同士の喧嘩は余裕を失った方が負けなのだと、サヤちんにも怒られてしまった。しかも一日中教室や廊下で視線を浴びて居心地が悪かった。
 それもこれも全部瀧くんのせいだ。

 まったく本当に、あの男は……!

・・・

 二日後の朝。
 三葉は目を覚ますと、まっさきにスマフォを確認する。日記メモを確認するためだ。
 昨日は瀧くんに入れ替わっていた。先日の喧嘩の件もあって、不安で仕方がなかった。

『また松本たちのグループと一悶着。奴ら本当に懲りないな』

 ぞっ。
 三葉に悪寒が走った。
 しかし続きを読むと、

『だけど、今回は言われた通り笑顔で解決しておいた。感謝しろ』

 ほっ。
 殴り合いは回避したらしい。
 上から目線は鼻についたが、ひとまず安心である。

 学校へ到着。教室へ入ると、異様な視線を感じた。
 なんだか一昨日よりも居心地が悪い気がする……。
 隣の席のサヤちんに聞いてみる。
「サヤちん、昨日、私、なにか変なことしたん?」
「……え、三葉。また、記憶喪失? んー……変、ていうか」
 サヤちんは言葉を濁した。
 ちょっと顔が赤くて、視線が泳いでいて……。

 えっ? 私、昨日、なにやらかしたの!?

「宮水、ちょっと、こいや」
 三葉が不安に駆られた矢先、松本のグループの女子に声をかけられた。
 三人が、廊下に待機していた。
 仁王立ちになっていて、こちらをにらみつけている。大変怖い。

 マジで、私、なにしたの!?
 
 断れるような雰囲気でもないので、仕方なく席を立った。
 松本のグループ三人に連行される形で、美術室に入る。

「昨日はよくもやってくれたやんなあ?」
 女子のひとりが啖呵を切った。彼女の手には、なんと縄が握られていた。
「えええっ!? ちょっと待って! 昨日の私はいったい何をやって――」
「問答無用!」
 三葉の反論はかき消される。
 三人がかりで三葉は取り押さえられた。椅子に無理矢理座らされ、両手を後ろにして縄で縛り付けられてしまった。

 三葉は何をされるのかまったく見当がつかず、恐ろしくなった。
 いつのまにか女子のひとりが三葉の背後に回っていた。
 ぽんと三葉の肩に手を置く。三葉はびくっとした。
「昨日の仕返しや! ホントに息ができんかったんで! 宮水、お前もこの苦しみ味わえ!」
 そういうと彼女は、三葉の横っ腹あたりに指を添え、

 こちょこちょこちょ

「んなっ――……なははっ、あははははっ!!?」

 不意打ちだった。
 三葉は予期せぬくすぐったさに、身をよじって笑い出した。

「あはははははっ!! なにっ!? こそばっ……やめあぁはっはっはっはっはっはっは!!!」

 一度笑い出してしまうと、我慢しようにも腹の底からこみ上げる笑いを抑えきれない。
 三葉は顔を左右に振り、地団駄を踏み、ガタガタ椅子を鳴らしながら笑う。

「足癖悪いなあ。こっちもやっちゃるか」
 そんなことを言いながら、足元の二人が三葉の上履きを脱がした。
 ソックスを履いた右足、ソックスを脱がされ素足にされた左足をそれぞれくすぐられる。

「くああははははははははあははっ!!? やめっ、あひぁあぁはっはっはっはっははっははっは~~!」

 三葉は椅子に縛られて身動きが取れない。
 脇腹、足の裏の強烈なくすぐったさに涙が出てきた。 

「昨日はよくも散々こそばかしよって!!」
「息が止まると思ったんよ」
「笑い死ね!」

 三人は毒づきながらくすぐってくる。
 三葉は、大笑いしながらも、必死に彼女らの言葉を聞き、断片的な情報をつなぎ合わせる。
 どうやら自分は、昨日、彼女らをくすぐりまくったらしい。
 その報復として――

 こちょこちょこちょ

「きゃはははははははははっ!!? だめあぁあはっはっははっはっははっは!!」

 はしたなく足を広げ、大口を開けて笑う三葉。
 沸き起こる笑いが止められない。恥ずかしくてたまらない。

 しかし、なんで瀧くんはこそばかしなんて……

 瀧くんがなぜ、女子との喧嘩の方法にくすぐりを選択したのか。
 三葉はようやく思い至った。

『女子のマウンティングは笑顔が基本!』

 先日残したメモが原因である。しかし『笑顔』という表現をこんな風にはき違えるなんて。
 ……瀧くんって、あほなのか?

 いつのまにか右足のソックスまで脱がされていて、筆で足の指の股をほじられていた。

「ひあぁあっはっはっははっははっはっははっ!!? こそばいぃいいあいひっひっひっひひっひっひっひ~~!」

 激化する女子たちのくすぐり。
 三葉は大笑いしながら決意する。
 次の文言は、絶対にルールへ追加しなければならない。

『女子に触るな』


(完)


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(ここから作者コメント)

 こんばんは。ertです。
 とある映画鑑賞後、勢いで書きました。背景が綺麗でした。