加藤葵(かとうあおい)と小林凛(こばやしりん)は幼馴染。
 高校のクラスは隣同士だが、登下校はもちろん、休日も一緒にいることが多い。
 寡黙な葵と、やかましい凛。奇妙な組み合わせは、校内でも有名であった。
 凛は、長い付き合いから、葵の少ない語数、表情からでも葵の意図を読み取れるようになっていた。

 校内模試終了直後の日曜日。凛は葵の家に、テストの答え合わせをするために訪れた。が、凛の記憶は葵の部屋で差し出されたオレンジジュースに口をつけた瞬間途絶える。

●●●

「えっと……」

 凛は目を覚まし、唖然とする。
 凛は白基調の黒チェック綿ノースリーブにデニムのミニスカート姿で、両腕を後ろに縛られた状態でベッドに転がされていた。
 腰下まで伸びた長い銀髪は、いつものようにツインテールに束ねられている。

「覚めた」

 葵はテーブルにマグカップを置いて、凛を転がしたベッドへゆっくりと歩み寄る。
 上は白いリネンのワンピースに紺のカーディガン、足元はフリルの付いた白いアンクレットソックスである。
 漆黒の艶やかな長髪は、重力に逆らうことなくストンと腰までまっすぐ伸びている。

 凛は葵を見上げながら自由のきく下半身を動かし、ぺたんとベッドの上に座り直した。
「葵……いくつか質問していい?」
 こくりと葵は頷く。
「睡眠薬、盛った?」
 こくりと葵は頷く。
「私の上着は?」
 葵は部屋の壁を指す。凛のジャケットはハンガーにきちんと掛けられていた。
「……最後の質問。どうして、こんなことしたの?」
「れん」

 凛は葵の意図が予想通りでため息をついた。
「『蓮に気に入られるために、くすぐり上手くなる練習』? で、ちょうどよさそうな練習台が私ってこと?」
 葵はこくこくと何度も頷いた。
「ちょ、マジでふっざけんなよ……幼馴染を何だと思って――ちょぉぉっ!!!? 気が早いっ!!! 気が早いっ!!!」
 凛が言い終える前に、葵は凛の身体をベッドに押し倒した。
 凛を見下ろし、こてん、と首を傾げ、心底不思議そうな顔をする葵。
「そんな顔すんなっ!! 葵さぁ、順序違うって! 練習したいんならまず私に相談するなりなんなりしてからでしょ! いきなり実力行使って――……ぶひゃぁぁっ!!!?」

 葵は両手を凛の脇腹に置いた。
「きひっ!? ひひひっ、ちょぉぉ、葵っ!!! 葵っ!! ま、まだ喋ってるっ!! いひひ、喋ってるからっ!!」
 葵は手をのせたまま、再度首を傾げる。
「『簡潔に述べよ』って!? いひひひ……ひどっ!! この状況でひどいって!! 葵っ、ほ、ほらっ!! 蓮に直接教えてもらった方がっ! こんなところでいきなり――」

「凛」
「『とにかく凛をくすぐりたい』って!? ……いひゃっはっはっははっははははっ!! ちょぉぉ、まってぇえぇ~~あっはっはっはっはっは!!」
 葵はゆっくりっと指先を動かし、凛のおなかを撫でるようにくすぐった。
「くわっぁっはっはっははっははっ!!! ちょぉぉっ!! 葵っ!!! いひひひひひひ、葵っ!! やめてぇ~~、きゃっはっははっはっは」
 葵は指先でちょろちょろと、凛の脇腹をひっかく。
「きゃぁぁっはっはっは、葵っ!! くすぐったいっ!!! 指先でちょこまか動かされるとっ!! いっひっひっひ、ひひひひひ~~っ」

 葵の指先にはほとんど力が入っておらず、皮膚をなぞるようなくすぐりなのだが、凛は身を捩って哄笑する。
「がはははははっ、葵っ!? 葵ってばっ!! 葵ぃぃひひひひ、それヤバイぃぃひひっひっひっひっひ」
「弱点」
「あっはっはっは、……『弱点教えないとやめない』って、こ、ひひひひひっ!! この状況で言えるわけっ! きゃっはっはっはっは~~」

 葵の指先は、凛の露出した腋の下に触れた。
「あひゃぁぁっ!!?」
 葵は指の動きを止める。
 凛はすでに涙を流し、ヒィヒィと喘いでいた。
「あ、ひひひっ、葵、ゆ、きひひひ、指、どけてぇぇひひひひ」
 葵が指を動かさずとも、葵の顔を垣間見ながら笑い声を上げる凛。
「あひひ、葵には、私……強く、くひひひひ、抵抗できないからぁ」
 凛が苦しそうに言うと、葵は頷き、指先を、凛の腋の下の皮膚をつまむように動かす。
「くひゃぁぁぁぁっはっはっはっはっはっ!!!? あっはっはっはは、ちょぉぉぉ葵ぃぃぃっ!!! やめぇぇ」
 葵は凛をくすぐりながら、じっと凛の顔を見た。
「にゃひゃひゃひゃっ!! 『だから凛をくすぐろうと思った』ってぇぇ!!? あひゃははっはっはっはっはっ!!! こんのっ!! いぃぃっひっひっひっひ」
「鬼畜?」
「きゃっはっはっはははっははっ!! あぃぃぃひひひひひひひ、自分で言うなよぉぉぉっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっ!!」
 凛は上半身を左右に捩って笑う。
 葵の指先は凛の腋に挟まれたまま、もぞもぞと動く。
「わかった!! 鬼畜っ!!! 鬼畜だってぇぇぇいひひひひひひひっ!! なひゃひゃ、なんでそんな評価ほしいのぉぉぉ」
 葵は少しだけ満足そうに、指先の動きを早めた。
「ぎゃははっはははっはははっ!!! だめっ!! だめっ!!! わかったっ!!! ぎひひひひひっ!!! ほんとにわかったからっ!!! にゃはっははあははっ!!! 一旦やめてぇぇ~~、いやっはっはっはっはっはっは!!!」

 葵が指をはなすと、凛はベッドの上で荒い息を立てた。
 葵は両手を膝の上において、ベッドの上、凛のすぐ傍で正座した。
「あ、葵さぁ……、蓮の真似して……、他人くすぐるの、楽しく、なってるでしょ?」
 凛が目を移すと、葵は目を輝かせて頷いた。
「あのさぁ……、私、蓮の指関係なく、くすぐられるの、弱いんだよね」
 凛の言葉に、葵は不思議そうな顔をした。
「……苦しいんだよね」
 葵はさらに不思議そうに眉を寄せた。
「『それがどうしたの? 練習に最適でしょう』って? ……あんた、本当に鬼か」
「鬼……」
「呟きながら、恍惚の表情を浮かべるなっ……て、葵?」
 葵は凛の足下に移動し、凛の右脚を持ち上げた。
「弱点、言う?」
「あ、葵、……やめる気は、ない? ほ、ほら、葵、練習なんかしなくても、充分くすぐるの上手いから……ね?」
 葵は眉を寄せ、凛の素足の足の裏に触れた。
「ひゃぁぁぁんっ!!? あ、葵っ!! やっ、ひゃっ!! も、もうしんどいって! は? ……『弱点言わせたら私の勝ち』?」

 葵はそっと壊れ物に触れるように、凛の素足を撫でた。
「きゃぁぁぁあっ、あはっ、ひゃはは、いひひっ、ちょっ、葵っ!! そ、ひひっひひ、そんな触り方っ、うひひっ、やめぇぇ」
 人差し指を、凛の足の指間に差し込む。
「んほほほほほっ!!! いやあぁぁぁ、葵っ!!! やめっ!! 葵ぃぃっひっひっひっひっひ」
 凛の左足がバタバタと宙を蹴る。
「くひひひひひひっ!! 葵っ!!! 足はっ!! 足はぁぁっ」
ハイアーチの白いギリシャ型の右足がひくひくと動く。
 左足は激しくベッドの上をのた打ち回る。
「かたい」
 葵は呟き、ぎゅっと指を縮こまらせた凛の足の裏、皺を指先で押し広げるようにくすぐった。
「ぐわっはっははっはは!!! いひひひひひ~~、葵ぃぃぃぃっ!!! そんなっ!!! ひひひひ、撫で方ぁぁぁあひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ」
「弱点、言う?」
「あひゃひゃっ!!! にぃぃぃぃっひっひっひっひっひっひ」
 凛は、両膝をガクガクと震わせ、左足の指でベッドのシーツを握り締めていた。
 葵は追い討ちをかけるように、凛の右足の裏を優しく撫でる。
「あぎゃぁぁぁぁはは~~っ、にゃははははははははっ!!!」
「弱点――」
「言うっ!!! 言うって!! きゃははっは!! だから、一旦やめっ!!! 足はやめてぇぇぇ!!! 蹴っちゃうっ!!! 葵っ!! ひひひひひひ、いひひっ!!! 葵を蹴っちゃうからぁぁぁっはっはっはっは~~っ」

 葵が凛の右脚をはなすと、凛はクンと膝を曲げ、右足の裏をかばうようにベッドにはりつけた。
 凛は「げほげほ」と大きく咳き込む。
「……あ、葵さぁ……、足くすぐるんなら……下半身も、ちゃんと、縛れよ……」
「縛って、いい?」
 葵は目を輝かせた。ベッドから降りると、机の引き出しから縄跳びを取り出す。
「いいいいいいやっ!!! 今のぼやきっ! ぼやいてごめんなさいっ!! 今回はっ!! 足縛るのは、勘弁してっ。そろそろ、体力、限界……」
 葵は肩を落とした。
「なんて残念そうな顔してんのよ……。葵、どうせ、私の弱点、言ったら、その……くすぐる気でしょう?」
「いいの?」
 葵は上目遣いで凛を見る。
「『いいの?』って……、どうせ嫌がったら嫌がったで無理矢理押さえつけてくすぐってくるんでしょうに……」
「当たり前」
「さらりと言うなよ……。……だから、ね? 今日のところは、私の弱点くすぐったら、勘弁して? 体力もたないから」
「早く弱点。どこ」
「そんなに、一刻も早く、くすぐりたいのか。そ、その……腰周り――わわわわわっ!!? 早い早い早いっ!!」
 凛の言葉と同時に、葵は凛にのしかかる。

「ちょっ!! 葵、ちょっとはまっ……うひひひぃぃんっ!!?」
 葵は凛の腰骨に両手を当てた。
「ひっ、ひっ、ひっ!? あ、ぁぁ葵っ!!! ちょっ、ひひひひ、タンマっ!!! せひひひ、せめてっあひゃっ、きひひひ」
 凛は目をぎゅっと閉じ、歯を食いしばる。

 葵は首をかしげた。
「まだ、手、動かしてない」
「あぁぁぁ葵っ、手が、ぃひひひひ、のってるっ、だけでっ、んくぅぅ~~~っくすぐったいんだってぇぇ、きひひひひひっ」
 葵はゆっくりと指先を微動させる。
「あひゃひゃひゃっ!!? タンマっ!! ひひひひひ、とめてぇ!! しゃべっ、うひひっひひひっ!! しゃべれないっぃひひひひ」
 凛は目に涙を浮かべる。

「せ、ひひひっひっひ、せめてっ!! 何分やるかっ!!! うっぃひひぃっひっひっひ、時間教えてぇぇぇひひひひひいひ」
「1時間?」
「しぃぃっひっひっひっひっ!!? 死ぬって!!! それっくひひひひひひ、殺す気っ!? あひひ、葵っ、私をっ、殺す気なのっ!!!?」
 葵は口の中で舌をもごもごさせた。
「ふひひひひっ!! 不服そうな顔すんなっ!! はひゃひゃっ、わひゃ、……わかった!! そ、くひひひ、そんなにくすぐりたいんなら、私がっ!!! いひひひっ!! 誰かっ、連れてきて、あげるからぁぁっ!!」
「誰か?」
「あひゃひゃひゃっ!? くすぐりたいんでしょうっ!? いひひひ、そ、それにっ、練習のためなら、私みたいにくひひひひっ!! 弱くなくてっ! 強い人の方がぁ、あはははっ!! 練習になるでしょうぅぃひひひひひひひ」
 凛の言葉に、葵は少し考えるように目を泳がせた。
「いひひひひひっ、だかっ! 私のはっ、これで終りにしぃぃ」
「8分」
 葵は一言呟くと、両手の指をもみもみと動かせ始めた。

「ぎゃははははははははははっ!!! あぉあぁぁぁっはっはっははっはははははっ!!! あおぃぃひいっひっひっひっひっひっひっひ、きつぅぃひっひっひっひっひっひ~~っ!!!」
 凛は上半身を左右にねじり、大笑いする。
「がはははははっ! 8分てぇぇぇへへっへっへっへへへ、なんで半端なぁぁっはっははっははっははっは」
「多い方が、いい?」
 葵は凛のノースリーブの裾から手を突っ込み、腰骨をもみほぐしながら言う。
「ぎゃっひゃっっひゃっはっはっはっ!!! もっと短くっ!!!! ぎゃっひひひひっひぇひえぇっ!!! じぬぅぅぅぅ!!! じぬぅぅぅぅひっひひっひっひっひっひ~~!!」
 凛は泡を吹いて笑いながら、叫ぶ。
「ほんどぃひひっひひひひひっ!! あおぃっひっひっひっひっひっ!!! 友達殺す気ぃぃぃ!!? あっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ~~っ!!!」

 凛が哀願するも、葵は凛の腰から脇腹辺りを散々弄び、きっちり8分経ってから凛を解放した。

「いひ、……ひひひ、くひっ……けほっ、けほっ」
ぐったりとベッドに横たわる凛は、全身汗だくで、肩で息をしていた。
 凛の様子をじっと見て、葵は口を開く。
「約束」
「ま、ひぃ……まって、葵……、ちょっと、ぎひ、や、休ませて」
 葵は、凛の投げ出された左足を掴んだ。凛の素足にそっと指を近づける。
「わ、やっ、やめっ!! 葵っ、……わかった。……わかったからっ! 2分っ! 2分したらっ、誰か、連れて――」
 葵は人差し指で、凛の足の裏をつつーっとなぞった。
「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!!! ひひゃひゃひゃっ!! わかったぁぁっ!!! すぐ動くからあぁぁぁっ!! きゃはっははっ、やめてぇぇぇ~~、いひひひひっ!!」
 凛は右足の指で葵のワンピースの裾をぎゅっと握り締めた。

 葵がくすぐる手を止めると、凛はすばやくベッドから下り、直立した。
「……ハァ、ハァ、これでいいでしょ……? 行ってくるから、腕、解いて」
 葵は、若干怪訝な表情をしながら、ゆっくりと凛の拘束を解く。
「……に、逃げないって。そんな顔しなくても……。5年10年の付き合いじゃないじゃんょ」
 ぼやきながら、凛は自身のジャケットを羽織った。

◆◆◆

 凛はサンダルを履いて、葵の家を出た。
「葵……、覚えてろよ」
 憎憎しげに呟いてから、凛は携帯電話を取り出す。
 葵のために、誰か生贄を用意しなければならない。
 まっさきに思い浮かんだのは凛と同じクラスの中村愛莉(なかむらあいり)だったが、休日にわざわざ電車を使って学校付近まで来てもらうのは気が引けた。
 この付近に住んでいて、ある程度事情のわかる人間といえば……。
 一瞬、山本美咲(やまもとみさき)の顔が頭に浮かぶが、凛はすぐさま打ち消した。葵のクラスのクソ嫌味な図書委員! こんな相談したら、絶対に、鼻で笑われる。
 となると、残りは……。

 一時間ほどして、凛は葵の家に戻った。
「おじゃましまぁす」
 凛が連れて来たのは、葵のクラスの女子学級委員長斉藤陽菜(さいとうはるな)だった。
 凛とは学級委員長同士もともと多少の交流があり、蓮と関わりを持ってからさらに親交が深くなった。
 陽菜はコットンの七分丈ブラウスに、茶系統のワンピースを重ね着していた。ポニーテールを束ねたリボンは白で、フリルがついている。なかなか清楚な可愛らしい私服なのだが、足元の高校指定白ハイソックスと黒っぽい色のスニーカーは若干浮いて見えた。
「悪いね、陽菜、休んでるところわざわざ来てもらって」
「気にしないで。うん。むしろ、葵ちゃんが練習したいって言うのは、良いことだと思うし」
「……陽菜、達観してんのね」
「そんな大層なものじゃないよ。私は、皆がくすぐり上手になれば、皆が幸せになれるかなって思うだけで……」
「……本妻の余裕ってやつか」
「ん?」
「いや、なんでも」
 凛は、少しだけ嫉妬心を露にしながら、陽菜を葵の部屋に案内した。

●●●

 部屋に入ると、葵はカーペットの上にアヒル座りをしたまま丸テーブルに突っ伏して寝息を立てていた。
 チャンス……っ! 凛は小さくガッツポーズをした。
「葵ちゃん、寝ちゃってるね。葵ちゃ――」
「待ちんしゃいっ」
 凛は、葵の身体を揺すろうとした陽菜を制止させた。

「やられっぱなしじゃ、癪だかんね」
 凛はジャケットをバサっと脱ぎ捨てると、葵の背後に胡坐を掻いた。
「あ、陽菜。葵の両手動かないようにもって」
「え? 凛ちゃん? 私、くすぐられに来たんじゃ……」
 おそるおそる言いながら、陽菜はテーブルを挟んで葵の反対側に腰を下ろした。
「いいんだよっ。散々私をくすぐって、人呼んで来いって行かせた癖にさぁっ! 自分は寝てるって、ひどすぎじゃね?」
「まぁ」
 陽菜は満更でもないような声を発し、テーブルにのった葵の両腕をおさえた。

「さぁて、いつまで寝ていられっかな~~?」
 凛は言うと、葵の両脇腹に両手の人差し指をそっと添えた。
「……っ」
 葵の寝息のリズムが少しだけ狂う。
 凛は人差し指をちょこちょこと動かしてみた。
「……ん、……っ」
 少しだけ葵の肩がぴくっと動く。
 葵のカーディガンの裾から両手を忍び込ませ、徐々に上へ上へと葵の体側に指を這わせていく。
「く……っ、んん、……っ、っ!!」
 葵の肘がガクッと震えたかと思うと、葵の目が開いた。
「斉藤、さん? ……り、凛?」
 葵は顔を起こし、陽菜と凛の顔を見て呟く。脇腹の刺激がそれほど効いていないのか、平然としている。

「あっれー? 葵なかなか起きねぇなぁ~~? もっと強くしてみないとダメかなー?」
 凛は明瞭な発音で言うと、葵の肋骨辺りを、人差し指で優しくつついた。
「んっ! ……く、……凛? ……んく、……っ?」
 葵はきょとんとしている。
 凛は、ごりっと、一瞬だけ葵の肋骨を指でほじってやった。
「ぃひゃんっ!!? ……ん、……り、凛?」
「なかなか起きないねー、そんなに強情ならー」
 凛は葵のカーディガンから両手を引き抜き、陽菜と目を合わせる。陽菜は微笑んでいる。
「許可を」
「やっちまえ」

 陽菜の号令で、凛は、葵のがら空きの両腋の下で指をわっしゃわっしゃと蠢かせはじめた。
「ぃひゃっ!!? いひゃははははははははっ!!! ひはは、り、凛~~~~っ!!! にっひっひっひっ!? にゅぃぃ~ひひひひひひひひひひっ!!!」
 葵は、髪の毛を振り乱して笑い出した。
「りんっ!!? りんっぃぃいっはっはっはっはっは、ぃぃひひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!!」
「葵が起きないのが悪いんだかんね~~? ちゃーんと、目が覚めるまで、しっかり笑わせてあげるから覚悟しな!」
「あぁぁっはっはっはっはははは、っ起きたっ!!! 凛っいひひひひひひ、起きたっ! 起きたのっ!!! 起きたのぉぉぉぉっひゃっひゃはははははははは~~っ!」

 凛は葵の腋の下を、がしがしと掘り進むようにくすぐる。
「にゃぁぁぁぁっはっはっはっははっは、凛~~~っひひひひひひっ!!! ひゃめぇぇ、いやぁぁぁっはっはっはっはっはっは~~っ!!」
「葵、蓮に開発されたおかげで敏感になったんじゃない? 昔は私がくすぐっても無反応だったくせに~~」
 凛は「ヒヒヒ」と笑いながら、指を弾くように動かす。
「あにゃっはっはっはっはっはっはっ!! いひゃぁぁぁぁっ、こちょこちょだめえぇぇ!!! いやぁぁっっはっはっはっははっはは」
 葵は足を崩し、テーブルの足を蹴って暴れる。
「葵ちゃん、テーブルひっくりかえると危ないよ」
 陽菜は冷静に葵を諭しながら、上から体重をかけ、葵の腕ごとテーブルを押さえつける。
「ぃぃぃっはっはっははっはっ!? しゃ、しゃいとぅしゃんっ!!! たすけっ、ひひっひっひひひっ!! やめっ、ひひひひ、はなしてよぉぉぉひゃひゃひゃひゃひゃひゃ~~っ!!」

「つーかさっ! 葵めっちゃ弱いじゃんっ! 私だって、きつかったんだかんね!」
「ぃひひひひひひっ、ごめっ、ひひひひひ、ごめんにゃしゃいぃぃっひっひっひっひっひ~~~っ!!!」
 葵は、しりを浮かせ、飛び跳ねるように笑い悶える。
「どうしよっかな~~? 許そっかな~~?」
 凛は指を葵の腋の下の窪みにぐりっと押入れ、ほじくるようにくすぐった。
「あぁぁぁぁひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっ!!! りんぅぅぅぅぅひひひひひひひひ、やめぇぇぇへっへっへっへっへっへへっへっ!!! 謝ったぁぁぁあぁ!!! 謝ったのぉぉぉいっへっへっへへへひひひひひっ!!」
「うーん。葵は、私が泣きながら懇願しても、全然やめてくれなかったしな~~」
「はひゃひゃひゃっ!? 8分っ!!! 8分にしたのぉぉぉぉっはっはっはっはっはっは!!」
「うわっ、私が代案出さなかったら1時間とか言ってたくせにぃっ。反省の色が全然見えんなぁ」
 凛は、葵の背中から腋までを往復させるようにくすぐる。
「いぃぃぃっはっはっははっははは、許してっ!!! ひひひひひひひ、許してぇぇぇぇっひっひっひっひっひっひ~~」

「葵ちゃんがこんなに笑うところ、二回目だけど、やっぱり新鮮に感じるよ」
 陽菜は葵を押さえつけながらしみじみ言う。
「へぇ、葵って、やっぱクラスでもずっと無口で無表情?」
 凛は葵をくすぐりまわしながら聞く。
「うん。クラスでの葵ちゃん知ってると、こんなに笑う様子なんて、全く想像つかないから」
「まー、ぶっちゃけ私も新鮮なんだけどねー。私もこないだ初めて、葵が声上げて笑うの見たし」
「へぇ」
「いっひっひっひっひっひっひ~~~っ、ゆりゃぁぁっ!? ゆりゅしてよぉぉぉっはっはっははっははは!! 反省したっ!!! いひゃひゃひゃ、反省したかぁらぁぁぁっはっはっはっはっ!!」
 凛と陽菜の雑談に挟まれた葵は、延々と悲痛な笑い声を上げ続けていた。

「じゃーさっ! 葵の弱点教えてくれる?」
 凛は葵の背中をマッサージするようにくすぐりながら言った。
「いはははっ、いひひひひひっ!! そ、凛っひひひひひ、やだぁあぁっはっはははっはははははっ~~!! 」
 葵はぶんぶんと首を左右に振る。
「な、ん、で、よぅっ!」
 凛は葵の腋の下の皮膚を服の上からきゅっとつまむようにくすぐる。
「だひゃぁぁっ!!? だって、ひはははははっ、言ったら、にっひっひっひ、そこぉぉっ!!! そこ、いーっひっひ! 凛っ、くすぐってくるぅぅぅぅぅひゃっひゃっひゃっひゃっ!!」
「さっき葵が言った言葉そのまま返してあげよっか? 『当たり前』~~っ」
 べっと舌を出す凛。
「でもっ! 私は、葵ほど鬼じゃないぜぇ~? 弱点教えてくれたら、そこ5分だけくすぐって終りにしたげる」
「5分っ!!? あひゃひゃひゃっ、凛の鬼ぃぃぃ~~~っひっひっひっひっひ~~っ!!」
「鬼って、1時間とかほざいた奴が何をっ! さぁっ! どうすんの!? 弱点言うの? 言わないのっ? 言わない気ならホントにこのまま1時間、全身くすぐりの刑にしてやんよっ!?」
 凛は、葵の脇腹に下ろした両手を激しく揉むように動かす。
「あひゃひゃひゃひゃひゃっうひゃぁぁっはっはっははっははっ!!! 言うっ!! 弱点言うっぅぅぅひひひひひひ……~~~っ」
 凛が一瞬手を緩めると、葵は歯を食いしばって荒い息を立てた。
「早く言え~~」
 再度、凛は激しく指を蠢かせた。
「あひゃぁぁっはっははっは、わひゃぁぁっ!? わかったのぉぉっ!! 足っ!! 足っ、足がダメぇぇえっへっへっへへ~~っ」

「陽菜ー、手ぇはなしてやってー」
 凛は手を止めた。陽菜が葵の腕を解放すると、葵はすぐさま腋を閉じ、凛の方を振り向いた。
「……凛の、いじわる」
「睡眠薬盛った奴が何言ってんの!」
「練習と、いじわる、違うの」
 葵が目に涙を浮かべて凛を睨む。
「こいっつ、全然反省してねーなー。……まぁそれが葵なんだけど。はいっ! 葵っ! 足出すのっ」
「ぅ~~っ」
 唸る葵。
「1時間コース行く?」
 凛の言葉に、葵は渋々両足をそろえて凛に差し出した。

 陽菜は二人の様子を、穏やかに微笑みながら見守っていた。

「いいっ? 葵? 足引っ込めちゃダメだかんね! 5分ぐらい我慢しなよ?」
 葵は、ぷくっと頬を膨らませた。
 凛は自身の胡坐の上に、葵の両足を揃えてのせた。
「陽菜ー、5分経ったら教えてよ~~?」
 陽菜は凛に親指を立てて見せた。

 凛はゆっくりと右手人差し指を、葵の右足の裏に這わせる。
「ひゅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!!」
 葵は前屈するように手を伸ばし、凛の右手首を掴んだ。
「葵、何やってんの?」
 葵は必死な表情で、首を左右に振る。
「やっぱり、ダメ」
 凛はため息をついた。
「1時間コース?」
「ぅぅぅぅ~~っ」

 葵がおそるおそるというように、そぉっと凛の右手をはなすと同時に、凛は葵の右足の裏をがりがりとひっかいた。
「ひひゃっ!!? きゃぁぁっはっはっはっはっ!!! ひゃひゃひゃひゃひゃっ!!! あぁぁぁぁぁぁぁあっ」
 葵は膝を震わせ、足を引っ込めたいのを堪えているようだった。
「葵、靴下越しでも弱いね~~」
 凛は、葵の右足の土踏まず辺りをカリカリとひっかく。
「きっひっひっひっひっひっ!!! 凛っあひゃぁぁっ!! ちょぅぅぅっ!!? いひひひひひひひひひひひひ~~っ」
 両手を上下左右に振り回す葵。凛の手を払いたい衝動と必死に戦っているようだ。

 凛は左手で葵の両足首を持ち、両足の裏をワシワシとくすぐる。
「にゃひゃぁぁぁっ、ひっひっひっひっひ! あかかっ!!! くわぁぁあぁ~っはっはっははっははっ!!! きゃっはっははっはっはっ!!!」
 葵の足の指が、ぎゅ~っと縮まるのがわかる。

 凛は、葵の右足から、アンクレットソックスを脱がし取った。
「ひゅいぃぃんっ!?」
 葵は、スクウェア型の偏平足をくねらせた。
「逃げんなよ~~?」
 凛は、葵の素足にかかとから上へ向けすぅーっと指を這わせた。
「ひぃぃぃっひひひひひひひっ!! いっぃぃっひぃぃぃぃぃんっ!!!」
 再び葵は前屈する。両手で宙を掻きむしり、凛の手を掴むのは堪えたようだ。
「葵偉いじゃん、そうそう、我慢我慢」
「くひひひぃぃいぃんっ、いぃっひっひっひっひっひっ」
 葵は身体を戻し、自身のワンピースの裾を両手でぎゅっと握り締め、歯を食いしばった。

 凛は、両手で葵の両足をくすぐる。
「あぁ~っはっははっははは、くわぁぁははっははははは、いぃぃぅぅぅぅぅぅっふふふはひひひひひひひひっ!!!」
 葵の右素足と、靴下を履いた左足がバタ足をするようにもがく。

「陽菜ー、あと何分ぐらいー?」
「1分ちょっとかなー」
「さんきゅ~~」
 凛は葵の左足のソックスのつま先に手をかけた。すると、葵は右足で凛の腕を押さえる。
「葵?」
「ダメ」
「往生際悪いって葵~~っ、ここまできたら、最後までやるに決まってんじゃん」
 凛は、笑いながら葵のソックスを引っ張る。
「ダメっ、ダメなのっ」
 葵は右足を凛の顔にぐいっと押し付けて抵抗した。
「こ、こらっ! 抵抗スンナっ」
 凛は葵の左足も素足にすると、身を翻し、葵の両足を揃えて左腋に挟むように抱えた。
「……凛。友達」
「なぁに、心理戦に持ち込もうとしてんのっ!! もともと葵がくすぐってきたんじゃん」
「あれは、練習ぅ」
「ふーん? じゃぁ、これも練習っ! なら文句ないっしょ?」
「ぃぅ……」
「はいはいっ! 後1分がんばるっ!」

 凛は、苦虫を噛み潰したような顔をする葵の足の裏をガリガリと勢いよく掻き毟った。
「いひゃひゃひゃひゃひゃっ!!! いやぁぁぁぁっはっはっはっはっ!!!」
 葵は奇声のような笑い声を上げた。
「あっぁぁぁぁっひゃっひゃっひゃっひゃ、はっはっはっはっ!!! 無理ぃぃぃ、無理無理無理ぃぃぃひひひひひひひひひひ~~っ!!!」
 両手を伸ばし、凛の服の裾に掴みかかる葵。
「こら葵っ!! 我慢しろって」
「いやぁぁっぁひゃひゃひゃひゃっ!!! うひひひひひひ、無理ぃぃぃぃっ!!! ダメぁぁっひゃひゃ!! ぃぃひっひっひっひっひ」
 葵は鼻水を垂らしながら、両手で凛の服を握り締める。
「あひゃひゃひゃあっ!! やめっ、ひひひひひひっひ、凛ぅぅぅぅぅっひっひっひっ!!! ばかばかぁぁぁっはっはっはっはっは」

 葵は前屈姿勢で凛の腰辺りにしがみつくと、
「ちょぉっ!? 葵っ!? 何やって――きゃははははははっ!!?」
 凛の脇腹をくすぐった。
「葵っ!! きゃはははっ、それっ!!! 反則だってぇぇっはっはっはっはっは」
 凛は咄嗟の攻撃に翻弄され、大きくバランスを崩し、葵の両足をはなしてしまう。
 葵は普段では考えられないような俊敏さで足を引っ込めると、凛をうつ伏せに押し倒して馬乗りになった。
「凛」
「『調子乗りすぎ』じゃないって!! もともと葵が悪いんじゃんっ!!? なんで、逆ギレしてんのっ!?」
「天誅」
 葵は両手を凛の腰に当てる。
「ぶはっ!!? て、天誅ってひひひひひひっ!!? だかぁっ、葵のせいだってだはははははははっ!!」
 葵は、両手をわきわきと動かし、凛の腰を揉み解し始めた。
「反省、する?」
「だかぁぁっはっはっはは、反省するのは葵の方だってぇぇぇっへっへっへへっへへへ~~っ!!!」

「あ、5分経った」
「陽菜あっぁあぁっはっはっはははっ!! 時間いいからぁぁっ!! たすけてぇぇぇっひゃっひゃっひゃっひゃ~~っ!!」
 凛は陽菜に向かって、両手を伸ばす。
 空いた腋に、葵は両手を差し込んだ。
「うへへっへへへへへっ!!! にょぉぉぉ~~っほっほっほっほっ!!! 直はっ!!! 直はきついってぇぇえっひゃっひゃっひゃっひゃっ!!!」

「ホント、二人とも仲良いなぁ」
 陽菜は穏やかな笑みを浮かべて、二人の様子を見守っていた。

◆◆◆

 10分後。
 葵に再度くすぐられた凛は、カーペットに四肢を投げ出してぐったりとしていた。
「ヘェ、ヘェ……葵、……あんた、ホントに……鬼か……」
「反省した?」
 葵は疲れた様子もなく、平然と聞く。
 凛が荒い息を立てて歯噛みしていると、葵は凛の傍らにアヒル座りをし、そっと手を伸ばす。
「あぁぁ、わっ!? わかったっ! ぐぅぅ……私が、悪ぅ、ございましたぁ……」

「新たな上下関係の成立である」

「妙なナレ入れんな……。陽菜、ところどころ小ネタ挟むのね」
 凛は、ゆっくりと手をつき、身体を起こす。
「……で、葵……練習、だけど」
「足りない?」
 葵は凛へ手を伸ばす。
「違う違う違うっ!! 私じゃないっ!! こ、この、息も絶え絶えの人間に、とどめを刺そうっての!? 陽菜よっ、陽菜っ!」

「あっ! ついに私の出番?」
 陽菜は嬉しそうな声を出した。
「……あぁ、交代頼むわ。なんか、陽菜、悪いね」
 凛は長く息を吐きながら、申し訳なさそうに顔を顰めた。
「ううん! 私、今まで佐藤くんにしかくすぐられたことないから、実は他の人にくすぐられるの、ちょっと楽しみなの」
 凛は動きを止めた。
「…………。ふぅん」
 一瞬間があり、凛は意味深に目を細めた。葵と目を合わせ、頷き合う。
「ベッド」
 葵は何の抑揚も込めず、ベッドを指差した。
「え? うん? 横になればいいのかな?」
 陽菜は何の迷いもなく、葵のベッドに仰向けに寝そべった。

●●●

 凛が縄跳びを持ち出し、陽菜の手首に巻きつける。
「え? 縛るの?」
「あれ、縛るって言ってなかった? でも、陽菜なら大丈夫っしょ?」
「あ、凛ちゃん? 私、別にくすぐりに強いわけじゃないから、その辺は――」
「葵。手加減無しでやっちゃいな」
 凛が陽菜を万歳の状態でベッドに縛り付けると、葵はよじよじと陽菜の腰辺りに跨って座った。葵は両手をワキっと動かし、陽菜を睨んだ。
「え? 凛ちゃん、葵ちゃん? どうしたの? なんか急に風当たりがおかしくなってない?」
 陽菜は二人の顔を見比べた。
「陽菜。あんた、失言しちゃったんだなぁ~~」
 凛は陽菜のオデコをつつきながら笑みを浮かべた。
「へっ?」
「さっき、陽菜『佐藤くんにしかくすぐられたことない』って言ったじゃん? それって結局、陽菜が蓮に最初に選ばれたからだよね」
 凛は陽菜を見下ろして言う。
「えっと……そ、そう、だけ、ど?」
 陽菜は何が何だかまったくわからないようで、キョトンとする。
「あ~~、陽菜みたいな博愛主義者には理解できないかなぁ。……陽菜、一番に選ばれたって羨ましいんだよっ!!」
「え、えぇぇぇ~~っ!!? ……だ、でも、私はただ偶然、佐藤くんのクラスの女子学級委員だっただけで――」
「だからだよっ!」
 陽菜の言い訳に凛は被せた。
「偶然」
 葵が呟いた。
「『偶然だからこそ、余計に妬ましい』ってさ!」
 凛は葵の意図を訳し、ニヤリと笑う。
「皆さぁ、腹のうちじゃ、陽菜に嫉妬してんだぜ? こちとらせっかく腹の中で割り切ってんのにさぁ、あんたはさっきの発言で、私らの嫉妬心に火をつけちまったのさっ!」
「そ、そんなぁ……、って、凛ちゃん、なんかドラマでも見たの?」
「つーわけでっ! 私らっ、『他の人にくすぐられるの、ちょっと楽しみ』な陽菜の身体で、こっちの気が済むまで、た~っぷりくすぐり練習させてもらうかんね~~」

「ちょちょっ!! ちょっと待って!」
 陽菜の必死の懇願を無視して、凛は陽菜の両腋、葵は陽菜のお腹に指をつきたて、わしゃわしゃと激しく動かし始めた。
「やぁぁぁぁっはっはっはっはっ!! ちょっと待っあぁぁっはっはっはっ、なやぁぁ~~ひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!!!」

「どーよ? 率先して練習台になってくれた陽菜さぁん? 蓮と比べてウチらの技術は?」
 凛は陽菜の腋を掻き毟りながら、陽菜の顔を見下ろす。
「あぁぁぁっはっはっははっ!!! きひひひひぃぃ、上手いよぉぉぉ!! 上手いから一旦やめてぇぇぇひゃひゃひゃひゃ」
「なんだよっ、そのいい加減な感想!? 蓮に比べて上手いわけないじゃんよっ! もっと具体的に説明して、きちんと指導してくれないと、練習にならんじゃんっ! ねぇ、葵」
 葵はこくこく頷きながら、親指で陽菜のお腹の上に円を描くように撫でる。

「きゃぁぁっはっははっはっ!!! そんにゃぁぁぁははははっはっ、わかんないよぉ~~~っ!!! きっひっひ~~っ」
「蓮にあんだけくすぐってもらってて、わかんないわけないじゃんよっ」
「ホントにぃぃぃっひっひっひっひっ!! ホントに二人ともくすぐったいのぉぉぉっ!! きゃっはっは」
「陽菜、あんたが個人的にこっそり蓮の家行って、くすぐってもらってんの、皆知ってんだかんねっ!!」
 凛は、陽菜の腋から指を這わせ、乳房の外側の付け根あたりをぐりぐりとえぐった。
「あひゃひゃひゃひゃひゃっ!!? そこぉぉぉぉっ!! きゅひゅひゅひひひひひひひひひっ!!!」
 首を左右に振り、涙を撒き散らして笑う陽菜。足が宙を蹴る。
「あ~、ここがツボってやつね~~?」

「凛」
 葵が凛を呼ぶ。凛は葵を一瞥して、コンタクトを完了した。
「はい、葵の提案。陽菜、笑いながらでいいからちゃんと聞きな~~」
「きゃはっはははっはははは、あぁぁっはっはは、止めてよぉぉぉ~~くゎっはっは!」
「『どこをどうされてどうくすぐったいのか、笑いながらちゃんと説明できたら、次の場所にいってあげる』ってさ。やめて欲しかったら、身体にされてること口に出して説明しろってことね。うん。具体的に説明してくれると、練習する方も勉強になるし、葵ナイス」
「いひひひひひっ!!? そんなぁぁっ!!? やっはっはっはっ、きつすぎるよぉぉっひゃっひゃっひゃっひゃ!!!」

「はいっ陽菜! ここがどんな風にくすぐったいか、きちんと説明する!」
「きぃぃぃぃっひっひっひっひっ、せっ、説明ってぇぇっひゃっひゃっはっはっはっは~~っ!!?」

 葵が凛に目を向けた。
「ほらっ、葵も『早く』って言ってるから! はい、どうぞ! 私の指に意識集中させてっ」
「きゃはぁっはっはっはっははっ!! ひひひ、あぁぁぁぐりぐりぃぃぃひひひひ、ぐりぐりされるとぉぉっ!! 身体中にびりびりってぇぇぇっへへっへっへ!!? しゃひゃひゃ、喋れないよぉぉぉひゃひゃひゃひゃひゃっ!!!」
 陽菜は身を捩って大笑いする。
「ぐりぐり、びりびり、じゃわからん! ちゃんと、何がどこにどう当たって、どんな感触がするのか、ちゃんと説明する!」
「ひっぃっひっひっひひっ!!? ひどいぃぃっひっひっひっひっ!! ……凛ちゃんのぉぉ、ゆひひひひひひひっ!! 指ぃいぃっひっひっひっひっ!! 言えないっ!! 言えないってぇぇぇぇうひひひひっ!!」

 陽菜の顔は真っ赤、口元には涎の線ができていた。
「ほらほら、陽菜、早く言わないと、体力もたないよー?」
「くゎっはっはっはは、……りひひひひ、凛ちゃんのぉ、指ぃぃっひっひっひ、親指がぁぁっははっは!!! むぅふふふふ、胸の、付け根にぃぃっひっひっひ、ぐりぐり、いじられて……っ!! くかぁぁっ、いひひひ、ごりごりぃぃ、痛いようなっ、無理矢理ひひひ、笑いが、引っ張り出されるようにひひひひ、くしゅ、くすぐったいっ!!! ……ぐぶっ!? ぶひゃはははははははははっ!!!」
 陽菜は言い切ると、決壊したように笑い出した。

「おっ、言えたじゃんっ!」
 凛は陽菜の腋から両手を離した。
「次はどこいこっかな~~?」

「きゃはっ、はははは、あはは、……あ、あ、あ葵ちゃん!!? 私言ったっ!! 言ったから、お腹やめてぇぇ」
 陽菜が首を持ち上げると、葵は首をかしげた。
「『部位ごとにちゃんと説明しないと、やめない』って」
 凛が翻訳してやる。
「ひひひひ、そんなっ! お腹ぁぁ……、葵ちゃんにお腹を撫でられるのは、くすぐったい! ひひひ、これで、いい?」
「続行」
「はいぃぃひっひっひっひ!!?」
「『限界じゃないのに、説明したら続行』だってさ。……なるほど、陽菜が息も絶え絶えに必死に説明してくるようになるまで、くすぐり方を工夫していけば、練習の成果ありってことか! ツボ探しや、指使い、コツを掴む練習にもなるわけね~~」
 陽菜の足下に移動した凛が、感心しながら葵の言葉を翻訳した。
「そんにゃぁぁひひひひ、ひどっ、ひどすぎないっ!!?」
「妥当」
「『嫉妬の憂さ晴らしを兼ねているから妥当』だそぅでぇ~す。葵……ホント、鬼だな。……異存ないけど」

「ひどっ!!? ひどぃよぉぉっあぁ~っはっはっはっはっは~~っ!! ……ひぎゃぁぁっ!!? いひゃはははははっ!!? そこだめぇぇへへへへへへへへやめてぇぇぇひゃひゃひゃひゃひゃっ!!!」
「お、葵、そこツボみたいじゃん」
 陽菜はボロボロと涙を流し、足をバタつかせて笑う。
「言語化」
「ひぃぃぃっひっひっひっひっ!!! あぁっあぅっ、人差しっ! 人差し指でぇぇっ!! わひゃひゃっ! 脇腹をぉぉぉひひひっひい、こりこりされると、きついのぉぉひゃひゃひゃっ!!!! 早くぅぅぅっ!! 早くやめてぇえぇっへっへっへっ!!」
「不十分。やり直し」
「うへぇぇぇ!!? ひぃぃぃっひっひ、ちゃんと言ったのにぃぃぃっひゃっひゃっひゃっひゃ」

「『部位を的確に、どのようにくすぐったいのか、省略せずに述べよ』って……葵、きっつ~~。陽菜っ! がんばっ!!」
「あぁぁ~っはっはっは、ほねがいぃぃヒヒヒ!! 許してぇぇひゃひゃっ! わきぃぃっ、脇腹、ちょうど真横ぉぉ!! 真横の中心部分ぅぅっひひひひひっ!! 走ったら痛くなるとこぉぉぉっはっはっはっはっはっ!!! こりこりやめぇぇぇっへへっへっへ!!!」
 葵は指の動きを一向に緩めようとしない。
「にゃぁぁっはっははっはっはは、ほねがいぃぃっひっひっひ、お腹ぁぁぁあぁはっはっはは!!!! お腹よじれるぅぅぅっひっひっひっひっひ~~っ!!」
「次」
 葵は満足したのか、手を止め、腰を浮かせた。

「ひぃぃぃ……、も、もう、ひゃめぇぇ~~」
「これからじゃんよぉ!」
 凛は、陽菜の右足を左腋に抱え、ハイソックスを脱がし取った。ギリシャ型の偏平足が露になる。
「陽菜の足の裏は、どうくすぐるのが、きっくのかっなぁ~~?」
 凛は人差し指で、陽菜の素足をほじくった。
「あひゃひゃひゃひゃっ!! 足は全体弱いってぇぇぇぇぇひひひひひひひひっ!! ひゃめぇぇぇへっへっへっへっへ」
「はいっ、やめて欲しかったら、説明、どぞ!」
「あひゃひゃひゃっ、あしぃひひひ、真ん中のくぼみを指でぇぇへっへっへっへ、ひっかかれるとぉぉうひひひっ!! だっ――ひぎゃぁぁぁっ!!!? あっぁぁっひゃっひゃっひゃっひゃっ!! 葵ちゃっ!!? ぎゃぁぁっはっはっはははっ!?」

 凛が見ると、葵は陽菜のワンピースの裾から両腕を突っ込み、太ももをくすぐっているようだった。
「ふぅん、陽菜、葵の方がくすぐったいんだ? だったらそっち先やめてもらえば~~? こっちはその間に、足の裏でもっとくすぐったいところ、探しておくからさぁ」
「あぁぁぁっはっはっはっはっはっ!!! どっちもぉぉっ!! どっちもくすぐたいのぉぉぉひゃひゃひゃひゃひゃっ!! あひゃぁぁぁっ!!? それだめぇぇきゃっはっはっはっは~~っ!!!」
「ほ~ら、早く葵にやめてもらわないと、こっちももっときっついところ、見つけちゃうぜぇ?」
 凛はニヤニヤしながら、陽菜の足の裏を弄んだ。

「わひゃぁぁっ!!? あ、ぁぁ、葵ちゃんっ!! 内股のぉぉぉっほっほっほ、脚ぃぃぃぃっひっひっひ、付け根ぁぁあはっはっはっはっは、ごりごりするのやめぇぇぇっへっへっへっへ」
「やり直し」
 葵は冷淡に宣告する。
「いやぁぁぁっはっはっははっはっははっ!? きびしぃよぉぉぉひゃはひゃっ、基準ぅぅぅぅぅうっ、基準教えてよぉぉぉっはっはっははっ!!」
 陽菜の開きっぱなしの口から、つばが飛び散る。
「ぎっ、ちゅけぇぇっつけ根のぉ、腰骨のすぐ下――だひゃぁぁっ!!!? ぎゃっはっはっははっはっ!!!? 凛ちゃぁぁぁぁんっ!!?」
「おっ! 今度はこっち!?」
 陽菜の右足をいじっていた凛が反応する。
「さぁどうする陽菜っ? 私の方が、若干判定ゆるいかもよ~~?」
 凛は人差し指を、陽菜の足の小指と薬指の間にねじこみ、ぐりぐり回転させていた。
「あひゃひゃ、たすけてぇぇぇっへっへっへっ!!! たすけてぇぇぇぇひひひひひひひ~~っ」

 陽菜にとって絶対不利な条件の、一方的なくすぐり練習会は、2時間近く続いた。
 解放されてもしばらく、陽菜は立ち上がることさえできなかった。

◆◆◆

「う~ん。くすぐり上手くなる方法かぁ」
 夕焼けの照らす帰り道、陽菜は凛と肩を並べて歩きながら、人差し指を口元に当て、考えるしぐさをとった。
 身長差があるので、凛がやや陽菜の顔を見上げる姿勢をとる。
「そ、できれば、強くなる方法も知りたいんだけど……つーか、陽菜、怒ってないの?」
「強くなる……、ふぇっ? なんで? 全然怒ってないよ?」
「あんなにくすぐったのに」
「えっ?」
 陽菜は再び「うーん」と考える仕草をとった。
「じゃあ、凛ちゃんはくすぐられるの、嫌なの?」
「うわ……ど直球だなぁ」
 凛は頭を掻いた。
「……嫌、というか、まぁ……嫌じゃないけど、なんか、蓮以外の奴にくすぐられると、なんか負けた気がして悔しいんだよなぁ。特に葵なんか、付き合い長いだけに、負けたくないって言うか……」
「へぇ……、あんま私にはわかんない感覚かも」
「聖人君子か!? まー、陽菜が私らのくすぐりを全面的に受け入れてくれんのは、ホントありがたいんだけどさ」

 …………。
 凛の家の前に到着すると、陽菜が「あっ」と思い出したような声を出した。
「凛ちゃん、くすぐり上手くなりたいんだったら、美咲ちゃんに相談するといいかも!」
「みさ……げげっ!? 図書委員!?」
 凛は顔を引きつらせた。
「うん。多分私よりはくすぐるの上手だし、的確に指示してくれると思うよ」
「あぁ、図書委員かぁー。あぁー」
「嫌?」
「いやなんていうか、苦手なんだよなぁ。マジで私のことバカにしてくるし! しかもな~んか理にかなってるから余計腹立つんだよなぁ」
「へぇ。……じゃぁ、明日、私から話つけとくね」
 陽菜はニッコリ微笑むと、手を振って身を翻した。
「よろ~~……って、はぁぁぁっ!!? なんで!? 流れ違くないっ!!?」
 凛は、ガッと陽菜の腕を掴む。
「うん? だって凛ちゃん、くすぐり上手くなりたいんでしょ?」
「そりゃそうだけど……っ」
 陽菜は微笑みながら、目を伏す凛を見つめた。
「美咲ちゃんの個人レッスンで、葵ちゃんに差をつけろ! がんばれ凛ちゃん!」
 陽菜はぐっと凛の手を握る。
「……お、おぅ?」
「決まりねっ! じゃぁ、また明日、学校で!」

 颯爽と走り去って行く陽菜を見送りながら、凛は首をかしげた。
「そんなに、私と図書委員をからませたいのかよ……」

(完)


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(ここから作者コメント)

 こんばんは。ertです。
 "わんだりあ"の管理人であられるDaria様よりいただいた絵をご紹介いたします。
凛(ダリア様より頂戴)
 凛!
 八重歯かわいい。
 ブレザーの前ボタン全開にしているところとか、ネクタイがだらしなくゆるめて開襟シャツみたいにしているところとか、凛らしくて本当に感涙。
 2012年というともう2年前になるのですね……。
 イラストをいただいたのが8月。まだジャーナル部編を書き始める前のことでした。今思うと、凛の準レギュラー化にかなり影響を及ぼしたのではないかと。まことにありがとうございました。
 このお話は、このイラストを表紙として紹介させていただいた際のものです。ぜひとも、凛メインの話で使わせていただきたかった。