テックリンワールド。
くすぐりモンスターが蔓延る混沌の世界。
冒険者は『擽師』なる者を倒すため、あるときは単独で、あるときはパーティを組んで旅をしていた。
「ミサ、次はどこ行くのさ?」
腰まで伸びた長いツインテールをなびかせて言う小柄な少女。剣士リンである。布のツーピースの上に勇者気取りのマントを羽織っている。両腰に短剣を掲げている。
隣を歩くミサと呼ばれたボブヘアの少女は、魔法使いのミサキ。右手にステッキを装備し、ローブに身を包んでいる。
「この先に小さな町があります。そこで少しTpointを調達しましょう」
Tpointとは、この世界における経験値である。Tpointを一定数貯めるとレベルが上がり、取得技も増える。
リンとミサキの二人で旅をはじめてしばらく、『擽師』を倒せるだけの力をつけるために、Tpoint集めに奔走していた。
「うわあああああ!! 冒険者だあああ!」
「冒険者が来たぞ、みんな逃げろおおお」
「キャー」
「冒険者警報発令だぁああああ」
町に到着したリンとミサキを人目見るや、一目散に逃げ出す町人たち。
冒険者は一般人に嫌われている。
なぜなら――
「きゃははははははははっ!? やめっ、やめてぇぇぇぇ~~~あっはっはっは!!」
道具屋の娘らしいエプロンを着けた三つ編みの少女が笑い狂っていた。
ひとり逃げ遅れたところを、リンとミサキに押さえつけられ、二人がかりでくすぐられているのだ。
――Tpointは、人間をくすぐることでより貯まる。
冒険者は通りすがりの人間を見境無く襲ってはくすぐる。
そのため、善良な一般人にとっては、冒険者はモンスターよりも厄介な存在なのだ。
「あぁぁっはっはっはっはっはっは!!? もういやぁぁぁ~~~!!」
地面に仰向けIの字に寝かされた状態で、両腕、両足にリンとミサキがのっかっている。
「そういうなよ。『擽師』倒すためなんだからよー」
リンはガラ空きになった娘の腋の下をくすぐっていた。
「文句なら、こんな世界にしてしまった『擽師』にお願いします」
ミサキは娘の素足の足の裏をくすぐっていた。傍らに脱がされたブーツが転がっている。
「冒険者なんか大っ嫌いぃいい~~っひっひっひっひ!!」
くすぐったがらせればくすぐったがらせるほど、取得できるTpointは多くなる。
そのため冒険者は日夜くすぐりのテクニックを磨いているのだ。
数分後、やっと解放された娘は、へらへらと引きつった笑みを浮かべて失神していた。
「しけてんなぁ。もうちょい搾らせてくれてもいいじゃんよー」
リンはぶーぶーと口をとがらせた。
娘の耐久力が予想以上に低かったらしい。
「一般町人はこのぐらいが限度ですね。……それにしても」
と、ミサキは不審そうに眉を寄せ、
「この町。冒険者に対する警戒がかなり高いですね。ひとりくすぐっている間に、通行人がすっかりいなくなってしまいました」
町を見渡して言った。
民家の窓も扉も閉ざされ、外にもまったく人影がない。
「適当に探してれば誰か見つかるんじゃね? てか、宿屋行かね?」
「……そうですね。道中で消費した体力を回復させましょう」
リンの提案に、ミサキがのった。
さすがに宿屋まで冒険者出禁ということはないだろう。
二人は宿屋へ足を向けた。
冒険者に対する警戒が異常に高い町に迷い込んだリンとミサキ。
二人はまだ、自分たちの置かれた状況の危険性に気づいていない。
○○○
「……んぁ? ……は!? なんだこりゃ!?」
リンは目覚めるやいなや、パニックに陥った。
記憶では、宿屋のベッドで眠ったはずだった。
それがどうして、薄暗い洞窟のような場所に移動しているのか。
体を起こす。尻が冷たく背中が痛い。体の節々もギシギシ痛んだ。身動きがうまくとれないことに気づく。
両腕が動かない。背中で手首を揃えて縛られていた。
両脚も動かない。足を前に投げ出した状態で、板状の足枷に足首を固定されていた。
「リン。油断しましたね」
「ひぁっ!?」
突然横から声がかかり、リンは素っ頓狂な声を上げた。
横で並んで座っているのはミサキだった。
ミサキもリンと同様に手首を縛られ両足を足枷に固定されていた。見ると、板状の足枷はリンのものと繋がっている。一台で4人までまとめて横一列に拘束できる便利なタイプだ。
「どうやらあの宿屋は、冒険者を捕らえるための罠だったようです。町人の異様な警戒心を甘く見すぎました。私も迂闊でした」
ミサキは呆れたように言った。
「そんな他人事みたいに言ってる場合かよ!? てか、ここどこだよ!?」
「おそらく町にくる途中にあった洞穴の中。町の住人達が、招かれざる冒険者を投棄するために使っていたようです。冒険者は一般人に恨みをかいやすいですからね」
「つまり、私ら、ポイされたってこと? このまま薄暗い穴の底で、誰にも見つからないまま腐って死ぬ!?」
「そうならないために、なんとか自力で脱出したいところなんですが……」
そんな問答をしていると、突然「キキー!」とかん高い声が聞こえた。
二人は驚いて顔を上げる。
「……え、も、モンスター?」
「……ゴブリンですね」
二匹のゴブリンだった。
通りすがりらしい彼らは、キーキーと謎の奇声を上げながら、リン達の元へ近づいてくる。
「みっ……ミサ! あいつらこっちくるじゃん!! なんか魔法!」
「杖がないと無理です。どうやら捨てられた際に装備が外れてしまったらしく……」
「やばいじゃんよ!!」
リンが地面を見ると、そこらじゅうに自分たちの持ち物が散乱していた。
衣類はそのままであるが、アイテムや装飾品の類いは、すべて手元からはなれてしまったようだ。
「リンの短剣はこちら側に落ちているのですが、杖がどうしても見つかりません」
ミサキが首をねじってリンに示す。ミサキの背後数メートル先にリンの短剣が落ちている。
「短剣あんのかよ!? じゃあそれでロープ切れんじゃん!」
「リン。ちゃんと見て下さい。私の手は体の前で縛られています。どんなに体をねじっても届きませんでした。リンが寝てる間に何時間も試したんです」
「んじゃあ私が!」
リンは言いながら背中に縛られた腕を無理矢理伸ばしながら上体を反らせた。
短剣にはまったく届かない。
「ふんがああああ!?」
「リン。背中を攣りますよ」
そんなやりとりをしているうちに、ゴブリン二匹がリンとミサキの前までやってきた。
物珍しそうに首を傾げてリン達の顔を覗き込んでくる。
「……な、なんだよっ! やんのかあ!? あぁ!?」
リンが威嚇する。
「……リン。挑発しないでください」
ゴブリン達はリン達の身動きがとれないとわかると、ケケケと嘲笑のような声を上げた。
そして、一匹がリンの足元にしゃがみ込み、ブーツを掴んだ。
「おいこら!? 触るなよぉ!」
リンはガタガタと体中を揺り動かしてもがくが、足首から先はまったく動かない。
ゴブリンはリンの両足からぐいぐいとブーツをひっぱり、すぽっと脱がし取ってしまう。
リンの素足が露わになった。
「……あの町の住人もなかなか鬼ですね。モンスターの沸いた区域に、動きを封じた冒険者を置き去りにする。そうしておけば、自動的に冒険者はモンスターの餌食というわけで……」
「感心してる場合かよ!?」
ミサキの足元でもゴブリンがブーツを脱がしにかかる。
ミサキは足を左右に振って抵抗するが、無意味。すぽんと両足ともブーツを脱がされ素足にされた。
「万事休す……ですね」
「あきらめんなよ! あきらめんなよお前ぇぇ!!」
次の瞬間、ゴブリンに二匹は同時に、リンとミサキの足の裏へ指を這わせはじめた。
「ぐふぅっ!? ――ぶふぁあああっはっはっはっはっははっはっは!!?」
リンは盛大に吹きだした。
ゴブリンはガサガサに乾燥した五本の指で、リンの柔らかい足の裏の皮膚を掻き回す。
「にゃぁあああっはっはっはっはっはっは!!? やめぇぇぇえぇ~~!! くすぐったすぎるぅうううはっはっはっはっはっはっはっは!!!」
リンは大笑いしながら、上半身を左右に激しくよじって暴れた。
○○○
「……うくっ! ひぃ……、ひっ、んふっ!?」
一方のミサキは、足の指を縮こまらせ、足をゆるやかに動かしながら、なんとか笑い出すのをこらえている。
ゴブリンの指の動きを予測し、打点をずらすことで、くすぐったさを軽減しているのだ。
「くふ……リン……笑いすぎです……んひっ!!」
ミサキはなんとか突破口を見いだそうとしていた。
が、リンの笑い声が激しく、集中できない。
「ぶあぁあっははっはっははっははっは!!! 無理無理無理いぃいいっひっひっひっひっひひゃぁぁあ!!!」
リンは激しく身をよじって笑う。
足の指がびくびくとあまりに激しく動くので、ゴブリンは邪魔に感じたのか、親指を紐で結んでしまった。
「あぁぁああははははははははははは!!? こんなぁぁあ卑怯だぁぁあああっはっはっはっはっはっはっはっは!!!」
「うく……っ、リン……ちょっとは、ふひっ……こらえて……――っ!!?」
涙を浮かべ大口を開けて笑うリンの様子を横目で見ていたミサキは、突然目を見開いた。
リンの背中にかかった勇者気取りのマントが、ばさばさと浮き上がり土埃をまき散らす。
マントの下に、ミサキの杖が転がっていた。
リンが暴れたことで、さきほどまでマントの下に隠れていた杖が見つかったのだ。
「ひっ……り、リン! 後ろに、杖っ……ふひひっ……杖! ……とってくださ……ひ!?」
ミサキはなんとかリンに杖の所在を伝えようとする。
リンは後ろ手で縛られているために、手を伸ばせば届く位置にある。
「にゃははははははははははははは!!! やめえぇぇ!!? あぁぁあ~~っはっはっはっはっはっはっはっは!!!」
リンは激しく笑っているため、まったく聞こえていない。
リンの足元のゴブリンは、いつのまにか、ブラシやら耳かきやらを駆使してリンの足の裏をくすぐっていた。
ブラシがリンの土踏まずをこすり上げ、耳かきが足指の股をこりこりと掃除する。
「うひいぃぃぃっひっひっひっひっひひ!!? たすけぇぇええ!! うにゃぁぁああっははっはっはっはっはっはっは!!!」
「り、リンっ……! くひっ……ちょっとガマンして、……背中にひひっ、杖がぁッ……ふひゃっ!!?」
ミサキはなんども訴える。
杖さえあれば、この状況を打破できる。
それなのに、リンはくすぐったさに身を委ねてひたすら笑い続けている。
「り、ひひひっ……いい加減にっ!! あぁひっ!? ひひ、後ろ見て!! ひぃぃッ……ひひひっ!! ちょっ……!? おねがっ……後ろに杖っ……くひひひ!!!」
ミサキの足元のゴブリンは羽根を持ち出し、足の裏をなぞり上げてくる。
ゴブリンはなかなか笑い出さないミサキをくすぐるにあたって、パターンを変えることを学習したようだ。
羽根で全面をなで上げた上で、さらにガサガサの指先で局所的に引っかかれると、とてつもないくすぐったさがミサキを襲う。
「ひふぅぅううう!? ……リンっ!! 後ろっ! 後ろぉおひぃぃぃい!!?」
ミサキは苛立ちとくすぐったさで、限界だった。
打点ずらしでくすぐったさを軽減するテクニックは、所詮その場しのぎなのだ。長時間のくすぐりには耐えられない。
「ひっ……ひひひひっ!! り、うひろっ!! 後ろ見てっ、ひっひひ、杖!!! おねがぁぁひぃぃぃ」
ミサキは顔を真っ赤にして、歯を見せながらもなんとか笑い出すのはこらえていた。
足の裏をなであげる羽根。
足の裏をガリガリとこすりあげるゴブリンの指。
そんな繰り返し。
たかだか低級モンスターの単純なパターン攻撃でも、蓄積されれば効いてくる。
足の裏を意識すればするほど、くすぐったさが増してくる。
隣で激しく笑うリン。
リンのかん高い笑い声に、ミサキはますます集中を欠かれる。
そんななかでミサキは、ほんのコンマ数秒、ゴブリンの指先の動きを見誤った。
わずかな時間。一瞬予測できなかったくすぐったさが、ミサキを襲う。
たったそれだけで、ミサキの中で、何かが崩れた。
「――ひぁ? ……ぷひっ!? ひひゃはははははははははははははははははは!!?」
ミサキは突如、大口を開けて笑い出した。
「ひひゃひひひひひひひひひひひひ!!? ひぃぃっひっひっひっひっひっひっひっひ!!! はひぃぃぃぃいい~~!!?」
ゴブリンのくすぐりは何も変わっていない。
同じような動きを繰り返しているだけ。
それなのに、今までとは比べものにならないほど強烈なくすぐったさがミサキを襲った。
「ひひゃっはっはっはっはっはっはは!!? ひぃぃっひひひひひひひひ!! むひぃぃひひっひふへぇぇぇひひひひひひひひ~~!!」
ミサキは激しく体をよじり、髪の毛を振り乱して笑った。
言葉を発することさえできない。
溜め込んだくすぐったさをすべて解放するかのように、ミサキは笑い狂った。
ミサキの頭の中は、くすぐったさでぐちゃぐちゃにかき乱された。
くすぐったくてたまらない。笑わずにはいられない。
打開策など、考える余地もなかった。
意識の狭間で、リンの笑い声が少しずつ収まってきていることに気づいた。
○○○
…………
「リン。できればもう少し早く復帰してくれませんかね?」
「だってさ……、ミサが馬鹿みたいに笑いまくってるの見て、やっと頭が冷えたっていうか……」
リンがミサキの杖に気づたのは、ミサキがくすぐったさに陥落して数分経ったころだった。
リンは身をよじって杖を掴み、ミサキに渡した。
ミサキは笑いながらも必死に杖を構え、全体攻撃魔法を発動。ゴブリンを足枷もろとも吹き飛ばし、二人は生還したのだ。
「馬鹿みたいに、は余計です。……たしかに、他人が笑っている姿を見て、誘発される場合もあれば、逆に冷静になる場合もあるという――」
「講釈はいいって! それよりさ! これからどうすんのさ?」
ミサキはまゆを潜めた。
リンに話を遮られて少しむっとしたようだ。
しかし、すぐに諦めたようにため息をついた。
「……とりあえず、あの町に報復しますか」
「異議無し!」
(完)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(ここから作者コメント)
こんばんは。ertです。
なんと! ショタおね足枷魔神のDDD様より、リンとミサキのイラストをいただきました!
鼻血が出るほど嬉しいです! 足の形の再現率にも感涙!!
いただいたイラストを元にssを書かせていただきました!
圧倒的感謝! 本当にありがとうございました!
ssの設定は、ツクールRPG『Sole Tickler』の世界観にだいたい準拠。
新作ツクールRPG『Sole Tickler ~隠された擽力~』できました! ← New!
くすぐりモンスターが蔓延る混沌の世界。
冒険者は『擽師』なる者を倒すため、あるときは単独で、あるときはパーティを組んで旅をしていた。
「ミサ、次はどこ行くのさ?」
腰まで伸びた長いツインテールをなびかせて言う小柄な少女。剣士リンである。布のツーピースの上に勇者気取りのマントを羽織っている。両腰に短剣を掲げている。
隣を歩くミサと呼ばれたボブヘアの少女は、魔法使いのミサキ。右手にステッキを装備し、ローブに身を包んでいる。
「この先に小さな町があります。そこで少しTpointを調達しましょう」
Tpointとは、この世界における経験値である。Tpointを一定数貯めるとレベルが上がり、取得技も増える。
リンとミサキの二人で旅をはじめてしばらく、『擽師』を倒せるだけの力をつけるために、Tpoint集めに奔走していた。
「うわあああああ!! 冒険者だあああ!」
「冒険者が来たぞ、みんな逃げろおおお」
「キャー」
「冒険者警報発令だぁああああ」
町に到着したリンとミサキを人目見るや、一目散に逃げ出す町人たち。
冒険者は一般人に嫌われている。
なぜなら――
「きゃははははははははっ!? やめっ、やめてぇぇぇぇ~~~あっはっはっは!!」
道具屋の娘らしいエプロンを着けた三つ編みの少女が笑い狂っていた。
ひとり逃げ遅れたところを、リンとミサキに押さえつけられ、二人がかりでくすぐられているのだ。
――Tpointは、人間をくすぐることでより貯まる。
冒険者は通りすがりの人間を見境無く襲ってはくすぐる。
そのため、善良な一般人にとっては、冒険者はモンスターよりも厄介な存在なのだ。
「あぁぁっはっはっはっはっはっは!!? もういやぁぁぁ~~~!!」
地面に仰向けIの字に寝かされた状態で、両腕、両足にリンとミサキがのっかっている。
「そういうなよ。『擽師』倒すためなんだからよー」
リンはガラ空きになった娘の腋の下をくすぐっていた。
「文句なら、こんな世界にしてしまった『擽師』にお願いします」
ミサキは娘の素足の足の裏をくすぐっていた。傍らに脱がされたブーツが転がっている。
「冒険者なんか大っ嫌いぃいい~~っひっひっひっひ!!」
くすぐったがらせればくすぐったがらせるほど、取得できるTpointは多くなる。
そのため冒険者は日夜くすぐりのテクニックを磨いているのだ。
数分後、やっと解放された娘は、へらへらと引きつった笑みを浮かべて失神していた。
「しけてんなぁ。もうちょい搾らせてくれてもいいじゃんよー」
リンはぶーぶーと口をとがらせた。
娘の耐久力が予想以上に低かったらしい。
「一般町人はこのぐらいが限度ですね。……それにしても」
と、ミサキは不審そうに眉を寄せ、
「この町。冒険者に対する警戒がかなり高いですね。ひとりくすぐっている間に、通行人がすっかりいなくなってしまいました」
町を見渡して言った。
民家の窓も扉も閉ざされ、外にもまったく人影がない。
「適当に探してれば誰か見つかるんじゃね? てか、宿屋行かね?」
「……そうですね。道中で消費した体力を回復させましょう」
リンの提案に、ミサキがのった。
さすがに宿屋まで冒険者出禁ということはないだろう。
二人は宿屋へ足を向けた。
冒険者に対する警戒が異常に高い町に迷い込んだリンとミサキ。
二人はまだ、自分たちの置かれた状況の危険性に気づいていない。
○○○
「……んぁ? ……は!? なんだこりゃ!?」
リンは目覚めるやいなや、パニックに陥った。
記憶では、宿屋のベッドで眠ったはずだった。
それがどうして、薄暗い洞窟のような場所に移動しているのか。
体を起こす。尻が冷たく背中が痛い。体の節々もギシギシ痛んだ。身動きがうまくとれないことに気づく。
両腕が動かない。背中で手首を揃えて縛られていた。
両脚も動かない。足を前に投げ出した状態で、板状の足枷に足首を固定されていた。
「リン。油断しましたね」
「ひぁっ!?」
突然横から声がかかり、リンは素っ頓狂な声を上げた。
横で並んで座っているのはミサキだった。
ミサキもリンと同様に手首を縛られ両足を足枷に固定されていた。見ると、板状の足枷はリンのものと繋がっている。一台で4人までまとめて横一列に拘束できる便利なタイプだ。
「どうやらあの宿屋は、冒険者を捕らえるための罠だったようです。町人の異様な警戒心を甘く見すぎました。私も迂闊でした」
ミサキは呆れたように言った。
「そんな他人事みたいに言ってる場合かよ!? てか、ここどこだよ!?」
「おそらく町にくる途中にあった洞穴の中。町の住人達が、招かれざる冒険者を投棄するために使っていたようです。冒険者は一般人に恨みをかいやすいですからね」
「つまり、私ら、ポイされたってこと? このまま薄暗い穴の底で、誰にも見つからないまま腐って死ぬ!?」
「そうならないために、なんとか自力で脱出したいところなんですが……」
そんな問答をしていると、突然「キキー!」とかん高い声が聞こえた。
二人は驚いて顔を上げる。
「……え、も、モンスター?」
「……ゴブリンですね」
二匹のゴブリンだった。
通りすがりらしい彼らは、キーキーと謎の奇声を上げながら、リン達の元へ近づいてくる。
「みっ……ミサ! あいつらこっちくるじゃん!! なんか魔法!」
「杖がないと無理です。どうやら捨てられた際に装備が外れてしまったらしく……」
「やばいじゃんよ!!」
リンが地面を見ると、そこらじゅうに自分たちの持ち物が散乱していた。
衣類はそのままであるが、アイテムや装飾品の類いは、すべて手元からはなれてしまったようだ。
「リンの短剣はこちら側に落ちているのですが、杖がどうしても見つかりません」
ミサキが首をねじってリンに示す。ミサキの背後数メートル先にリンの短剣が落ちている。
「短剣あんのかよ!? じゃあそれでロープ切れんじゃん!」
「リン。ちゃんと見て下さい。私の手は体の前で縛られています。どんなに体をねじっても届きませんでした。リンが寝てる間に何時間も試したんです」
「んじゃあ私が!」
リンは言いながら背中に縛られた腕を無理矢理伸ばしながら上体を反らせた。
短剣にはまったく届かない。
「ふんがああああ!?」
「リン。背中を攣りますよ」
そんなやりとりをしているうちに、ゴブリン二匹がリンとミサキの前までやってきた。
物珍しそうに首を傾げてリン達の顔を覗き込んでくる。
「……な、なんだよっ! やんのかあ!? あぁ!?」
リンが威嚇する。
「……リン。挑発しないでください」
ゴブリン達はリン達の身動きがとれないとわかると、ケケケと嘲笑のような声を上げた。
そして、一匹がリンの足元にしゃがみ込み、ブーツを掴んだ。
「おいこら!? 触るなよぉ!」
リンはガタガタと体中を揺り動かしてもがくが、足首から先はまったく動かない。
ゴブリンはリンの両足からぐいぐいとブーツをひっぱり、すぽっと脱がし取ってしまう。
リンの素足が露わになった。
「……あの町の住人もなかなか鬼ですね。モンスターの沸いた区域に、動きを封じた冒険者を置き去りにする。そうしておけば、自動的に冒険者はモンスターの餌食というわけで……」
「感心してる場合かよ!?」
ミサキの足元でもゴブリンがブーツを脱がしにかかる。
ミサキは足を左右に振って抵抗するが、無意味。すぽんと両足ともブーツを脱がされ素足にされた。
「万事休す……ですね」
「あきらめんなよ! あきらめんなよお前ぇぇ!!」
次の瞬間、ゴブリンに二匹は同時に、リンとミサキの足の裏へ指を這わせはじめた。
「ぐふぅっ!? ――ぶふぁあああっはっはっはっはっははっはっは!!?」
リンは盛大に吹きだした。
ゴブリンはガサガサに乾燥した五本の指で、リンの柔らかい足の裏の皮膚を掻き回す。
「にゃぁあああっはっはっはっはっはっは!!? やめぇぇぇえぇ~~!! くすぐったすぎるぅうううはっはっはっはっはっはっはっは!!!」
リンは大笑いしながら、上半身を左右に激しくよじって暴れた。
○○○
「……うくっ! ひぃ……、ひっ、んふっ!?」
一方のミサキは、足の指を縮こまらせ、足をゆるやかに動かしながら、なんとか笑い出すのをこらえている。
ゴブリンの指の動きを予測し、打点をずらすことで、くすぐったさを軽減しているのだ。
「くふ……リン……笑いすぎです……んひっ!!」
ミサキはなんとか突破口を見いだそうとしていた。
が、リンの笑い声が激しく、集中できない。
「ぶあぁあっははっはっははっははっは!!! 無理無理無理いぃいいっひっひっひっひっひひゃぁぁあ!!!」
リンは激しく身をよじって笑う。
足の指がびくびくとあまりに激しく動くので、ゴブリンは邪魔に感じたのか、親指を紐で結んでしまった。
「あぁぁああははははははははははは!!? こんなぁぁあ卑怯だぁぁあああっはっはっはっはっはっはっはっは!!!」
「うく……っ、リン……ちょっとは、ふひっ……こらえて……――っ!!?」
涙を浮かべ大口を開けて笑うリンの様子を横目で見ていたミサキは、突然目を見開いた。
リンの背中にかかった勇者気取りのマントが、ばさばさと浮き上がり土埃をまき散らす。
マントの下に、ミサキの杖が転がっていた。
リンが暴れたことで、さきほどまでマントの下に隠れていた杖が見つかったのだ。
「ひっ……り、リン! 後ろに、杖っ……ふひひっ……杖! ……とってくださ……ひ!?」
ミサキはなんとかリンに杖の所在を伝えようとする。
リンは後ろ手で縛られているために、手を伸ばせば届く位置にある。
「にゃははははははははははははは!!! やめえぇぇ!!? あぁぁあ~~っはっはっはっはっはっはっはっは!!!」
リンは激しく笑っているため、まったく聞こえていない。
リンの足元のゴブリンは、いつのまにか、ブラシやら耳かきやらを駆使してリンの足の裏をくすぐっていた。
ブラシがリンの土踏まずをこすり上げ、耳かきが足指の股をこりこりと掃除する。
「うひいぃぃぃっひっひっひっひっひひ!!? たすけぇぇええ!! うにゃぁぁああっははっはっはっはっはっはっは!!!」
「り、リンっ……! くひっ……ちょっとガマンして、……背中にひひっ、杖がぁッ……ふひゃっ!!?」
ミサキはなんども訴える。
杖さえあれば、この状況を打破できる。
それなのに、リンはくすぐったさに身を委ねてひたすら笑い続けている。
「り、ひひひっ……いい加減にっ!! あぁひっ!? ひひ、後ろ見て!! ひぃぃッ……ひひひっ!! ちょっ……!? おねがっ……後ろに杖っ……くひひひ!!!」
ミサキの足元のゴブリンは羽根を持ち出し、足の裏をなぞり上げてくる。
ゴブリンはなかなか笑い出さないミサキをくすぐるにあたって、パターンを変えることを学習したようだ。
羽根で全面をなで上げた上で、さらにガサガサの指先で局所的に引っかかれると、とてつもないくすぐったさがミサキを襲う。
「ひふぅぅううう!? ……リンっ!! 後ろっ! 後ろぉおひぃぃぃい!!?」
ミサキは苛立ちとくすぐったさで、限界だった。
打点ずらしでくすぐったさを軽減するテクニックは、所詮その場しのぎなのだ。長時間のくすぐりには耐えられない。
「ひっ……ひひひひっ!! り、うひろっ!! 後ろ見てっ、ひっひひ、杖!!! おねがぁぁひぃぃぃ」
ミサキは顔を真っ赤にして、歯を見せながらもなんとか笑い出すのはこらえていた。
足の裏をなであげる羽根。
足の裏をガリガリとこすりあげるゴブリンの指。
そんな繰り返し。
たかだか低級モンスターの単純なパターン攻撃でも、蓄積されれば効いてくる。
足の裏を意識すればするほど、くすぐったさが増してくる。
隣で激しく笑うリン。
リンのかん高い笑い声に、ミサキはますます集中を欠かれる。
そんななかでミサキは、ほんのコンマ数秒、ゴブリンの指先の動きを見誤った。
わずかな時間。一瞬予測できなかったくすぐったさが、ミサキを襲う。
たったそれだけで、ミサキの中で、何かが崩れた。
「――ひぁ? ……ぷひっ!? ひひゃはははははははははははははははははは!!?」
ミサキは突如、大口を開けて笑い出した。
「ひひゃひひひひひひひひひひひひ!!? ひぃぃっひっひっひっひっひっひっひっひ!!! はひぃぃぃぃいい~~!!?」
ゴブリンのくすぐりは何も変わっていない。
同じような動きを繰り返しているだけ。
それなのに、今までとは比べものにならないほど強烈なくすぐったさがミサキを襲った。
「ひひゃっはっはっはっはっはっはは!!? ひぃぃっひひひひひひひひ!! むひぃぃひひっひふへぇぇぇひひひひひひひひ~~!!」
ミサキは激しく体をよじり、髪の毛を振り乱して笑った。
言葉を発することさえできない。
溜め込んだくすぐったさをすべて解放するかのように、ミサキは笑い狂った。
ミサキの頭の中は、くすぐったさでぐちゃぐちゃにかき乱された。
くすぐったくてたまらない。笑わずにはいられない。
打開策など、考える余地もなかった。
意識の狭間で、リンの笑い声が少しずつ収まってきていることに気づいた。
○○○
…………
「リン。できればもう少し早く復帰してくれませんかね?」
「だってさ……、ミサが馬鹿みたいに笑いまくってるの見て、やっと頭が冷えたっていうか……」
リンがミサキの杖に気づたのは、ミサキがくすぐったさに陥落して数分経ったころだった。
リンは身をよじって杖を掴み、ミサキに渡した。
ミサキは笑いながらも必死に杖を構え、全体攻撃魔法を発動。ゴブリンを足枷もろとも吹き飛ばし、二人は生還したのだ。
「馬鹿みたいに、は余計です。……たしかに、他人が笑っている姿を見て、誘発される場合もあれば、逆に冷静になる場合もあるという――」
「講釈はいいって! それよりさ! これからどうすんのさ?」
ミサキはまゆを潜めた。
リンに話を遮られて少しむっとしたようだ。
しかし、すぐに諦めたようにため息をついた。
「……とりあえず、あの町に報復しますか」
「異議無し!」
(完)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(ここから作者コメント)
こんばんは。ertです。
なんと! ショタおね足枷魔神のDDD様より、リンとミサキのイラストをいただきました!
鼻血が出るほど嬉しいです! 足の形の再現率にも感涙!!
いただいたイラストを元にssを書かせていただきました!
圧倒的感謝! 本当にありがとうございました!
ssの設定は、ツクールRPG『Sole Tickler』の世界観にだいたい準拠。
新作ツクールRPG『Sole Tickler ~隠された擽力~』できました! ← New!