男がなんとなしにテレビをつけると、とあるトークバラエティ番組のスペシャル生放送中であった。
 ゲスト達のたいしておもしろくもない体験談に会場が笑いに包まれる。
「それでは続いてのコーナー参りましょう」
 ひと段落ついたところで、司会のアナウンサーが言った。
 男はチャンネルを変えようとリモコンを手に取る。が、画面に映し出された「クールビューティー! 涼風爽が行く!」という文字を見て、リモコンを置いた。
 涼風爽(すずかぜ さやか)はとある大手事務所の新人アイドルで、歳相応の幼さを残しつつさらりとクールなキャラクターで売り出し中である。ショートカットで華奢な体躯。いつも仏頂面だが、ぼそりと彼女の放つ一言に棘があるため、画面上での存在感が高くなる。男は、アイドルにあまり興味がなかったが、涼風爽にはどこか魅力を感じていた。
「現地の涼風さーん?」
 アナウンサーが呼びかける。
 どうやら、涼風爽がさまざまな地方スタジオを訪問し、地方アイドルと対談するというコーナーらしい。
「これだけ見るか……」
 男はつぶやき、画面を見やる。
 が、画面に映し出されたのは涼風爽でなく、

「きゃはははははははっ!! やだやだぁぁあっはっはっは、やめてぇぇえ~~、嫌っはっはっはっはっはっは!!!」

 セミロングの黒髪を振り乱して笑う地方アイドルの新井円(あらい まどか)。
 彼女の四肢が、能面をつけた全身黒タイツの人間四名に押さえつけられており、それを取り囲んだ六名の黒タイツに全身をくすぐられている。
 胸に大きなリボンのついたこげ茶色のワンピースドレスを着ており、その足下にロングブーツが転がっている。

「やぁぁあ~~っはっはっはっはっはっ!!! 駄目ぇえぇ~~っ、駄目だってばぁぁぁっはっはっはっははははははは!!」

 新井円は、晒された素足をくねくねとよじって笑う。
 彼女の足の裏では、全身黒タイツ達の十数本の指が踊り狂っていた。

「一体これはどういうことでしょう!? 中継先で一体何が……っ」
 アナウンサーは狼狽したように言った。
「説明しよう」
 機械で変えたらしい声とともに中継先の画面が切り替わり、真っ白な背景に大きく「T」の文字が現れた。フォントはOLD ENGLISH TEXTである。
「我々は、『くすぐり』の素晴らしさを世に広めんとするテロ集団である」
「な、なんだってー!?」
 アナウンサーが仰々しく声を荒げた。
 声は続けて、
「こちらのスタジオは我々がジャックした。要求する。著名アイドルを大勢でくすぐる番組を作り、全国ネットで放送すること。局アナの君が、今、全国生放送の場で宣誓しろ」
「わ、私が!?」
 アナウンサーは焦ったような表情を見せた。
「さもなくば、こちらのスタジオの女性陣が、全員笑い死にすることになる」
「ま、待ってください! 私には番組制作の権限なんて……」
「決心が固まるまで、彼女らの死に行く様を存分に楽しむが良い」
 声がそう言うと、画面が切り替わった。

「うにゃはははははははははっ、やぁ~~っはっはっはっはっはっはっ!!! にははははははははははははははっ!」

 笑っているのは、黒いワイシャツと黒いパンツを履いた茶髪のポニーテールの女性。
 同じく四肢を全身黒タイツ達に押さえつけられ、首、腋、お腹、足の裏など、全身をくすぐられている。
 足下には彼女の履いていたであろう、ローヒールと靴下が無造作に放られていた。

「メ、メイクさん……っ」
 アナウンサーが絶望したような声を出した。

「にゃぁぁあ~~っはっはっはっはっはっ!!!? やぁああぁぁははははははははっ、なんでぇぇぇっはっはっははっは!! なんであたしがぁぁぁはははははははは~~っ!!?」

 X字に押さえつけられたメイクさんは、顔を真っ赤にして泣き叫ぶ。
 全身黒タイツ達の指がメイクさんの体に食い込むたびに、彼女の体はびくびくと跳ね上がるように動く。

「人質が死なないうちに、決断することだ」
 機械の声が言うと、再び画面が切り替わる。

 新人ADだというショートボブの娘もまた、全身黒タイツ達に四肢を押さえられ、全身をくすぐられていた。
 Tシャツにジーンズ姿。足下には、スニーカーと靴下が散らばっている。

「あひゃひゃひゃひゃひゃっ!!? ひぃぃ~~っひっひっひっひ、嫌あぁぁあぁっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ!!!」

 新井円やメイクさんよりも長くくすぐられていたのか、新人ADは全身汗だくで、笑い声もひときわ激しかった。
 
「やぁあぁあっひゃっひゃっひゃ、助けっ!! 助けてぇぇえぇぇっへっへっへっへっへっへ!!!」

 新人ADの手の指や足の指がくすぐったそうにもがいている。
 
「……くっ」
 アナウンサーが顔をしかめる。

「まだ決心がつかないか」
 機械の声は続けて、
「ならば涼風爽をご覧にいれよう。彼女はスタジオ入りの瞬間に拉致され、かれこれ三時間近くくすぐられ続けている。いまや発狂寸前だ」
「な、に……?」
「テレビの前の諸君もとくと見るが良い。『くすぐり』は素晴らしい。『くすぐり』は、斜に構えた生意気な少女を、ここまで壊すことができるのだ」

 画面が切り替わる。
 映し出された映像は、アナウンサーとテレビの前の男を絶句させた。
 四肢を押さえつけられたその少女は、インナーらしいノースリーブに、ミニスカート姿であった。
 彼女の周囲にはジャケット、シャツ、ネクタイ、ニーソックスやショートブーツといった衣類が散乱している。
 彼女に群がる全身黒タイツ達。ある者は彼女の首を両手の指先でこそこそとくすぐり、ある者はがっぽりと開いた腋の下をくりくりとくすぐり、ある者はインナーをめくり上げ晒された彼女のへそをほじくるようにくすぐり、ある者は脇腹を揉み解すようにくすぐり、ある者はスカートの裾から腕を突っ込み脚の付け根をくすぐり、ある者は足の指を反らしてガリガリと土踏まずをひっかくようにくすぐっている。
 目を見開き、大口を開け、激しく笑い狂う彼女に、『さらりとクールな毒舌アイドル』涼風爽のイメージはなかった。

「だひゃははははははっ!!! がばっ!!? ぎぃぃひひひひひひひひひひっ、うぎっ、あぎゃぁあぁ~~ひゃっはっはっはっはっはっ!!!! だぁぁぁあ~~ひゃひゃひゃひゃひゃぎぎぃっ!!?」

 悲鳴とも絶叫とも嬌声ともとれるような甲高い笑い声。涼風爽の幼い中にも知的さを思わせる美しい顔は、醜くゆがんでいる。

「彼女は最後まで抵抗した」
 機械で変えた声が響く。
「さすがアイドル。自身のキャラクターを守ろうとしたのか、三十分近く笑い声をあげなかった」
 声は訥々と語る。
「そこで、一枚ずつ身包みを剥いでいき、長時間、素肌を激しくくすぐり続け、ついに我々は達成した」

「はぎゃははははははっ、ひぎぃぃぃぃひひひひひひひひひ、ぐびぃいぎっひっひっひ~~!!」

 声の後ろでは涼風爽の笑い声が響き続けている。
 彼女の引き攣ったように開かれた口元からは、だらだらと涎が垂れ流しになっている。

 普段テレビや雑誌では微笑むことすら少ない涼風爽の笑い乱れる姿が、全国ネットで放送されている。
 この異常事態に、テレビ視聴者は一様に固まっていることだろう。

「……わかりました」
 たっぷり数分経ってから、アナウンサーは口を開いた。

「がひゃひゃひゃっ、がはっ……ぶひょっ、ぎひひひひひっ!!! あひゃひゃっ、ひがっ、……うひぇひぇひぇ、ふひひひひひひひひひ!!!!」

 涼風爽は、鼻をずるずると鳴らし、涙を流して、笑い続けている。
 散々笑わされ続け、限界という様相だ。

「私達は、著名アイドルを大勢でくすぐる番組を全国ネットで放送することを、皆さんにお約束します!」

 アナウンサーが朗々と宣言した時間と、予定されていた生放送番組の終了時間は同じだった。
 テレビ画面はCMに替わった。

 テレビの前で、男は放心していた。
「アイドルが、……くすぐられる、番組」
 男はごくりとつばを飲み込んだ。
 この生放送が、予期せぬハプニングによる放送事故だったのか、なんらかの圧力のかかったヤラセだったのか、明かされることはない。


(完)


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(ここから作者コメント)

 こんばんは。ertです。
 2014年1月25日にpixivで実施したリクエスト企画にて見送らせていただいたクラウムチャウダー様のシチュ「テロリストが施設占拠して見せしめに人質を擽る」を参考にさせていただきました。
 これにて、pixivで募集したシチュエーションはすべて昇華(改変)。いただいたシチュエーションから妄想を膨らませるのはとても楽しかったです。募集企画に協力してくださった、630様、クラウムチャウダー様、boajbak様、雑魚様、fe様、そこのH様、しゃもじ様、ありがとうございました。