とある高校の学生食堂。
 小柄なショートボブのおとなしそうな女子生徒が、ポニーテールのやや険のある目つきをした女子生徒に、相談を持ちかけていた。夏服に移行したばかりで、二人とも半袖のセーラー服を着ている。
「やめた方がいいんじゃない?」
 話を聞き終えた浅井すみれ(あさい すみれ)は言った。
「……どうして?」
 相談者である小山鈴江(こやま すずえ)は、表情を曇らせた。
「そっか……鈴江ちゃん。転校してきたばかりだから、知らないんだ……」
 すみれは、神妙な面持ちで言う。
「どういうこと?」
 すみれの意味深な言い方に鈴江は首をかしげた。
 転校してきて一ヶ月あまり、鈴江に好きな人ができた。
 相手は同じ二年三組の男子生徒、後背卓也(うしろせ たくや)。男気はないが純朴で優しい青年である。
 鈴江は想いを伝えようかどうか、彼と同じ中学出身のすみれに相談したのであった。
「もしかして、もう誰かと……」
「ううん。誰ともつきあってない。でも、ちょっと後背君、訳ありなんだよね」
「訳あり?」
「そう……」

 すみれが言うには、中学時代、後背卓也はその人柄の良さのためにかなりモテたらしく、親衛隊なるものが結成されるほどだった。
 卓也の彼女になるためには、まず親衛隊の六人に認められなければならなかった。
 反町かの子(そりまち かのこ)という女子生徒がいた。
 セミロングの髪の毛はまったく手入れされておらず、いつもぼさぼさで、暗く無口な少女だった。友達もいなかった。
 そんな彼女が、ある日、卓也に告白した。学年中が驚いた。
 卓也は断った。その当時、別の彼女がいたからだ。
 親衛隊も認めなかった。かの子は卓也に釣り合わないと判断されたからだ。
 その翌週、かの子は、同じように、卓也に告白した。
 卓也が何度振っても、かの子は毎週卓也に告白した。
 親衛隊のメンバーが注意しても、かの子はとぼけた仕草でその場をはぐらかし、毎週の告白をやめなかった。
 さすがの卓也も毎週丁寧に告白を断ることに疲れてしまったのか、日ごとに元気がなくなっていった。
 交際中だった女子生徒も、卓也との関係に距離を置くようになった。
 親衛隊の矛先は、かの子に向かった。
 親衛隊メンバーは、かの子を「ストーカーだ」とののしり、否定する彼女をひとり放課後の教室に呼び出し、リンチして、死なせた。

「し、死んじゃったの!?」
 そこまですみれの話を黙って聞いていた鈴江が声を上げた。
「うん」
 すみれは頷く。
「ひどい……。かの子さんもかの子さんだけど、何も殺すことなんて……」
「親衛隊の六人の話では、殺すつもりはなかった。というか、あんなことで死ぬなんて思わなかったんだって」
「あんなこと?」
 すみれは少しだけ言いにくそうに目を泳がせてから、
「くすぐったんだって」
「ええ!?」
「くすぐり責め? ていうのかな。六人で押さえつけて、かの子をくすぐったらしいよ」
 鈴江は眉をひそめた。
「……そんなことで、死んじゃうの?」
「私も見てないからわからないけど、親衛隊の子達、たぶん話を小さくしてると思う。無自覚のストーカーへの制裁って大義名分だけど、普段暗くて誰とも全然喋らない子が大笑いする姿って、鈴江ちゃんどう? こんなこと言ったら不謹慎だけど、テンション上がっちゃうんじゃないかな。それで、たぶん、かの子、相当きつくくすぐられたんだと思う。で、笑い発作起こして心臓麻痺。もともと体も弱かったらしいしね」
 鈴江はぞっとした。
(六人によってたかってくすぐられるのって、どんなだろう……)
「それと病気……」
 すみれは小さくつぶやき、口を閉じた。
「病気っ?」
 鈴江は思わず聞き返してしまった。
 すみれはばつの悪そうな顔をした。
 鈴江は「しまった」と思った。
 うっかり口が滑ったすみれに、催促してしまった。
「あとでわかったことなんだけど……」
 と、すみれは続ける。
「かの子、小さい頃から脳に病気があったらしくて、……その、記憶障害で、……好きになった人のこと、数日で忘れちゃう病気だったんだって」
「え……、それじゃぁ……」
 鈴江は背筋が寒くなった。
「かの子、毎週毎週本気でただ純粋に恋して、毎週毎週勇気を奮い立たせて告白して、振られ続けてたんだよね……」
 鈴江はいたたまれない気持ちになった。
「……かの子さん。誰にも理解されないまま、ストーカー呼ばわりされて、殺されたってこと?」
「そうなるね」
「……かわいそう」
 鈴江は思わず涙ぐむ。
「でも、問題はここからなんだ」
「え?」
 すみれの言葉に鈴江は目を見開いた。

 かの子が死んだ数日後、突然、卓也と交際中だった女子生徒が死亡した。
 死因は心不全。
 発見場所が鍵のかかった自室だったことから病死とされたが、彼女は生前いたって健康だった。
 発見された死体の顔は苦悶にゆがみ、まるで笑っているようだったという。
 彼女の死を皮切りに、卓也の親衛隊メンバーが次々と失踪していった。
 失踪したメンバーのうち、二人は死体で発見された。
 死因は心不全。
 その死に顔は、苦しそうに笑っていたという。
 学校では瞬く間に『かの子の呪い』の噂が広まった。

「かの子の呪いっ!?」 
 鈴江は思わず大声を上げてしまった。
「ちょ、鈴江ちゃん、声大きい」
「あ……ごめん」
 周囲の視線を集め、鈴江は顔を赤くした。
「心臓麻痺って、ほら、……なんか本当に呪いみたいじゃない? かの子の死に様が死に様だけに、ひどい噂だよね」
「えっと……それは、死んだかの子さんが自分を殺した人間に復讐してるっていうそんな話?」
 鈴江が聞くと、すみれは首を左右に振った。
「ううん。違うよ。最初に死んだ後背君の彼女さんは、かの子の死に関係ないし、恨まれる筋合いもなかった。むしろかの子のこと心配して後背君と距離置いたくらいだから、親衛隊が先走ったことしなかったら、ちゃんと話し合ってかの子の理解者になれたかもしれない。親衛隊がかの子をストーカー呼ばわりするの、とめようとしてたくらいだし」
「……そんな彼女さんだったんだ」
 鈴江は、漠然と抱いていた卓也の元カノ像を修正した。てっきり嫉妬深い傲慢女かと思っていた。
「かの子は後背君に強い恋心を抱いたままくすぐられて笑いながら死んでいった。だから、その呪いで、後背君に好意を寄せる人間が笑いながら死んでいくって話」
「え」
 鈴江は絶句した。
「そういう噂があるから、鈴江ちゃん、後背君はやめた方がいいと思うよ」
 そう言って席を立とうとしたすみれを、鈴江は慌てて引き留めた。
「ちょ、浅井さんちょっと待って!」
「何?」
「どこまでが噂で、どこまでが本当なの?」
 鈴江の質問に、すみれは固まった。
「どうしたの?」
「……あ、いや」
 すみれは首を振って、
「かの子が死んだっていうのと、後背君に好意を寄せていた人が死んだりいなくなったりしたのが事実。かの子がくすぐられて死んだって言うのは、又聞きだから、……噂かな。死因も、……公表はされてないから噂になっちゃうんだよね。死に顔が笑ってたっていうのも、実際誰が見たってわけじゃないから噂」
 鈴江は、少しホッとした。
(なんだ……ほとんど作り話なんだ……)
「鈴江ちゃん。やめた方がいいって、忠告だけはしておくから」
「うん?」
 すみれは一瞬何か言いかけたように口を開くが、すぐに踵を返して立ち去った。

 その晩、鈴江は悩んだ末に、卓也に告白することに決めた。
 すみれの言っていた『かの子の呪い』が気になったものの、このまま告白せずに卒業してしまうと、後悔してしまう気がした。
 ……好きな人は呪われています。告白しますか? しませんか?
 いったん決心してしまうと、実にばかげた問題で悩んでいたものだと思う。
 鈴江は自室の机に向かい、自分の正直な想いを、手紙にしたためた。


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(ここから作者コメント)

 こんばんは。ertです。
 晒そう企画の『ストーカー』を原作に、ホラー要素を含めてリメイクしました。
 原作とキャラクターの性格はだいぶ変更。
 ジャパニーズホラーとくすぐりを一度混ぜてみたかった。