教室に戻った。
 机に座った生徒の目の前に顔を近づけても、やっぱり誰も気付かない。
 勉強中の女子の顔に、ふーっと息を吹きかけてみた。
「ふぇっ!? ……えっ!?」
 きょとんとしてキョロキョロあたりを見回す反応は、やっぱり傍から見ていて面白かった。
 そうこうするうちに杉山さんが教室にもどってきた。少し顔が赤い。さっそく仲の良い女子に「急に体がくすぐったくなって……」などと恥ずかしそうに話し始めた。
 チャイムが鳴った。
 数学の老教師が入ってくると、ボクがいないにもかかわらず、通常通り五限目の授業が開始された。
 薄情なクラスだ。
 誰かにイタズラしてやろうと思った。
 一番後ろの席でまじめにノートを取っている女子生徒がいる。
 中西(なかにし)さんだ。
 とても賢くて、このあいだの校内模試の学年順位も一桁だったはずだ。おとなしい感じの子で、あんまり人と和気藹々と群れているところは見たことがない。
 横顔を見ると、とても真剣そうだ。
 午後一発目の授業ということもあってクラスの大半は寝ているのに、きちんと先生の話を聞いてノートを取っている。
 そんなに肩に力を入れていると疲れるんじゃないかと、心配になってくる。

 ちょっと、ほぐしてあげようか。

 ボクは、中西さんの椅子の後ろにしゃがみ、そっと脇腹に両手を添えた。

「ひゃっ……!?」

 突然の刺激に驚いたのか、中西さんが軽く悲鳴を上げた。
 クラスのみんなが一斉に振り返る。
「中西、どうした?」
 先生が怪訝そうに聞く。
「な、なんでもありません」
 中西さんは恥ずかしそうに答えた。
 授業が再開されても、中西さんは自分の脇腹を見たり触ったり、さっきの刺激が気になるようだ。
 首を傾げながら、再び黒板に向き直る中西さん。

 ボクはすかさず、再び中西さんの脇腹へ手を当てた。

「……っ!!!」

 途端に、中西さんの体がびくんと震えた。
 でも、声を出すのはこらえた。
 キョロキョロと首を回し、ボクの方を確かに見たが、やはりボクの存在はわからないようだ。

 ボクは指をゆっくりと、動かし始める。

「……っ、っ、~~~っ!!」

 中西さんはくねくねと体をよじりながらも、前を向いている。
 ボクは調子に乗って、くすぐりを強めた。

「……っ~~~~っ!!!」

 その瞬間、中西さんにボクの手首が掴まれた。
 咄嗟にひっこめる。
 なんとか振り切った。
 中西さんは脇をきゅっとしめて、怪訝そうな顔で後ろを振り返ってくる。
 ボクの姿は見えないようだが、ひやりとする。

 すっかり警戒されてしまったらしく、中西さんはときどき警戒するような目つきを後ろへよこしながら、脇をしっかりとしめて授業に臨んでいる。

 上半身はだめだ。
 しかたがないので、ボクは、中西さんの手の届かない足を狙うことにした。
 腹ばいに寝そべって、匍匐前進するように中西さんの椅子の下へ入り込んだ。

 目の前に、中西さんの白いソックスに包まれたふくらはぎが二本見えた。
 少しつま先立ちのようになっている。
 ボクは、その足首を掴んで、上履きを脱がした。

「っ!!?」

 中西さんも足元の異変に気付いたようだが、授業中なのであまり大きな動きは起こさなかった。
 蹴られると痛いので、両足とも上履きは脱がしておく。
 上履きを脱がされて、白いソックスに包まれた足をくねらせる中西さん。
 不安そうに両足をすりあわせている。

 ボクはその左足を掴んで、こちょこちょ足の裏をくすぐった。

「んぶっ――!!!!」

 がたんと机が鳴った。
 中西さんが机に突っ伏したらしい。
 再びクラスの注目を浴びる。
「中西、気分でも悪いのか?」
 先生の声。
「く……、ふ、な、なんでも、……ひ、ありましぇん」
 中西さんの声が裏返って変になっている。
 ボクの目の前では、ボクの指に翻弄される中西さんの足がクネクネとくすぐったそうによじれている。
 明らかに中西さんの様子がおかしいにもかかわらず、授業は再開される。
 ボクにとっては好都合だ。

 ボクは人差し指を立てて、中西さんの足の指の付け根辺りをくすぐってみた。

「んぶっ……っ、っ!!! っ、~~~~!!!」

 机がカタカタと揺れている。
 首を横にずらして中西さんの表情を確認すると、真っ赤な顔で唇を噛んでいた。
 肘を机に立てて、ふるふると肩を震わせている。

 我慢顔が可愛いので、ボクはさらに、土踏まずから踵にかけてくるくると円を描くようにくすぐった。

「~~っ!! ~~っ、~~~~!! っ、っ、~~~っ!!」

 かなりきつそうだ。
 中西さんは息を荒らげながら、自分のシャーペンを噛んで、笑い出すのをこらえている。
 完全にうつむいてしまっているため、もはや授業などまったく聞いていない。

 ボクはとどめに、中西さんのソックスを脱がし取り素足にして、足の指をつかみ上げてガリガリ貪るようにくすぐった。

「ぶひゅっ!!!? ――ふひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!!? だぁぁぁあ~~っはっははっはっはっはっはっはっはは~~!!!?」

 中西さんはついに耐えきれなくなったのか、机を叩きながら笑い始めた。
 クラス中が唖然としている。

「だひゃひゃひゃひゃひゃひゃいやぁぁぁぁ~~くすぐったいぃぃっひひっひひひひひひひひひひ!!!? なんでぇぇぇひゃっひゃっひゃぁぁ~~!!?」

 ボクは中西さんの足の指と指の間にも、くすぐる指を突っ込み、ひとつひとつほじっていった。

「あだぁぁぁっははっっはっははっはっは嫌ぁぁぁあひゃひゃひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ~~!!?」

 クラスのみんなにとっては、普段おとなしくまじめな優等生が、授業中いきなり馬鹿笑いを始めたのだ。
 おそらく狂ったようにしか見えないだろう。

「やめてぇぇぇやめてぇぇぇぇいやぁぁぁぁっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ~~!!」

 たががはずれてしまったのか甲高い声で笑い続ける中西さん。
 その目には涙が浮かんでいる。

「あひゃひゃひゃひゃ!!? いぃぃ――!!!!?」

 笑い、暴れすぎて、椅子がバタンと後ろにずっこけた。
 ボクは間一髪で転がり避けた。

「あひ……へっ……?」

 床に転がった中西さんは、きょとんとした表情を浮かべた。
 クラスのみんなに見下ろされて、顔を真っ赤にして起き上がり、服の乱れを整える。
「ご、……ごめんなさぃ……」
 しょぼんとうなだれる中西さんは、大笑いする姿を見られて恥ずかしくなったのか下を向いてしまった。
「中西、保健室いくか?」
 先生の親切な言葉に頷くと、中西さんは片足だけ素足のまま、散らばっていたソックスと上履きを拾い上げ、顔を隠すように走って教室を出て行った。
 個人的には一度も話したことがなかったけれど、中西さんは笑い顔も泣き顔もすごく可愛かった。


(完)


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(ここから作者コメント)

 こんばんは。ertです。
 もしかしなくても続きました。打ち止めです。
 透明人間は夢が広がります。