「どこまでが噂で、どこまでが事実だ?」
 すみれがそう聞かれたのは一年前のことだった。
 高校に入学してすぐ、すみれは一人の女子生徒と意気投合した。すぐに親友と呼べる関係になった。
 親友は好奇心が旺盛で、すみれの中学で流行った『かの子の呪い』なるものが存在することを知っていた。
 すみれは親友に強くせがまれ、『かの子の呪い』の概要を話してしまったのだ。
「かの子が死んだ。卓也の彼女が死んだ。親衛隊のメンバー二人が死んだ。この三点は当時の新聞を見ればわかるな?」
 親友は事実と噂話の境界線にこだわっていた。
「かの子がくすぐられて死んだ。それは君が直接くすぐって殺したメンバーから聞いたのか?」「死因は担当医師からの情報か?」「死に顔が笑ってたっていうのは?」「実際に見た人間がいるか?」「その人間の名前を具体的に挙げられるか?」
 親友は、まるで新聞記者のようだった。
「ふふふ、すみれ! 私が『かの子の呪い』の全貌を解き明かしてやろう!」
 その数日後、親友は失踪した。

 鈴江に『かの子の呪い』について話した翌日、すみれは登校しながら、失踪した親友のことを思い出していた。
 すみれは気分が落ち込んだ。深いため息をつく。
 すみれは親友に『かの子の呪い』について喋ったことを後悔していた。
 彼女が失踪したのは自分のせいだと、ふさぎ込んだ時期もあった。
 親友のことを思い出すのがつらかった。
「だめだ! 切り替えよう」
 すみれは学校の下駄箱までやってきて、自分に活を入れた。
 テニス部の朝練前に、いったん教室で荷物を片付けるのが習慣だった。
 ふと、クラスの下駄箱前の地面に、二枚の紙が落ちていることに気づく。
 近づいて、ぎょっとした。
 一枚の便せんと、薄水色の封筒。封筒の表には、『後背卓也様』と書いてあった。
 チラと便せんに記された文字が目に入る。末尾に署名はないが、間違いなく鈴江の筆跡だった。
(す、鈴江ちゃん……、忠告したのに!!)
 すみれはキョロキョロと辺りを見回した。
 誰もいない。
 開きっぱなしの便せんを折りたたみ、封筒に入れ、自身のスポーツバッグへしまった。
 鈴江の靴を確認した。すでに学校へは到着しているようだ。
 教室に上がった。
 鈴江の姿はなかった。鈴江の机を確認しても、登校した様子はなかった。
「鈴江ちゃんっ」
 教室を出て、廊下に呼びかけてみるが返事はない。
 すごく嫌な予感がした。
 そのとき、早朝予鈴が鳴る。
 時計を見た。朝練に遅刻だ。すみれは通学鞄を自分の机に放り出して、慌てて教室を飛び出した。

「先輩が遅刻なんて珍しいですね。何かあったんですかぁ?」
 朝練を終えた更衣室。
 髪の毛を耳の後ろで二つくくりにした少女が人なつっこい笑みを浮かべ、着替え中のすみれに声をかけた。テニス部の後輩である細野泉(ほその いずみ)であった。
「いや、ちょっと……」
 すみれは言葉を濁した。
「もしかして、恋煩い?」
 泉はニシシと笑って言った。
「当たらずも遠からず」
「えーっ!? まじですか!? 先輩もぉ? ついにぃ!?」
 泉は大げさに声を張った。泉はすでに着替えを終え、セーラー服姿である。
「私じゃないよ」
「えー! またまたぁ! ジュースおごりますから、詳しく教えてくださいよぉ」
 泉は、すみれのスポーツバッグの隣に自分のスポーツバッグを置いて、自販機まで走って行った。
 泉は買ってきた栄養ドリンクをすみれに渡しながら、
「で、誰なんです? あさーいせーんぱい?」
「だから私じゃないんだって。友達の話。友達が好きになった人がちょっと訳ありで……」
 すみれは、そこまで言ってハッと口をつぐんだ。
 見ると、泉はきらきらと目を輝かせている。
「どういうことですかぁ!? 訳あり!? すごく面白そうじゃないですかぁ! 詳しく! その辺詳しくお願いします!」
 すみれは反省した。
(……ちょっと昨日から、口滑りすぎだな、私)
「放課後の部活、楽しみにしてますから! あ、それ、飲んでくださいね! 元気出して、先輩!」
 さらにつっこんでくるかと思いきや、泉はスポーツバッグを肩にかけて、さっと更衣室から出て行ってしまった。
 と、泉はすぐに戻ってきて、
「先輩、授業まで遅刻したら洒落になりませんよ!」
 それだけ言って、去った。
 すみれは更衣室内の時計を確認して、大急ぎで着替えを済ませた。

 すみれがスポーツバッグの入れ替わりに気づいたのは昼休みだった。
 朝練終了時に、泉が間違えて、すみれのバッグを持って行ってしまったのだ。
 すみれは急いで一年生の教室に向かった。
 バッグには鈴江の手紙が入っている。鈴江は学校を無断欠席している。泉に手紙が見つかってしまえば、嫌でも事の次第を話さねばならなくなる。泉まで巻き込むのは耐えられなかった。 
 一年生によると、泉は毎日、友達と中庭で食べているとのこと。
 泉の机に、スポーツバッグはなかった。
 すみれは、中庭へ向かった。

 中庭のベンチの上に、スポーツバッグが二つ並べて置いてあった。
 誰もいなかった。
 ベンチの上に、食べかけの総菜パンが一つ、まだ手のついていない弁当が一つ置いてある。
 その横に、鈴江の書いた便せんと封筒が開いて置いてあった。
「泉ちゃん?」
 すみれは声をかけてみるが、やはり反応がなかった。
 便せんを手に取った。背筋が寒くなった。
(これ……、駄目だ……!)
 すみれは便せんを折りたたみ、封筒にしまい、自分のスポーツバッグへ入れて持ち帰った。

 放課後、部活に泉は現れなかった。
 別の一年生に聞いてみると、泉とその友人が、昼休みに食事に行ったきり行方不明になったという。
 すみれは、鈴江の書いた手紙の危険性に確信を持った。

 他人の書いたラブレターを燃やすなんて、どうかと思う。
 しかし、背に腹は代えられない。
 すみれは、帰り道の橋の下で、鈴江の手紙を焼き払った。
 燃え尽きる瞬間、わずかに頭痛が生じた。
「すみれ! 私が『かの子の呪い』の全貌を解き明かしてやろう!」
 突然、一年前に失踪した親友の言葉が脳裏によみがえった。
 すみれの足は、導かれるように、親友の家へ向かった。


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(ここから作者コメント)

 こんばんは。ertです。
 晒そう企画の『ストーカー』を原作に、ホラー要素を含めてリメイクしました。
 ジャパニーズホラー好きのくすぐりフェチの皆様はより一層美味しくお召し上がりいただけると思います。