体育の授業を終え、着替えに戻ろうとした桜子は、校内放送に気付く。 
「――桜子さん。至急、第二化学室まで来てください」
 体育館中に自分の名前が響き渡り、桜子は恥ずかしい思いをした。
 体操服のまま第二化学室へいそぐ桜子。
 体育館シューズは上履きと兼用できるためそのまま履き替えず。ハーフパンツと開襟シャツ。周辺の高校の中ではかわいい体操服だと評判が立っている。
 桜子は、第二化学室の扉をノックした。
 クラスと名前を言っても、返事はない。
「……失礼します?」
 そっと扉を開ける桜子。
 明かりはついておらず、人の気配もないため、中には入らずそのまま扉を閉めた。
 桜子は、放送をした教員がまだ到着していないのだと判断して、廊下で待つことにした。
 5分ほど待ってもまったく教員が来ないので、桜子は着替えに戻ることにする。
「なんだったんだろう……」 
 あとで、担任に確認しようと決めた。
 一歩踏み出したところで、突然背後から羽交い絞めにされた。
「えっ……きゃ」
 さらに背後から、誰かに口を押さえられる。
「桜子ちゃんだめよ~~、ちゃんと教室に入らなきゃ」
 女性の声。
 桜子を羽交い絞めにした人間は女性のようだったが、力が強く、もがいてもまったく歯が立たない。
 もう一人の女性が第二化学室の扉をあけ、桜子は勢いよく教室の中へ放り込まれてしまった。
 自動でぴしゃりと閉まる扉。
「けほっ……な、何……っ、……!!?」
 妙な臭いに気付いた頃には遅く、部屋中に充満したガスによって、桜子はあっという間に意識を失った。

 桜子が目を覚ますと、そこは窓一つ無い広い部屋だった。
「……えっ?」
 桜子は、自身の腕が限界まで万歳させられ、両脚もひっぱられたまま動かないことに気付く。
 両腕、両脚ともそれぞれ三箇所ずつベルトのようなもので固定されており、まったく動かすことができない。
 桜子のからだは、巨大な車輪状の台の弧に背中をつけて、えびぞりの状態で拘束されていた。
 弧に沿ってからだが緩やかに曲げられているため、顔は正面、手の指先が天井、膝から下が地面を向いている状態である。
「目が覚めたわね? あなた、桜子ちゃんで間違いないわね?」
 女性が二人、桜子を見つめている。
「……は、はい」
 桜子は少し考えてから、返事をした。
「ごめんねぇ桜子ちゃ~~ん。これからお姉さん達、桜子ちゃんにお仕置きしないといけないんだぁ」
 桜子は聞きなれない言葉に困惑する。
「お仕置き、……ですか?」
 桜子にはまったく見に覚えが無い。
「あの……、人違いじゃ」
「昨日、志帆ちゃんに何か聞かなかった?」
「志帆に……」
 桜子は、すぐに昼休みの中庭での会話に思い至った。
 が、
「わかりません」
 嘘をついた。
「えー? ほんとー? ま、志帆ちゃんから裏はとってあるからいいんだけどね。昨日、アンケートの話、聞いたでしょ?」
「聞いてません」
 桜子はきっぱりと言った。
 桜子は、白を切るのが最善だと思った。
(ほら、やっぱりこんな怪しいことになったじゃない……。志帆。だから関わるなって言ったのに……)
「嘘ー? じゃあ志帆ちゃんが出鱈目言ったってことー?」
 女性が大げさな声を出す。
「志帆と私は、確かに友達です……でも、なんで志帆がそんなこと言ったのかは……」
 桜子は、あくまでポーカーフェイスを突き通すつもりだった。
 二人の女性は、「ふーん」と顔を見合わせ何事かこそこそと密談を始めた。
 しばらくして片方の女性が部屋を出て行った。
 残った女性はゆっくりと桜子のもとへ近づいてくる。
「ちょっと、二人の言い分に食い違いがあるみたいだから」
 女性は、リモコンらしきものを取り出した。
「どっちかが本当のことを言うまで、二人とも尋問させてもらうわね」
「なっ……」
 女性がボタンを押すと、桜子の拘束された車輪がゆっくりと回転を始めた。
「ひっ」
 急にからだがひっぱられ、悲鳴を上げる桜子。
 桜子のからだは上へ上へと引っ張られ、顔が天井を向き、さらには反対側の壁が見えてくる。頭に血が上る感覚。髪の毛が逆さに垂れ、体操服のシャツの裾がべろんとめくれ、おへそが露になった。
 車輪に拘束された桜子のからだは、首を反らせば地面が見えるような位置で止まった。
 膝小僧がちょうど天井を向いて、シューズを履いた足の裏が正面になっている。
「な、何を、するつもりです……か」
 頭がさかさまになって、喋りにくい。
「何されると思うー?」
 女性は言いながら、桜子の両足から体育館シューズを脱がした。
「えっ、な、何を――、きゃははっ!!?」
 突然足の裏にくすぐったさを感じ、甲高い笑い声を上げてしまう桜子。
「あら、ずいぶん敏感じゃない。くすぐり甲斐があるわ」
 女性は、こちょこちょとソックス越しに、桜子の足の裏をくすぐった。
「やははっ、はははっ……な、やっ、やめてくださいっ!!!」
 桜子は混乱していた。
(……なっ、なんでくすぐられるの!?)
 固定された足首から先を左右によじり、女性の指から逃れようとするも、女性の指はねちねちといやらしく追いかけてくる。
 頭が下にきているため、どんどん顔が熱くなってくる。
「桜子ちゃん。あなた、本当に志帆ちゃんから何も聞いてないのかしら?」
「やはっ、あははははっ……聞いてっ!! ひっひ、……ませんっ」
 桜子は必死に否定した。
(こんなことされてっ、……誰が、言うもんですか)
「ふーん? 本当かなぁ?」
 女性はくすぐる指を止めると、桜子の足首のベルトを外した。
 桜子は膝に力を入れてみるが、腿と脛にもがっちりとベルトがはめられているため、まったく動かなかった。
 女性は桜子の両足からソックスを脱がし取った。
「あ……っ」
 素足が外気にさらされ、つめたかった。
 桜子は何をされるのかを察し、身をこわばらせる。
「桜子ちゃん。足の裏、真っ白ね! あ、血が頭にのぼってるからか」
 女性は桜子の足首のベルトを付け直し、両手でそれぞれ桜子の足の裏をくすぐりはじめた。
「きゃはははははっ!!!? あははっ、……あ、だめっ!!! あはははははははははははっ!!!」
 桜子はたまらず、激しい笑い声を上げた。
 女性の指使いはいやらしく、桜子のかかとから土踏まず辺りを、爪の先でなぞり上げるようにくすぐってくる。
「嫌っ、ははははははははっ!? やめてっ、くひっひっひっひっひ! やめてください~~ひひひひひひひっ」
「桜子ちゃん、嘘ついてない?」
「ついてっ、ついてません~~っひひひひひひひひひ!!」
 桜子はガクガクと首を揺らして笑う。
 からだ中に力が入っているが、上半身、下半身ともにびくともしない。
「あらあら、そんなに足の指に力をこめても、足の裏は覆えないのよ?」
 女性はそういうと、ぎゅっと縮こまった桜子の足の指を持って反らし、指の付け根をかりかりとくすぐった。
「あぁぁあぁひゃはははははははははっ!!!! だめぇぇえへへへ、ひぃぃ~~っひひひひひひひひひひひひ!!?」

 しばらく桜子の足の裏をくすぐった女性は、リモコンで再び車輪を動かす。
 さきほどと反対方向に回転を始める車輪。
 ちょうど桜子のおへそが天井を向く位置で止まった。
 そのとき、天井から突如モニターが出現し、奇妙な光景が映し出された。
「へ……?」
 桜子は、ぼんやりと画面を見やる。
 画面には、大きく二足の素足の裏が映し出されていた。木の足枷にはめられているようで、両足ともすべての指がロープでぎちぎちに拘束されている。
 その足を囲むようにして何人かの複数の手が、ガリガリと足の裏をくすぐりまくっている。
 くすぐられている足はほとんど動かすことができないようで、ときおりヒクヒクともがきたいようなふるえを見せるのみだ。
 桜子はたった今足の裏をくすぐられたばかりなので、余計にむずがゆく感じた。
「桜子ちゃん。この足、誰の足かわかるかしら?」
「だ、……誰って……」
 桜子ははっとした。
(まさか……)
「お察しの通り。桜子ちゃんのお友達、志帆ちゃんよ! 音声もいる?」
 女性がリモコンを操作する。
 すると、
「うぎゃひゃひゃひゃ!!? ひゃひゃひゃっ、あびゃああぁひゃひはははははははっ!! じぬぅぅぅ~~ひゃひゃ、じぬぅぅ~~ひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!」
 画面には二つの素足しか映されていないが、間違いなく志帆の声だった。
「桜子ちゃんにアンケートのことを話したなんて、出鱈目言わなきゃ、こんな目に遭わなかったのにねえ」
 女性はため息混じりに言った。
(……私の、せい?)
 桜子は友人の苦しむ姿を見せ付けられ、抱く必要がないはずの罪悪感に見舞われた。
「ひぎゃぁあぁははははあはははっ!!! ぐひゃひゃひゃっ、ふぎひぃぃあばばばばっ!!」
 友人志帆の悲痛な笑い声が桜子の耳に響く。
 桜子は、とうとう耐え切れず、
「……う、嘘、つきました」
 昨日、志帆が中庭で桜子に話したことを白状してしまった。
 女性はにんまりと笑うと、
「なら、桜子ちゃんには、きっつ~いお仕置きが必要ねえ」
 トランシーバーで室外の仲間へ連絡を始めた。


(つづく)


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(ここから作者コメント)

 こんばんは。ertです。
 前回のつづき。
 桜子のポジションは言わずもがな『くすぐり倶楽部物語』(ジョーカー様、2005)の佳代ちゃんにあたります。私、あの佳代ちゃんには本当にとんでもない数、とんでもない年月、お世話になっておりまして、第三話のタイトル『佳代』と見ただけで興奮してしまうほどです。ジョーカー様の作品は、私にとってまさに原点でした。