「何やってるの?」

 8月1日の午後、凪紗(なぎさ)が友人の芽依(めい)の家を訪れると、同級生の朱莉(あかり)と萌々香(ももか)がいた。
 凪紗は小学6年生で、夏休み真っ最中。
 今朝、夏休みの宿題が完了したばかりだった。
 宿題を手伝って欲しいと芽依に呼ばれたため、凪紗は勉強道具を持参してやってきたのだが、部屋に入ってみると芽依たちが勉強をしている様には見えなかった。

「きゃぁ~~っはっはっはっは! やめてぇ~~っはっはっはっは」
 
 ベッドの上で仰向けになった芽依の体を、朱莉と萌々香がくすぐっていた。
 芽依はTシャツにデニムショートパンツ姿で、両腕を揃えて伸ばした肘の上に朱莉、両脚をまっすぐ揃えて伸ばした膝の上に萌々香が乗って、Iの字で押さえつけられていた。
 朱莉は芽依の腋の下を、萌々香は芽依の脇腹をこちょこちょとくすぐっている。

「いやぁぁっはっははっはっはっ!! 苦しいぃぃっひっひっひっひ、やぁぁあはっはっははっはっ!!」

 芽依は、おさげにした髪の毛を振り乱して大笑いしていた。普段教室ではあまり大声で笑わないタイプの子なので、凪紗には少し新鮮に感じられた。
 ドアの前に立った凪紗へ向けられた芽依の素足がくねくねと暴れている。
「あ、凪紗いらっしゃい」
 朱莉が芽依の腋を指で弾きながら、顔を上げて言った。左耳の後ろでサイドテールを作ったいつもの髪型で、腰に大きなリボンの付いたワンピースを着ている。
「ちょっと待ってて。萌々香、あと何秒?」
「十秒ー」
 朱莉に聞かれ、セミロングの髪の毛をストレートに伸ばした萌々香が芽依の脇腹を揉み解しながら答えた。萌々香はポロシャツの上にサロペットデニムパンツを履いており、ロールアップされた裾から白い太ももが伸びている。
「ああぁっぁっはっはっははっ!!! もうやめっ!! ひやぁぁはははははははははっ!!」
 芽依は首を振って暴れる。
「ほら芽依っ! あとちょっとだからがんばって」
「……3、2、1、ぜろー!」
 萌々香の合図で、朱莉と萌々香は同時に指を離した。
「げほ、……ごほっ」
 芽依は放心したような表情で咳き込んだ。
「どうー? 芽依ちゃん」
「……はぁ、し、死ぬかと思った」
 萌々香が聞くと、芽依は答えた。萌々香は芽依の膝から下り、何やらノートに書き記し始めた。
「えー、芽依。まだまだ余裕ありそうだったじゃん」
 朱莉はけらけらと笑い、芽依の肘の上に乗せた脚をどける。
「……ま、まぁ……、い、いけなくは、ない、かな?」
 芽依は息を切らして言った。
 くすぐったさの余韻があるのか、軽く腋の下を触って、感覚を思い出しているようだ。
「あのさぁ……」
 放置プレイにげんなりした凪紗が口を開く。
「あ、凪紗ごめん。忘れてた」
「凪紗ちゃん。やっほー」
「……な、凪紗、ちゃん。いらっしゃい」
 朱莉、萌々香、芽依のそれぞれが凪紗へ目をやる。
「これ、自由研究」
 凪紗が怪訝な表情を浮かべていると、朱莉が言った。
「自由研究?」
「そ、人間はくすぐりにどれだけ耐えられるか、実験。3人で共同でやってるの。凪紗もやる?」
 朱莉は期待を込めた眼差しを凪紗へ向ける。
 凪紗はため息をついた。
「やんない。私はもう終わったし」
「えー、凪紗ちゃんやらないの? やろうよー。楽しいよ」
 萌々香が便乗して勧誘する。
「いや、だから私はもう自由研究終わったんだって。やる意味わかんないし」
「なんて研究ー?」
「『昆布が海の中でダシが出ないのなんでだろう』」
「つまんな!」
「余計なお世話よ!」
 朱莉、萌々香はその後もしつこく誘ってきたが、凪紗は断り続けた。
「だから! もう私は自由研究終わったの! それになんか、ちょっと内容がくだらないし……。今日は芽依ちゃんの勉強教えるって来ただけだから。ねぇ、芽依ちゃん、勉強しよ?」
 すると芽依は、
「あ、や……その、今はデータ集めてる途中だから、……後で」
「もう! 芽依ちゃんまで!」
 凪紗は呆れて肩を落とした。芽依は続けて、
「凪紗ちゃん……協力してくれるだけも、駄目?」
 凪紗は眉を寄せた。
「そうそう! あたし達3人だけのデータじゃ足りないからさ!」
「絶対楽しいよー、やろうよ、凪紗ちゃん」
 芽依の言葉に便乗して、朱莉と萌々香が目をきらきらと輝かせて言った。
「協力って……私がくすぐられろって言うの?」
「うん!」
 朱莉、萌々香、芽依の3人が揃って頷く。
「絶対ヤダ」
 凪紗は冷たく言い放つと、
「芽依ちゃん。プレステやってていい? 終わったら声かけてよ」
 芽依たちに背を向けて、部屋に設置されたテレビ前のソファの右端に腰を下ろした。凪紗が芽依の家でゲームをする時の特等席だった。
「……あ、うん」
 芽依は、少しがっかりしたように言った。
「ちぇー、凪紗ちゃんは真面目なんだよねー」
「もうあたしらだけで楽しんじゃお」
 萌々香と朱莉がぶーたれた。
「さ、次は萌々香の番でしょ! 3分30秒」
「うわー、キツそー」
 凪紗は背後で朱莉と萌々香がはしゃぐのを聞ききながら、ゲーム機のスイッチを入れる。
「そういえば、凪紗ちゃん、……なんでウチ来るとき、いっつも靴下、履いてるの?」
「えっ?」
 突然の芽依の質問に、凪紗は思わず振り返り聞き返してしまった。
「暑くない?」
 芽依の言葉に、萌々香と朱莉も凪紗へ視線を向ける。
「あ、ほんとだー。凪紗ちゃん暑ーい」
「凪紗、脱いじゃいなよ」
 よくよく見ると、夏真っ盛りであるためか、芽依、萌々香、朱莉は3人とも素足である。
 凪紗は外はねのミディアムヘアで、セーラー風マリンTシャツにキュロット、クルーソックスを履いていた。
「あ、いや……別に暑くないし」
 凪紗はそれだけ言うと、テレビ画面へ視線を戻した。
 朱莉たちは「ふーん」とたいして気に留めない様子で、すぐに自由研究の話を再開した。
 凪紗は少しどきりとした。
 小さい頃から母親に「お友達の家に行くときはきちんと靴下を履いていきなさい」と教わり、それを当然のこととしてしつけられた凪紗にとっては、人前で靴下を脱いで素足になるなんてたまらなく恥ずかしいことのように感じられるのであった。

●●●

 朱莉、萌々香、芽依たちの自由研究という名のくすぐり合いが始まってからというもの、凪紗は後ろから聞こえてくる笑い声が気になってゲームになかなか集中できないでいた。

「きぃぃっひっひっひっひ、ホントにキツいぃぃ~~っははっはっはっはっは!! ホント……っ、ホントにやめてぇぇ~~」

 萌々香が大声で笑っている。
 普段のんびりと話す萌々香が、激しく息を切らして言葉をつなぐのは新鮮で、凪紗の好奇心をくすぐった。
 凪紗はちらちらと後ろを盗み見る。
「ほらほら萌々香。あと1分あるからがんばんなって!」
 朱莉は芽依をくすぐっていたときと同じように、ベッドの上で万歳をして仰向けになった萌々香の両腕の上にのって、萌々香の腋の下をくすぐっていた。

「あぁぁぁ~~っはっはっはっはっはっ!!! もう無理っ!! もう無理だからぁぁあはははははははははっ」

 萌々香は目に涙を浮かべ、ぶんぶんと綺麗なストレートの髪の毛を振り乱して笑っている。
 芽依は、まっすぐに揃えて伸ばされた萌々香の脛あたりに足側を向いてアヒル座りをして、萌々香の両足の裏をくすぐっている。

「いやぁぁっはっはっはっははっ、お願いぃぃっひっひっひっひ!! めーちゃん助けてぇぇぇっはっはっはっはっは~~!!」

 萌々香の素足は、くすぐったそうにくねくねと動く。それを芽依が鉤爪のように曲げた人差し指で追いかけるようにくすぐっている。
「うわぁ……」
 あまりにくすぐったそうで、凪紗は声を漏らした。凪紗の声は、萌々香の笑い声にかき消され、朱莉と芽依には聞こえていないようだ。2人とも、「くすぐり」にとりつかれたかのように、一心不乱に萌々香をくすぐり続けていた。

 しばらくして萌々香の笑い声が止んだ。
 凪紗は、意識的にテレビ画面を見つつも、後ろの話し声が気になった。
「萌々香。結構きつそうだったけど、大丈夫?」
 朱莉が心配そうな声を出す。
「……ひぃ、ひぃ……うん、けっこうー、うん、きつい、けど……」
 萌々香の言葉はとぎれとぎれだ。
 カリカリと紙に鉛筆を走らせる音がする。芽依が、萌々香の感想をノートにメモしているのだろう。
「やっぱり……、楽しい……」
 萌々香が息を切らして言った。
 凪紗は驚きのあまり、思わずコントローラーを落としそうになった。
「ねー、凪紗ちゃーん……? 楽しいよー? 次やってみないー?」
 萌々香が勧誘してきたので、凪紗は振り向き、
「だからヤダって」
 即答した。
 見ると、既に萌々香は解放されていたが、両腕両脚をぐでっと大の字に広げベッドに寝そべったまま、首だけを凪紗へ向けている。
「萌々香ちゃん。そんなに苦しそうなのに、なんで楽しいとか言うの?」
 凪紗は聞いた。
「いや、凪紗ね! これはやられてみないとわかんないんだって!」
 答えたのは朱莉だった。
「私は萌々香ちゃんに聞いたんだけど……」
「えー……楽しいもんは、楽しいよー?」
 萌々香はにへーっと笑う。
「くすぐられてるときは『助けて』とか言ってたのに?」
「あ、聞いてたん、だ。凪紗ちゃん」
 凪紗の失言に即座に食いついたのは芽依だった。
 芽依はベッドの端からぶらんと素足を放り出すように座りなおして、
「もしかして、ちょっと、興味、出てきた?」
「あ、いや……っ、そういうわけじゃっ! ていうかっ! あんだけ大声出されたら、聞こうとしなくても耳に入るって!」
 凪紗は無意識に声を張り上げてしまった。
 芽依は、きょとんとしている。
「で、凪紗。やんない?」
 一瞬訪れた沈黙を破って勧誘してくる朱莉。
「やんない」
 凪紗はぷいっとテレビ画面へ体を向け直した。

●●●

 しばらくすると、今度は背後から朱莉の笑い声が聞こえてきた。

「きゃははははははははっ!!!! あぁぁぁははははははははははっ!! くすぐったいぃぃひひひひひひひひひひっ!!」

 くすぐられているのだから当たり前じゃないかと、凪紗は思った。
 朱莉は普段やや高圧的な態度をとっている割りに、可愛らしい声で笑う。そのギャップに凪紗は少しどきどきした。

「ああぁぁぁっはっはっはっはっ!! 嫌あぁぁっ!! そんなの駄目ぇっぇぇっひゃっはっはっはっはっはっは~~!」

 そんなのって、どんなのだろうか?

 凪紗は好奇心に負け、チラリと背後を確認した。
 朱莉はベッドの上にぺたんとしりもちをついており、両手首を背後に密着して胡坐をかいた萌々香の膝に締め付けられ、身動きが取れない状態だった。
 萌々香は朱莉の脇腹に両手の人差し指を押し当てて、くりくりと震わせている。
「朱莉ちゃん。キツくて楽しいー? 後2分あるよー」

「きゃぁっはっはっはっはっはっ!!! 脇腹っ!! そんなぐりぐりやめだぁぁぁっはっははははははははははっ!!!」

 芽依は、前方に投げ出された朱莉の左脚の膝の上に体育座りをして、朱莉の体の自由を奪っておいて、朱莉の右足首を抱え込んで右足の裏をカリカリとひっかくようにくすぐっている。
「こっちの、かりかりは?」

「やぁぁぁはっはははっははっ、足もっ!!! 足もやめぇぇぇぇっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!」

 朱莉は笑いながら涎をたらしていた。
 朱莉の足の指がくすぐったそうにもがいている。

「うわ、エグい……」
 凪紗は声を漏らした。
 芽依の指が朱莉の足の裏でクモの脚のように動き回る様子に、ぞくっとする。
 凪紗は足下で、きゅっと自分の足の指を縮こまらせた。靴下とフローリングの擦れる感触が伝わる。
 ふと、芽依と目が合った。
 慌てて凪紗はテレビ画面に視線を移すが、しばらくの間後頭部に芽依の視線を感じた。

 2分経って、ようやく朱莉の笑い声がやんだ。
 ホッと安堵する凪紗。甲高い笑い声を聞き続けるうちに、凪紗は体がむずむずとしていた。ぎゅっと足の指を縮こまらせていたため、靴下の中で、足の指と指の間に少し汗をかいているのがわかる。
 凪紗はテレビ画面を見つめたまま、背後に耳をすませた。
「朱莉ちゃん4分、お疲れ様ー。どうだったー?」
 さっそく萌々香が朱莉に感想を求める。
「……はぁ、ふひぃ……あ、あんたら、……いい加減に、しなさいよ……」
 カサカサとノートのかすれる音。芽依がメモを取っている。
「えー? それって楽しくなかったってことー?」
「……はひぃ……そ、良かったわよ……、すごい……。最後30秒ぐらいなんか……やばい、……良かった」 
 朱莉は、息も整えないままに、とんでもない感想を述べた。
「だよねー」
 萌々香が便乗する。

 あれだけ「やめて」やら「助けて」やら言葉を連発しておいて、「良かった」とはどういうことか……。

 凪紗はふと、芽依たちがぼそぼそと小声で話し始めたことに気づいた。
 何を話しているのかは、まったく聞き取ることができない。
 ハッと凪紗は、何を他人のナイショ話に聞き耳を立てているのかと、恥ずかしくなり、意識的にテレビ画面を注視した。
「凪紗ちゃん?」
 急に芽依に声を掛けられ、咎められたような気がしてどきっとした。
「だからやんないって言ってんじゃん」
 凪紗は、振り向きざまに言った。
「いや、そうじゃなくて……ちょっと、分からない漢字が、あるから、教えて、欲しいなって」
 芽依は言って、ノートを持ち上げて見せた。
「ちょっと……」
 手招きをする芽依。
 凪紗は、はぁとため息をつき、重い腰を上げた。
 
 そんな妙な自由研究に使う漢字じゃなくて、普通に宿題の漢字の勉強の方がやる気でるんだけど……。

 凪紗がベッドの傍まで行くと、突然3人に体を引っ張られ、ベッドに仰向けに押し倒された。
「えっ?」
 突然のことで、何が起こったのかわからなかった。
 凪紗はそのまま腕をつかまれ、強制的に万歳をさせられる。
 ガチャリ、という音と一緒に、手首につめたい感触。
 驚いて頭上を見ると、凪紗の手首には手錠が掛けられ、ベッドのヘッドボード部分のレールにひっかけられている。
「なっ……なにやってんの!?」
 凪紗は、ガチャガチャと手首の手錠を鳴らしながら、見下ろしてくる朱莉、萌々香、芽依の顔を交互に見た。
「やっぱり、あたし達3人のデータだけじゃ足りないからさ! 凪紗、協力してよ」
「うん。凪紗ちゃんも絶対楽しいからー」
 朱莉と萌々香が言った。
 2人とも目が怖い。凪紗はぞっとした。
「やっ……だからヤダって! いやっ、これ!! なんでこんな……っ、意味がわかんな――っ、……放して!」
 凪紗は恐怖と驚きで動揺して、しどろもどろになってしまう。
「めっ、芽依ちゃんまで何っ!? 友達じゃん! なんで助けてくんないのっ!?」
 凪紗は黙って見下ろす芽依に向かって叫ぶ。
「だって、凪紗ちゃん、素直じゃないもん」
 芽依は少し口をすぼめて言った。
「え?」
「ホントは、くすぐられるの、興味あるくせに、ヤダとか言うから」
「そんな……っ! 私は――」
「足の裏、くすぐられて、みたい?」
「……は?」
 凪紗はぽかんとしてしまった。
「ほら。やっぱり。……ずっと私達の足ばっかり見てた」
「いや、ちがっ……」
「いっつも隠してるから、めちゃくちゃ足の裏弱いんじゃないかーって」
 萌々香が凪紗の言葉を遮った。
「そうそう! 凪紗が裸足でいるとこって見たことないし」
 朱莉も便乗してくる。
 凪紗は3人がこれから何をしようとしているのか察し、足を隠そうと膝を曲げ、宙を蹴るように暴れた。
「嫌ぁっ!! やめてっ! こんなこと犯罪じゃんっ! 無理やりなんて……っ! その……っ、今ならまだ間に合うから!」
 3人は、凪紗の脚を掴みにかかる。
「往生際が悪いんじゃない、凪紗?」
「やめっ、やめてぇっ!!!」
 3人がかりではまったく歯が立たず、凪紗は両脚ともひっぱり伸ばされ、大きく左右に広げて押さえつけられた。
 芽依と萌々香がそれぞれ凪紗の右脚と左脚の上に、つま先の方を向いてのっかる。
「ちょっ、ちょっと!! 芽依ちゃん! なんでこんな……っ、芽依ちゃんこんな馬鹿なことする子じゃなかったじゃん!」
「あ、ひどい。それ、あたしと萌々香は馬鹿ってこと?」
 朱莉が頬を膨らませるが、凪紗は無視をした。
 芽依は首を傾け、凪紗を見ると、
「私も、ね、今日くすぐられるまでわかんなかったん、だけど」
 そこで一旦言葉を切った。
「くすぐりって楽しい」 
 芽依はニッと笑った。
 ぞくぞくっと凪紗は背筋が凍る気がした。芽依のそれは、これまで一度も凪紗に見せたこと無い種類の笑顔だった。
「すぐに、凪紗ちゃんも、気づけるよ」

●●●

「うひゃぁぁんっ!?」

 想像以上のくすぐったさが凪紗を襲う。
 芽依が、人差し指で凪紗の右足の裏をなぞったのだ。
 凪紗はぎゅっと足の指を縮こまらせた。
「まだちょっと触れただけなのに、すごい反応ね!」
 朱莉が率直な感想を述べた。
「お願い……っひっひ、芽依ちゃん……や、は、やめて」
 触れられているだけなのに、凪紗は気を抜くと今にも笑い出しそうだ。
 今にも動きそうな指の感触が、たまらないくすぐったさを連想させる。
「駄目」
 途端に、足の裏からちょこちょこと摩るような刺激が送られる。

「――ふはっ!!? はっ……あはっ……ひははっ、はひぃぃぃ!!」

 凪紗は必死に芽依の指から逃れようと足を左右によじるが、くすぐったさは途切れることなく脳へ送り込まれる。

「ひやっ、……はっは、やはぁぁっ!!! やめっ、ひひひひっ、うひっ、ひひひ! くぅぅ~~っ」

「もー凪紗ちゃん。我慢しなくていーのにー」
 萌々香が言うと、凪紗の左足の裏に爪でひっかくような刺激が与えられた。

「うはぁぁっ!!! はははっ、ひっ……あははっ! やめ、2人ともやめてぇぇっ!!」

 凪紗は顔を真っ赤に上気させていた。
 普段他人になど決して見せない足の裏を、見られて、触れられて、恥ずかしくてたまらない。
「靴下の上からでもこんなに敏感なんだ。凪紗。裸足にされたらどうなっちゃうんだろ」
 朱莉が楽しそうに言う。凪紗の足下に移動してしまったため、朱莉の姿は芽依と萌々香の背中に隠れて見えない。
 凪紗が芽依と萌々香のくすぐりに歯を食いしばって耐えていると、突然両足のかかとを指先で突かれた。

「きひひ……、ひっ、――あはぁぁぁっ!!? なっ、ははっははっ! えっ、朱莉ちゃ……くはは、……不意打ち、ひひひひひっ! だめぇ~~っ」

 凪紗は両足の裏を3人にくすぐられる人生初めての体験に、頭の中が混乱してきた。
 
 なんで私はこんな目に……。ただ、宿題手伝いにきただけ、なのに……。

「どう? 凪紗、楽しくなっていた?」
 朱莉が聞く。
「は、ひひひひっ!? そんなっ……ふひ、楽しいわけ……っ」
「朱莉ちゃん。まだ、凪紗ちゃん、大笑いしてないのに、楽しいって感じるわけ、ないよ」
 凪紗の言葉を遮るように芽依が言った。
「そーそー」
 萌々香も芽依に同調する。
「じゃあ早く笑わせよ? 靴下脱がしちゃえ!」
 朱莉が嫌な提案をし、指を止めた。
 すると、芽依と萌々香も、くすぐる手をとめた。
「いっ……嫌っ!! やめてっ、脱がさないで!! お願いっ!」
 凪紗は必死に足首から先を左右に激しく振って抵抗する。
 が、芽依につま先がつかまってしまい、そのまま右足は、すぽっとクルーソックスを脱がし取られてしまった。
 ついで、左足のソックスも口ゴムの部分に萌々香の指が引っ掛けられ、するんっと脱がされた。
「くぅ~~……」
 凪紗は恥ずかしさに、目をきゅっと閉じ、足の指をぎゅっと縮こまらせた。
「おおっ、凪紗の裸足って初めて見た。可愛い」
「結構、肌、白いね」
「指小っちゃーい」
 3人にまじまじと見られている感覚がとてつもなく恥ずかしい。
「や、やめてっ……あんまり、見ないで……」
「あ、凪紗ちゃん、糸くず」
 芽依は言うと人差し指を、凪紗の右足の甲側から足の親指と人差し指の間にくりっと差し込んだ。
 途端、びりりと強烈な刺激が脳に送り込まれる。

「ふひゃぁぁぁぁっ!!!?」

 凪紗は体をびくんとえびぞりにして甲高い声を出した。
「うおっ」
 さすがに驚く3人。

「あ、ぁ、あ、ぁ、ぁ、やっ、は、……ひ、ぃ、……ふぬっ! 抜いて!!! 早く指抜いて、芽依ちゃぁぁあんっ!!」

 凪紗は、足の指の間に芽依の手の人差し指が挟まっている気持ちの悪い感触に耐えられなかった。
 足の指に何かを挟むと言う経験が皆無の凪紗にとって、その刺激は強烈すぎた。
 足指の骨と筋肉を無理やり押し広げられる感覚は、全身を駆け巡り、下腹部をじくじくと疼かせた。

「芽依ちゃぁあああんっ、お願いぃぃ……ひ、ひ、ぃ、い」

「萌々香ちゃん」
「うん」
 芽依と萌々香は互いに顔を見合わせる。
 と、その直後、

「ぁ、……――ひあぁぁあぁぁぁっ!!!!? あがぁぁぁああああはははははははははははっ!!!?」

 両方の素足の裏に、数本の指の刺激が襲い掛かった。

「いぎゃぁああっはっはっはっはっはっ!!? だ、だっ!!!! だぁぁあ~~っははははははははははははっ!!! やあぁあぁっ!!!」

 芽依は人差し指を凪紗の足の指の間につっこんだまま、片手で土踏まず辺りをひっかき、萌々香は両手で足裏全体を満遍なく弾くようにくすぐっている。
 凪紗は、直に足の裏から送り込まれる痒みと痛みのぐちゃぐちゃに入り混じった刺激に、耐えられなかった。
 頭の中がショートしたように熱い。
 足裏から直に送られてくる焼けるような刺激が脳みそをぐちゃぐちゃとかき回しているようだ。
 開きっぱなしの口から駄々漏れになっている自分の笑い声がうるさく、耳が痛い。
 凪紗は、自分が涙を流していることに気づく。
 いったいどんな感情で自分が泣いているのか、まったくわからない。

「やめてぇぇええっ!!! 足がっ……!!! あひゃひゃっ、足がぁああああぁぁっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ~~!!」

「凪紗ちゃん、力、抜いて」
 芽依は言いながら、ぎゅっと握り締められた凪紗の右足の親指を掴んで無理やりに反らすと、ピンとつっぱった親指の付け根のふくらみをガリガリと引っかくようにくすぐってきた。
 
「うひひひひひひひひっ!!? ひぎぃぃ~~っひっひ、嫌あぁあぁぁひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!!!」

 もうわけがわからない。
 なんでこんなことをされているのか。
 なんでこんなにくすぐったいのか。

「すっごい笑い声……っ! 凪紗ってこんな風に笑うことあるんだ!」
 朱莉は言うと、凪紗の左右のかかとそれぞれを両手の爪を立ててくすぐってきた。

「がぁぁぁっはっはっはっはっははっ!!!! 駄目ぇぇえええっへっへっへっ、やだぁぁあひゃひゃひゃひゃっ!!! うぎぃぃぃゃぁははっはっひゃっは!」

 素足を見られて恥ずかしい。
 素足を触られて辛い。
 芽依ちゃんが怖い。朱莉ちゃんも、萌々香ちゃんも、怖い。
 爪が足の裏にあたって痛い。いや、痒い。くすぐったい。
 笑いたくないのに、……おかしい。
 いろんな感情や感覚が脳の中をかき乱し、ぼーっとする。
 いったい、私の足の裏に、合計何本の指が蠢いているのだろう?

「うひゃひゃひゃひゃひゃっ!!! あぁぁ~~っははっははっはっははぎゃぁぁぁぁ!!」

 数えようと、足の裏に神経を集中させてしまったのは大失敗だった。くすぐったさが異常なくらい増強された。思考が笑い波に飲まれ、消え去っていくのを感じた。

「足の指、めちゃくちゃ動いてかわいー」
 萌々香は、凪の左足を両手で横から挟み込むように持って、縁の部分を爪でこそぐようにくすぐったり、土踏まずをほじくるようにくすぐったりしてきた。

「あきゃはははははははっ!!!? うへへへへへっ、にぃぃぃ~~っひっひっひっひっ!!! ぐぎぃぃいひひひひひひひひひひひ」

 凪紗は笑いすぎて、息も満足に吸えなくなってきた。
 全身汗だくで、マリンTシャツが肌に張り付いて気持ちが悪い。
「――」
「――」
 芽依と朱莉が何か話しているようだが、自分の笑い声がうるさくて聞こえない。
 と、足裏の刺激が小さくなった。
 左足は依然萌々香がくすぐりつづけているが、右足をくすぐっていた芽依と両足をくすぐっていた朱莉が手を止めたようだ。

「はわぁぁぁっ!!?」

 突然、右足の親指と小指が握られ、ぐっと左右に引き伸ばされた。
 足の指の間に空気が触れ、くすぐったい。
 ぴくぴくと他の足指を動かして抵抗するが、まったく無意味である。
 と、次の瞬間、

「くひゃぁぁぁあっ!!!!? いひゃひゃひゃひゃひゃ!!!?」

 開かれた足の指の付け根を掻き毟られる感覚に襲われ、頭の中が真っ白になる。

「あぁぁああぁぁあ~~ひゃひゃひゃひゃひゃっ!!! だひゃひゃひゃひゃっ! いひゃぁぁ~~っはっはっはっはっはっはふぎゃぁあ!!!」

「――の間、くすぐったい?」
 芽依が凪紗の方へ顔を向けて言った。最初なんて言ったか聞き取れなかった。
 凪紗は目を見開いて芽依を見る。が、涙でゆがんで、表情がまったくわからない。

「ぐひゃひゃひゃひゃひゃっ!!! ひゃだっ!! ひゃめへっ、ふへへへへへへへへへひぎぃぃひひひひひ~~」

 凪紗は、自分でも何を言っているのか、何を言いたいのか、分からなかった。
 笑いすぎて喉が痛く、口の中にたまったまま飲み込めない涎が、だらだらと口元から零れ落ちる。
「――さちゃん」
 芽依は言葉を続ける。
「楽しい?」

 楽しい?

 芽依の問いは、はっきりと凪紗の耳に届いた。
 その問いの意味を考える間もなく、凪紗は強烈なくすぐったさに飲まれ、ひたすら笑い続けるのであった。

○○○

「――、2、1、ゼロー」
 萌々香の合図に、3人は一斉に指を止めた。
「凪紗! お疲れ」
「凪紗ちゃん……」
 朱莉、芽依がねぎらいの言葉を掛けてくれる。
 くすぐられている間は永遠とも思えたが、実際にくすぐられた時間は笑い始めてからたったの5分だったそうだ。
 手錠を外された凪紗は手首をさすりながら、3人の顔を見渡す。
 本日すでに何回もくすぐったりくすぐられたりを繰り返したからだろう、3人とも少々疲れているようだった。
 だが、
「次、誰の番? くすぐる人数が3人に変わるんだから、もっかい最初から全部実験やり直すよ!」
 凪紗は、一旦協力すると決めた限り、他人の自由研究だろうが妥協する気はなかった。
 小休止を申し出る萌々香を一蹴して、
「順番的に芽依ちゃんね! 早く寝転んで」
 凪紗は指名すると、勢いよくベッドから降り立った。
「あ……っ」
 冷たいフローリングの感触が、汗ばんだ素足に気持ちが良かった。きゅっと親指に力を込めると、むずむずと足の裏をくすぐられた感覚がよみがえってきて、下腹部が疼いた。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(ここから作者コメント)

 こんばんは。ertです。
 8月1日に夏休みの宿題を終わらせているような計画性のある子には、お仕置きが必要だと思いました。
 新作ストックをすっとばして時期モノを投下いたします。先週チャットルームでちょいと出た話題からインスピレーションが高まり、勢いで書きました。擬似3人称責め視点の作品も好きですし、擬似3人称受け視点の作品も好きです。